珈琲ひらり

熱い珈琲、もしくは冷珈なんかを飲む片手間に読めるようなそんな文章をお楽しみください。

微熱

2009年05月02日 | 短編



 まだ私が健康だった頃、私は気だるい微熱の温度が好きだった。
 健康と病気の境目。
 おしゃまな私は普段は格好をつけて父にも母にもよう甘える事はできなくて。
 けれども微熱に侵されれば、おしゃまな私の心はその熱に酔うかの様に、まるで生まれたての仔猫が母猫の傍にぴったりと付き添って離れないように、普段の分も取り戻す勢いで両親に甘える事を許してくれる。
 そんな時に見せてくれる両親の、しょうがないな、っていう優しくって温かい表情が大好きだった。
 微熱の温度は、確かに私の心を幸せに温めてくれた。
 でも今は、それは真綿でゆっくりと私の首を絞める死の温度。
 微熱は昔と変わらず私に両親の優しい笑みをくれるけれども、今はその貌を見ると絶望に駆られるままに大声で泣き出したくなる。
 微熱に酔いしれていた幼い心は優しい夢を見ていたけれども、
 今の微熱はただ私を悪夢を見せるばかり。
 幼い頃は微熱が続く事ばかり願っていた。
 けれどもこの微熱は死ぬまで続いていく。
 死ぬまで続いて、真綿で私の命を、両親の心を、締め付けていく。
 幼い頃は微熱が続く事ばかり祈っていた。
 今はただただ、この微熱が、私の命が、早く終わる事を祈るばかり。




 微熱なんて、大嫌い・・・・・・






 だから、私はその桜の樹の下に立った事を、
 舞い散る花びらに打たれるその男を視界に入れてしまった事を、
 激しく、
 後悔した。



 ああそうだ、
 今この一瞬、
 私の、
 病気に侵されて醜く痩せ細ったこの身体を、
 私の背筋を走った、
 あの感覚は、
 嫌悪に違いない。
 嫌悪だ。
 嫌悪なのだ。
 嫌悪に決まっている。
 まるで微熱の温度が形を成したかのような、この男に、私は第一印象で激しい憎しみにも似た嫌悪感を抱いたのだ。





 こんな男、大嫌い。







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