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珈琲ひらり

熱い珈琲、もしくは冷珈なんかを飲む片手間に読めるようなそんな文章をお楽しみください。

シーンⅣ 8月13日 Megumi9

2005年12月05日 | 銀の指輪のジンクス
 Megumi9


 車は急なブレーキングによる甲高いスリップ音をあげながら乱暴に一件の家の前で停車する。
 私は車から飛び出ると、門扉を開けて、その家のチャイムを鳴らした。
 すぐに玄関の向こうからどたばたと大きな足音が聞こえてきた。


「かなみ」


 ばんと乱暴に玄関のドアを開けた人物が開口一番に言ったのは心配という感情一色に染まった泣き声で叫ばれたその言葉だった。それは綾瀬かなみの母親だ。


「あ……」


 彼女はすまなさそうにそこに立つ私を見て落胆に染まった声を出す。その顔に浮かんでいるのはひどく疲れたような顔だった。しかしすぐに彼女は私の肩を骨が軋むぐらいに力強く握って、



「めぐみさん。かなみが…かなみがいなくなってしまったんです。あの娘が…あの娘が…。かなみ…。かなみ…。かなみぃー」


 彼女は両手で顔を覆い隠しながらヒステリックな声で泣き叫んだ。完全に情緒不安定になってしまっている。


「お母さん。お母さん。しっかり。お母さん」


 私は彼女の肩を抱きしめて、彼女を宥めるように言う。しかし娘を心の奥底から心配する今の彼女に子どもを産んだことのない私の声が届くことはない。
 私は泣きじゃくりながらかなみちゃんの名前を呼び続ける彼女の姿を見て殺されてしまった自分の母親のことを思い出して下唇を噛み締めた。


「お母さん」


 そこにもう一つ涙に濡れた声が響いた。かなみちゃんの弟の声だ。


「優希君。お母さんを運ぶから手伝って」


 情緒不安定の母親に抱き着いてお母さんと呼びながら泣きじゃくる彼はそれでも私の声を聞いて涙を握り締めた拳でぬぐいながら泣きじゃくる母の体に腕を回す。やはり何だかんだと言っても男の子だ。私はそんな彼に優しく微笑みかけた。


「お母さんの部屋はどこ?」
「2階」
「2階か…。だったらリビングに連れて行きましょう」
「うん」


 私と優希君は彼女をリビングのソファーの上に寝かせた。2日前、かなみちゃんにお呼ばれした時に出会った彼女はおっとりとした女性であったのに今はその微塵もない。精神病患者のように泣きながら何度も娘の名を呼び続けている。だけどそれは無理もないだろう。こんな状況では…。
 私はそっと彼女の頬を濡らす涙を指でぬぐった。
 そして泣きじゃくる母親の手を握りながら気丈に涙を堪えて小さな体を震わせる優希君の顔をそっと胸の双丘の間に押し当てて優しく抱きしめてやる。


「泣いていいんだよ、優希君。私がここにいてあげるからだから泣いていいよ」
「うわーん」


 私の腕の中で震えながら泣きじゃくる彼の背を私は優しくさすってやった。
 その光景はしばらくの間、そこにある。


「あの…ごめんなさい…。もう大丈夫です…」


 優希君は真っ赤な顔を濡らす涙を握り締めた拳でぬぐいながら照れたように言った。
 私はふっと微笑んで、彼の頭を撫でてやる。


「よし。さすがは男の子。偉い。偉い」


 私は頬にかかる髪を掻きあげて、


「ねえ、優希君。詳しく話してくれる。かなみちゃんの事」
「あ、うん。あの、お姉ちゃん、昨日、服着たままシャワー浴びてそれで突然洗面所で倒れて…救急車で運ばれて…ずっと眠ったまんまだったんだけど………お母さんも僕もずっとお姉ちゃんの側にいたいって言ったんだけど病院がダメだって言って…。だけど今日の朝…病院から電話がかかってきて、お姉ちゃんが病院からいなくなったって…。それでお父さんが今車で…。お母さんも行くって言ったんだけど、お父さんがお母さんの様子が変だったからだから家にいろって。本当は僕もお父さんと一緒にお姉ちゃんの所に行きたかったんだけど、だけどお父さんが僕にお母さんの側にいてやってくれって。だから僕…男の子だからお姉ちゃんも心配だったけどお母さん守らなくちゃって…。だけどお母さん、暁生お兄ちゃんのニュース見てますます変になっちゃって……」
「そっか。偉かったね」


 私はもう一度、優希君の頭を撫でた。
 もう綾瀬家の人間も三柴暁生の起した事件を知ってしまった。当たり前か。テレビもラジオも朝のニュースではすべてそれをやっているのだから。だとしたらかなみちゃんも何かしらのせいで三柴暁生の事を知って病室を飛び出したのかもしれない。もしもこれが私だったらそしたら私なら…


「優希君。私もかなみちゃんを探しに行くわ。お母さんをよろしく頼むわね」
「うん」


 涙に濡れた顔をごしごしと握り締めた拳でふきながら力強く頷く彼の額に私はにこりと微笑んで優しくキスをしてやる。
 私は車に戻ってフルアクセルで発進した。
 本来なら20分ほどかかるその三柴暁生のアパートに私はわずか8分で到着する。
 下から見上げると、彼の部屋の玄関のドアが開いていた。私は一気に階段を駆け上がって彼の部屋に辿り着く。果たしてそこにいたのは…


「かなみちゃん」


 私は玄関にうずくまって泣きじゃくる彼女に声をかけた。彼女がその涙に濡れた顔をあげる。私は彼女に優しく微笑んだ。優しい慈母のように。私の瞳に映る彼女の顔がくしゃくしゃになる。それが安堵の表情であることが私にはわかっていた。


「めぐ…みさん…」


 かなみちゃんは私に抱き着くと、ようやく母親に出会えた迷子のように安堵の泣き声をあげた。
 私はそっと彼女の頭を優しく撫でてやった。
「久しぶりね、めぐみ」
「お久しぶり。真千子」


 私と彼女は父親同士が友人の幼馴染みなのだ。


「めぐみ。詳しい事教えてくれるかしら? その娘は?」
「この娘は綾瀬かなみ。三柴暁生の恋人よ。昨日から体調を崩して病院に入院していたんだけど、今朝、病院を飛び出してしまってね」
「そうか。この娘…知らなかったみたい」
「ええ」


 私は玄関から三柴暁生の部屋の中を見た。妙に整っている。いや、常に整理整頓がされている部屋とは雰囲気が違う。それを直感で感じた。
「この娘、連れて帰っていいかしら。私の事務所に連れて行くから」
「ええ。わかった」
「しかし警部補…」


 何かを言いかける彼を彼女は右手をあげて制する。


 
「ありがとう。さあ、かなみちゃん。立って」


 私は力無いかなみちゃんに肩を貸して立ち上がらせる。


「それじゃあ」



 私は玄関のドアノブに左手で触れてドアを閉めた。心の中で舌打ちをして。
 リーディング。状況は最悪だ。


 →Akio5へ


 店で30分ほど買うかどうか迷って、結局は買わずに帰ってきた。(--;

シーンⅣ 8月13日 Kanami15

2005年11月21日 | 銀の指輪のジンクス

 Kanami15


「ここは…」


 最初ぼやけてそしてだんだんと鮮明になっていく視界。
 あたしは誰だろう?
 ここはどこだろう?
 とてもとてもひどく哀しい夢を見ていた気がする…。
 いや、それは本当に夢だったのだろうか?
 全身に感じるのは心を染め上げる哀しみと絶望、怨念。
 あたしの瞳からとめどめもなく涙が流れる。
 鮮明な視界に映るのは真っ白な天井。
 鼻をくすぐる薬の臭いとその視界に映る真っ白な天井がここが病院だということをあたしに教えてくれる。
 あたしは自分がどうなってしまうのかわからなくってとても怖くってそれで幼い子どものようにぼろぼろと泣き出してしまった。


「会いたい。会いたい。会いたいよ。暁生君」


 あたしは幼い子どものように泣きながら寝間着のまま、裸足のまま病室を抜け出して、病院の夜間通用口から外に抜け出して、暁生君のアパートに向かった。
 あたしは暁生君のアパートの部屋のチャイムを鳴らした。


「暁生君。あ…きお君。暁生君。暁生君」


 あたしは何度も何度も暁生君の名前を呼びながらチャイムを鳴らした。次の瞬間、がちゃっと玄関のドアが開いて、中から寝ぼけ眼の暁生君が出てきて、それでそれで泣き虫のあたしを見て、「何泣いているのさ。馬鹿だなー」って笑って欲しい。ぎゅっとあたしを抱きしめて欲しい。
 暁生君。暁生君。暁生君。暁生君。暁生君。暁生君。暁生君。暁生君。暁生君。暁生君。
 がちゃっとドアが開いた。あたしはそのだんだん開いていくドアの隙間にずっと願っていた暁生君の顔が見えることを願った。だけど…


「あ…」


 そこに見えたのは知らない男の人と女の人。男は40代ぐらい。女は20代ぐらい。
 2人は寝間着で髪がばさばさで、裸足のままのどう見ても不審人物のあたしを見て顔を見合わせる。
 女の人は上着を脱いであたしにそっとそれを着せてくれると、


「私は県警捜査一課の豊島幾乃。この人は同じく捜査一課の南幸男刑事。あなたは? この部屋の住人である三柴暁生とはどういう関係なのかしら?」


 あたしは彼女の言葉に激しい目眩を感じた。震える声を振り絞って、


「え…それって……あ…暁生君に何か…暁生君に何かあったんですか?」


 彼女の細い肩を掴んで裏返った声で悲鳴をあげるようにそう訊くあたしに彼女はかすかに沈痛そうな表情をした後、胸に感じる感情を押し隠すように無表情な顔で、


「三柴暁生には静岡で起こった女子大生松井香子さん殺害の犯人永井辰夫の殺人容疑がかかっていて現在重要参考人として手配されているの。あなたは…彼の恋人でいいのかしら?」


 彼女は部屋の奥に飾られた暁生君とあたしが笑いながら並んで写る写真を横目でちらっと一瞥して訊いた。だけど今のあたしには彼女の質問に答える心の余裕なんてない。
 あたしの壊れそうな心はその想いで一杯だった。


 かなえが暁生君を連れていった?


