「嫌がるご婦人にしつこく絡むなんて。」
高級なカフェの一角。
紳士ってやつはあくまで
いやらしいくらいに
無駄な高級感を大事にしたがる。
朝、迎えの車が来るまえに
美雪の部屋を訪れた賞平。
自分だって研究プロジェクトの
スポンサーを接待しなくてはならない
気の重いパーティーには
いつも頭を悩ませている。
女性から男性へアプローチすることは
ほとんどない場所なのだが
たまに。ごくたまに。
男色家が何とも言えない表情で
舌舐めずりをしながら
こちらを見ていることがあり
賞平は気を引き締めるようになった。
「今日は、美雪をお願いしますわ。」
美雪は一人暮らしと言っていたが
背後から美雪とは違う
落ち着いた話し口の女性の声がした。
「グッモーニン。」
賞平が挨拶しながら振り返ると
そこにはコウモリしかいない。
「あ、彼女は私のパートナーの
エリザベス。言葉が美しいでしょ。」
美雪が誇らしい様子でエリザベスを
紹介した。エリザベスはチャーミングな
ポーズで賞平を覗きこむ。
「素敵な方ね。美雪の言ってた通り。」
「え、エリザベスったら!」
美雪はジタバタと手を宙に泳がせて
足も膝から下で可愛らしいステップを
踏むように慌てている。
素敵、か。
賞平は考える。
もしかすると、自分にも望みはあるのか。
ええと。こんなシチュエーションで
今口説くなんてのは、ありだろうか。
まだ正式にお断りの出来ていない
お相手の車が着いたときに
男に抱かれてベッドから出られないなんて
とんだあばずれである。
美雪にそんな評判が立つのは
彼女の人格もそこねるし
何よりビジネスに大ダメージを受ける。
賞平は肩を抱こうかと思ったが
やめておこうと思い直した。
いや、肩くらいはエスコートする延長で
済ませられるものではあるが。
肩に触れたら、全部触れたくなる。
美雪の家の前に着けた車の運転手は
賞平を見て怪訝そうな顔をしたが
乗車拒否まではしなかった。
車が向かったのはこてこてと趣味の悪い
豪奢な建物のカフェであった。
「君は?」
男は顎で挑発する。
どこぞの伯爵だという話だったが
眉唾だなと賞平は思った。
「彼女とは使用言語が違うようなんで。
俺が通訳として同行したわけでして。」
「失礼な奴だな。」
伯爵は賞平の物言いが気に入らなかったと
見えて、露骨に不機嫌な顔をする。
美雪は怯えて眉を下げるが
賞平はテーブルの下で彼女の手を握る。
大丈夫だ。君は俺が守るから。
賞平が美雪を見つめて微笑む。
美雪は頬を染めてうつむく。
先程の怯えた表情は消えている。
「美雪さん。今度僕の別荘に行かないか。」
「あたくし、あなたとおつき合いする
つもりはございませんわ!」
「そんな下らない男といたら、君の
価値まで下がってしまうぞ。」
この男には
恋に落ちる
ってことがどんなことか
よくわからないのね。
美雪は伯爵を哀れみながら
でもこれ以上は時間の無駄だと
腰を上げた。
「待ちたまえ!!」
この期に及んでなお、威圧的な声で
美雪をすくませようとする男に
賞平が怒りを抑えつつ反撃する。
「レディを脅してしつこく付きまとうなんざ
ろくな死に方しませんよ。」
賞平は美雪の腰を抱き寄せ
エスコートしながらカフェを出た。
賞平も頭に血が上っていた。
美雪の腰がピクリと動くと
今更ながら慌てて手を離した。
「し、失礼。こんな…」
「いえ。だ、大丈夫、です、わ…」
美雪は顔が真っ赤で、苦しそうに
熱い息を吐いて喘いでいる。
「どうしました?」
賞平は気を失い倒れた美雪を抱き止めた。
「み!美雪さんっ!!」
「大失態…」
あれから賞平が美雪を抱いて
送ってくれたのだが
あのカフェから自分の部屋まで
ほぼ5kmの道程をかなりのスピードで
翼を軋ませるほど急いで飛んでくれたのだ。
美雪もヴァンパイアの血が入っている。
それがどれほど大変なことかはわかる。
要するに、自分は
彼に優しくされて。
嬉しくて舞い上がって。
興奮して血が頭に上り。
ひっくり返ったというわけで。
賞平は自分にとても
よくしてくれる。
スマートにエスコートしてくれて
自分を困らせるしつこい男から
守ってくれた。
こんな醜態をさらした自分を
懸命に介抱してくれて
家まで送ってくれた。
でも。
彼が自分を特別な女性として
見てくれているのか
美雪には自信がなかったのだ。
「美雪。ホットココアよ。」
エリザベスが枕元に飲み物を運んでくれる。
賞平から連絡を受けた亮も
すっ飛んで来てくれた。
そのわりに、心配そうな様子はなく
少々呆れた、といった顔である。
「美雪。あいつはさ。普通より
ややプレイボーイなとこあって
手も早い。それは認めるよ?」
「わかってる。あんたの言いたいことは。」
亮が何を言わんとしているのか
美雪にはわかっている。
長いつき合いだし、今までどんなに
恋愛に縁がなくウブで不器用な女だったか
この弟のような悪友には全てバレている。
いい加減、そんな小娘のようでは。
そういうことだろう。
「賞平くんに教えても良いか?
