「一人ひとりに合わせた指導」 や、
「その子の性格に合わせます」 や、
「完全つきっきり指導」、
などのキャッチフレーズで岩沼にも個別指導塾が乱立しているが、
個別指導塾ってそんなにいいか?
ただ単に迎合して人気を得ているだけのような・・・
成績の良い子が通ってるイメージは無いのだが・・・
むしろ自分一人では頑張れない子が、他力本願で通ってるイメージしかないのだが・・・
本当に成績の良い子は、ほとんど集団指導塾だよね。
私の経験から言わせてもらえば、
個別指導で手取り足取り、生徒に迎合して丁寧に指導をすればするほど、
生徒の依存心は強くなる。
「自分で考える力」 が弱くなる。
自分で考えようとしなくなる。
その時は理解するが、その時だけ。
聞けばいつでも教えてくれるから、「覚えようとする力」 も弱くなる。
「教えられる」 という受け身でしか勉強できないので、自分から学ぼうとする習慣が身に付かない。
本当に学力がある子というのは、
人に依存することなく 「自分で考える力」 がある。
いつでも、どこでも、どんな時も、
「自分から学ぶ力」 がある。
そういう力こそが、成績を優秀にさせる。
考えてみてほしい。
塾に行っていなくても、めちゃくちゃ頭の良い子はどこの学校にも一人や二人はいると思う。
学校は集団授業である。
その子に合わせた授業などしていない。
先生の話に真剣に耳を傾け、真剣に黒板を見て、真剣に自分の頭を使って考える。
そういう子は、
高校に進学してからも成績が良い。
開陽舎も、基本的に集団授業。
私が授業をしていると、学力が高い子とはよく目が合う。
「人の話は目で聞け」 とよく言うが、
まさにそれ。
私の目を見てうなずきながら、真剣に聞いている。
一方で、学力の低い子と目が合うことはない。挙げ句の果てには居眠りをしていたりする。
そういう子に合わせる指導に意味があるのだろうか?
開陽舎にそういう子がいれば、その場で私が激怒する。
開陽舎に通ってる以上、開陽舎のやり方に合わせてもらう。
根本的なことから解決しないと、学力なんて伸びるはずがない。
この世の中は集団である。
社会に出れば、集団の中で働かなくてはならない。
100%自分に合わせてくれる会社などあるわけない。合わせるのは自分である。
合わせてもらえるという特権があるのは子どものうちだけ。 しかしそれも、できるだけ早めに卒業したほうがいい。
いつまでもそれから卒業しきれない大人が、社会から 「ダメ人間」 の烙印を押されないためにも。
「その子に合わせた個別指導」 や
「つきっきり個別指導」 は
耳障りこそ良いかもしれないが、
「自ら学ぶ力」 や
「自分を合わせて学ぶたくましさ」
を育てているわけではない。
開陽舎は、そういう塾とは一線を画していく。
開陽舎は君たちに合わせない。
君たちが開陽舎に合わせなさい。
これからも開陽舎は、
「たくましく自ら学ぶ子ども」
を育てる尖った塾であり続ける。