 あたしは込み上げてきた嘔吐感を我慢できずにその場に蹲って嘔吐してしまった。


「ちょ…ちょっと、大丈夫?」


 彼女はあたしの背中をさすってくれるが嘔吐感は消えることはない。


「ど…どうしてこんな…。助けて…助けて…めぐみさん…。めぐみさん、助けてぇー」


 あたしはその場に泣き崩れてただただ母を恋しがる幼い迷子のようにめぐみさんの名前を泣きながら呼ぶ事しかできなかった。


 →Megumi9へ



 鋼錬12巻ゲット。(><
 荒川先生の一番最初のコメントがすごく印象的で、そして漫画の方はものすごく面白かったです。(><
 本当にパパはどちらなんでしょう?
 敵なのか、味方なのか。むむ。ってか、手乗りパンダ、かわいすぎです。(笑い


シーンⅣ 8月13日 Akio3

2005年11月17日 | 銀の指輪のジンクス


 Akio3



 深いまどろみはその感覚のせいで一気に醒めていった。
 体が動かない。金縛りだ。誰かが僕の顔を上から覗き込んでいるのがわかる。それは女の子だ。その娘の長い髪が僕の頬を触る感触と彼女の体からほのかに香ってくる香水の匂いに僕は閉じた瞳から一筋の涙を流した。それは遠い昔のとても大切な感じに似ていたから。
 彼女の口から零れて僕の顔をくすぐる彼女の吐息のくすぐったさがそのまま彼女への愛しさに変わる。
 それは本当に遠い昔に抱いていたとてもとても大切な愛おしい想い。
 僕は瞼を開けた。
 僕の瞳と彼女の瞳が合う。
 彼女の瞳に映る僕は笑った。とてもとても幸せそうに。そして僕の瞳に映る彼女も笑う。やっぱりとてもとても幸せそうに。
 心を一杯に染め上げていく幸せな想いと狂おしいほどの彼女への愛おしさ。そしてその分だけ僕を苛む無力感と罪悪感。
 そう、僕らはあの頃、とても幸せだったね。
 僕が美術準備室で椅子を並べて居眠りしていると、生徒だった君はよくこうやって上から僕の顔を覗き込んでいた。本当は僕は起きているんだけど、だけど僕の頬に触れる君の髪の感触が、僕の顔にかかる君の吐息が、僕の頬に触れる君の手の温もりがとてもくすぐったくって愛しくってそして照れくさかったから寝ているふりをしていたんだ。君はそれを知っていたんだよね。
 君の19歳の時にプレゼントした銀の指輪。銀の指輪のジンクスを聞いている時の君の顔があまりにもうっとりとしていて綺麗だったから、君が喜ぶ顔が見たかったから僕はプレゼントした。そしたら君はとても嬉しそうに左手にはめて、その日ずっとそれを眺めていたよね。そんな君を見ている僕はとても幸せだった。
 君が21歳になった春。僕は桜の樹の下で君にプロポーズをした。君はこくんと頷いてそして泣き出してしまった。僕はおろおろとしながらもそんな君を幸せ一杯に抱きしめた。
 今も僕は僕にお腹を触りながら恥かしそうに頬を赤らめながら「子どもができたの」と報告してくれた時の君の幸せそうな顔が忘れられない。
 ああ、僕らはあの頃、とてもとても幸せだったのにどうしてこんな風になってしまったんだろう。
 銀の指輪のジンクス…その通りなら僕らはいつまでもずっと一緒に幸せでいられたはずなのに…どうしてこんな…。



「ああ、そうか…。とても無力な僕は君を守れなかったんだ。君を…君の中の僕らの子どもを僕は守れなかったんだ……。ごめんね…ごめん…本当にごめんね、かなえ…」



 泣きながらそう謝る僕の頬にかなえはそっと冷たい手で触れて小さく頭を横に振った。
 夜の闇に覆われた今が何時なのかなんて簡単にわかる。今は2時50分。28年前、君が最後に…レイプされてお腹の子どもを流産してしまった哀しみと絶望に耐え切れずに命を絶つ前に僕に電話で「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」って何度も泣きながら謝った時間だ。僕はその後にすぐに君の家に行ったけどその時にはもう…。



「かなえ…」



 僕はそっとかなえの頬に手を伸ばした。彼女の頬に触れる僕の手に彼女はそっと自分の手を重ねる。



『秋人。やっと出会えた。恋しい秋人。私の大切なあなた。お願い。力を貸して。私とあなたで私たちの子どもの仇を取ろう』
「ああ、そうだね」



 僕は微笑む彼女に頷いた。



 暗い夜空に輝くのは真っ赤な血の色に染まった満月だ。
 その血の色に染め上げられた満月だけが夜空に輝くその夜の闇の中で僕はそこに立っていた。
 そこはどこかの車の修理工場が所有するスクラップする予定の廃車置き場だ。壊れた車の中にあってその車だけは静かなカーステレオの音を流している。



『あそこよ。あそこにいるの』



 僕の首に腕を回しながらそっと僕の耳に囁く君に僕は静かに頷いて、ズボンのポケットからさっき路上で外国人から買った拳銃を取り出した。それはリボルバータイプの拳銃だ。弾薬は15発持っている。
 僕は開いている車の窓から手を突っ込んで、外からドアのカギを開けた。乱暴にドアを開ける。
 そこで眠っているのは50代ぐらいの禿げた平面顔の気持ち悪い男だ。
 僕は体を丸めて眠っているそいつの足を掴んで引っ張り出した。そいつは頭と尻をぶつけて「うぎゃ」というカエルを踏み潰したような醜い悲鳴をあげる。
 僕は引っ張り出したそいつの腹部に蹴りを叩き込んだ。もう一度、そいつは醜い悲鳴をあげる。



「だ…誰だ…おまえは…?」



 その中年男…永井辰夫は蹴られた腹を押さえながら恐怖に震えた声で言った。
 そう、こんな極悪人でも明確なる殺意の前では恐怖を覚えるのだ。震えることしかできないほどに。あの時の醜い欲望に陵辱された彼女の恐怖がおまえにもわかるか?



「28年前、おまえらが殺した君崎かなえの婚約者だ」



 僕は苦痛と恐怖に歪むそいつの顔に静かに銃口を照準して言った。



「2…28年前って………な……何だよ…それ…。し…知らねーよ」



 次の瞬間、僕は何の躊躇いもなく引き金を引いた。



「うぎゃー」



 永井辰夫は撃ち抜かれた右腿を押さえながら転げまわる。
 僕はその無様な姿を冷たい眼で見下ろしながら足を振り上げて思いっきりその傷をこいつの手ごと踏みつけた。じりじりと傷口を踏み躙る度に永井辰夫は喉の奥で押し潰したような声で耳触りな悲鳴をあげる。



「28年前、おまえらは公園で君崎かなえをレイプした。忘れたとは言わせない」



 僕は静かにそう言った。
 永井辰夫はその言葉に答えない。ただその汚く醜い顔を涙と鼻水、涎でぐしゃぐしゃにしているだけだ。



「おまえらは自分たちが未成年なのをいい事に、時代錯誤の愚法を利用して彼女を脅した。許される行為じゃない。おまえ、この28年どうやって生きてきた? おまえが彼女と彼女のお腹の中にいた僕らの子どもから奪ったこの28年をどうやって生きてきた。その28年間のうち何回笑った? どれだけ幸せだった? なあ、言ってみろよ、おい」



 もう一度トリガーを引いた。



「うぎゃー」



 左腿を撃ち抜かれた永井辰夫は断末魔のような悲鳴をあげる。
 永井辰夫は顔をぐしゃぐしゃにして僕を見上げる。その口はだらしなく半開きで意味のない言葉になってない声を無意味に零している。



「痛いか? だけど君崎かなえは、彼女の中にいた子どもはもっと痛かったんだ。彼女はこの28年間その壊れた心に負った癒えない傷にずっと苦しんできた。それに比べたらそんな痛み…」



 僕は永井辰夫の傷を踏み躙った。何度も何度も…。



「言えよ。この28年間、彼女と子どもから奪った28年間笑いながら生きてきたんだろ」



 永井辰夫はそのぐしゃぐしゃの顔を縦に振った。それを見た僕の両目から涙が零れる。胸に感じるのはすべてへの怒りと哀しみ。
 この世に神がいないのなら、神に裁かれるべき者が裁かれずに他人から無情理に奪い去った時を図々しくも笑って生きているのなら…僕はあの赤い満月のようにこの手をそいつらの血に染めよう。それに罪悪感も哀しみも感じない。感じるのは大切な者を守れなかった無力な自分への怒り。守れなかった者への罪悪感。ただそれだけ…。
 車内に響く永井辰夫の乱れきった呼吸音ともしゃくりともとれる音に重なって静かに撃鉄をあげる音が響く。



「ひゃぁー」永井辰夫の裏返った声にならない声であげられた悲鳴。
『殺して。こいつを殺して。憎い憎いこの男を殺してやって』僕の首に腕を回してそっと耳に唇を近づけて囁く君に僕は静かに「ああ」と頷く。
「た…助けて…お願い…お願いだから……助けて……。謝るから…謝るから助けて…」
「反省したふりをすれば許してくれるのは未成年ってだけで甘い…未成年に重い罪を着せることで大切な者を奪われたこともない癖に殺人犯の人権を主張するくだらない偽善者どもの世論に攻撃される事にびびる裁判官と権力と金に弱い人間だけだ」


 僕はトリガーを引いた。
 夜の闇に一発の銃声が響いた後、そこからは音が消えた。無音なその場所はただ噎せ返るほどの濃い血の臭いが漂うだけだ。
 僕はその復讐の果ての血の臭いに喜びも哀しみも何も感じていない。心を染め上げる虚無間は変わることはない。かなえを守れなかった自分への怒りも消えていない。ただ前と変わったのは絵の具に染まっていたこの手が彼女と彼女の中にいた僕らの子どもを殺した3人のうちの1人の血に染められただけ。その手ではもう僕は…。



「だけどそれでいい。僕はそれでもいい。かなえ、僕は君を愛しているから」
『秋人。ありがとう。ごめんね。私もあなたを狂おしいほどに愛している』



 涙が濡らす僕の頬を触れる君の手に僕は血に染まる手を重ねる。君をこの薄汚い血で汚してしまわないように。



 →Kanami15へ





シーンⅦ 8月13日 Kanami14

2005年11月15日 | 銀の指輪のジンクス


 Kanami14



 あたしは真っ暗な闇にいた。
 そこを染め上げる闇は夜よりも昏い絶望と哀しみの闇。
 そこは深い絶望と哀しみに閉ざされた氷の世界。永遠に日の光が射し込む事の無い絶対零度の氷の世界。
 あたしはそこを独り泣きながらさ迷っていた。
 どこからかそれは聞こえてきた。それはとてもとても哀しげな泣き声。聞いているだけでその哀しみに心が張り裂けてしまうのではないのかと思えるほどに…。
 あたしはその泣き声が聞こえてくる方に向かった。その泣いている子を慰めてあげたかったから。
 遠い遠いそこに何時間もかけて、足はもうずたぼろになりながらもあたしはその泣いている子の元に辿り着いた。



