心身社会研究所 自然堂のブログ

からだ・こころ・社会をめぐる日々の雑感・随想

PTSDと(m)TBI((軽度)外傷性脳損傷)、MI(道徳的負傷:モラルインジャリー)(4) ~「軽度外傷性脳損傷」(mTBI)とPTSD~

2023-06-07 07:20:17 | 健康・病と医療

「むち打ち」という損傷が、脳画像上の異常所見を見い出しにくいために、現在の医療の現場ではあまりにも軽視されすぎていることを前回みましたが、

実はmTBIもこの点では全く同様なのです。

 

mTBIの神経線維断裂は、CTやMRIが捉えにくい深部(脳梁や大脳辺縁系)に[山口 2020,pp.15,23-4,61,71-2]、

CTやMRIでは異常所見が見られないミクロな(顕微鏡的)レベルで[山口 2020,pp.12,61]、

あるいは不可視の代謝性(生化学的)変化にとどまって[山口 2020,p.70]生じます

このため、往々にして画像診断上「異常なし」とされ、高次脳機能障害の診断基準に必須の「脳の器質的病変」は存在しないとされるので、

自賠責保険の認定上でも多くは「非該当」とされてしまいます

(自賠責保険で高次脳機能障害があるとされる絶対条件の1つは「外傷直後の6時間以上の意識障害」と、

重症の「びまん性軸索損傷」(次回にみます)レベルの条件にとどまるのです)[山口 2020,pp.15,39,61,70,76]。

 

しかし、「軽度外傷性脳損傷」(mTBI)の「軽度」とは、症状が軽度ということではなく、

受傷時の意識障害レベルが軽度という意味であり、実際には重い症状が残存する場合があるとのことです[山口 2020,p.26]。

 

2004年のWHOの定義では、mTBIは「物理的外力による力学的エネルギーが頭部に作用して生じる急性脳損傷

脳の器質的損傷の有無にかかわらない)」とされるのですが[山口 2020,pp.11,75-6]、

しかしいかに深部の微細な損傷であっても、これはれっきとした「脳の器質的損傷」であり、精密な診断によって認定がなされるべき症候です。

またこの「脳の器質的損傷」という点で、(m)TBIはPTSDと区別されるものです[Goldberg 2018=2020,p.120]。

そのうえでなお、(m)TBIで生じる1つの精神症状としてPTSDも含まれることも見落とせません[山口 2020,pp.20-7,66-7]。

 

こうした脳実質の器質的損傷であるゆえに、mTBIは広汎な脳由来の症状を呈します。

TBIの場合と同じく、精神症状として、

まず高次脳機能障害のさまざまな症状(認知障害とくに注意・記憶・遂行障害、コミュニケーション障害、脳梁・大脳辺縁系や前頭葉の損傷による感情調節

障害とくに無気力・脱抑制、感覚的な選択脳低下=情報過多による易疲労など)、そして二次的な神経心理学的変化である心因反応(過敏症、イライラ、

鬱、情緒不安定など)、そしてPTSDです[山口 2020,pp.20-7,66-7]。

 

また感覚異常として、嗅覚・味覚の異常や光や音・振動への過敏、運動障害として、主に片麻痺、排泄障害(尿失禁、便失禁)、剪断損傷に弱い脳下垂体の

機能低下(ホルモン分泌異常)などがあります[同,pp.30-7,68-70]。

これらの症候群は、以前は軽度の頭部外傷、脳震盪後症候群、外傷後症候群、外傷性頭痛、脳損傷後症候群、心的外傷後症候群とみなされていたものです。

 

なおmTBIで人格変化として片付けられている症状の原因は、人格のあり方を司る前頭葉そのものの障害でなく、

網様体-前頭葉離断症候群」、つまり腹側被蓋野と前頭前野の双方向性の投射(ドーパミン経路)の損傷であって、

多くが通常用いられる脳画像の手法では視覚化が難しいですが、

前頭葉への直接の損傷と実際上区別できないような臨床像を示すのです[Goldberg 2018=2020,pp.119-20]。

そしてこの器質的な神経損傷の有無が、(m)TBIとPTSDを区別する指標にもなるとみられています[Ibid.,p.120]。

逆にいえば、神経の機能的な障害にとどまるのがPTSDということになるでしょう。

 

