豊津から三行をぬけて亀山に行くのには、のべや坂という峠をとおって行く。この峠は三行にある。昔両側は森で、昼間でも人のあまりとおらないぶっそうなところだった。一色の七兵衛光(しちべえみつ)の先祖に七之丞(しちのじょう)という人がいた。この話は、七之丞がのべや坂で出会ったオオカミの話である。
七之丞は、毎日朝暗いうちから、のべや坂をとおって亀山まで魚を売りにいっていた。その日の帰りが遅れてしまい、のべや坂をとおるころには、日はとっぷりと暮れ、あたりはまっ暗となっていた。
「この峠さえ越えれば……。」
七之丞はさきを急いでいた。ちょうど峠にさしかかったときだった。一匹のオオカミが道へ出てきた。
七之丞に緊張が走った。もっていた出刃包丁を取り出し、オオカミに身構えた。するとどうだろう。意に反してオオカミは道の真ん中にすわりこんだ。そして、口を大きく開けるではないか。不思議に思った七之丞はオオカミをじっとみつめた。襲ってくる気配(けはい)はまったくない。
「はあん。」
七之丞は、悟った。
「ああ。のどにささった骨を抜いてほしいんだな。」
七之丞は、オオカミにゆっくりと近づき、
「骨を抜いたる。が、おれを食ったら包丁でさし殺すぞ。」
といいながら、右手に手拭(てぬぐ)いを巻き、左手にはしっかりと出刃包丁をにぎり、口の中をそっとのぞき込んだ。すると骨がのどにまっ立てにささっていた。七之丞は、手をオオカミの口の中へ入れ、骨を抜いてやった。オオカミは何度も何度も頭をさげながら、喜んで帰っていった。
その日以来、七之丞が亀山へいくときのいき帰り、暗いときにはそのオオカミがかならずのべや坂で七之丞を迎えにくるようになった。
朝まだ暗いと、のべや坂でオオカミが待っていた。そして、夜があけ、亀山の民家があるところまで送ってくれた。
明るくなりニワトリが鳴きはじめると、いつのまにか帰っていった。また亀山からの帰り、遅れて暗くなると出迎えてくれた。そして、のべや坂をこえ、民家がみえるところまでくると、またいつの間にかいなくなった。そのようなことが何度となく続いた。オオカミは、朝晩の送り迎えを忘れなかった。
そんなある日のこと、七之丞の亀山からの帰り道のことである。その日も暗くなってしまった。いつものようにオオカミが迎えにきていた。ところが、七之丞の着物のすそをくわえて引っ張る。どうもどこかへ、連れていこうとしているようである。七之丞はしかたなくオオカミのいうままについていった。オオカミは七之丞をほらあなに連れていき、なかに入れた。そして、そこへ木の枝や草をたくさん持ってきて、七之丞をすっかり隠してしまった。オオカミは、七之丞を隠した後、その前へのたり込んだ。
まもなく、どこからともなく大きな地響きがして、千匹ほどのオオカミの群れが現れた。しかし七之丞は隠されているので、オオカミの群れは知らずにいってしまった。もし、みつかっていたら七之丞は食べられていたに違いない。オオカミは、千匹ほどの群れがやってくることを知っていて七之丞を助けたのである。
それ以来、オオカミは七之丞の前に姿をみせなくなった。
(かわげの伝承から)
河芸町一色に伝わる「オオカミ」にまつわるお話でした。
七之丞は、毎日朝暗いうちから、のべや坂をとおって亀山まで魚を売りにいっていた。その日の帰りが遅れてしまい、のべや坂をとおるころには、日はとっぷりと暮れ、あたりはまっ暗となっていた。
「この峠さえ越えれば……。」
七之丞はさきを急いでいた。ちょうど峠にさしかかったときだった。一匹のオオカミが道へ出てきた。
七之丞に緊張が走った。もっていた出刃包丁を取り出し、オオカミに身構えた。するとどうだろう。意に反してオオカミは道の真ん中にすわりこんだ。そして、口を大きく開けるではないか。不思議に思った七之丞はオオカミをじっとみつめた。襲ってくる気配(けはい)はまったくない。
「はあん。」
七之丞は、悟った。
「ああ。のどにささった骨を抜いてほしいんだな。」
七之丞は、オオカミにゆっくりと近づき、
「骨を抜いたる。が、おれを食ったら包丁でさし殺すぞ。」
といいながら、右手に手拭(てぬぐ)いを巻き、左手にはしっかりと出刃包丁をにぎり、口の中をそっとのぞき込んだ。すると骨がのどにまっ立てにささっていた。七之丞は、手をオオカミの口の中へ入れ、骨を抜いてやった。オオカミは何度も何度も頭をさげながら、喜んで帰っていった。
その日以来、七之丞が亀山へいくときのいき帰り、暗いときにはそのオオカミがかならずのべや坂で七之丞を迎えにくるようになった。
朝まだ暗いと、のべや坂でオオカミが待っていた。そして、夜があけ、亀山の民家があるところまで送ってくれた。
明るくなりニワトリが鳴きはじめると、いつのまにか帰っていった。また亀山からの帰り、遅れて暗くなると出迎えてくれた。そして、のべや坂をこえ、民家がみえるところまでくると、またいつの間にかいなくなった。そのようなことが何度となく続いた。オオカミは、朝晩の送り迎えを忘れなかった。
そんなある日のこと、七之丞の亀山からの帰り道のことである。その日も暗くなってしまった。いつものようにオオカミが迎えにきていた。ところが、七之丞の着物のすそをくわえて引っ張る。どうもどこかへ、連れていこうとしているようである。七之丞はしかたなくオオカミのいうままについていった。オオカミは七之丞をほらあなに連れていき、なかに入れた。そして、そこへ木の枝や草をたくさん持ってきて、七之丞をすっかり隠してしまった。オオカミは、七之丞を隠した後、その前へのたり込んだ。
まもなく、どこからともなく大きな地響きがして、千匹ほどのオオカミの群れが現れた。しかし七之丞は隠されているので、オオカミの群れは知らずにいってしまった。もし、みつかっていたら七之丞は食べられていたに違いない。オオカミは、千匹ほどの群れがやってくることを知っていて七之丞を助けたのである。
それ以来、オオカミは七之丞の前に姿をみせなくなった。
(かわげの伝承から)
河芸町一色に伝わる「オオカミ」にまつわるお話でした。