珈琲ひらり

熱い珈琲、もしくは冷珈なんかを飲む片手間に読めるようなそんな文章をお楽しみください。

だから、

2008年11月13日 | 短編


 だから、言ったじゃないか・・・。
 ーーー彼が苦しげに口にした苛立ちと哀しみの篭った声。
 それをあたしは真っ白になってしまった心で聴いて、ひどく愕然とするのだ。




 ずるい・・・。
 ずるいずるいずるいずるいずるい。




 あたしはずるい!







 そんなことばかりをあたしはこの期に及んで思う。
 叫ぶ。
 泣きながら。







 あたしはずるい。







 不倫をしているあたしに彼は何度もそんな男は辞めろ、って言っていた。
 けれどもあたしはそんな彼の言葉なんて聴かなくて、差し伸ばされてる彼の手を無視して、決してあたしには伸ばされない、その癖あたしを触ってあたしを感じさせるその不倫相手の手に溺れていた。
 それがどれだけ愚かしくて自分を貶める行為かだなんてわかりきっていたけれども、あたしはその不倫相手の事を心から好きだったから、それで構わなかったのに、
 あたしだけを本気で一途に思ってくれて、その手を差し伸ばしてくれていた彼をぞんざいに扱っていたのに、
 こんな時にだけ、
 不倫相手を殺してしまって、
 堕ちて、堕ちて、堕ちて、堕ちきってしまって、
 こんなにも深く堕ちた奈落の底で、
 それでも彼なら来てくれるとわかっていたから、
 あたしはこの彼を、
 男を呼んだ。
 馬鹿ねー。
 ばかねー。
 バカネー。
 ばかよ。
 ばかすぎるよ。
 どうしてそんなにもばかなのよ。
 あたしはこんなんだよ?
 あたしはこんな風なんだよ?
 こんなにも堕ちたんだよ?
 こんなにも血に濡れて汚れた手でも、握ってくれるの?
 わかってるよ。
 それでもあたしの手を握ってくれるって知ってるから・・・あたし・・・・。
 バカネー。
 ばか。
 ばかよ。
 ばかよ、あなた。
 ばかねー、あたし。
 こんなにもいい男、すぐ傍に居るじゃない。
 ごめんね。今になってわかって。
 ねえ、あたしがこの罪を償ったら、このあたしの、それでも血に濡れる手を握ってくれる?
 あたしはそれでも彼の言葉を聴きたくて、判りきっているその言葉を待った。

 

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