無秩序化する東アジア。 連鎖する危機、日本の進む道は
2019.9.28 産経新聞
現実を見据えた国家戦略必要
世界の秩序が崩れ始めている。それは日本の危機でもある。止まらぬ北朝鮮のミサイル発射、
日米韓の亀裂、中露の同盟化、香港は米中対立の“代理戦場”だ。日本の要は日米同盟だが、トランプ
米政権の自国第一主義と来年の大統領選は視界を不透明にしている。無秩序化する東アジアを生きる
日本に問われているものは何か。
外交問題や世界情勢を研究・提言する米国の「外交問題評議会」に、世界の紛争追跡サイトがある。
世界中で起きている地域紛争や対立を、米国の国益に与える影響の大きさから3段階で評価している。
最も「危機的」と判定された紛争・対立は5つ。
東から
(1)北朝鮮の核ミサイル危機
(2)尖閣諸島をめぐる日本と中国の緊張
(3)南シナ海の中国とベトナム、フィリピンとの領有権争い
(4)アフガニスタン戦争
(5)中東イランと米国との対立-。
3つが東アジアに位置する。米イラン対立もホルムズ海峡という日本経済の生命線を脅かす。
地政学的にみれば、日本は火薬庫に取り囲まれている。
◆尖閣パラドックス
日米安全保障条約により日本が米軍に基地を提供する代わりに米軍は日本を防衛する義務を負う。
日本の脅威は米兵の生命を危険にさらす。だが、日米の危機意識は一枚岩ではない。
その一例は尖閣問題である。周辺の日本領海へ繰り返される中国公船の侵入は、「日中の関係改善」
の陰に隠れて目立たない。米国では、防衛義務の対象の尖閣が中国との紛争の引き金となる可能性が
真剣に論じられている。
米ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン氏はフォーリン・アフェアーズ誌の論文で、
中国は「例えば東シナ海の係争中の島を日本から奪取するなど、小さな試みによって米国の決意を
見極める可能性が高い」と指摘する。
そのとき米国は「自らの信頼性を守るため、比較的重要でないことに大国同士の-潜在的には
核の-紛争となる危険を冒すべきか」否かという「尖閣パラドックス」に陥るという。
危機は別個にあるようでつながり合い、全体の緊張を高めている。危うさを増す世界を「秩序の崩壊」
「無秩序」といった言葉で表す論評も目立ってきた。
無秩序とは、既存の秩序を支えた力の均衡や規範の信頼性が崩れることで、皆が勝手に行動し、
国際情勢が予測困難な状態となることだ。ポピュリズム(大衆迎合主義)に突き動かされた一国主義が
蔓延(まんえん)する今の世界は、まさしくそうだ。
◆文明の衝突、現実味
悪化する日韓関係のきっかけは、いわゆる徴用工訴訟で日本企業に賠償責任があるとした韓国
最高裁判決だった。1965年の日韓請求権協定という日韓関係の根底をなした「秩序」が翻された
からである。
日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄は、無秩序化する東アジアの「ポイント・オブ・
ノーリターン」かもしれぬ。韓国が日米から離反し、南北統一を急ぎ、中露へと向かう転換点という
意味だ。
韓国が日本にGSOMIA破棄を通告した翌8月24日、北朝鮮は短距離弾道ミサイルを発射した。
破棄決定が北に「核ミサイル開発を続けていい」というメッセージを与えたといえる。
GSOMIAは日米、米韓の別個の同盟を日米韓の三角形に結びつけ、その連携は、中国とロシア
にもにらみをきかしてきた。だからこそ米国は「唯一の勝者は(中露という)競争相手だ」(シュライバー
米国防次官補)と警告した。
韓国海軍による自衛隊機へのレーダー照射問題で当局間の信頼性は損なわれている。7月23日、
