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珈琲ひらり

熱い珈琲、もしくは冷珈なんかを飲む片手間に読めるようなそんな文章をお楽しみください。

雪うさぎ

2014年08月27日 | 短編

 

 

 そこは雪に囲まれた異国の地。

 ほぼ一年の大半を深い雪に囲まれたその町ではさしたる娯楽も無く、

 領主や金持ちともなれば旅の行商に本を頼むこともできるが、

 生憎と今年の雪は例年よりも多く降り、それすらも難しかった。

 子どもらは老人が語るもう何度も聞き慣れた昔話に耳を傾けて、

 深い雪の向こうにあるという美しい草花に想いを馳せり、

 大人は深いため息を吐いた。

 

 

 もとより雪の多い地ではあるが、今年のこの雪の多い天候はおかしく、

 領民の生活は故に苦しかった。

 

 

 ソラは今年、10になる男の子。

 両親の畑仕事を手伝い、5つ歳の離れた妹の面倒もよく見る優しい男の子。

 ソラの両親もソラもとても働き者で、家族で一生懸命畑を耕したけれど、

 雪の多いこの地の痩せた土地ではどれだけ一生懸命耕しても収穫できる小麦の量は知れている。

 ソラの家は貧しく、

 またさらに追い打ちをかけることにこの悪天候。

 ソラの家族は皆、お腹を空かせていた。

 

「兄ちゃん、お腹空いたね。兄ちゃんの描くパンやご馳走も食べれたらいいのにね」

「うん。でもね、兄ちゃんの描く絵のことはふたりだけの秘密だよ」

「うん」

 

 

 町の真ん中の広場に立札が建てられたのは、ソラが妹と一緒にパン屋に売れ残りのパンを安く譲ってもらいに行く途中だった。

 立札にはこう書かれていた。

 

 領主様のお姫様の誕生日会が開かれる。

 それにあたり、お姫様へのご誕生日プレゼントを募集す。

 もしも、お姫様に気に入られしご誕生日プレゼントを用意せし者には、

 領主様より褒美が渡されるであろう。

 

 

 

 我儘一杯に育てられた領主様のお姫様。

 一度だけソラが見たことのあるそのお姫様は、

 とても綺麗で温かそうな服を着ていた。

 まっさらな髪はとても長くて、この冷たい風にもさらさらと美しくなびいていて、

 母様や妹の髪とも違っていた。

 雪のように白い顔はとても綺麗で、汚れていなかったけれど、

 なんだかとてもつまらなさそうで、目は周りの大人すべてに怒っているように見えた。

 それがソラのお姫様への印象。

 ソラはお姫様のことが大嫌い。

 だって、きっと、領主様のお家なのだからいつも温かい暖炉の前で美味しいご飯をお腹いっぱい食べられるはずなのに、

 そんなつまらなさそうな顔をしているのだから。

 だから、本当はお姫様への誕生日プレゼントなんてまっぴらごめん。

 

 それでも、ソラが、妹だけに見せていた秘密の特技であえて妹のために作ったそれを、誕生日プレゼントとしてそのお姫様に献上したのは、

 それがお姫様に気にいられれば褒美がもらえたからだ。

 

 今年の天候はそれだけ悪かった。

 

 ーーどうして? ねえ、どうして誰もあたしの話を聞いてくれないの?

 

 領主のお姫様はとても我儘。

 いつも不満顔。

 いつだって与えられてばかり。そこにお姫様の意思は無い。

 皆が自分のことを大事にしてくれるけれど、それはお人形を愛でるのと一緒。

 誰もお姫様の言葉は聞いてくれなかった。

 だから、今年は旅の行商も来れず、しょうがなく領主の父親が開いたその余興も、

 お姫様はわざと我儘を言ってお気に入りの誕生日プレゼントなんて選ぶつもりは無かった。

 なのに、お姫様はそれを観た瞬間に心を奪われてしまう。

 

 

「まあ、なんて、不思議な、絵……」

 

 

 それは平たい石っころに描かれた雪うさぎ。

 

 

 けれども、その雪うさぎは石の表面で跳ね飛んだり、駆けまわったり、寝ていたり。

 まるで石の表面で生きているみたい。

 確かにそれは平たい石の表面に白墨で描かれたただの雪うさぎなのに。

 姫は目を輝かせその雪うさぎ以外、その目に入れることはなかった。

 

 