 それは何て哀しい姿



 その娘は永遠に溶けることのない氷の十字架に憎悪と絶望、哀しみの鎖でがんじがらめにされていた。その娘の細い体は鎖に縛られて傷つき、赤い血を流し続けている。
 あたしはその鎖を断ちきろうとした。指の皮が破れて肉が裂けても、爪が剥がれても。
 泣きながら鎖に指をかけてそれを断ち切ろうとするあたしに彼女は囁く。



『それは本当に嬉しい色だったのに…あいつらに…あんな奴等に絶望の黒に塗り潰されてしまった。それは本当に本当に大切な…私と秋人の大切な命だったのに…あいつらは私たちからそれを奪った。許せない。私は私を陵辱して大切な物を奪い取ったあいつらを許せない。殺してやる。あいつらを殺してやる』



 永遠に溶けることのない氷の十字架に憎悪と絶望、哀しみの鎖に繋がれたその娘…君崎かなえは憎悪と絶望、哀しみの色だけを宿す大きく見開いた瞳から血の涙を流しながら、周りの闇よりも昏く冷たい声で囁いた。それを聞いたあたしはとてもとても哀しかった。
 永遠に溶けることのないこの氷の十字架に憎悪と絶望、哀しみの鎖に繋がれながら永遠に癒えることのない傷から血を流し続けながらずっとずっとここに独りぼっちだったこの娘があまりにも哀れで。



「かなえ…あなたは何てかわいそうな人……。あたしがいてあげる。あたしがここにずっと一緒にいてあげる。だからもう泣かないで。もう何も哀しまないで。絶望しないで…」



 あたしは氷の十字架に縛り付けられた彼女に抱き着いてそう呟いた。本心だった。あたしがずっとこの娘の側にいてそしてできるならこの娘の心を染め上げる哀しみの色を塗り替えてあげたいと思った。だけどそのあたしの想いは彼女に届くことはなかった。この閉ざされた氷の世界に日の光が射し込むことがないように…。



『笑っているあいつらを殺してやりたい。私から何もかも奪ったあいつらを殺してやりたい。私がこの閉ざされた氷の世界で過ごした28年という時を笑いながら過ごしたあいつらを殺してやりたい。私のとてもとても大切だった時を奪ったあいつらを殺してやりたい。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。すべてが憎い』



 血の涙を流しながら壊れた心の奥底から絞り出すように絶望と哀しみ、怨念に満ちた声で言葉を紡ぐ彼女をあたしは今まで以上に抱きしめた。



「やめて。もうやめて。哀しいよ。こんなの哀しすぎるよ。どうして…どうしてあなただけがこんな風に苦しんで…。もうやめようよ。今のあなたはあまりにも哀しすぎる」



 かなえの体が小さく震えた。それはやがて激しい震えに変わる。笑っているのだ。



『やめろ、奇麗事を言うな。何も知らない癖に。私の絶望も哀しみも、憎しみも怒りも、私のこの28年を何も知らない癖に奇麗事を言うなぁー』



 あたしはその彼女の叫びに吹き飛ばされる。吹き飛ばされたあたしは氷の十字架にぶつかり、その体は重く冷たい鎖に繋がれる。鎖が体に巻きつく度にあたしの中に心が壊れそうになるほどのかなえの哀しみと絶望、怒り、憎悪、怨念が流れ込んでくる。あたしはそれに悲鳴をあげた。



『おまえなんかにわかるもんか。19年の時をとても大切な人々に囲まれ、大切に育て上げられながら、過ごしてきたおまえなんかにわかるもんか。恋しい人と出会い愛されていたおまえなんかにわかるものかぁー』
「きゃー」



 鎖が皮を破る度に、肉を裂く毎に、流れ出る赤い血に変わってあたしの中に流れ込んでくるかなえの想い。あたしはそれに涙を流した。こんなにも哀しい彼女にあたしがしてあげられることはやっぱり彼女のために涙を流してあげることしかできない。だけどそれも今の彼女には届かない。こんなあたしはあまりにも無力だ。



『おまえなんかいらない。おまえなんかにはわからない。だけどあの人は違う。あの人ならわかってくれる。私と一緒に哀しんでくれる。絶望してくれる。そしてあいつらを呪ってくれる。殺してくれる。そう、私と一緒にあいつらを殺してくれる。それがいい。それがいい。私とあの人、2人で復讐をするの。2人の幸せな時を色を奪ったあいつらに2人で復讐してやる』かなえは両手を広げて何かに陶酔するように言う。
「か…かなえ? かなえ、あなた、何を言っているの? 何をするつもりなの?」
『復讐してやるの、あいつらに。私と私の大切な人と2人で。だからあなたはいらない』
「かなえ…かなえ、待って…。待って、かなえー」



 あたしは悲鳴をあげるように叫んだ。しかしその叫び声は周りの闇に吸い込まれてむなしく消えるだけ。
 あたしはあたし独りとなったこの夜よりも昏い闇に染め上げられた閉ざされた氷の世界で泣き続けた。


 →Akio3



 うぉー。危なかったー。仕事に出てから、カペタの予約をしていなかった事を思い出して、戻ることも出来ずに早く帰ろうとしたら、警備のおいちゃんが気さくに話しかけてきて、話しちゃって、車を飛ばして帰って、ギリギリセーフ。ふぅー。
 やっぱ、カペタはいいなー。
 見ててほっとするし、健気でかわいいし。
 父息子愛がすごく良いし。
 やっぱりこういうお話は大好きです。(*^―^*)
 うわぁー。もう全巻買っちゃおうかなー。明日は鋼錬の最新刊だ。(><


シーンⅦ 8月13日 Aika5

2005年11月14日 | 銀の指輪のジンクス

 Aika5


 その日、朝からあたくしは理由のわからない息苦しさを感じていた。いつもの朝の日課であるアモールで朝食を取りながら文庫本を読むというあたくしのささやかな楽しみをしなかったのもその意味の分からない息苦しさのため。


 エレベーターから下りて事務所に続く扉を開けると、やはりめぐみさんもあたくしと同じ息苦しさを感じているかのように重い表情をしてソファーに座っていた。


「おはようございます。めぐみさん」


 あたくしがそう言うと、めぐみさんはびくっと大きく体を震わせてこちらを見た。どうやらあたくしが入ってきていたことに気づいていなかったようだ。
 彼女は疲れた色が浮かぶ顔にそれでも優しい笑みを浮かべて、


「ああ、おはよう、愛華」


 あたくしは荷物を自分のデスクの上に置くと、


「コーヒー、飲まれます?」
「うん、お願い。おもいっきり濃いので」
「はい」



 あたくしはキッチンの方に行った。事務所の方からはソファーからめぐみさんが立ちあがる音、続いてテレビの起動音。聞こえてきたのは朝のニュース番組のオープニング。しかしそのメロディーにあたくしは漠然とした胸騒ぎを覚えた。口から零れる息が荒くなる。ものすごい息苦しさをまぎらわせようとあたくしは小さく深呼吸をした。
めぐみさんのコーヒーと自分の紅茶を持って、事務所に戻ると、めぐみさんは眼を大きく見開いて呆然と画面を見つめていた。あたくしの眼も無意識にそちらに動かされる。


「な…」


 口から零れたのは驚きの声。あたくしは画面に映るそれに絶句して呆然と立ち尽くしてしまった。



「これって…めぐみさん………そんな……かなみさん……どうして…こんな……」



 あたくしの声はどうしようもなく震えている。いや、声だけではなく体も…。手に持っていたお盆はその上に乗っていたコーヒーと紅茶が入ったカップごと重力に引かれて落ちて耳触りな音を奏でる。それはどこか遠くから聞こえてくるような気がした。
 めぐみさんはテーブルの上に置かれていた車のキーを取ると、


「かなみちゃんの所へ行ってくる」
「あたくしも…あたくしも一緒に行きます」
「ダメ。愛華、あんたはここにいて。かなみちゃんが心配だろうけど、あんたはここにいて。2人ともここを出ていってもしもあの娘とすれ違いになったら冗談にならない。だからあんたはここにいて。ごめん、辛い想いさせて」
「わかりました。めぐみさん、かなみさんをよろしくお願いします」



 胸元を震える手でぎゅっと握り締めながらそう言うあたくしに彼女はこくっと大きく力強く頷くと、事務所を飛び出していった。
 テレビからはただ永井辰夫が殺されたという事実を淡々と述べるニュースキャスターの声だけが虚無的に流れていた。


 →Kanami14へ



 昨日のトリック、今ビデオで見たのですが面白かったですね。^^
 あの宇宙人の人形、映画の中でも持っていたですね。
 思いっきり笑ってしまいました。^^


 うぉ。今年の二月に出た雑誌にスラムダンクの山王戦から10日後の物語の漫画が載ったんですってね。
 今更ながらにそれを知ってすごくショックでした。見たかったなー。



ようやくパンクを修理したタイヤを引き取りに行きました。
 ちょっと予備のタイヤは怖かったので、ほんとに帰りは運転しやすかったです。(笑い

シーンⅦ 8月13日 Megumi8

2005年11月12日 | 銀の指輪のジンクス
 シーンⅦ 8月13日
 Megumi8



 助けて…。助けて…めぐみさん…


「かなみちゃん」



 私は大声で彼女の名を叫ぶ。自分のその声で深いまどろみから目覚めた。


「はあはあはあはあはあはあはあはあ…」


 汗びっしょりかいた顔を片手で押さえた。
 汗で額に張りついた前髪を人差し指で掻きあげながら私は壁にかけられた時計を見た。


「午前2時50分。前と一緒か…」


 私は疲れたようなため息混じりの声で呟いた。
 背中を流れる汗でパジャマの上着がべったりと額に張りつく前髪と同じように背中に張りついている。それがものすごく不快だ。
 喉には誰かに首を絞められた後のような鈍い痛みを覚えた。その痛む個所をさすった手でべっとりと汗に濡れた髪を掻きあげる。
 胸には不愉快なほどに嫌な痛みを覚えた。胸騒ぎ。それは予感ではなく確信。



