【寄稿】香港が共産主義を崩壊させる日
中国の歴史では体制は外側から徐々に崩れることが多い
2019 年 9 月 27 日 14:05 WSJ By Gordon G. Chang
香港のデモは16週目に入った。デモ隊は抵抗のシンボルとして折り鶴を折り、新たな「国歌」を
歌い、中国の国旗を燃やし、バリケードを築き、火炎瓶を投げ、敵とみるや気絶するまで殴った。
抗議デモは今や反政府運動の様相を帯び、香港社会全体が地元当局に激しい批判の矛先を向けている。
香港は1997年以降、「特別行政区」として中国の統治下にある。2014年の大規模な抗議デモ
「雨傘運動」は79日間に及んだが、中国への持続的な影響はほとんどなかった。だが今年のデモは違う。
「中国の崩壊(disintegration)はもう始まっている」。中国史を研究するペンシルベニア大学の
歴史学者アーサー・ウォルドロン氏は先月、筆者にこう語った。
中国の歴史においては、体制は外側から徐々に崩れることが多い。ウォルドロン氏によると、
「崩壊は帝国の端で始まる。それが進行すると周辺領域を次第にむしばみ、最後に中央の権力が危険に
さらされる」。隆盛を誇った唐王朝が10世紀に滅んだ時もそうした経過をたどった。ウォルドロン氏の
言葉を借りると、「首都から遠く離れた場所で起きた軍事的な反乱によって(唐は)致命傷を負った」
という。
同様に、清王朝は19世紀半ば、14年続いた「太平天国の乱」によって決定的に弱体化した。
中国南部(香港にも近い広西省)で始まった反乱は――結局、革命は成就しなかったが――
推定2000万人の命を奪い、さらに数千万人が家を追われた。清朝はその後半世紀近く続いたものの、
史上まれに見る破壊的な内戦から二度と体制を立て直すことはできなかった。
アナリストはほぼ例外なく、中国が現在の危機をどうにか封じ込めると想定している。中国共産党は
世界最大の常備軍を持っており、200万人強の兵力がある。すでに約7000人が香港に駐留している。
一方、黒服を着たデモ隊の中心勢力――米国人ジャーナリスト、マイケル・ヨン氏は「ゲリラ部隊」と
呼ぶ――は数千人を数えるにすぎない。
だが見かけはどうあれ、中国は不利な立場に置かれている。香港住民の多くが中国による浸食に
強硬に反対している。デモは当初、犯罪容疑者の中国本土移送を可能にする「逃亡犯条例」改正案への
抗議だったが、対象はその後広がってきた。今や中国そのものがターゲットとなり、香港に
「高度な自治」を約束した「一国二制度」のルールを無視する姿勢に抗議している。
中国が香港での支配力を強めようとした結果、特に若者の自己意識に変化が生じている。
香港大学の最新アイデンティティー調査で、18~29歳の若年層のうち、自らを中国人でも中国人・
香港人の両方でもなく、単に香港人だと考える人の割合は10年前の40%から75%に急上昇した。
この層で自身を単に中国人だと考える人はほぼ皆無で、またすべての年齢層において住民の大多数が
自分は単に香港人だと考えていた。
こうした意識の変化は、まだ弱いながらも独立への機運を高めている。そうした機運は10年前には
全くなかった。香港市民が中国からの完全な分離を求めるかどうかは別として、中国政府は、
米映画「ハンガーゲーム」の反乱軍のせりふをデモ参加者が唱えていることを懸念しているはずだ。
「私たちが燃えれば、あなたたちも炎上する」
デモ隊と警察の衝突でアナリストが懸念するのは、1989年6月の天安門事件のような大虐殺が
再発することだ。当時は人民解放軍の兵士が戦車や装甲車で北京中心部に乗り込み、好き放題に人を
殺害した。
中国の指導部は今回はそうした対応が可能でないと分かっていると思う。香港の市街地には
高層ビルや狭い道路、路地が密集しており、武力攻撃の優位性が失われる。一方、防御する側は
マンションの建物を使えるため有利となる。多くのデモ参加者は最後まで戦うつもりだ。
その信念を劇的に示そうと8人が自殺した。
中でも武闘派は単なる決意にとどまらず、事実上の戦力と化している。当初から彼らの様子を
観察するヨン氏は、新たな若い兵士の部隊が成長し進化するスピードはあまりに速く、「私はその
動きに追いつけない」と筆者に語った。中国の習近平国家主席は間違いなく、現政権にとって初の
戦争が何年も続き、何千人もの犠牲者を出し、敗北に終わるのを望まないだろう。
当局がデモ隊を排除できない以上、抗議活動が長く続けば続くほど、本土に波及するリスクは高まる。
中国本土の市民もデモ隊を支持するため、すでに香港との境界を越えている。筆者が今月、
旺角(モンコック)警察署の前で会った広東省出身の若い男性もその一人だ。彼を含め恐らく1000人
くらいのマスクを付けた男女が、ダース・ベイダーのようなヘルメットをかぶった機動隊とにらみ
合いになった。
本土住民の大多数は香港人に共感を抱いていないが、中国経済の成長鈍化や習氏が強める社会
統制など、彼ら自身にも不満の種がある。中国政府は香港の抗議運動の大胆さに一般市民が刺激を
受けることを懸念しているはずだ。彼らの主張が香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官に
政治的な打撃を与え、譲歩を余儀なくさせたからだ。
デモ隊は中国が影響拡大を恐れていることを承知の上で、本土からの旅行客を狙い、アップルの
共有機能「エアドロップ」などでメッセージを伝えようとしている。彼らは本土の旅行客がよく訪れる
場所に集まり、自分たちの主張を訴えている。
台湾の政治状況も香港のデモで大きく変わった(中国は台湾も領土の一部と考えている)。
デモ発生以前は、来年1月に実施される台湾の次期総統選で「親中派」が選ばれるとの見方が優勢だった。
だが今やその見込みは低くなった。独立志向の与党・民主進歩党(民進党)が支持を回復し、政権を
維持する見通しだ。
中国共産党には10月1日の建国70周年記念式典を祝うべき理由が見当たらない。国を挙げた
プロジェクトは行き詰まり、周辺部から崩壊が始まっている。
一方、中国の全体主義体制を脱出した者には楽観的になる理由がある。筆者のある友人は70年前、
毛沢東率いる人民解放軍が北京に近づく中、祖国を逃げ出し、米ニュージャージー州にたどり着いた。
彼女は共産党支配が続く限り中国には戻らないと宣言し、帰国の望みをとうに捨てていた。
だが先週、間もなく戻れそうだと筆者の妻に語った。彼女は北京のお気に入りのレストランで、私たち
夫婦にギョーザをごちそうすると約束した。