1 事件番号等
東京地方裁判所
平成23年(ワ)第6904号
平成24年09月28日
2 事案の概要
本件は、被告の従業員であった訴訟承継前の原告(訴訟被承継人)亡X(平成23年12月9日死亡。以下「亡X」という。)が、被告に在職中の平成20年9月3日、被告の業務範囲に属し、かつ、亡Xの職務に属する「LED照明装置」に関する発明をし、同日、その特許を受ける権利を被告に承継させたとして、亡Xの相続人である原告らが、特許法35条3項に基づく対価9467万9479円をそれぞれの相続割合(後記のとおり、原告A1が2分の1、原告A2 及び原告A3 がそれぞれ4分の1)により相続した額の一部請求として、被告に対し、原告A1が425万円、原告A2及び原告A3がそれぞれ212万5000円、並びに、これらに対する平成23年3月25日(訴状送達の日の翌日)から各支払済みまでそれぞれ民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案です。
3 争点
本件の争点は、亡Xが職務発明について本件特許を受ける権利を被告に承継させたことに対する相当の対価として支払を受けるべき額の有無及びその数額であり、具体的には、次のとおりです。
(1) 被告が本件発明の実施許諾によって他社から受けた実施料の有無及びその額
(2) 被告が本件特許権譲渡より前の期間において本件発明を自ら実施したことにより受けるべき利益の有無及びその額
(3) 被告が本件特許権譲渡を行ったことにより受けるべき利益の有無及びその額
(4) 被告が本件特許権譲渡以後の期間において本件発明を自ら実施することにより受けるべき利益の有無及びその額
(5) 被告の貢献度等
4 裁判所の判断
裁判所の判断は概ね以下のとおりです。
4-1 争点(1)(被告が本件発明の実施許諾によって他社から受けた実施料の有無及びその額)について
4-1-1 実施料収入と独占の利益
本件職務発明規定においては、職務発明の対価については発明者と会社が協議の上定めるとの文言があるものの、従業者等がした職務発明について支払われるべき相当な対価の額、算定方法及び支払の時期に関する定めはなく、他にこれを定めた契約、勤務規則その他の定めは存在しない。そして、亡Xと被告間で協議が調っていない。
したがって、本件において、被告が原告らに対して支払うべき特許法35条3項に規定する職務発明の相当な対価の額を定めるに当たっては、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」(同条5項)を算定する必要がある。
この点、「使用者等が受けるべき利益」とは、職務発明の対象となる発明を実施することによって得られた利益の全てを指すのではなく、使用者等は職務発明に係る特許発明について無償の法定通常実施権を有する(同法35条1項)ことから、この通常実施権を超えたものの承継により得た法的独占権に由来する利益(以下「独占の利益」という。)を意味すると解されるところ、職務発明に係る特許発明の実施を許諾した場合の実施料収入は、当該特許発明の排他権の結果得られた利益と評価し得るから、実施料収入は、原則として、上記独占の利益に該当するというべきである。
4-1-2 本件における実施料収入の有無
被告の平成20年度の事業年度(平成20年6月1日から平成21年5月31日まで)の損益計算書において、「売上高」という勘定科目で2465万3944円と記載されている一方、「ロイヤリティ売上高」という勘定科目で943万2000円と記載されていること、同事業年度の残高試算表においても、同様の記載がされていること、被告が東京都知事宛に提出した平成22年4月27日付け「新商品の生産による新事業分野開拓者認定申請書」の9頁及び10頁に、被告のQに対する「ライセンス」との記載及び新商品の売上高の欄に括弧書きで「ロイヤリティー収入」との記載があることがそれぞれ認められる。しかし、上記の記載は、あくまで「ロイヤリティ売上高」あるいは「ライセンス」及び「ロイヤリティー収入」という抽象的な記載であり、被告の同年度の会計帳簿上、それが具体的に本件特許にかかる特定の第三者に対する実施許諾の対価であることを示すものではない。
他方、証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は、信用力を得る観点から、顧客からの受注や製造業者への委託をPを介して行っていたものの、平成21年初め頃、被告の経理の都合で、ある特定の顧客の取引に関して、Pの了承を得て同社を介さずに顧客が直接被告に支払うという形を取ったことが認められる。ただし、そのことは、上記特定の顧客からの支払をもって「ロイヤリティ売上高」と記載されたこと、それが全て実施料収入でなかったことを意味するものではなく、他にそれを裏付けるに足りる証拠はない。