「かなみちゃん…あの娘からあの銀の指輪を取り上げるべきかもしれないわね。やっぱりあれはあの娘が持つには危険すぎる」



 私はもうその時には手後れになっていることなど知らずにそれを呟いた。そう、その時私が胸に感じていた想いの意味を正しく理解していればその後の哀しい結末を未然に防げていたかもしれないからだ。それは私にとっては痛恨の失敗でありその後、私はその十字架を背負っていくことになる。しかしそれはもう少しだけ後の話だ。
 私は汗でびっしょりと濡れたパジャマのボタンを外しながら、バスルームに移動して、熱いシャワーを浴びると、深い夜の闇の中でソファーに座ってただ夜明けを待ち続けた。


 →Aika5



 今日は仕事で晩御飯を作るのが遅くなって、食べたのが21時だったのですが、故にテレビは強制的に妹によって野ぶたにされまして、初めて見たのですが、すごく面白いですね。
 しまったなー。最初から見ていれば良かった。
 そして明日のトリックがめさめさ楽しみです。^^


 BLOOD+、先ほど今日のをビデオで見たのですが、悲しかったですね。題名からして、怪しかったのですが。多分死ぬんだろうなー、と想っていたのですが、わぁー。わぁー、あんな死に方だったんですね。犠牲者で米軍のラボに運ばれた、という事で、翼種にやられたから、だから感染の可能性があって、って事なのかな? とは想っていたのですが、運ばれて点滴された薬のせいなんですね。うわぁー。うわぁー。本当に見てて辛かったです。
 そしてこれの昔のお話、映画版? がすごく見たいです。普通はアニメ放送に合わせてテレビで映画を放送するとか何とかすると想うのですが。。。。むむむ。
 種運命よりも数倍こちらの方が面白くって、種運命がやってた頃よりも土曜日が実は楽しみ。(><



 仕事が終わって、晩御飯の買い物に行ったついでに『夜魔』の予約もしてきたし。(拳)
 楽しみです。『夜魔』。どんなお話なんだろう。魔女が主役という事で、きっとアンハッピーエンドで終わる物語なのでしょうが。むむむ。
 っていうか、買おうかどうか迷っていた『空色勾玉』文庫版が本屋さんから無くなっていました。今日もしばし買おうかどうか迷う気満々だったのにー。(笑い


 ささ、チャングム。チャングム。
 チャングムの女優さん、チャングムは30超えているようには見えなかったけど、公開される映画では歳相応に見えますね。

シーンⅣ 8月12日 Kanami13

2005年11月11日 | 銀の指輪のジンクス
 Kanami13


「ただいまー。あー、暑い暑い」


 あたしははしたなく胸元をぱたぱたさせてだれた声でそうぼやきながら、リビングに入った。
 リビングでは優希がここ最近朝から深夜まで母に小言を言われながらもしぶとくやっているゲームが点けっぱなしになっていた。ターンの合間にトイレにでも行ったのだろう。
 あたしはソファーに座って、背もたれに後頭部をあずけて天井を見つめる。
 どこか気だるい体にずっと閉め切ってクーラーが効いている部屋の空気は息苦しく感じられた。


「それにしても…」


 それにしてもあたしは今まで何をしていたのだろうか? いや、記憶はある。
 あたしは愛しげに左手の薬指にある銀の指輪を眺めた。思わず顔がにやける。
 そう、公園で暁生君に会って、彼にこの銀の指輪とあたしを描いた絵をプレゼントしてもらって、それで彼の休憩時間一杯まで公園で一緒にいて、だけどそう…それはあたしであってあたしじゃあないような…。そう、それはまるでテレビや小説に見る夢想。記憶という名の錯覚のような…。何だろうか、この変な感覚は?
 訳の分からない感覚に戸惑い思い悩んでいると、


「あれ、お姉ちゃん、帰ってきていたの?」リビングと台所を繋げる扉を開いて優希。
「何よ? 自分ん家に帰って来ちゃあいけないの?」あたしの不服そうな声。
「だって、今日はお姉ちゃんの誕生日じゃん。勝負下着つけてお洒落して出ていったからてっきり今日は暁生お兄ちゃんとお泊りかと思っていたのに」


 などとませた事を言う馬鹿ガキの頭をぱしんと叩く。
 ったく、本当にこの弟は…。あたしは心の中で大きくため息を吐いた。
 弟はテレビの前に座って、ターンボタンを押すと、


「ああ、そうか。胸が無いからふられたのか。かわいそうに。貧乳じゃ気持ちよくないもんね」


 と小さな声で呟いた。
 それを聞いたあたしはにこりと微笑む。まるで天使のように。そして優しい慈母のような声でかわいい我が弟にさりげなく訊く。


「ねえ、優希。それってボス戦よね?」
「そうそう、最終ボス。んもう、聞いてよ、お姉ちゃん。こいつってば4回も変身するんだよ。しかもこっちは回復無しでだよ。HP・MP回復のアイテムも全部使っちゃったしさ。っとに、いい加減にしてよって感じ。しかもボスのダンジョンにセーブポイントがあると思ってノーセーブでここまで来たら全然無くってさ。だからここで負けたらせっかく一日使ってレベル42まで育てたキャラが34に逆戻り。げげって感じ。だから今ががけっぷちの正念場」


 優希は大袈裟に肩をすくめる。それを聞いて優しく微笑みながら弟の隣に座る姉。
 画面では勇者一行と敵ボスの戦いが続く。ボスの攻撃。勇者以外の戦士と魔法使い、召喚士が全部死んでしまう。勇者の残りHP18。


「よっしゃー」優希の歓喜の声。


 ターン。優希の指が動く。画面上では勇者の残りMPすべてを使った奥義が選択される。画面が切り替わる。勇者の攻撃。画面に変化。ボスが苦しみだす。


「やったー」優希の歓喜の雄叫び。
「よかったわね、優希」にこりと笑って優しげに。


 馬鹿騒ぎする弟の横であたしの指はリセットボタンを押した。画面は苦しむボスからブラックアウト。数秒後に静かな起動音がしてゲーム機のロゴが画面に浮かぶ。弟はフリーズ。優しいお姉様はいひひひひひっと意地悪く笑う。


「ね…姉ちゃんのぶぅわかー(馬鹿ぁー)」優希は泣き叫びながらリビングから飛び出して2階の自分の部屋へと駆け込んでいった。
「馬鹿はおまえだよ、不祥の弟よ」


 あたしはゲームを切ると、ニュースに変えた。この時間のニュース番組にはかっこいいキャスターが出ているのだ。きゃー、あたしの浮気者。
 あたしは優希が自分の小遣いで買ったお菓子を食べながら、彼のコップで同じく彼が小遣いで買ったジュースを飲む。
 テレビ画面ではニュースキャスターが沈痛な表情をしていた。つい最近発覚した女性のバラバラ殺人事件の報道をしているのだ。
 あたしは同じ女としてこの犯人がとても許せないので真剣に画面を見つめる。そう、女性は常に男に対して恐怖心を持っている。女を快楽のために殺す男たち。彼らは生きる価値もない人間だって思う。だってそうだろう? 欲望のままに生きている理性のない人間なのだから。そんなのは人間じゃない。そこらの畜生と一緒だ。女というだけでそんな生きる価値の無い男たちの犠牲になってしまい明るい未来を奪い取られてしまった彼女にあたしは心の底から同情した。この犯人がまた未成年で時代錯誤のくだらない少年法と偽善者ぶった人権保護団体、金と名誉のためなら弱者を守るべき正義の法を使って黒を白に変える弁護士に守られた日には本当にやりきれない。理性のない欲望に狂った男が未来を保証され、明るい無限の未来を理不尽に奪い取られた女性が、その家族が泣く姿をあたしは見たくない。
 いつの間にか握り締められていた拳を開くと、手の平がべっとりと汗で濡れていた。


『えー、それではここでもう一度、新しくわかった情報をお伝えします。8月8日に発見された静岡の女子大生 松井香子さんを殺して、彼女のバラバラにした体を遺棄した3人組の容疑者のうち1人の名前がわかりました。容疑者の名前は永井辰夫 47歳。無職。住所不定。本籍地は…』


 ニュースキャスターの声はもう聞こえてはいなかった。
 あたしの大きく見開かれた眼は画面に映るその平面顔の中年男の写真を見つめている。
 体がどうしようもなく震える。震える己が身を抱きしめてもそれは止まらない。胸にはおぞましいほどの不快感。全身に感じる体を陵辱されるおぞましい感触。
 壊れた心は恥辱、屈辱、怒り、哀しみ、絶望にどうしようもなく傷ついてその永遠に癒えることのない傷に悲鳴をあげる。
 込み上げてくる嘔吐感を我慢できずにあたしはトイレに駆け込んだ。吐いても吐いても込み上げてくる嘔吐感。胸の不快感と喉に感じる痛み。あたしは泣きながら何度も何度も吐き続けた。
 もう何も吐く物が無くって胃液だけを吐いていたあたしは汚れた口の周りを手で拭きながら、幼い少女のように泣きじゃくりながら、服を着たままシャワーを浴びた。


「どうして…どうしてこんな……何よ、これは…。何がどうなっちゃったのよ? あたし、どうしちゃったのよ…」


 あのテレビに映っていたのは間違いなく画面に映るあいつの写真を見るまで忘れていた悪夢に出てきた3人組みの1人だ。だけどあれはただの悪夢だったはずだ。なのにこれは一体何なのだ…。どうしてあの男が実在しているのだ。あたしはもう何が何なのかわからない。
 道に迷った迷子のようにあたしは泣きながら、バスルームを出て、洗面所の鏡を覗いた。
 びしょびしょに濡れたあたしの顔は蒼白でげそりとやつれていた。ひどい顔だ。眼は真っ赤になっている。
 あたしは泣きながら鏡に映る自分を見つめていた。幼い子どものように瞳から溢れ出る涙を握り締めた拳で何度も何度もぬぐいながら。
 そんな鏡に映るあたしの姿。そのあたしの姿に変化があった。
 あたしの全身がそのありえない恐怖に粟立つ。恐怖に悲鳴をあげたいけど声が出ない。
 鏡に映るあたしの首に後ろから誰かが手を回す。その手の持ち主はあたしを後ろからぎゅっと抱きしめてあたしの耳にそっと口を近づけて恋人にするように息を吹きかけながら囁く。ぞっとするほどに昏く昏く冷たい声で囁く。


