Megumi9
車は急なブレーキングによる甲高いスリップ音をあげながら乱暴に一件の家の前で停車する。
私は車から飛び出ると、門扉を開けて、その家のチャイムを鳴らした。
すぐに玄関の向こうからどたばたと大きな足音が聞こえてきた。
「かなみ」
ばんと乱暴に玄関のドアを開けた人物が開口一番に言ったのは心配という感情一色に染まった泣き声で叫ばれたその言葉だった。それは綾瀬かなみの母親だ。
「あ……」
彼女はすまなさそうにそこに立つ私を見て落胆に染まった声を出す。その顔に浮かんでいるのはひどく疲れたような顔だった。しかしすぐに彼女は私の肩を骨が軋むぐらいに力強く握って、
「めぐみさん。かなみが…かなみがいなくなってしまったんです。あの娘が…あの娘が…。かなみ…。かなみ…。かなみぃー」
彼女は両手で顔を覆い隠しながらヒステリックな声で泣き叫んだ。完全に情緒不安定になってしまっている。
「お母さん。お母さん。しっかり。お母さん」
私は彼女の肩を抱きしめて、彼女を宥めるように言う。しかし娘を心の奥底から心配する今の彼女に子どもを産んだことのない私の声が届くことはない。
私は泣きじゃくりながらかなみちゃんの名前を呼び続ける彼女の姿を見て殺されてしまった自分の母親のことを思い出して下唇を噛み締めた。
「お母さん」
そこにもう一つ涙に濡れた声が響いた。かなみちゃんの弟の声だ。
「優希君。お母さんを運ぶから手伝って」
情緒不安定の母親に抱き着いてお母さんと呼びながら泣きじゃくる彼はそれでも私の声を聞いて涙を握り締めた拳でぬぐいながら泣きじゃくる母の体に腕を回す。やはり何だかんだと言っても男の子だ。私はそんな彼に優しく微笑みかけた。
「お母さんの部屋はどこ?」
「2階」
「2階か…。だったらリビングに連れて行きましょう」
「うん」
私と優希君は彼女をリビングのソファーの上に寝かせた。2日前、かなみちゃんにお呼ばれした時に出会った彼女はおっとりとした女性であったのに今はその微塵もない。精神病患者のように泣きながら何度も娘の名を呼び続けている。だけどそれは無理もないだろう。こんな状況では…。
私はそっと彼女の頬を濡らす涙を指でぬぐった。
そして泣きじゃくる母親の手を握りながら気丈に涙を堪えて小さな体を震わせる優希君の顔をそっと胸の双丘の間に押し当てて優しく抱きしめてやる。
「泣いていいんだよ、優希君。私がここにいてあげるからだから泣いていいよ」
「うわーん」
私の腕の中で震えながら泣きじゃくる彼の背を私は優しくさすってやった。
その光景はしばらくの間、そこにある。
「あの…ごめんなさい…。もう大丈夫です…」
優希君は真っ赤な顔を濡らす涙を握り締めた拳でぬぐいながら照れたように言った。
私はふっと微笑んで、彼の頭を撫でてやる。
「よし。さすがは男の子。偉い。偉い」
私は頬にかかる髪を掻きあげて、
「ねえ、優希君。詳しく話してくれる。かなみちゃんの事」
「あ、うん。あの、お姉ちゃん、昨日、服着たままシャワー浴びてそれで突然洗面所で倒れて…救急車で運ばれて…ずっと眠ったまんまだったんだけど………お母さんも僕もずっとお姉ちゃんの側にいたいって言ったんだけど病院がダメだって言って…。だけど今日の朝…病院から電話がかかってきて、お姉ちゃんが病院からいなくなったって…。それでお父さんが今車で…。お母さんも行くって言ったんだけど、お父さんがお母さんの様子が変だったからだから家にいろって。本当は僕もお父さんと一緒にお姉ちゃんの所に行きたかったんだけど、だけどお父さんが僕にお母さんの側にいてやってくれって。だから僕…男の子だからお姉ちゃんも心配だったけどお母さん守らなくちゃって…。だけどお母さん、暁生お兄ちゃんのニュース見てますます変になっちゃって……」
「そっか。偉かったね」
私はもう一度、優希君の頭を撫でた。
もう綾瀬家の人間も三柴暁生の起した事件を知ってしまった。当たり前か。テレビもラジオも朝のニュースではすべてそれをやっているのだから。だとしたらかなみちゃんも何かしらのせいで三柴暁生の事を知って病室を飛び出したのかもしれない。もしもこれが私だったらそしたら私なら…