「この絵は誰からのもの?」

「ソラという貧しい農家の家の息子が持ってきた物です」

「あたしは、これが、この絵が欲しいわ」

 

 

 ご褒美をたくさんもらい、ソラの家は確かにこの例年よりも雪の多い冬を越せるだけの蓄えはできた。

 しかし、代わりにソラは失った物があった。

 領主のお姫様が気に入ったソラのその雪うさぎを他のお金持ちも欲しがったのだ。

 領主のお姫様が気に入ったそれを自分たちも持つことでステータスにしようというのだ。

 ひょっとしたら自分の子息とお姫様がそれが縁でお近づきになるかもしれない。

 ソラにたくさんの絵の仕事が入ってきた。

 けれども、ソラはそれを描きたくなかった。

 絵は好きであったけれど、その動く絵は妹のためであり、妹を喜ばすための魔法だった。

 満たされたお金持ちたちの欲を満たすための物ではなく、

 お腹を空かせて、忙しい親にも甘えられない妹のための物であった。

 ソラは激しく後悔したが、しかし、それでもソラがお姫様に献上した雪うさぎがソラの家族を救ったのは確かであった。

 

「お金はいくらでも出すから、私にもお姫様と同じ動く絵を描いておくれ」

 

 来る日も来る日も描きたくない絵を描き続けたソラは、やがて絵を描けなくなり、

 動く絵を欲するお金持ちたちはソラや、ソラの親を激しく罵り、責めたてた。

 

 

「ソラ、無理しなくても良いのだよ。優しいソラ。大丈夫だよ」

 

 ソラの親は絵を描こうとしないソラを叱ることも無く、ただ笑いながらくしゃりと優しく大きなごつごつとした手でソラの頭を撫でた。

 節くれだって、あかぎれで荒れたソラの両親の手は、痩せた土地を耕し続ける。

 それは自分や妹のためであるとソラは知っていた。

 なら、自分のこのあかぎれで荒れた手で畑を耕し、妹の頭を撫でよう。

 もう二度と絵を描くことは辞めて。

 

 ---絵なんてもう、大嫌いだ。

 

 ソラは両親と一緒に畑を耕し、妹の面倒を変わらずによく看た。

 ただ、ソラの表情がほんの少しだけ前とは違っていた。

 

 

 ある日、ソラの前に女の子が現れた。

 その子は頬を膨らませて、ソラを見るや否や、

 ソラの目の前まで足早にやってきて、

 目の前に立つと、ソラの頭をげんこつで叩いた。

 

 

「どうして、絵を描くことをやめたの? あたしがせっかくはじめて見つけた素敵なことだったのに!」

「素敵なこと?」

 ソラはきょとんとし、小首を傾げる。

 女の子はじれったそうに頭を掻いて、地団太を踏んだ。

「あたしの誕生日会、本当はあたしは誰の誕生日プレゼントも選ぶつもりなんて無かったのに! なのにあなたの雪うさぎの絵がとても気に入って、選んでしまったの! あたしはあたし自身が初めてあなたの絵を見つけて、好きになって、とても喜んだのよ。あなたの絵をこのあたしが好きになってあげたの! なのになのにあなたは絵を描くことをやめてしまうなんて! ばかだわ!」

「絵を? そんなにぼくの絵を気に入ってくれたの?」

 ソラはその時ようやく今、自分の目の前に立つ女の子が領主様のお姫様であることに気づいた。

 だって、いつも不満そうでつまらなさそうだったお姫様の顔が怒ってはいるけれども、それでも随分と楽しげで満ち足りた満足そうな顔をしているから。

「ねえ、どうして絵を描くのを辞めたの? あたしは気にいったのよ?」

「描くのが苦しくなってしまったんだ……」

「じゃあ、苦しくない絵を描けばいいじゃない? 絵は好きなのでしょう? 好きだからあんな素敵な絵を描けたのでしょう? 魔法が使えたのでしょう? なら、その時の想いを呼び出したら?」

 

 ソラは目を大きく見開き、ぽろぽろと涙を零した。

 思い出したからだ。

 最初は自分が絵をとても大好きで、ただそれだけで描いていたことを。

 それから両親や祖母、妹が自分が描いた絵をとても喜んでくれてそれが嬉しかったから、

 自分のための絵から、人のための物になってしまっていたことを。

 

