長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

北村薫著【水に眠る】

2019-05-25 16:21:50 | 本と雑誌

1994年10月15日 第1刷

私はこの短編集を、既に読んでいたと思い込んでいた。
目次を見て「うん??」となって、こりゃ読んでいないのではと思い、持ち帰った。
表題を含む全10篇の短編集、これまでは連作が多かった著者が、初めて編んだ短編集である
人の数だけ、愛はある。短編ミステリーの名手が挑む愛情物語10篇。
『恋愛小説』
保険会社に勤務する美也子、ある日無言電話がかかってきた、微かなピアノの音がする…。
『水に眠る』
「…信じていただけますか?こんな話」
心外だった。
「信じる、信じない、という問題じゃありませんよね」
思わず、抗議するようにいってしまった。
それから感情を鎮めようと、両手で顔を覆った。
私には分かる、そういうことがあると分かる。
そして西田さんにも、分かるに違いない。
『植物採集』
京子の後輩ながら同い年の俊一。
小太りで丸顔で、目が細い。
趣味はと聞けば、インド仏教と答えた…。
『くらげ』
岡崎は思う。あの日、時子が洗面器を被らなかったら、世界は違ったものになっていたかもしれない、と。
…それは、今となっては雲よりも遠い夏の日のことである…。
『かとりせんこうはなび』
「じゃあね、蚊と蠅と同時に始末出来たらどうだい」
「ふうん、そりゃあ、いいわね」
『矢が三つ』
「…そうそう、あなたも、夏にはいよいよ第一パパよ」
呑気そうに、丸くみずみずしい切断面を見ていたパパの目が大きくなった。ママはユーミンなど口ずさみつつ、自分のスプーンを手に取る…。
『はるか』
「ここ、本屋さんになるんですか」
「そうだよ」
「いつから開くんですか?」
「七月にはオープンしようと思うんだけど」
セーラー服は、目をしばたたき、「ご主人ですか」
「一応ね」
「ここに本屋さんがあると」一拍置き、力をこめて、「…便利ですよねっ」
「皆な、そう思ってくれるといいね」
「絶対ですよ」
「あ、そう」
「ぜーったい!」一人で頷くと、すぐに続けて「アルバイト、いりませんか?」
英造は組んでいた手を上げて頬を撫でた…。
『弟』
先生との出会い?檻の中ですよ。あの頃はひどかった。ストライキの連中が騒いでいる、その側にいただけでほうり込まれちまった。こっちは学生でね、先生は職工でした。何だか気が合っちまいましてね。一緒に飲みました。先生の方が五つお若い。でもこっちはやっつけられてばかりでさあ。ブルジョア!…なんて怒られました…。
『ものがたり』
「おはよう」
百合子の椅子に腰掛けてテレビを見ていた茜が振り返り、おはようございます、と答えた。
画面にはヨーロッパの古めかしい街並みが映っていた。
一方、この世に生まれてまだ十八年の茜は、薄荷糖のような白さのTシャツ、ほとんど黒といっていいほど濃い茄子紺のオーバーオール。
初めて見た時から、三年経っている。あの時、茜は中学の制服を着ていた。色の取り合わせが似ているせいか、三年前の茜が目の前に座っているように思えた。髪型もそのままに、潔く短い…。
『かすかに痛い』
わたし達を含めて、店の中にいた客は総て、その鮟鱇氏を、遠く近く取り囲んだ。
だらりと垂れたそれに、お兄さんは立ち向かった。目は真剣にきつく一点を見て、その凝視の先で包丁の刃が動いた…。

10作総て、短編というかショートショートに近いくらいに、簡潔にまとめられている。
しかも、この著者らしい美しい文体で…。
ただそれだけに、難解な部分もあるかもしれない…。