『それは本当に嬉しい色だったのにあいつらのせいでそれは黒に塗り潰されてしまった。私は絶対に許さない。あいつらを絶対に許さない…。だからあなたと私、2人であいつらを殺してやるの…。復讐してやるのよ…2人で…。あなたと私…2人で復讐を…』


「嫌ぁ……嫌ぁ……嫌ぁー」


 あたしの心は夜よりも昏い闇から伸びた冷たく重い鎖に捕らわれて闇に引きずり込まれていった。


 →シーンⅦ 8月13日 Megumi8へ


シーンⅥ 8月12日 Akio3

2005年11月08日 | 銀の指輪のジンクス


 シーンⅥ 8月12日
 Akio3



 今日はよく晴れたとても暑い日だった。そんな今日はあの元気で明るいかなみちゃんの誕生日にぴったりだって思えた。
 僕は本当なら今日一日休みをもらいたかったが、うちの事務所に大急ぎの仕事が入ってしまって、このわずか1時間の休憩も先生と先輩たちが僕のために無理して作ってくれた時間だった。
 待ち合わせ場所は仕事場の近くの公園。そこはたくさんの緑に包まれて、真ん中では噴水があがる小さいけどとても綺麗な公園。
 そこは周りじゅうから聞こえてくるうたかたの生を詠うセミの鳴き声と幼い子どもたちの楽しそうな笑い声が響いている。
 僕はそんな周りの混合奏を聴きながらただ茫然と彼女を見ていた。僕の彼女である綾瀬かなみを。
 いつもの彼女はわりと動きやすいカジュアルな服装が多いのだが、今日は白いワンピースを着て、そのさらさらの後ろ髪をわずかばかりの風になびかせながら、麦藁帽子をかぶって、噴水でパンツ一枚になって遊ぶ幼い子どもたちをとても綺麗で優しい表情をしながら見つめている。自分のお腹をとても愛おしそうに触りながら。その姿はいつか教会で見たステンドグラスに精細なタッチで描かれた聖母マリア様に似ているように見えた。
 ベンチに座って遊んでいる幼い子どもたちの絵を描くかなみちゃんをただ呆然と呆けたように見つめる僕の姿は傍から見たらかなりやばい姿に見えたかもしれない。だけどその時の僕にはそれを思う余裕ってのはまったくなかった。


「あ…」


 僕の視線に気づいたのか、かなみちゃんが僕の方を向いて小さく手を振った。
 僕も軽く右手をあげてから少し緊張して硬い足取りで彼女のいるベンチに向かう。なんだか初めてのデートの時の事を思い出した。


「誕生日おめでとう、かなみちゃん」
「ありがとう」


 彼女はそう言ってたおやかに微笑んだ。それはとても落ち着いた感じの微笑みで僕はまたドキっとしてしまう。
 そんな照れた表情をごまかそうと僕は「ごほん」とわざとらしく大きく咳払いをした。それにかわいらしく小首を傾けて微笑する彼女に僕は耳まで赤くする。隣にいる彼女に僕の早すぎる心臓の音が聞こえてしまわないかと心配になった。


「あの、これ、誕生日プレゼント」


 僕はぎこちない動きで彼女の小さなだけどすらりと指が長い綺麗な手の上に小さな箱を乗せた。


「ありがとう」彼女は赤らめた顔にとても幸せそうな笑みを浮かべてそう言ってくれた。
「貸して」


 僕は彼女から箱を受け取ると、蓋を開けて、中から銀の指輪を取り出す。そしてそれを早鐘のように鳴り響く心臓の音を聴きながら彼女の左手の薬指にはめた。


「19歳の誕生日おめでとう。かなみちゃん」


 僕は微笑みながらそう言って、彼女の唇にそっと唇を重ねる。


「ありがとう」


 そう言って笑う彼女の顔を見て、僕は狂おしいほどの愛しさを募らせる。
 彼女は自分の左手の薬指にはまる銀の指輪をとても愛おしげに触りながら、その顔を涙に濡らして僕を見つめる。僕はそんな彼女に戸惑う。
 かなみちゃんは僕の頬にそっと手を添える。それはとても温かい。


「私はあなたに銀の指輪をプレゼントしてもらえて本当に嬉しかった。あの日、路上でお姉さんに教えてもらった銀の指輪のジンクス。それに私はとても憧れたから。ねえ、本当に嬉しいんだよ。幸せなんだよ、私。今度こそ、一緒に2人で幸せになろうね」


 彼女は小さく囁く。そして僕の唇に自分の唇を重ねた。
 僕は彼女の唇から唇を離すと、照れくさげに鼻の頭を掻きながら、


「もう一個プレゼント」


 袋の中からA4サイズの絵を取り出した。初めてデートした時に撮った写真を基に描いた彼女の絵だ。


「わぁー、私の絵だ。すごい綺麗ね。ありがとう。これって初めてデートした時に一番最初に撮った写真だよね」
「正解」


 かわいらしく笑う彼女に僕も微笑んだ。
 腕時計に視線を動かして、また嬉しそうに絵を見つめる彼女に視線を戻す。


「まだ時間あるからすぐそこの喫茶店に入ろうか? 暑いだろ?」
「ううん、大丈夫。夏は好きだから。それにもう少し……やっと出会えたあなたとこうしていたいから」


 かなみちゃんはそっと僕に身を寄せる。腕には彼女の体温とさらさらの髪の感触と、柔らかい肌の感触がダイレクトに伝わってくる。体温がかっと一気に急上昇するのと同時に心臓が早鐘のように早くなる。
 彼女はちらっと僕を上目遣いに見上げて、


「ごめんね、暑い?」
「ううん、大丈夫」


 それよりも僕の心臓の音が君に聞こえてしまわないかの方が心配だった。


「よかった」


かなみちゃんはそう言ってくすくすと笑った。僕の腕に彼女が笑う度に振動が伝わってきてそれがまた僕に幸せを感じさせてくれた。


「ん?」


 僕の視界に映るのはかなみちゃんの右手の薬指にはまっている古びた銀の指輪。


「それは?」


 僕の視線に気づいて、彼女も自分の右手の薬指にはまった銀の指輪に視線を動かした。そして僕の顔を見つめる。その表情はどこか寂しげだった。僕は何気なく訊いたつもりだったけどひょっとしたらそう言った声はきつい声だったのかもしれない。僕は慌てて、


「あ、いや、ほら、初めて見る指輪だし、それにいいデザインだなって…」


 かなみちゃんは僕の首に両手を回して、去年の誕生日に彼女が僕にプレゼントしてくれたペンダントを外して、それに右手の薬指から外した銀の指輪を通して、またペンダントを僕の首にかける。


「かなみちゃん?」


 彼女の名を口にする僕にかなみちゃんはしかしとてもとても静かな声で、


「もう二度とやっと出会えたあなたと別れたくないから、だからこの銀の指輪は…私はあなたが持っていて。お願い」


 それは閉ざされた氷の世界から聞こえてくるようにとても寂しげな哀しい声だった。



 → Kanami13


 今日のカペタ、先ほど見たのですが、やばい! また、ちょっとうるぅっと来てしまいました。うーん。歳だな。涙もろくなった。
 あー、もう。カペタ、揃えようかなー。^^




シーンⅤ 8月11日 Kanami12

2005年11月07日 | 銀の指輪のジンクス




 シーンⅤ 8月11日
 Kanami12



 8月11日。あたしはいつもよりも早く起きた。
 窓から差し込んでくる朝の日の光りと、かわいらしいすずめの鳴き声が今日の快晴を約束している。


「うーん」
 

 あたしはベッドから起き上がると、伸びをして、カーテンを開けた。窓を開けると、朝の澄んだ空気の匂いが部屋に流れてくる。


「いいお天気。よかったー」


 あたしはもう一度伸びをするとカーテンを閉めた。
 お母さんの包丁がまな板をリズミカルに叩く音とお味噌汁のいい匂いが漂ってくる台所の前を通って、洗面所に行った。
 鏡に映るあたしはとてもいい顔をしていた。そんな鏡に映る自分にあたしはにこりと微笑んで、「おはよう」と呟く。
 母さんの作った朝食を食べ終わるとすぐにあたしは出かけた。
 電車を乗り継いで、大野にある正念寺というお寺に到着する。


「あ、かなみさん。おはようございます」
「かなみちゃん、おはよう」


 正念寺の門の前にいためぐみさんと愛華さんの元気な声に答えるようにあたしも元気一杯に手を振った。


「おはようございまーす」


 あたしたちは君崎家のお墓の前に立った。


「かなえ、皆で来たよ」


 あたしは手を合わせながら心の中で呟いた。その声に答えるかのように気持ちのいい夏の風があたしたちを優しく撫でていった。
 3人でお墓参りを済ませる。


「さあ、帰ろうか」優しいめぐみさんの声。
「かなみさん、この後に何か御予定は?」微笑んだ顔をかわいらしく傾げて愛華さん。
「ううん、ない。暇人」頭を振りながら大きく肩をすくめてあたし。
「でしたら、めぐみさんの家によって行きませんこと? 今夜も3人で騒ぎましょう」両手をぽんと叩いて愛華さん。
「お、いいね。来なよ、かなみちゃん。かなみちゃんの誕生日の前祝いをやろう」
「え、でも、前にやってもらいましたよ」
「だからさ、前のは前×3祝いだろ。今日のは前祝いだよ」
「っていうかー、めぐみさんってばお酒を飲めればいいんじゃないの?」
「当り」悪戯っ子の顔でめぐみさん。
「ぷぅ。んもー、めぐみさんったらー」あたしは口を両手で隠してくすくす笑う。


 女3人で笑いながら歩いていく。そしてあたしは最後に振り返って、右手の薬指にはめた銀の指輪を優しく左手で撫でながら、
「この銀の指輪。大切にするね」
 と呟いた。



 あたしは知らなかったのだ。
 この後に起こる悲しいまでの悲劇と言う名の狂気の日々を。



 そして始まる、
 かなみの、
 復讐劇が…………。


 →シーンⅥ 8月12日 Akio3へ


 11年前の11月6日、日曜日も思えば雨だったんですよね。
 11年前はやはりもう少し寒かったと想う。
 あの時は本当に戦っていたなー。
 目に見えない物と。
 色んな葛藤と。
 そしてそれを本当にどうにかできると自分で信じていた。
 周りに虚勢を張って、笑いかけて、絶対に本心を見せずに、独りで戦うのは今も変わらないけど、でも歳を取った分だけ11年前よりも弱くなったと想う。
 たくさんの物もあの時から随分と無くしたし。
 ようわからんなー、本当に人生なんて。
 自分も含めて本当にめっさ人生が11年前よりも大きく変わってるのなんてぎょうさん居るし。
 カメラで賞を取って、海外留学した奴。結婚した奴。離婚した奴。死んだ奴。犯罪を起こして、新聞に載った奴。
 本当にようたくさん。
 指から零れ落ちていくたくさんの物。
 人が足掻くのはその指の隙間から零れ落ちていく物をどうにかしたくって。
 でもどんなに上手に指の隙間をしめようとしても、その隙間から零れ落ちる物は絶対に止める事はできない。
 だから人は多分集まるのだと想う。
 結婚して、子どもを作るのが幸せ、って、
 仕事をして、何かをなしているのが幸せって、
 より自分の手の平にたくさんの物を乗せる事で、そうやって何かが手の平の上から落ちていくその悲しみに、抵抗しているんだと想う。