以上によれば、本件において、被告が、平成20年6月1日から平成21年5月31日までの間に本件発明の実施によって受けた実施許諾の対価に関し、上記期間のうち具体的にいつのどのような取引についての対価であるかにつき明らかではないものの、上記認定の事実を総合考慮すれば、被告の上記損益計算書における「ロイヤリティ売上高」という勘定科目及び同事業年度の残高試算表に記載されている943万2000円のうち、その20パーセントに当たる額である188万6400円をもって本件発明の実施料収入と認めるのが相当である。
4-2 争点(2)(被告が本件特許権譲渡より前の期間において本件発明を自ら実施したことにより受けるべき利益の有無及びその額)について
4-2-1 超過利益
特許権者が他社に実施許諾をせずに、職務発明の対象となる特許発明を自ら実施している場合における独占の利益は、他社に対して職務発明の実施を禁止できることにより、他社に実施許諾していた場合に予想される売上高と比較して、これを上回る売上高(超過売上げ)を得たことに基づく利益(超過利益)をいうものと解される。
ここで超過売上げとは、仮に第三者に実施許諾された事態を想定した場合に使用者が得たであろう仮想の売上高(法定通常実施権に基づく売上げ)と現実に使用者が得た売上高とを比較して算出された差額に相当するものというべきであるが、具体的には、職務発明対象特許の価値、ライセンスポリシー、ライセンス契約の有無、市場占有率、市場における代替技術の存在等の諸般の事情を考慮して定められる独占的地位に起因する一定の割合(超過売上げの割合)を乗じて算出すべきである。
そして、超過利益は、上記方法により算出された超過売上高に、仮想実施料率を乗じて算出するのが相当である。
4-2-2 本件特許権譲渡より前の独占の利益(超過利益)の額
証拠び弁論の全趣旨によれば、平成21年6月から本件特許権譲渡より前である平成22年4月までの間の被告製品の売上高は、1億75万8500円であると認められる。
この点、被告の平成21年度(平成21年6月1日から平成22年5月31日まで)の売上高合計は1億8527万7555円であるが、本件発明の実施品というべき被告製品の売上高としては、1億75万8500円を超える部分についてこれを認めるに足りる証拠がない。
そして、証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件発明の実施品である被告製品は、本件発明を採用することによってLED照明装置であるにもかかわらず蛍光灯と同等の特性、照度分布を実現しているという有意な特性を有すること、しかし、蛍光灯と同等の特性、照度分布を実現しているLED照明装置は被告製品に限られず、競合他社の同種の製品が複数存在すること、それにもかかわらず、被告製品が上記のような売上高を上げているのは、被告製品が消費電力が少なく、かつ信頼性が高いとされるS製のLEDを使用している点が主要な要因であると認められること、以上の事実を総合すると、本件における超過売上げの割合は30パーセントであると認めるのが相当である。
次に、発明協会研究センター編「実施料率」[第5版]によれば、本件発明の属する技術分野である民生用電気機械・電球・照明器具製造技術分野における平成4年度から平成10年度における実施料率の平均値は、イニシャル・ペイメント条件無しで4.6%であり、過去に比べて僅かに上昇傾向にあることが認められる。
そうすると、仮想実施料率はこれを5パーセントと認めるのが相当である。
4-3 争点(3)(被告が本件特許権譲渡を行ったことにより受けるべき利益の有無及びその額)について
4-3-1 被告は、平成22年5月25日、Oに対し、本件特許権を譲渡したところ、証拠及び弁論の全趣旨によれば、その譲渡価格は2500万円であること、本件特許権の譲渡の登録、譲渡価格の代金支払の処理等、その履行は終了していることがそれぞれ認められる。以上によれば、上記時点において、被告及びOの双方とも、当事者の合理的意思として、本件特許を実施することによって得られる利益の全てをもって、これを2500万円と評価していたというべきである。
そして、本件譲渡契約書において、平成22年5月21日から平成23年5月20日までの1年間の非独占的な実施許諾期間が経過した後であっても、被告において引き続き通常実施権の行使ができると解する根拠となる規定は見当たらない。
そうすると、被告は、Oに対し、上記特許権譲渡にあたって、留保された平成22年5月21日から平成23年5月20日までの1年間の非独占的な実施権のほかは、平成40年9月29日までの本件特許の存続期間における上記法定通常実施権の部分をも譲渡しているといわざるを得ない。