「優希君。私もかなみちゃんを探しに行くわ。お母さんをよろしく頼むわね」
「うん」
涙に濡れた顔をごしごしと握り締めた拳でふきながら力強く頷く彼の額に私はにこりと微笑んで優しくキスをしてやる。
私は車に戻ってフルアクセルで発進した。
本来なら20分ほどかかるその三柴暁生のアパートに私はわずか8分で到着する。
下から見上げると、彼の部屋の玄関のドアが開いていた。私は一気に階段を駆け上がって彼の部屋に辿り着く。果たしてそこにいたのは…
「かなみちゃん」
私は玄関にうずくまって泣きじゃくる彼女に声をかけた。彼女がその涙に濡れた顔をあげる。私は彼女に優しく微笑んだ。優しい慈母のように。私の瞳に映る彼女の顔がくしゃくしゃになる。それが安堵の表情であることが私にはわかっていた。
「めぐ…みさん…」
かなみちゃんは私に抱き着くと、ようやく母親に出会えた迷子のように安堵の泣き声をあげた。
私はそっと彼女の頭を優しく撫でてやった。
「久しぶりね、めぐみ」
「お久しぶり。真千子」
私と彼女は父親同士が友人の幼馴染みなのだ。
「めぐみ。詳しい事教えてくれるかしら? その娘は?」
「この娘は綾瀬かなみ。三柴暁生の恋人よ。昨日から体調を崩して病院に入院していたんだけど、今朝、病院を飛び出してしまってね」
「そうか。この娘…知らなかったみたい」
「ええ」
私は玄関から三柴暁生の部屋の中を見た。妙に整っている。いや、常に整理整頓がされている部屋とは雰囲気が違う。それを直感で感じた。
「この娘、連れて帰っていいかしら。私の事務所に連れて行くから」
「ええ。わかった」
「しかし警部補…」
何かを言いかける彼を彼女は右手をあげて制する。
「ありがとう。さあ、かなみちゃん。立って」
私は力無いかなみちゃんに肩を貸して立ち上がらせる。
「それじゃあ」
私は玄関のドアノブに左手で触れてドアを閉めた。心の中で舌打ちをして。
リーディング。状況は最悪だ。
→Akio5へ
店で30分ほど買うかどうか迷って、結局は買わずに帰ってきた。(--;
車は急なブレーキングによる甲高いスリップ音をあげながら乱暴に一件の家の前で停車する。
私は車から飛び出ると、門扉を開けて、その家のチャイムを鳴らした。
すぐに玄関の向こうからどたばたと大きな足音が聞こえてきた。
「かなみ」
ばんと乱暴に玄関のドアを開けた人物が開口一番に言ったのは心配という感情一色に染まった泣き声で叫ばれたその言葉だった。それは綾瀬かなみの母親だ。
「あ……」
彼女はすまなさそうにそこに立つ私を見て落胆に染まった声を出す。その顔に浮かんでいるのはひどく疲れたような顔だった。しかしすぐに彼女は私の肩を骨が軋むぐらいに力強く握って、
「めぐみさん。かなみが…かなみがいなくなってしまったんです。あの娘が…あの娘が…。かなみ…。かなみ…。かなみぃー」
彼女は両手で顔を覆い隠しながらヒステリックな声で泣き叫んだ。完全に情緒不安定になってしまっている。
「お母さん。お母さん。しっかり。お母さん」
私は彼女の肩を抱きしめて、彼女を宥めるように言う。しかし娘を心の奥底から心配する今の彼女に子どもを産んだことのない私の声が届くことはない。
私は泣きじゃくりながらかなみちゃんの名前を呼び続ける彼女の姿を見て殺されてしまった自分の母親のことを思い出して下唇を噛み締めた。
「お母さん」
そこにもう一つ涙に濡れた声が響いた。かなみちゃんの弟の声だ。
「優希君。お母さんを運ぶから手伝って」
情緒不安定の母親に抱き着いてお母さんと呼びながら泣きじゃくる彼はそれでも私の声を聞いて涙を握り締めた拳でぬぐいながら泣きじゃくる母の体に腕を回す。やはり何だかんだと言っても男の子だ。私はそんな彼に優しく微笑みかけた。
「お母さんの部屋はどこ?」
「2階」
「2階か…。だったらリビングに連れて行きましょう」
「うん」
私と優希君は彼女をリビングのソファーの上に寝かせた。2日前、かなみちゃんにお呼ばれした時に出会った彼女はおっとりとした女性であったのに今はその微塵もない。精神病患者のように泣きながら何度も娘の名を呼び続けている。だけどそれは無理もないだろう。こんな状況では…。