 神様は人が生まれる時にその手の平に、一生分の幸せを載せてくれる。


 でもそれはとてもわかり辛いもので、手の平に乗っている時は見えなかったり、それがわからなかったり、ただ重いだけだったり。



 そして人は愚かだから、それが指の隙間から流れ落ちて初めてそれに気づいて、でももうそれは取り返しがつかなくって、


 だから人は軽くなったその手の平に何かを載せるために足掻く。


 神様はひょっとしたら居るのかもしれない。


 そしてひょっとしたらその手の平の上にある物を必死に訴えているのかもしれない。


 それが試練。試練を乗り越えて得る物、でもそれはひょっとしたら試練があるからこそ、最初から手の平の上にあった事に気づくのかも。


 でも人はそれがわからないから、手の軽さを悲しんで足掻くんだ。


 それは神様の意図する事と違うから、神様の存在がわからなくなって、苦しんで、それで同じ目に見える人間、互いに与える事の出来る人を求めるのかもしれない。



 愛した分だけ、愛して欲しいとか、そういう事?



 そうやね。多分それは弱さじゃない。
 目に見えないから、人は神様を捨てて、人を求める。



 でも俺は違う。
 人なんか求めない。
 もしもそこに意味があるのなら、試練に向かってやる。その試練の先に何があるのか、その試練がどういう物だったのかを知る事を楽しみに。
 神様、俺はあなたと歩んであげるよ。あなたが俺に与えた物、それを見極めるために。
 それは俺とあなたとのゲーム。
 俺があなたの意図に気づけるか、それとも気づけないか。それを賭けた人生ゲーム。
 人生なんて、そんな物。
 俺はきっと狂っているのだ。
 神が人に与えた法則に気づいた瞬間に。
 俺は神と共に居る。だからこそ、俺は狂っているのだ。
 そう想えばこの試練だらけの人生も、面白おかしくやっていける。
 ある狂人のウタ。



 やや、でも本当に11年前の11月6日、日曜日は雨だったのですよ。^^
 この日はとても思い出深い心嬉しい日だったから、だからよーく覚えている。
 雨の冷たさも、空気の清浄さも。愛知テレビでレベル7がやっていた事も。
 そしてそれを思い出したら11月27日、11年前の自分の誕生日の出来事もとてもリアルに思い出して、少し苦笑した。


 やや、ようやくハードな仕事が終わって、明日は緩やかです。(笑い

シーンⅣ 8月10日 Kanae4

2005年11月05日 | 銀の指輪のジンクス

 Kanae4


 昼間の力強いうたかたの生を詠うセミのオーケストラとはうって変わって、夜の世界に流れているのは夜の夏の虫たちが奏でる静かなオーケストラだ。
 ソファーの上から窓枠の向こうに見る夜空には無限の瞬く星々とわずかにかけた月。
 透明な私の希薄な心でもそれらを美しいと感じられた。そう思えたのは綾瀬かなみのおかげ。こんな私を友達と呼んでくれて、私のために泣いてくれた優しい彼女のおかげ。
 虫のオーケストラが車のエンジン音に掻き消される。
 誰かがこの廃屋の敷地に入って来た気配。
『こんばんは、かなみちゃん』
 わずかばかりの夜気を震わせて吹く涼やかな風にその髪をなびかせる彼女に私は微笑んだ。
 彼女はとてもとても静かに優しく微笑んで、


「こんばんは、君崎かなえさん」
『え…?』


 私の心が震えた。君崎かなえ…遠いどこかからか聞こえてくるようなその響きに私はどうしようもなく何かを感じる。とても温かくって、そして大切な何か…。


「君崎かなえ、それがあなたの名前よ」
『私の名前…君崎かなえ…』
「うん」


 虫食いになっていたおぼろな魂の記憶に一つ一つのピースが組み合わさっていくような不思議な感じに呆然とソファーに座り込む私の横にかなみちゃんが座る。
 優しい笑みが浮かぶ彼女の顔が私の顔を覗く。


「君崎かなえ、それがあなたの名前。そしてAforK、かなえに銀の指輪をプレゼントしてくれたのは、あなたが刹那のおぼろに見た彼氏の名前は藤崎秋人。それがあなたの大切な愛しい人の名前」


 私の瞳から涙が溢れる。どうしようもなく心が震える。津波のように色んな想いが私の希薄だった心に流れ込んでくる。透明な心を幸せの色に染めていく。
 そうだ。そう。藤崎秋人。私の愛しい人の名前。私が愛して愛された人の名前。いつまでも一緒に生きて幸せになりたいと思った人の名前。


「ここはね、藤崎秋人さんの家なの。あなたが愛した人の家。だからあなたはここにいる。ここがあなたにとって大切な場所だから」


 優しい声でそう教えてくれる彼女に私は幼い女の子のようにうんうんと泣きながら頷く。


『わかるよ。うん、わかる。ここがリビング。ここで私はあの人に絵を描いてもらったの。ここで私はあの人と未来を語り合ったの。ここで…ここで私は…』


 色んな大切な想いで私の希薄だった心が満たされていくのがわかる。透明な冷たい体にほんのりと灯る灯火はだんだんと明るくなって、私の体は金色に輝きながら宙にあがる。


「ほら、これをご覧。あなたと藤崎秋人の写真だよ。あなたは皆に愛されていたんだよ。あなたは独りぼっちなんかじゃあないんだよ」


 泣きながら私にそのセピア色の写真を見せてくれるかなみちゃんに私はうんうんと頷く。


『ありがとう、かなみちゃん。あなたのおかげで私は失ってしまった大切な想いを取り戻せた。本当に本当にありがとう』
「うん」
『私は大切な物を取り戻せた。私は大切な人の事を思い出せた。私はその人の所に逝くの。私はそれが嬉しい。それはとても幸せなの。だからその銀の指輪はあなたが持っていて。そしてあなたはお願い、私の分も生きて幸せになって。私の大切なかなみ』


 私はかなみの頬にそっと手を触れて、そう囁くと、彼女の額に愛おしげに口づけをして、そして無限の星々とわずかにかけた月が浮かぶ夜空に吸い込まれるように天に昇っていった。
 生きていた頃の大切な想いとこのわずか数日の時に得た21年の生で得た大切な想いに負けないぐらいの大切な想いを抱いて。


『ありがとう。私の大切なかなみ』



 →シーンⅤ 8月11日 Kanami12へ


 スウィングガールズ、面白い。(><
 家に帰ってきてから車のタイヤがパンクしている事が判明。よく生きて帰れたな。。。
 そしてまたお金がぁ―ーーーー。(-_-;



シーンⅣ 8月10日 Kanami11

2005年11月04日 | 銀の指輪のジンクス

 Kanami11


 あたしは病院の中庭にあるベンチに座って君崎報奨が入院している病室を見つめていた。
悪戯をして家に帰りたくっても帰れない子どもが抱くホームシックに心を染めながら。
 あたしはそんな想いに覚えがあった。それは遠い昔、あたしがまだ5歳の幼い子どもだった頃、あたしは母のお気に入りのお皿を割ってしまった。
 あたしは母に怒られるのが怖いのと母への罪悪感で近くの公園に家出をした。
 夕方の公園でブランコに座りながら独り仲良く母親と手を繋ぎながら帰っていく友達を見つめていた時にその想いはそっくりだった。
 母を恋しく想う想い、母の大切な皿を割ってしまったことへの罪悪感、母にすまないと想うゆえに恋しい母に会うことのできない哀しみ。
 今のあたしはその時のあたしそっくり。幼い子どものようにただただ親への罪悪感と恋しさを感じながらしゅんと体を丸めて時が経ってどうにかなるのを待っている。


「かなみちゃん」


 俯いていた顔をあげると、両手にアイスクリームを持って微笑んでいるめぐみさんがいた。


「はい。私の奢り。愛華には内緒ね」


 そう言って悪戯っぽく笑う彼女にあたしも微笑んだ。その瞬間、ほんの一滴だけ涙が頬を伝った。めぐみさんはそれについて何も訊かないでくれた。そんな彼女の優しさがただただ嬉しかった。
 ぺろりと舐めたアイスクリームは冷たかった。そして甘かった。口の中で溶けていくアイスクリーム。あたしはあたしのこの哀しみも、ここあの哀しみも、この世界にある哀しみや憎しみ、虚偽や偽善、憎しみに憎悪、嫌な物すべてが溶けて消えてしまえばいいのにと思った。だけどそうはならないことを嫌でもあたしは知っている。それはどうしようもないことだから…。
 この世界が矛盾や間違いだらけなのを知っているはずの空がそれでも世界には美しい物しかありませんと言わんばかりに抜けるような青さに染め上げられているのにあたしは白々さを感じてすべてに興ざめした。
 ものすごく希薄な感じ。世界がそれを見て見ぬふりをするのならそれならあたしが透明になって消えてしまえばいいのに…。
 夕暮れ時に近くなった世界はだんだんとその明度を落していく。白々しい青さを誇っていた空は世界のすべてを哀しむかのように、哀しむ者を優しく包み込むかのように、優しい橙に染められる。
 涼やかな夕暮れの風があたしの髪を撫でていく。
 あたしはすーっと髪を押さえた。


「かなみちゃん」
「はい」


 あたしとめぐみさんは夕暮れ時のベンチの上で向かいあった。
 めぐみさんは風になびく髪を押さえながら優しく静かに微笑んだ。夕暮れの橙色の光りを浴びながら微笑む彼女はひどく神秘的でそして綺麗だった。あたしはそんな彼女に憧れる。