 ソラは人差し指の先の自分の涙をつけて、

 その指先で足許の石畳に絵を描いた。

 雪うさぎや鳥、犬や猫、たくさんの動物を。

 それらは元気に動き出して、

 石畳を飛び出し、

 町を元気に走り回る。

 町の皆はそれを見て、最初は目を丸くして驚いて、次にとても喜んで。

 ソラが描いた動物たちはその日一日消えずに町の皆を喜ばせた。

 

 それは魔法。

 ソラの絵が好きという温かな気持ちは、

 魔法の絵によって生まれた動物たちと姿を変えて、

 人々のもとへと訪れて、

 そうして深い雪に閉ざされたこの町のように何かを諦めてしまった人の心の雪をほんの少しだけ溶かす手伝いをした。

 

 たった一日だけの絵の魔法はしかし、その日から町の皆の心にも魔法を起こす力を与えた。

 

 

 生きる希望、誰かを想い、そして、自分の大切な物を大事にする力をもう一度呼び起こし、

 それが心に花を咲かせ、

 雪に閉ざされた町には人の温かな笑顔という花を咲かせ、幸せという種を育んだのだ。

 

 一年のほぼ半分以上を雪に閉ざされた異国の地に、けれどもその環境に負けずに幸せに暮らす町で起こった、

 優しい奇跡のお話。

 

 

 お終い。

 


微熱

2009年05月02日 | 短編



 まだ私が健康だった頃、私は気だるい微熱の温度が好きだった。
 健康と病気の境目。
 おしゃまな私は普段は格好をつけて父にも母にもよう甘える事はできなくて。
 けれども微熱に侵されれば、おしゃまな私の心はその熱に酔うかの様に、まるで生まれたての仔猫が母猫の傍にぴったりと付き添って離れないように、普段の分も取り戻す勢いで両親に甘える事を許してくれる。
 そんな時に見せてくれる両親の、しょうがないな、っていう優しくって温かい表情が大好きだった。
 微熱の温度は、確かに私の心を幸せに温めてくれた。
 でも今は、それは真綿でゆっくりと私の首を絞める死の温度。
 微熱は昔と変わらず私に両親の優しい笑みをくれるけれども、今はその貌を見ると絶望に駆られるままに大声で泣き出したくなる。
 微熱に酔いしれていた幼い心は優しい夢を見ていたけれども、
 今の微熱はただ私を悪夢を見せるばかり。
 幼い頃は微熱が続く事ばかり願っていた。
 けれどもこの微熱は死ぬまで続いていく。
 死ぬまで続いて、真綿で私の命を、両親の心を、締め付けていく。
 幼い頃は微熱が続く事ばかり祈っていた。
 今はただただ、この微熱が、私の命が、早く終わる事を祈るばかり。




 微熱なんて、大嫌い・・・・・・






 だから、私はその桜の樹の下に立った事を、
 舞い散る花びらに打たれるその男を視界に入れてしまった事を、
 激しく、
 後悔した。



 ああそうだ、
 今この一瞬、
 私の、
 病気に侵されて醜く痩せ細ったこの身体を、
 私の背筋を走った、
 あの感覚は、
 嫌悪に違いない。
 嫌悪だ。
 嫌悪なのだ。
 嫌悪に決まっている。
 まるで微熱の温度が形を成したかのような、この男に、私は第一印象で激しい憎しみにも似た嫌悪感を抱いたのだ。





 こんな男、大嫌い。







桜の樹の下

2009年04月29日 | 短編
 遠く遠く遠く、どこまでも続く線路よりもまださらに遠く、薄紅の花びらが飛んでいく。
 私は清潔さだけが取り得の何の面白みも無い真っ白な病室でそれをただ憧ればかりの眼差しで見守っている。
 私の命はもう長くは無い。
 今はまだこうして自分の力でベットから立ち上がる事もできるが、直に全身の筋肉が使い物にならなくなり、呼吸すらできなくなる。
 本当はもう、私は死んでしまいたい。
 この足が動く内に屋上へと上がって、そこから飛び降りる事ができたらどれだけ幸せだろう?
 それでも私がそれをしないのは、せっかく建てた家を売ってまで私をこの病院へと入れて、拙い希望にすがり付いている両親の姿を見ているから。
 あの馬鹿親、深夜まで働いて疲れきってるくせにそれを決して私に見せようとしない。
 そんな親の姿を見るたびに私は幼い子どものように大声で泣き出したくなる。
 ああ、神様。
 私の大切な大切な親に意地悪ばかりする大嫌いな神様。
 私の二番目の願いは叶えてくれなくていいから、
 だから、私の一番目の願いを聞いて。
 どうかどうか、私が死んだら、私の事を私の大切な両親が忘れてくれるように。
 そうして。
 そうしてあげて。
 そうしてあげてください。
 私はそれでいい。
 私はそれでいいから。
 だから、
 だから、
 だから、
 どうかこの願いだけは、私のほかの願いは叶えてくれなくていいから、だからどうかこの願いだけは、叶えてください。
 そんな事ばかり思う。
 願う。
 そんな私の目を、ふと奪ったのが、淡い薄紅。
 あれは、どこから飛んできたのだろう?
 あんなにも自由に空を舞う花びらは、どこから飛び立ったのだろう?
 私は、酔狂にも、あれが飛び立った桜を見たくなって、ベットから立ち上がった。