ただいずれにせよ、脳の物理的な損傷と精神的なトラウマの両方を共に抱えることは、

両者にエネルギ-を分割してしまうため、物理的な損傷の治癒する速度を遅らせてしまい、

それを防ぐためにも、精神的なトラウマの治療は軽視できない大きな意味をもつことになるでしょう。

 

<文 献>

Goldberg, E.,2018 Creativity : The Human Brain in the Age of Innovation. =武田克彦監訳、2020『創造性と脳システム――どのようにして新しいアイデアは生まれるか』新曜社。

山口研一郎、2020 『見えない脳損傷MTBI』岩波書店。

 

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PTSDと(m)TBI((軽度)外傷性脳損傷)、MI(道徳的負傷:モラルインジャリー)(3) ~「軽度外傷性脳損傷」(mTBI)と「むち打ち」~

2023-06-04 13:39:45 | 健康・病と医療

しかしTBIは、戦場ならずとも、平時でも交通事故等において、決して珍しくありません。

その場合、圧倒的に多いのは「軽度外傷性脳損傷」(mTBI)です。mTBIは2003年のアメリカCDCセンターによる疫学的調査によると、

年間150万人のTBIのうち70~90%(75%)を占め、多くは受傷後3カ月以内に症状が回復するけれども、10~20%は慢性化し、

毎年10万人以上が遷延する症状に苦しみ、毎年この傾向は続いているため

(しかも診断されたのは実数よりはるかに低いと、1998年にNIHは警告しています)、

「公衆衛生上の問題」とされています[石橋 2009,pp.14-5;山口 2020,pp.11,86]。

アメリカでは1996年、「外傷性脳損傷法」(The Traumatic Brain Injury ACT)という法律も議会を通過し、制度的に機能しています[石橋 2009,p.15]。

そうした法律もなく、直接には戦争に関わっていない日本でも、mTBIは毎年2000人は下らず出現しているとみられています[山口 2020,p.86]。

 

しかもmTBIは、TBIよりもかえって、受傷直後の意識障害が「軽度」である分だけ、PTSDの併発を来たしやすいことも重要です[同,pp.26-7]。

 

mTBIに最初に注目したのはアメリカの神経病理学者ゼネレリで、

1974年に頭部に直接的な打撲が及ばずとも、つまり頸部以下の部位の打撲によっても、頭部が揺さぶられて加速・減速のエネルギー負荷

(振動により、頭蓋骨に接する脳表に何らかの圧がかかって対向性損傷となり、さらにエネルギーが求心性連鎖で皮質→皮質直下の白質→深部白質(脳梁)

→基底核→脳幹→脳神経と内部に次第に伝播してゆく)ないし回転性のエネルギー負荷(脳深部が脳表部よりも遅れて回転することにより、

ねじれた結果、脳梁や大脳辺縁系など深部の神経の軸索が強く引っ張られ、断裂して剪断損傷となり機能を失う)により、

脳の損傷が生じるものとの仮説を発表しました[Ommaya et Gennarelli 1974;山口 2020,pp.10,15]。

 

とすればこれは、いわゆる「むち打ち」の延長上にある病態と言えないでしょうか? そうなのです。

ただし、気をつけないといけませんが、「むち打ち」という損傷は、現在の医療の現場では、あまりにも軽視されすぎています

――ただただ脳画像上の異常所見を見い出しにくいという理由ゆえに(実はこの点では、mTBIも全く事情は同様なのを、次回に見ましょう)。

しかし近年の研究では、「むち打ち」においてすら、頭部の加速・減速運動により、脳の実質の微細な器質的損傷が生じることが推測されてきており

[山口 2020,p.14]、かえって逆に、mTBIの方を「むち打ち関連脳症」(whiplash-associated encephalopathy:WAE)として扱う立場もあります

[石橋 2009,p.9]。

とすれば、PTSDと(m)TBIの併発は、PTSDと「むち打ち」(WAE)の併発という形をとることも少しも珍しくありません。

私の臨床現場でもしばしば経験してきましたが、特に交通事故によるトラウマを抱える方などの場合、心身両面からのトラウマ治療によって、

PTSDと「むち打ち」(WAE)の双方が同時に治癒可能であり、両病態の密接な関連を確信せずにはいられません。

<文 献>

石橋 徹、2009 『軽度外傷性脳損傷』金原出版。

Ommaya, A.K. & Gennarelli, T.A., 1974  Cerebral concussion and traumatic unconsciousness. Correlation of experimental and clinical observations of blunt head injuries, in Brain,

  vol.97, pp.633-54.

