権現堂の弥三郎ばさ

 昔、中越のある山深い村に、弥三郎という猟師がいたと。弥三郎は おばあさんとおくさんと、まだ生まれたばかりの赤ん坊と暮らしていたと。弥三郎は山に行って獣を捕まえて皮や肉を売って仕事にしていたんで、雪山も平気だったんだそうだ。けれど、たいそう雪の多い冬、それもひどい吹雪の日に、家族が引き留めるのも聞かずに山に行って、雪崩にでもあったのか、そのまま帰ってこなかったと。 奥さんは、そのことをとても悲しんで、あとを追うようにして死んでしまったと。まだまだひどい雪が続くというのに、弥三郎のうちは、おばあさんとまだお乳がいる赤ん坊がのこされてしまったと。 

 昔は今のように粉ミルクがないもんで、ほかにお乳が出るひとの家にいってそのお乳をもらわなくちゃならんなあ。それで、おばあさんは赤ん坊をしっかりだいて深い雪の中を泳ぐようにして歩き、あちこちの家をたずねたんだと。ところが、最初はきやすくお乳をくれていたひとも、自分の子供のことが大事だからなあ、やがておばあさんを疎ましく思うようになったそうだ。それで、「あそこのうちは生き物を殺して仕事にしていたんだから、そのたたりで不幸ばっかり続くんだ。みんなで相手にしないようにしようぜ」などという人もでてきたと。 それで誰もお乳をあげる人がいなくなってしまった。

 何日もたって食べ物もなくなり、寒さと飢えとで、おばあさんはとうとう家で寝込んでしまったと。おかゆの上澄みを赤ん坊にあげていたんだが、それもできなくなったんだと。
 ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、どんどん、風が戸をたたくばかりで、だれも助けに来る人もいない。おななかがすいた赤ん坊は何日もなきづづけ、やがてその声もだんだん小さくなっていく。婆さんはよしよしと、ふところに抱いた赤ん坊をなでさすっていたが、ふと気づくと、赤ん坊はもう、息をしていなかったと。

「すまんかったなあ、おまえ、とうちゃんかあちゃんのところへ行ったか、すまんかったなあ」と、おばあさんは泣きながら、ちいさいほほにかおを寄せたんだが、と、かすかにおちちのにおいがする。何日も何も食べていなかったおばあさんは思わず、あかんぼうのやわらかい頬に、歯をあててしまったと。 

数日たって、吹雪も止んで、近所の人が、弥三郎の家の様子を見にやってきたと。がちがちに凍った窓の隙間から中をのぞくと、髪がぼさぼさのお婆さんの後姿がみえた。「や、生きてたな」とつぶやくと、その音でお婆さんは、振り向いたんだと。すると、その顔は、口は耳まで裂け血で真っ赤。薄暗がりの中で眼が光って、その目でこっちをにらんだんだと。 「ぎゃーっ」、村人は雪の中を転げるように逃げていったと。それから噂はすぐに広まり、そのお婆さんのことを人々は鬼ばさと言うようになった。
 やがて、村の子供が一人、またひとりと姿が見えなくなる日が続くようになったと。「弥三郎のうちの鬼ばさにとってくわれたか」「こうしてはいられまい、鬼婆を屋敷ごと焼き払うぞ」。ある日の夜、村の人たちは手に手にたいまつを持ち集まって、弥三郎の家に火を放ったそうだ。火の手は高く立ち上りあたりは真っ黒い煙につつまれると、その煙によばれたか、黒雲がどこからともなくあらわれて燃え盛る家に近づいていったと。
 「おい、雲が天窓に行ったぞ」人々が叫ぶと、「あっ、あれは鬼ばさだ」窓から鬼ばさになった弥三郎ばさが姿を見せたと。そして目をぎょろりと光らせ村人をにらむと「孫を返せえ」一言叫ぶと、鉈がまを口にくわえ、黒雲に飛び乗って空に舞い上がり、あっというまに姿を消してしまったと。その後、鬼ばさは権現堂の洞穴をすみかにして、あっちこっちの村から子どもをさらっていったそうだが、やがて心を入れ替えて天女になったともいわれている。
 

  不思議なことに、新潟県には弥彦近くにも弥三郎ばさがいて、2人は姉妹のように言われています。今の2月のはじめころは旧暦の12月8日ころにあたりますが、このころのひどい吹雪のことを、魚沼の大人たちは八日ぶきと呼んでいます。吹雪に乗って飛んでいける鬼ばさにとってはいい時期ですね。それでこの頃、魚沼の鬼ばさは畑の大豆でとれた納豆包みをもち、弥彦の鬼ばさは海でとれた魚を包んで持って、2人で空の高いところで出会って、歳暮のやりとりをしているといわれています。
 だから、そのころ、ひどい吹雪になると、子どもは「ほら、こんげなひどい吹雪の晩は弥三郎ばさがくるぞ、いい子になって早くねれや」と大人に言われるんだそうですよ。
 

これでいちごさけた

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