「綾瀬かなみさん。あなたにご依頼された廃屋の女性、銀の指輪の持ち主についてのご報告をします」


 真摯な瞳であたしを見つめながら静かに言葉を紡ぐ彼女にあたしは「はい。お願いします」と言った。


「銀の指輪の持ち主は君崎かなえさん。享年21歳。彼女は私立聖霊女子学院大学の美術課の学生でした。彼女が亡くなった原因は自殺。理由は…聞きたい?」


 あたしは小さく頭を振った。なぜか彼女の身に何が起きたのかをあたしは無意識に知っていたから。


「彼女には結婚を誓い合ったフィアンセがいました。彼の名前は藤崎秋人。享年28歳。彼は彼女が亡くなってから半月後に交通事故で亡くなられました。君崎かなえさんが今いる廃屋が彼が生きていた頃に住んでいた家です。彼を想う心が、あそこが彼女にとってとても大切な場所だから彼女はあそこに縛られてしまったのでしょう。今現在はあの廃屋は君崎かなえさんの父、君崎報奨さんに買い取られてそのままにされています。これが2人の写真です」


 あたしはめぐみさんから一枚のセピア色の写真を受け取った。そこに写る女性は確かにここあだった。
 夕方の橙色の光りに照らされたセピア色の写真に写っているここあ、いや、君崎かなえはとても幸せそうにだけど少し照れくさげに笑っていた。その彼女の顔は本当に綺麗だと思った。今まで見たどの時の笑顔よりも。


「君崎かなえさんはとても愛されていました。以上、報告を終了します」


 あたしの頬を涙が伝った。
 あたしはその涙を握り締めた拳で拭くと、夕方の光りを浴びながら優しく微笑むめぐみさんに、「ありがとうございました」と頭を下げた。


 →Kanae4へ


シーンⅣ 8月10日 Megumi7

2005年11月02日 | 銀の指輪のジンクス
 Megumi7


 君崎報奨は彼が経営する病院(と言っても形だけで実質的には彼の甥が経営者である)に入院していた。今年、76歳の彼はしかしそれ以上に老いて見えた。


「どうも、私、小松原探偵事務所の所長、小松原めぐみと申します」


 私は大切な者すべてに置いていかれて疲れ果てたような瞳で私を見つめる彼に名刺を渡した。
 彼は私と名刺を見比べると、その深い皺が刻まれた顔を窓の方へ逸らして白い入道雲が流れる抜けるように青い空を見つめた。


 私も彼が見つめる青い空と白い入道雲、焼けるように熱い灼熱の円盤を見つめた。
 空の抜けるような青さに私はどこか白々さを覚えた。まるでこの世のすべては綺麗な物しかないと言っているようなその青い空に。それはきっと君崎かなえの身に何が起きて…そしてどうして彼女が死を選んだのか無意識の内に理解していたからだと思う。
 彼は深い皺が刻まれた顔を私に向けた。もそもそと罅割れた唇を動かす。


「それで探偵さんがわたしに何の用だね?」


 私は顔からすべての表情を消して、ただ静かな声で訊いた。自分は残酷な女だと思いながら。


「あなたのお嬢様、君崎かなえさんについてお聞きしたいのです」


 無慈悲なまでに静かに私の声が病室に響いた。その後はただセミの鳴き声だけが私の耳に届いてくる。だけどそれはひどく遠くに感じた。
 彼はただ私をじっと見つめるだけだ。残酷なこの私を怒りもせずに、罵りもせずに、哀れむこともせずにただじっと見つめる。
 ただただ外から長き間、暗い地底で夢見ていた外界での短きうたかたの生を精一杯に生きるセミたちの鳴き声だけが響く病室に重くしわがれた声が響く。


「すまんが窓を開けてくれんかね」
「はい」


 私は窓を開けた。今まで以上にセミの鳴き声が大きく聞こえてくる。
 かすかな風に窓にかけられた白いレースのカーテンが小さく揺れている。


「今日は風があるんですね。すごく気持ちがいい」


 私はかすかに風になびく前髪を人差し指で掻きあげながら言った。


「あの娘は夏が好きな娘だった。生まれつき体が弱かったあの娘が暑い夏の日に麦藁帽子をかぶって、お気に入りのあの入道雲のように白いワンピースを着て、近くの公園に絵を描きに行く度にわたしはひどく心配したものだった」


 私は彼に小さく頷いた。彼の疲れ果てていた瞳はしかしその時は懐かしい光景に憧れるかのように優しい光りを浮かべている。


「あの娘が秋人君と結婚したいと言い出した時もわたしは反対はしなかった。あの娘を信じておったから。今もこうして瞼を閉じると、あの娘の幸せそうな…だけど照れたような微笑みが浮かぶ」
「はい」


 君崎報奨の瞳から涙が流れた。それは一筋の流れとなって彼の深い皺が刻まれた頬を濡らす。


「それなのに…それなのにあの娘は自殺してしまった…。あの娘はわたしに生きる喜びを与えてくれたのに…わたしはあの娘を守ってやることができなかった…」


 彼はその老いて小さくなった体を震わせる。


「…あの娘は………あの娘は………」


 ぎゅっと白いタオルケットを握り締めた彼の震える手を私はそっと握り締めた。私を見上げる彼に私は小さく首を振る。


「すみません。お辛い想いをさせてしまって。あの、よろしければ君崎かなえさんと藤崎秋人さんが写っている写真があればそれをお貸しいただけませんでしょうか?」


 頭の中で彼に言うべき説明を考えながら私はそれを口にした。


「そこの棚…。そこの棚の1番目の段にあの娘のアルバムが入っている」


 彼は何の説明も聞かずに私に君崎かなえと藤崎秋人が幸せそうな顔をして並んで写るセピア色の写真を貸してくれた。そうしてくれたのは彼自身私の訪問に何か説明のできない想いを感じているからかもしれない。


「感謝します」


 私は介護ベッドにその体を沈める彼に頭を下げた。


「失礼します」と言って病室を出る私に「君」と後ろから声がかけられる。振り向くと、彼は「すぐにわたしも行くから待っていておくれとあの娘に伝えてくれ」と言った。私はただ「わかりました」と言って、彼にもう一度頭を下げて、病室を後にした。


 →Kanami11


 日本昔話が懐かしいですね。^^
 小学生の時は大好きで、よくエンディングの歌を皆で歌いながら帰ったものです。
 前のも、今日の2話も知っている話ですが、本当に面白いですね。
 最後のは悲しく。。。
 そして、時折これって怖いのをやりますよね。
 ガムだったかな? 百円か三百円ほどの日本昔話のガムを買うと、小さい紙芝居が付いてきて、それをよく妹に読み聞かせていたのが懐かしいですね。^^


 子どもは本当に悲しいぐらい健気で、真っ直ぐにしか物が見えなくって、必死で、一生懸命で。
 今のこれはチャングムに当てはまるのかな?
 ささ、夕飯を作ってこよう。

 ってか、初日にやらなかったから、再放送はエンディング無しかと想ったら、今日は流れた!(笑い


 あ、でも日本昔話、これのせいで妹がこっちを見たくって、私は聖闘士星矢が見たくって、喧嘩になって、怒った父にテレビの配線が切られて、しばらくテレビが見えなくなったのを思い出した。(-_-;


 ささ、夕飯作り。夕飯作り。




シーンⅣ 8月10日 Aika4

2005年10月31日 | 銀の指輪のジンクス


 Aika4


「君崎報奨の住所ですわね」
『うん、お願い』


 あたくしはリモコンで女性のバラバラ殺人の続報を流しているテレビを消して、受話器を顔と肩で挟むと、パソコンのキーを叩く。


「それにしても君崎報奨がここあさんのお父上とは。盲点でしたわね」
『ああ。だけどまあ、無駄にはならなかったさ。藤崎秋人の事聞けたからね』
「ええ。あ、出ましたわ。今からメールで送ります」
『OK』


 あたくしはめぐみさんの携帯端末に君崎報奨の住所を送った。
 送信終了の文字を見つめながら小さなため息を吐くと、窓際に移動して事務所の窓を開いた。


 開いた窓から吹き込む夏の風が事務所のカーテンとあたくしの前髪をなびかせる。それは本当なら気持ちのいい夏の爽風。その爽風に吹かれながら見上げる空は抜けるように青い。だけど夏の爽風に吹かれながら抜けるような青い空を見ても、流れていく真っ白な入道雲を見ても、夏の暑い空気を感じても、セミの鳴き声を聞いても、なぜかあたくしはそれらにひどく偽善めいた白々さを感じた。
 

 矛盾と偽善に満ちた世界への嫌悪感はそのままあたくしに切ないほどのやりきれなさを感じさせた。



 →Megumi7へ


 今月号の最遊記、八戒の奥さんの理想が一緒だった。(笑い




シーンⅣ 8月10日 Kanami10

2005年10月29日 | 銀の指輪のジンクス
 Kanami10



 あたしとめぐみさんは廃屋の近くにある昭和中期頃に建てられた八百屋の前にいた。


「はい」
「あ、どうも、こんにちは。私、小松原探偵事務所の者なんですが、ちょっとお聞きしたいことがあるんですがよろしいでしょうか?」


 めぐみさんは60代ぐらいの女性、その八百屋のおかみさんに名刺を渡して丁寧に言った。
 女性は名刺とめぐみさんとを2,3見比べると、さりげなくしかし声にはどうしようもなく好奇心を含ませて、


「何かしら? 私が知っている事だったらお話するわよ」
「失礼ですがここにお店を開かれて長いんですよね?」
「ええ。私の主人の祖父の代からよ」女性のどこか得意げな声。
「そうですか。それでしたら、ここから北へ5分ほどの廃屋、今の持ち主の前、藤崎源三さんの代の御家族をご存知ですか?」


 めぐみさんがそう言うと、女性は、


「ああ、藤崎さんね…」


 と、それまでの好奇心混じりだった声のトーンを幾分落して呟くように言った。彼女はその顔に少し暗い表情を浮かべて髪を掻きあげながら、


「藤崎さんの家は本当にお気の毒だったわね……」


 その言葉を聞いてあたしの胸がぎゅっと痛んだ。


「藤崎さんの家はね、ものすごく幸せだったのよ。私は藤崎さんの奥さんにはとてもよくしてもらったわ…」
「ええ」
「彼女、うちにお野菜を買いに来る度に嬉しそうに息子さんの自慢話してくれてね…。実際本当にいい息子さんでね。この近所でもものすごく有名な息子さんだったわ」
「藤崎秋人さんでいいんですよね?」


 めぐみさんが訊くと、彼女は小さく頷いた。


「ええ、そう。秋人君。あの人はね、亡くなる前まで高校で美術の先生をやっていたの…」
「彼はどうして?」


 めぐみさんの質問に彼女は大きくため息を吐いて小さく顔を振った。その表情はひどく疲れていた。彼女自身が藤崎家に起こった悲劇を心から哀しんでいるのがよくわかった。


「交通事故で亡くなったんだけど………だけどあれは自殺のような物だわね……」


 誰かの泣き叫ぶ声が聞こえたような気がした。胸が張り裂けそうなほどの深い悲しみと絶望が胸の奥から沸き上がる。それに心が壊れてしまいそうだった。どうして…?