 それは病院のすぐ傍にあった公園の隅に居た。
 淡い薄紅の花びらをひらひらと舞わせる桜の樹のすぐ下に。
 それがそこに立ったのは、いつか聞いた噂のせい。
 桜の木の下には死体がある。
 桜は死体を養分にして美しい花を咲かせる。
 これはそんなにも綺麗な花を咲かせるのだから、たくさんの死体を、それから吸い上げた命を持ってるはずだ!
 そんな事を思ったのだ。この、
 万年魂回収率ビリの、死神は。
 そいつは死神。ビリンキー・ウォルト。
 長身痩躯で、眉目秀麗。けれども、かなり無能。全く持って無能。どうしようもなく無能。
 その顔に惚れる女、数多く居るけれども、時間をわずかでも共有すれば、すぐに飽きて、呆れて、その男の隣を去ってしまう。
 そんなダメ死神。
 さてさて、そんなダメ死神、ビリンキーがありもしない魂を探してるそこへ、少女がやってきた。
 パジャマの上にカーデガンを羽織った、14歳の少女が。
 桜の花びら舞う4月。
 陽気は温かく。
 世界は光りに満ちて。
 けれども少女の心は絶望に満ちて。
 ただただ両親のために今を無為に生きてるだけのこの少女。
 そう。そんなふたりが、出会ってしまうのがこの、桜の樹の下。




長い夜の過ごし方

2009年02月25日 | 短編



 
 ふぅー。と、彼女、美野里川志信は小さく尖らせた唇からささやかなため息をついた。
 どうしても、眠れない。
 目はしっかりと醒めている。
 部屋の明かりを消して布団に入って、もうかれこれと3時間半ジャスト。
 今ではすっかりとアヒルの布団カバーがかけられた布団はぬくぬくだし、眼も暗闇に慣れて見慣れた天井もしっかりと見える。
 さて、どうしよう?
 もうこの布団から出る選択肢は無しだ。
 せっかくここまで温まった布団なのだ。冷たい外気に触れたいと思う謂れなど無い。決して無い! まったく無い!!!
 だからこのぬくぬくの布団に入ったままで、この長い夜の過ごし方を考えなければならない。
 羊の数でも数えるか!
 彼女はささやかな喜びに小さな胸を躍らせる。
 眼を閉じて、春の麗らかな草原をイメージしてみる。
 緑が一杯の草原!
 舞うサクラの花びら。
 それに憧れる身を左右に躍らせるたんぽぽ。
 その横ではツクシの親子!
 きゃぁー。ツクシの卵とじたべたぁーい!

 そう思った瞬間にお腹がぐぅー。


 うぅぅぅ。お腹が空いちゃった。




 失敗した。
 羊のせいでお腹が空いてしまった!!!
 これは大問題だ。
 くそぉー、羊めぇー。
 ドラマの端々に出てくる羊のアニメが可愛いけどさー!



 ってそういえば、来週のメイちゃんの執事はどうなるんだろう!?