中露軍機が初の合同巡視で竹島周辺の日本領空へ侵犯した。日米韓の隙間にくさびを打ち込む試みと
なった。
8月2日に失効した米露の中距離核戦力(INF)廃棄条約も、二大核保有国の軍縮の枠組みという
秩序の消滅だ。中国を加えた軍拡競争が加速するだろう。
ロシア南部では9月中旬、中露の大規模な軍事演習も行われた。中露の軍事同盟化は、東西冷戦期にも
起きなかった悪夢だ。
東アジアの無秩序化は、米中の「新冷戦」と同時進行する。自由と民主主義の価値を共有する
日米などと、中露を中心とする権威主義陣営との対峙(たいじ)である。
米国際政治学者のサミュエル・ハンチントン氏は1993年の論文で「世界政治における大きな
対立は、異なった文明に属するグループや国の間で起こる。この文明の衝突が未来における戦線となる」
と予告した。香港がその最前線だ。
6月以降続くデモは逃亡犯条例法案撤回を勝ち取った後、中国政府に「香港解放」を求める運動と
化した。若者は“自由の象徴”星条旗を振り、トランプ大統領に介入を求める。
習近平政権はもう一歩も譲れない。デモが内部拡散する兆候が出れば、武力鎮圧に踏み切るかもしれぬ。
混乱は来年1月に総統選を控えた台湾にも波及する。
南太平洋のソロモン、キリバスが台湾と相次ぎ断交した背後に、台湾孤立化を急ぐ中国の焦りがみえる。
◆牽引役失った世界
米国が主導した世界秩序が崩れ始めた起点はどこか。米中枢同時テロやリーマン・ショックによる
国力疲弊を受け、2013年にオバマ大統領(当時)は「米国は世界の警察官ではない」と表明した。
力の空白が生じ、翌14年にロシアがクリミアを併合し、中国は南シナ海の人工島建設に着手した。
17年末発表の「米国家安保戦略」は中露を並べ秩序破壊を狙う現状変更勢力と位置づけたが、
遅きに失した。
米政治学者、フランシス・フクヤマ氏が「歴史の終わり」で自由主義の最終勝利と位置づけた
東西冷戦の終結から30年。世界は牽引(けんいん)役を失う混沌(こんとん)に帰した。
トランプ氏は何処(どこ)吹く風で、日米安保条約を「不公平」といい、日本を射程に置く北朝鮮の
ミサイル発射を静観する。対イラン強硬派のボルトン大統領補佐官解任劇から数日後、サウジアラビアの
石油施設が攻撃されたのは、偶然でない。
来秋の米大統領選後を、米世論調査機関ピュー・リサーチ・センター前ディレクターのブルース・
ストークス氏が9月、「言論NPO」の討論会で占った。
「米国の世界の牽引役からの撤退と米中対立による世界の分断は構造的な現象であり、トランプ氏が
再選しようと民主党候補が勝とうと変わらない」
日本外交が安倍-トランプ関係に依存するだけでは早晩、立ちゆかなくなる。
求められるのは、無秩序化する現実を直視した国家戦略の再構築ではないか。
自らの防衛力と同時に米国との安保協力を強化し、「片務性」という日米同盟の欠落を穴埋めする。
豪州やインド、台湾、英仏といった価値を共有するパートナーと協働し、インド太平洋に
「自由で開かれた」地域秩序を築く。ホルムズ海峡に護衛艦を派遣し、日本の船舶を日本で守る。
韓国との関係を放置せず修復に向けた「出口戦略」を備える必要もあろう。
国際政治学者の高坂正堯氏は、友好的になれない国との外交の重要性を論じた。
「ある国との関係がある程度以上悪化し、対立が強まることは、自国の外交政策の動きの余地を少なく
するから不利である。それは危険でもある」
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【用語解説】世界秩序
国際法や条約、国際機関など各国の行動規範となる準則や枠組み、勢力の均衡により、世界の平和や安定が保たれた状態。戦後の世界秩序は米国の強大な軍事力と経済力、同盟国や友好国との協調により支えられてきた。