山口研一郎、2020 『見えない脳損傷MTBI』岩波書店。

 

 

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PTSDと(m)TBI((軽度)外傷性脳損傷)、MI(道徳的負傷:モラルインジャリー)(2) ~「シェル・ショック」から「外傷性脳損傷」へ~

2023-06-03 20:51:23 | 健康・病と医療

「外傷性脳損傷」(TBI)は、特にアフガン・イラク戦争以来の爆風等により多発して問題化されるようになったもので[Alexander 2015,p.85]、

アフガン・イラク戦争の戦地において、爆風を受けただけで、頭部に直接の外的損傷がないために、「異常なし」との診断を受けていた兵士が、

帰還後に高次脳機能障害を生じたという例が2万2000人にも及び、詳しい検査の結果、

(超音速の)爆風による衝撃波が血管を振動させながら急激に脳に達して神経細胞を破壊したためと判明したことから注目されるようになりました

[毎日新聞2009.2.17-21]。

次いで2007年7月には、帰還兵の団体が退役軍人省を相手取り、PTSDとともにTBIの適切な障害認定を求めてカリフォルニア州連邦地裁に提訴、

同省は改善の必要性を認めて、TBIと認定した帰還兵3万2000人に障害認定のランクを上げること、また本人の「精神的な問題」とされてきたケースも

再考することを通知するに至りました[毎日新聞2009.2.18]。

 

(m)TBIで生じる症状は、精神症状としては、

まず高次脳機能障害のさまざまな症状(認知障害とくに注意・記憶・遂行障害、コミュニケーション障害、脳梁・大脳辺縁系や前頭葉の損傷による

感情調節障害とくに無気力・脱抑制、感覚的な選択脳低下=情報過多による易疲労など)、

二次的な神経心理学的変化である心因反応(過敏症、イライラ、鬱、情緒不安定など)、そしてPTSDです[山口 2020,pp.20-7,66-7]。

また感覚異常として、嗅覚・味覚の異常や光や音・振動への過敏、運動障害として、主に片麻痺、排泄障害(尿失禁、便失禁)、

剪断損傷に弱い脳下垂体の機能低下(ホルモン分泌異常)などがあります[同,pp.30-7,68-70]。

これらの症候群は、以前は軽度の頭部外傷、脳震盪後症候群、外傷後症候群、外傷性頭痛、脳損傷後症候群、心的外傷後症候群とみなされていたものです。

 

こうした病態は、もともと第1次世界大戦時に、「戦争神経症」「戦争トラウマ」の中核とされた

シェル・ショック」(shell shock)の概念の、PTSDとともに後裔とみることもできます。

当時1915年に、イギリス軍の医療部隊の医師チャールズ・マイヤーズが「シェル・ショック」の概念を提起すると、

早速その翌16年には、別の医師R・G・ロウズが、それを砲弾の爆発により生じた大気圧の変動によって引き起こされた微細な脳障害と規定しており、

これこそは「外傷性脳損傷」概念の先駆といえそうです;もっとも、その後「シェル・ショック」は、実際には多くの患者が爆発を経験していないことが

明らかになり、この意味での「シェル・ショック」は支持を失いましたが(つまり、むしろ今日でいうPTSDとしての側面が表面化しましたが)、

今日あらためて、PTSDとは区別される形で「外傷性脳損傷」として返り咲いたといえそうです[Joseph 2011=2013,pp.57-8]。

いいかえれば「シェル・ショック」は、TBIとPTSD、さらには後に見るようにMI(モラルインジャリー)が

混然一体となった先駆的形態だったということになるでしょうか。

 

<文 献>

Alexander, C., 2015  「爆風の衝撃――見えない傷と闘う兵士」『National Geographic 日本版』第21巻2号、pp.80-103。

Joseph, S., 2011  What doesn’t Kill us : The bnew psychology of posttraumatic growth. =北川知子訳『トラウマ後 成長と回復』筑摩書房。

山口研一郎、2020 『見えない脳損傷MTBI』岩波書店。

 

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