 
 彼女は大好きなドラマの事を思い出す。
 そうして大好きな豆柴(?)の事を思い出して、その俳優の顔を思い浮かべた。
 そうだ。
 脳内ドラマを展開しよう!
 お腹が空いている事すらも忘れてしまうようなそんな脳内ドラマを。
 うん。夜9時以降の飲食は乙女の敵だしね。
 彼女は脳内ドラマを展開する。
 けれども良いところで帽子を被った小娘やら、花に囲まれた部屋に居る車椅子の小娘に邪魔される!!!
 あ~。そんな所までリアルに展開しなくてもよいのに~!
 すっごく残念な気持ちになって、脳内ドラマ完了。気づけば朝の7時。登校の時間だった。

泣く 海岸 香辛料

2009年01月07日 | 短編



 泣いていいんだよ。
 君はあたしを海岸に連れてくるとそう笑って、後はあたしの手をただ黙って握ってくれていた。
 あたしの手に触れている君の体温。それはまるで暖かい春の陽だまりの中のようで、
 その温もりが頑なに閉ざしていたあたしの心を氷解させる。
 泣くもんか。
 泣くもんか。
 泣くもんか。
 絶対に、あたし、泣かないんだから。
 そう頑なに想ったのは、あたし自身が知っていたから。
 あたしはとても弱くって意気地無しだから、一度泣いてしまったらもう絶対に立ち上がれないって。
 折れてしまった心じゃもう絶対に立ち上がれないって。
 でも、君の温もりはあたしの心を氷解させたのと同時に、
 とても大切なモノであたしの心に添え木をしてくれたんだ。


 とても涙がしょっぱいんだ。


 あたしは照れ隠しに君にそう言った。
 そしたら君は笑ってこう言ったね。
 それが青春の香辛料だよって。



 そんな香辛料をたっぷりとふりかけた君との青春時代という時間があるから、今のあたしはある。




 あたしは、隣で眠っている君の愛しい寝顔を見ながらもう60年も前のそんなふたりの若かしり頃を思い出してしまったよ。

赤 睡眠 名簿

2009年01月07日 | 短編


 ぽたぽたぽた、そんな音が聴こえてくる。
 それは耳慣れた音。
 きっとまた赤い血が零れ落ちている。
 僕のそばにある死体から。
 いつのまにか僕は睡眠していた事に気がつく。夢の中で。
 起きる?
 起きない?
 どっち?
 起きてるのと眠っているの、その境界線上で僕の意識はぷかぷかと浮いている。
 それはまるで昼間の海に泳ぐ海月のような白い月。
 絵になるくせにひどく理不尽な風景。
 それは嫌になるぐらいにわからせるから。
 星はいつもそこにあるって。
 全てを光りで覆い尽くしても夜の片鱗はいつも其処に居る。
 僕らを見下ろしている。
 そう。それと同じ。
 僕はこの、微熱に浮かされてるような睡眠の境界線上で君たちと出会う。
 僕の中に何時からか生まれた違う僕。
 僕は僕の中に居る僕たちの名前が載っている名簿を開いた。
 

例えば、

2008年11月13日 | 短編



 例えば、
 今日が素敵だったら、
 明日のぼくは笑っていられるのかなー?
 そうしたら、明日のきみは、ぼくのことを好いてくれるのかなー?
 そうしたら今日をがんばれるのに。


 例えば、
 昨日が素敵だったら、
 今日も素敵で、
 明日も素敵なのかなー?




 例えば、
 昨日がどん底でも、
 今日がどん底でも、
 明日が素敵だと本を読むようにわかったら、
 どん底の今日を頑張れるのかなー?





 昨日がどん底で、
 明日も希望溢れる自分をイメージする事なんてできない今日を、
 ぼくはどうやって、
 がんばればいいのかなー?




 例えば、
 明日、
 ぼくが死ぬと判っていたら、
 今日はばら色の今日なんだろうか、
 それとも絶望色の今日なんだろうか?
 そんなことばかりを、
 カーテンを閉め切った、
 昼間の薄暗い自分の部屋で、
 布団に包まりながら、
 ぼくは、
 思っている。





 そうしてそんなぼくの前に、
 そいつは、
 現れたんだ。




「どうですか? この臨死体験を味わえるキャンディーは?」






 それがぼくがぼくの知らないぼくを知る切欠で、
 そうしてぼくがその他大勢の世界の人間が知らない、
 一部の人間だけが知っている世界の真の一部を知る切欠となった、
 始まりの終わりの終わりだった。


だから、

2008年11月13日 | 短編


 だから、言ったじゃないか・・・。
 ーーー彼が苦しげに口にした苛立ちと哀しみの篭った声。
 それをあたしは真っ白になってしまった心で聴いて、ひどく愕然とするのだ。




 ずるい・・・。
 ずるいずるいずるいずるいずるい。




 あたしはずるい!