お前が小学生並みのヴァージンだって。」
「だめっ!!」
「だって、あいつのスピードで攻められたら
お前はパンクしちまうよ?」
「だって…こんな良い年した混血魔女が
ウブなヴァージンだなんて!恥ずかしくて
どの面下げて会えるって言うのよッ!」
「何!そのむちゃくそ可愛いの!!」
「キャーッ!!」
亮とは違う声がした。
美雪はとっくに賞平は帰ったものと
思い込んでいたのだが
実は続きのフロアのソファーに
座っていて話は丸聞こえだったのである。
賞平は鼻血を出し、興奮した様子で
美雪を見ている。
ヴァージン。嘘だろ?
俺が腰に手を回して抱き寄せただけで
あんなに赤くなってたの?
んもう!何だよそれ!可愛いすぎか!!
「美雪!結婚を前提につき合ってくれ!」
「え?!っえ、ええ!」
「一目惚れだったんだ!本当は
こうやってすぐに口説きたかったんだよ。」
「はあ、あ、ああん……」
美雪はまたしても、倒れた。
高級なカフェの一角。
紳士ってやつはあくまで
いやらしいくらいに
無駄な高級感を大事にしたがる。
朝、迎えの車が来るまえに
美雪の部屋を訪れた賞平。
自分だって研究プロジェクトの
スポンサーを接待しなくてはならない
気の重いパーティーには
いつも頭を悩ませている。
女性から男性へアプローチすることは
ほとんどない場所なのだが
たまに。ごくたまに。
男色家が何とも言えない表情で
舌舐めずりをしながら
こちらを見ていることがあり
賞平は気を引き締めるようになった。
「今日は、美雪をお願いしますわ。」
美雪は一人暮らしと言っていたが
背後から美雪とは違う
落ち着いた話し口の女性の声がした。
「グッモーニン。」
賞平が挨拶しながら振り返ると
そこにはコウモリしかいない。
「あ、彼女は私のパートナーの
エリザベス。言葉が美しいでしょ。」
美雪が誇らしい様子でエリザベスを
紹介した。エリザベスはチャーミングな
ポーズで賞平を覗きこむ。
「素敵な方ね。美雪の言ってた通り。」
「え、エリザベスったら!」
美雪はジタバタと手を宙に泳がせて
足も膝から下で可愛らしいステップを
踏むように慌てている。
素敵、か。
賞平は考える。
もしかすると、自分にも望みはあるのか。
ええと。こんなシチュエーションで
今口説くなんてのは、ありだろうか。
まだ正式にお断りの出来ていない
お相手の車が着いたときに
男に抱かれてベッドから出られないなんて
とんだあばずれである。
美雪にそんな評判が立つのは
彼女の人格もそこねるし
何よりビジネスに大ダメージを受ける。
賞平は肩を抱こうかと思ったが
やめておこうと思い直した。
いや、肩くらいはエスコートする延長で
済ませられるものではあるが。
肩に触れたら、全部触れたくなる。
美雪の家の前に着けた車の運転手は
賞平を見て怪訝そうな顔をしたが
乗車拒否まではしなかった。
車が向かったのはこてこてと趣味の悪い
豪奢な建物のカフェであった。
「君は?」
男は顎で挑発する。
どこぞの伯爵だという話だったが
眉唾だなと賞平は思った。
「彼女とは使用言語が違うようなんで。
俺が通訳として同行したわけでして。」
「失礼な奴だな。」
伯爵は賞平の物言いが気に入らなかったと
見えて、露骨に不機嫌な顔をする。
美雪は怯えて眉を下げるが
賞平はテーブルの下で彼女の手を握る。
大丈夫だ。君は俺が守るから。
賞平が美雪を見つめて微笑む。
美雪は頬を染めてうつむく。