「あの子にはね、結婚を誓い合った婚約者がいたの。とても綺麗で明るい優しいいいお嬢さんでね。よくうちにも藤崎さんの奥さんと一緒に仲良く…まるで本当の母娘のように買い物に来てくれたわ。だけど彼女………自殺してしまったの………」


 数秒それに皆がショックを受けたように沈黙する。


「どうして自殺を?」


 めぐみさんが静かな声で言った。


「それはわからないわ。誰にも…。あんなにも幸せそうに笑っていたあの娘が自殺をしたと聞いた時は私だってそれが信じられなかったもん。それがショックだったのね…。秋人君、飲めないお酒を飲むようになって……それであの夜に交通事故を起してしまったの。即死だったそうだわ」


 彼女は重い声でそう言って小さく首を振った。そしてあたしを見て、少し眼を見開く。それはあたしがぼろぼろと泣いていたからだ。


 「大丈夫、かなみちゃん?」


 心配そうな声でそう訊いてくれるめぐみさんにあたしはこくんと頷くが流れ出る涙を止めることができない。


「ちょっと、待ってて。熱いお茶を煎れてくるわ」


 彼女はあたしに鼻紙を渡してくれると、とんとんとあたしの肩を優しく叩いて奥に入っていった。


「ごめんなさい、めぐみさん。泣いちゃって。自分でもよくわかんないんだけど、だけどね、とても哀しいの…。ものすごく心が哀しくってどうにかなっちゃいそうなぐらいに…」

 それはここ数日感じていた哀しみよりも深い哀しみだった。
 泣きながら鼻を噛むあたしにめぐみさんは優しく頷く。


「いいのよ。泣きたい時は泣きなさい。人は哀しい時には泣くようにできているのだから」
「うん」
「どうぞ」


 彼女があたしたちの前に熱いお茶を置いてくれる。あたしはそれを口に含んだ。その温かみに幾分心が落ち着いて、涙が止まる。
 めぐみさんは少し間を置いてから、


「お話の続きを聞いてもいいでしょうか?」そう言うめぐみさんに続いてあたしも「お願いします」と頭を下げた。
「ええ。秋人君が亡くなってから後を追うように、奥さんが風邪をこじらせてね……。そしてもともと体が弱かった御主人も亡くなられてね。あそこは本当に仲がいい家族だったから…みんな哀しみすぎちゃったんでしょうね……」
「そうですか…」


 めぐみさんは静かにそう言うと、お茶を飲み干した。


「もう一杯飲む?」
「お願いします」


 あたしはぎゅっと熱いお茶が入った湯飲みを握り締めると、めぐみさんの湯飲みにお茶を注ぐ彼女に訊く。


「あの、その藤崎秋人さんの彼女の名前ってわかりますか?」


 そう訊くあたしに彼女は静かに頷く。そして優しい眼であたしを見つめて、


「あの娘の名前は君崎かなえさん。そう、初めて会った時から思っていたのだけど、どことなく面影がお嬢さんに似ているわ」


 →Aika4へ


すっごく欲しい物があるんだけど、ケチな性分なので、ダメダメ。必要無い。後でもっと欲しい物、自分にとって必要な物が出るかもしれない、と言い聞かせています。
あー、でも欲しいなー。
でも必要無いしなー。必要の無いものを買って、お金の無駄遣いしたら阿呆だしなー。
でも欲しいなー。
ちと早い誕生日プレゼントで買ってしまおうかな―。でも必要無いしなー。
お金は大事。

ってか、Missingの別ヴァージョンのお話「夜魔」、めさめさ楽しみ。(><

シーンⅣ 8月10日 Megumi6

2005年10月27日 | 銀の指輪のジンクス
 シーンⅣ 8月10日
 Megumi6



 私は両目をすぅーっと細めてそれを視界に映すと、小さく深呼吸をして、その銀の指輪に左手で触れた。
「くぅ…」
 唇から零れるのは小さな苦鳴だ。
 意識が遠くなる。
 オーバーシュート…サイコメトリー能力を超えるその意志の力に私の意識はほんの数秒ホワイトアウト。それはほんの数秒なのだが私にとってはものすごく長い時間に思えた。
 銀の指輪に見る想いのビジョン、それは昏い闇に閉ざされた氷の世界。
 深い哀しみと絶望の昏い闇。
 深い憎悪による絶対零度の闇。
 深い哀しみと絶望は私がそれに触れる事を頑なに拒否する。
 深い憎しみに満ちた想いは無神経にそれに触れようとする私を憎悪する。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、知られたくない
 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、すべてが憎い


 心が引きずりこまれる…夜よりも昏い闇に閉ざされた氷の世界へと…。
(ちぃ。何だってのよ、これは…? これが銀の指輪に残るここあの想いの残滓…。何て深すぎる哀しみと絶望なのよ。心が哀しみに壊れてしまいそう…。それにこの憎悪…恐怖に私の心が飲み込まれてしまう…)
「つぅ…」
 私は銀の指輪から左手を放した。
 粟立つ全身に流れる滝のような冷や汗。口の中にはじわりと血の味が広がる。右脳がずきずきと痛む。
「はあぁはあはあはあはあはあはあはあはあ…はぁはあはあはあはあはあはあはあぁ…」
「大丈夫ですか、めぐみさん?」
 心配そうにそう言う愛華に私は無理矢理微笑みを拵える。
「大丈夫だよ」私の荒い呼吸混じりの声。
 私は喉を押さえた。カラカラに渇いた喉が痛む。間違いない。あの夜に私の前に現れたのはこの銀の指輪に残るここあの想い…残留思念体だ…。この深すぎる哀しみと絶望、憎悪が思念体を成して私の前に現れたのだ。彼女の秘密を守るために…。
 一体ここあの身に何が起きたというのだ? ここまで深い哀しみと絶望、憎悪にその心を染めてしまうほどの…それを誰にも知られたくないと思うほどの悲劇とは?
 私は愛華の隣に座るかなみに視線を移した。かなみは心配そうな顔で私を見つめている。その表情は親に知られたくない秘密を隠している時の子どものそれだ。いや、もしくは自分がいじめられていることを親に知られてしまいその事について親が何かを言い出すのをじっと恐怖しながら待つ子どものそれか…。
「かなみちゃん」
「………はい…」
「大丈夫だからね」私は優しく微笑んでそう言う。
「え…」彼女は涙が滲んだ眼を丸くする。
 私は彼女の頬にかかる髪をそっと掻きあげてやりながら優しく笑って、
「私がここあを昏い闇に染まった閉ざされた氷の世界から助けてあげる。だからその心を私に見せて。閉ざされた心を開いて。私があなたを優しく包んであげるから」
 私は綾瀬かなみに、そして彼女の心の底にいる銀の指輪から流れ込んでしまったここあの想いに優しく告げる。優しく諭すように。
 かなみちゃんは…彼女の中にいるここあが…ぼろぼろと大粒の涙を流し始めた。
 私はもう一度すぅーっと両目を細めて、小さく深呼吸すると、左手で銀の指輪に触れた。
銀の指輪から私の心に流れ込んでくるのは深すぎる哀しみと絶望、憎悪による昏い闇に染まった閉ざされた氷の世界。先ほどは入り口で激しく抵抗されていたが、ここあの想いの影響を受けている綾瀬かなみが心を開いたことによりその共振によって銀の指輪を取り巻くここあの想いのガードの念が薄まり今度は何とかそれよりも奥へといける。
 サイコメトリー能力によって私の心に浮かぶビィジョン。
 闇よりも昏い色
 タラコ唇の半漁人のような顔をした男
 ニキビに覆われた平べったい平面顔の男
 眉毛の濃い面長のモアイ像のような顔の男
 幸せの色
 どこかの高校の校舎…美術準備室
 人で賑わったどこかの通り
 銀の指輪
 美しい薄紅色の花を満開にした桜の樹
 そして穏やかな感じの青年…彼の名前は…藤崎秋人…
「ふぅー」
 私は銀の指輪から左手を放して大きくため息を吐いた。
 顔にかかる髪をそっと掻きあげる。そして私はかなみちゃんにそっと微笑んだ。
「銀の指輪が見えた。とても優しくって温かい色に包まれたこの指輪が。そしてそれに続いて穏やかな感じの青年が見えたわ。彼の名前は藤崎秋人」
 藤崎秋人、その名前を聞いてかなみちゃんは声を押し殺して泣き始めた。きっと彼女の中にいるここあの想いがその名前に反応しているのだろう。
 愛華はそっと声を押し殺して泣く彼女を抱き寄せて、その小さな背中を優しく叩いてやる。慈母が我が子にするように。
「愛華。あの廃屋についてわかったことは?」
「あの廃屋は28年前から空き家になっています。法務局のコンピューターに入って調べた結果、あそこは今は君崎報奨という老人の物になっています。そしてその前は藤崎源三です」
「なるほどね」
 私はこくっと頷いた。
「藤崎源三が今どこにいるか調べてくれる」
「はい」
 愛華によって藤崎源三が調べられた。しかし藤崎家は28年前に途絶えていた。
 藤崎家最後の当主 藤崎源三の1人息子の名は藤崎秋人。
 つまりここあがあそこにいるのはあそこが彼女が愛した藤崎秋人の家だからだ。
「藤崎家には親戚はいませんね。そこからここあさんの事を辿るのは無理です」
「うーむ。だったら28年前からあの近辺にいる住民にそこら辺の事を聞くしかない訳だね」
「はい」
 私は手に持っていたコーヒーを一気に飲み干すとソファーから立ち上がる。
「んじゃ、調べてくるよ」
「あの、あたしも一緒に行きます。連れてってください、めぐみさん」
 かなみちゃんは握った拳で頬を伝う涙をふいて言った。私はそんな彼女にふっと微笑む。
「うん。じゃあ、待ってるから、顔洗っておいで」
「はい」
 彼女は照れくさげに笑って頷くと、涙の跡がついた顔を洗いに行った。


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(>_< 第一関門、突破!