長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

島田荘司著【最後の一球】

2010-10-07 14:29:32 | 本と雑誌

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馬車道にある御手洗潔と石岡和己の住居兼事務所に、山梨県の秋山村で美容室をやっている廿楽(つづら)泰という青年が相談に訪れた。
母親の芳子が自殺未遂をし、訂正だらけの支離滅裂な遺言状らしきものを書いていたという。
父親とはずっと前に離婚しており、女手ひとつで廿楽青年を育てたのだそうだ。
父親はヴェンチャー・ビジネスをやっているらしいとのこと。
秋山村で美容室を始めたのは母親で、今は廿楽青年の妻が実質上店をきりもりしているのだそうだ。
遺言状が有効か無効か以前に、母親の自殺未遂の原因がよく解らない。
心当たりといえば、お好み焼き屋のおばさんがお好み焼きを四つ持ってきて、それを料金代わりにすること。
しかもお好み焼きの数が勝手に三つに減らされた。
母親がそれでノイローゼになって寝込んだという。
思い切ってそのお好み焼きのおばさんから料金を取ったら、今度は盆栽をひとつ持っていったのだそうだ。
その直後に母親は首を吊ったという。
廿楽青年の話しがそもそも支離滅裂なのだが、御手洗は廿楽芳子の自殺未遂の原因に薄々気づき、何もできないかもしれないという。
御手洗と石岡のふたりは秋山村に出向き、廿楽芳子に真相を確認する。
御手洗の読み通り、悪名高い「道徳ローン」から元夫がした借財の、連帯保証人になったことが原因だった。
道徳ローンは様々な書面の捏造により、債務者をがんじがらめにし、利息制限を大きく越える暴利をむさぼり、悪行の限りを尽くしていた。
裁判所は上場企業の捏造なぞとは認めず、ただ書面だけを信じるのである。
だから御手洗といえども、どうすることもできないのだ・・・。
御手洗は廿楽芳子の持っている金毘羅さんのお札に、まじないと称して金の字の上に、マジックインキでぐるぐる渦巻きを描いた。
この札を一時間おきに額にあてて拝めば、必ず道は拓き二度と自殺を考えることはできないと、廿楽芳子に告げた。
それは彼女の自殺をとりあえず抑えるための、ただのその場しのぎに過ぎなかった。
しかし奇跡は起こった。
道徳ローンが突然廿楽芳子の債権を放棄した。
元夫も、通常の15%の利息で返済して欲しい、期限は問わないと言われたのだそうである。
廿楽芳子から馬車道の部屋でその報告を受けている最中、御手洗は警視庁の竹越警部から出動要請を受ける。
西銀座にある、道徳ローン自社ビルの屋上で火災があった。
プレハブ小屋だけ燃やして小火程度で終わったようだが、しかしそれは実に奇妙であった。
その日突然検察からの手入れが入り、押収されてはまずい捏造書類を、それこそ急場しのぎで応急的に屋上のプレハブ小屋に隠したようなのだ。
検察が帰った後、安全な場所に移すつもりだったようだが、その書類が小屋ごと全部焼失したようだ。
検察にとって大事な証拠品が焼失したことになるが、その反面廿楽芳子のような何人も泣いている債務者たちも救われたのだ。
ここが奇跡の現場であった。
放火が疑われるが、だがどうやって?となってしまう。
そこは密室状態で、屋上に出る扉は施錠され、当然社員たちによって見張られてもいた。
鍵は管理者によって保管されていたし、ついでながらプレハブ小屋のカバン錠もまた施錠されていたのだ。
火の気もなく、時限発火装置の痕跡もない。
だいたい急場しのぎで小屋に隠した書類に対し、時限発火装置での計画的な放火という考えが本末転倒というものである。
御手洗は水の入ったガラス花瓶がレンズとなり、太陽光線による発火だと断定した。
これは神による悪徳ローン会社への制裁だと。
だが御手洗の真意は現場で拾いあげた、焦げて半分黒くなった硬球こそにあった・・・。
そして物語は一転し、子供のころから二十年間野球一筋に生き、二流選手に徹した竹谷亮司の独白手記となる。
それは竹谷が憧れたひとりの天才、武智明秀の物語でもあった。
竹谷が野球人生の終焉に、己の二流魂の全てを込めた会心の一投は、弾丸のように直線を描き、御手洗をしても御手上げにさせた難事件を打ち砕く・・・。
ミステリーという重量よりは、ほろ苦くも心に沁みる青春物語としての味わいが深い。


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