 そんなことばかりをあたしはこの期に及んで思う。
 叫ぶ。
 泣きながら。







 あたしはずるい。







 不倫をしているあたしに彼は何度もそんな男は辞めろ、って言っていた。
 けれどもあたしはそんな彼の言葉なんて聴かなくて、差し伸ばされてる彼の手を無視して、決してあたしには伸ばされない、その癖あたしを触ってあたしを感じさせるその不倫相手の手に溺れていた。
 それがどれだけ愚かしくて自分を貶める行為かだなんてわかりきっていたけれども、あたしはその不倫相手の事を心から好きだったから、それで構わなかったのに、
 あたしだけを本気で一途に思ってくれて、その手を差し伸ばしてくれていた彼をぞんざいに扱っていたのに、
 こんな時にだけ、
 不倫相手を殺してしまって、
 堕ちて、堕ちて、堕ちて、堕ちきってしまって、
 こんなにも深く堕ちた奈落の底で、
 それでも彼なら来てくれるとわかっていたから、
 あたしはこの彼を、
 男を呼んだ。
 馬鹿ねー。
 ばかねー。
 バカネー。
 ばかよ。
 ばかすぎるよ。
 どうしてそんなにもばかなのよ。
 あたしはこんなんだよ?
 あたしはこんな風なんだよ?
 こんなにも堕ちたんだよ?
 こんなにも血に濡れて汚れた手でも、握ってくれるの?
 わかってるよ。
 それでもあたしの手を握ってくれるって知ってるから・・・あたし・・・・。
 バカネー。
 ばか。
 ばかよ。
 ばかよ、あなた。
 ばかねー、あたし。
 こんなにもいい男、すぐ傍に居るじゃない。
 ごめんね。今になってわかって。
 ねえ、あたしがこの罪を償ったら、このあたしの、それでも血に濡れる手を握ってくれる?
 あたしはそれでも彼の言葉を聴きたくて、判りきっているその言葉を待った。

 

金 閉鎖 隣人

2008年11月03日 | 短編


 隣人がこの頃おかしい。
 彼女は夜な夜なスコップを持ってどこかへ行くのだ。
 一体何処に?
 一体何を?
 そこで僕は彼女の後をこっそりつける事にした。
 草木も眠る丑三つ時。
 そんな時刻に若くて美しい女性の後をつける自分に幾ばくかの自己嫌悪と、軽い興奮を覚える。
 空気は水っぽく、気を抜いていると肺が水浸しになって溺れてしまう感覚に襲われる。
 町はいつも見ている町とは違う感じがした。
 そんな夜を彼女は軽い足取りで歩いていく。
 それはまるでどこか恋しい人との逢瀬を重ねに行く初心な生娘のような足取りに思えた。
 一体何処へ?
 一体何をしに?
 そんな疑問は深まるばかりで。
 そうして僕は木の陰からそれを、見る。
 彼女は閉鎖された洞窟・・・昔、金の採掘がされていた場所へ、入っていった。

赤 睡眠 名簿

2008年11月02日 | 短編


 赤い血が流れている机の下に落ちていたのは、名簿。
 その名簿を踏みにじって、女が笑う。
 彼女が喜んでいるのは、これでようやっと彼女のブラックリストに載っていた男たちを殺せたから。
 そう、これで彼女はちゃんと睡眠ができる。

黄色 確認 鼻

2008年11月02日 | 短編



 黄色い黄色い小さな太陽の子どものような向日葵が咲いている園に、男の子と女の子が居ました。
 女の子は男の子に微笑んで、
 男の子も女の子に照れながら微笑んで。
 そうしてふたりは鼻の頭をこすり付けて、
 互いの愛を確認しました。

天使って、

2008年10月27日 | 短編



 ねえ、天使って、居るのかなー?
 修学旅行先で行った教会のステンドグラスを見ながら私がそう呟くと、
 隣に居た彼氏がこう言った、
 俺の瞳を見てみ。天使が映ってるから。
 でもそこに映っているのは馬鹿を見る眼をした私で、
 そんな私が彼の瞳越しに見ているのは、そんな顔をしたまぎれもなく私の顔。
 私はげんなりと肩を竦めて、ため息を吐く。



 あーぁ。この男にしてこの女あり。
 似たもの同士。ってこと。





 そしてそのあとにどうしようもなく笑えてきて、
 私は幸せを噛み締めた。




 馬鹿は本当に愛おしい。