私はそっと彼女の頬を濡らす涙を指でぬぐった。
そして泣きじゃくる母親の手を握りながら気丈に涙を堪えて小さな体を震わせる優希君の顔をそっと胸の双丘の間に押し当てて優しく抱きしめてやる。
「泣いていいんだよ、優希君。私がここにいてあげるからだから泣いていいよ」
「うわーん」
私の腕の中で震えながら泣きじゃくる彼の背を私は優しくさすってやった。
その光景はしばらくの間、そこにある。
「あの…ごめんなさい…。もう大丈夫です…」
優希君は真っ赤な顔を濡らす涙を握り締めた拳でぬぐいながら照れたように言った。
私はふっと微笑んで、彼の頭を撫でてやる。
「よし。さすがは男の子。偉い。偉い」
私は頬にかかる髪を掻きあげて、
「ねえ、優希君。詳しく話してくれる。かなみちゃんの事」
「あ、うん。あの、お姉ちゃん、昨日、服着たままシャワー浴びてそれで突然洗面所で倒れて…救急車で運ばれて…ずっと眠ったまんまだったんだけど………お母さんも僕もずっとお姉ちゃんの側にいたいって言ったんだけど病院がダメだって言って…。だけど今日の朝…病院から電話がかかってきて、お姉ちゃんが病院からいなくなったって…。それでお父さんが今車で…。お母さんも行くって言ったんだけど、お父さんがお母さんの様子が変だったからだから家にいろって。本当は僕もお父さんと一緒にお姉ちゃんの所に行きたかったんだけど、だけどお父さんが僕にお母さんの側にいてやってくれって。だから僕…男の子だからお姉ちゃんも心配だったけどお母さん守らなくちゃって…。だけどお母さん、暁生お兄ちゃんのニュース見てますます変になっちゃって……」
「そっか。偉かったね」
私はもう一度、優希君の頭を撫でた。
もう綾瀬家の人間も三柴暁生の起した事件を知ってしまった。当たり前か。テレビもラジオも朝のニュースではすべてそれをやっているのだから。だとしたらかなみちゃんも何かしらのせいで三柴暁生の事を知って病室を飛び出したのかもしれない。もしもこれが私だったらそしたら私なら…
「優希君。私もかなみちゃんを探しに行くわ。お母さんをよろしく頼むわね」
「うん」
涙に濡れた顔をごしごしと握り締めた拳でふきながら力強く頷く彼の額に私はにこりと微笑んで優しくキスをしてやる。
私は車に戻ってフルアクセルで発進した。
本来なら20分ほどかかるその三柴暁生のアパートに私はわずか8分で到着する。
下から見上げると、彼の部屋の玄関のドアが開いていた。私は一気に階段を駆け上がって彼の部屋に辿り着く。果たしてそこにいたのは…
「かなみちゃん」
私は玄関にうずくまって泣きじゃくる彼女に声をかけた。彼女がその涙に濡れた顔をあげる。私は彼女に優しく微笑んだ。優しい慈母のように。私の瞳に映る彼女の顔がくしゃくしゃになる。それが安堵の表情であることが私にはわかっていた。
「めぐ…みさん…」
かなみちゃんは私に抱き着くと、ようやく母親に出会えた迷子のように安堵の泣き声をあげた。
私はそっと彼女の頭を優しく撫でてやった。
「久しぶりね、めぐみ」
「お久しぶり。真千子」
私と彼女は父親同士が友人の幼馴染みなのだ。
「めぐみ。詳しい事教えてくれるかしら? その娘は?」
「この娘は綾瀬かなみ。三柴暁生の恋人よ。昨日から体調を崩して病院に入院していたんだけど、今朝、病院を飛び出してしまってね」
「そうか。この娘…知らなかったみたい」
「ええ」
私は玄関から三柴暁生の部屋の中を見た。妙に整っている。いや、常に整理整頓がされている部屋とは雰囲気が違う。それを直感で感じた。
「この娘、連れて帰っていいかしら。私の事務所に連れて行くから」
「ええ。わかった」
「しかし警部補…」
何かを言いかける彼を彼女は右手をあげて制する。
「ありがとう。さあ、かなみちゃん。立って」
私は力無いかなみちゃんに肩を貸して立ち上がらせる。
「それじゃあ」
私は玄関のドアノブに左手で触れてドアを閉めた。心の中で舌打ちをして。
リーディング。状況は最悪だ。
→Akio5へ
店で30分ほど買うかどうか迷って、結局は買わずに帰ってきた。(--;