そこで、上記譲渡価格2500万円のうち上記独占の利益の部分に該当する金額を算定するためには、上記2500万円から上記通常実施権の部分を控除する必要があるところ、1年間の許諾期間の後は17年あまりの間通常実施権が行使できなくなること、同1年間の許諾期間である平成22年5月から平成23年5月までの間、被告製品はある程度の売上高(2097万円)があったことなどの諸事情を考慮すれば、本件特許権譲渡における独占の利益は800万円と認めるのが相当である。
4-4 争点(4)(被告が本件特許権譲渡以後の期間において本件発明を自ら実施することにより受けるべき利益の有無及びその額)について
4-4-1 被告製品の平成22年5月から平成23年5月までの売上げに係る利益について
原告らは、無償通常実施権の許諾は、本件譲渡契約書の特約としてなされたものであり、被告は、本件特許の排他的効力によって一定の利益を得るにもかかわらず、かかる特約によって本件特許の実施料は無償とされているのであるから、本件特許の譲渡によって、上記期間の売上げより算出される仮想実施料相当額の利益を得ていると主張する。
しかし、職務発明における使用者は、特許を受ける権利を承継することがなくても当然に当該発明について特許法35条1項が規定する法定通常実施権を有することを考慮すれば、上記無償通常実施権の許諾についても、もともと職務発明における使用者が有しているものと同様の権利関係が続いたことを意味するにすぎず、これは、職務発明の相当対価の算定基礎となる、単なる通常実施権を超えたものの承継により得た法的独占権に由来する独占の利益とは関係がないというべきであり、このことは、本件譲渡契約書の特約として上記無償通常実施権の許諾がなされていることによって左右されるものではない。
4-5 争点(5)(被告の貢献度等)について
証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は、Cの開発したLED照明を製造販売する会社として平成19年6月1日に設立された会社であること、被告においてはS製のLED素子を製品に使用していたが、同社製のLED素子は信頼性が高いものの照射角が狭かったため、蛍光灯のように光を拡散させるためにその照射角をいかに広げるかが被告における重要な研究課題となっていたこと、Cは、この課題を解決するため研究を続け、平成19年3月2日、同課題を解決する手段に関する特許出願を、さらに、同年5月30日、同様の実用新案登録出願を行い、その具体的な手段として、LED照明装置のカバーに中空部を設けて二重構造にし、レンズ効果で光の拡散を図ることを提示していたこと、Cはこの二重構造のアイデアを基に研究を続け、平成19年11月、アクリルカバーに関する発注を行い、さらに、平成20年5月頃、これを改良した部品の発注を行ったが、ここにおいて、既にカバーの内側を楕円形状にすることで光を拡散するという発想が示されていたこと、亡Xは、こうしたCの先行研究を基に本件発明を完成させたものであり、その研究のための場所、費用、機器及び資材は被告が提供したこと、本件発明の完成後、亡Xと被告代表者は、特許事務所との協議や特許庁の審査官面接に出席し、特許の手続費用は被告が負担したこと、以上の事実が認められる。
上記事実によれば、亡Xが被告の従業員として本件発明を完成させ権利化するに当たっては、Cの相当程度の貢献があったというべきであって、これに被告における営業努力等の本件における一切の事情を考慮すると、被告の貢献度を95パーセントと認めるのが相当である。
5 検討
本件は、現行法下における裁判例として始めて公表されたものです。しかし、被告の職務発明規定には、「従業員が会社における自己の現在又は過去における職務に関連して発明、考案をした場合で会社の要求があれば、特許法、実用新案法、意匠法等により特許、登録を受ける権利又はその他の権利は、発明者及び会社が協議のうえ定めた額を会社が発明者である従業員に支払うことにより、会社に譲渡又は継承されるものとする」という定めがあるものの、亡Xとの間に「協議」は調っていないと判断されたため、現行法の特徴である職務発明規定にいう基づく対価の支払いに関する「不合理性」の判断はなされませんでした。
したがって、本件の判断は、旧法下における解釈論を本件に当てはめただけであり、目新しいところは特段ありませんが、現行法下においても職務発明の対価請求に関する紛争が勃発していることを世に知らしめた点において意義があるといえましょう。
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