先程の怯えた表情は消えている。
「美雪さん。今度僕の別荘に行かないか。」
「あたくし、あなたとおつき合いする
つもりはございませんわ!」
「そんな下らない男といたら、君の
価値まで下がってしまうぞ。」
この男には
恋に落ちる
ってことがどんなことか
よくわからないのね。
美雪は伯爵を哀れみながら
でもこれ以上は時間の無駄だと
腰を上げた。
「待ちたまえ!!」
この期に及んでなお、威圧的な声で
美雪をすくませようとする男に
賞平が怒りを抑えつつ反撃する。
「レディを脅してしつこく付きまとうなんざ
ろくな死に方しませんよ。」
賞平は美雪の腰を抱き寄せ
エスコートしながらカフェを出た。
賞平も頭に血が上っていた。
美雪の腰がピクリと動くと
今更ながら慌てて手を離した。
「し、失礼。こんな…」
「いえ。だ、大丈夫、です、わ…」
美雪は顔が真っ赤で、苦しそうに
熱い息を吐いて喘いでいる。
「どうしました?」
賞平は気を失い倒れた美雪を抱き止めた。
「み!美雪さんっ!!」
「大失態…」
あれから賞平が美雪を抱いて
送ってくれたのだが
あのカフェから自分の部屋まで
ほぼ5kmの道程をかなりのスピードで
翼を軋ませるほど急いで飛んでくれたのだ。
美雪もヴァンパイアの血が入っている。
それがどれほど大変なことかはわかる。
要するに、自分は
彼に優しくされて。
嬉しくて舞い上がって。
興奮して血が頭に上り。
ひっくり返ったというわけで。
賞平は自分にとても
よくしてくれる。
スマートにエスコートしてくれて
自分を困らせるしつこい男から
守ってくれた。
こんな醜態をさらした自分を
懸命に介抱してくれて
家まで送ってくれた。
でも。
彼が自分を特別な女性として
見てくれているのか
美雪には自信がなかったのだ。
「美雪。ホットココアよ。」
エリザベスが枕元に飲み物を運んでくれる。
賞平から連絡を受けた亮も
すっ飛んで来てくれた。
そのわりに、心配そうな様子はなく
少々呆れた、といった顔である。
「美雪。あいつはさ。普通より
ややプレイボーイなとこあって
手も早い。それは認めるよ?」
「わかってる。あんたの言いたいことは。」
亮が何を言わんとしているのか
美雪にはわかっている。
長いつき合いだし、今までどんなに
恋愛に縁がなくウブで不器用な女だったか
この弟のような悪友には全てバレている。
いい加減、そんな小娘のようでは。
そういうことだろう。
「賞平くんに教えても良いか?
お前が小学生並みのヴァージンだって。」
「だめっ!!」
「だって、あいつのスピードで攻められたら
お前はパンクしちまうよ?」
「だって…こんな良い年した混血魔女が
ウブなヴァージンだなんて!恥ずかしくて
どの面下げて会えるって言うのよッ!」
「何!そのむちゃくそ可愛いの!!」
「キャーッ!!」
亮とは違う声がした。
美雪はとっくに賞平は帰ったものと
思い込んでいたのだが
実は続きのフロアのソファーに
座っていて話は丸聞こえだったのである。
賞平は鼻血を出し、興奮した様子で
美雪を見ている。
ヴァージン。嘘だろ?
俺が腰に手を回して抱き寄せただけで
あんなに赤くなってたの?
んもう!何だよそれ!可愛いすぎか!!
「美雪!結婚を前提につき合ってくれ!」
「え?!っえ、ええ!」
「一目惚れだったんだ!本当は
こうやってすぐに口説きたかったんだよ。」
「はあ、あ、ああん……」
美雪はまたしても、倒れた。