心身社会研究所 自然堂のブログ

からだ・こころ・社会をめぐる日々の雑感・随想

成年後見制度利用促進法案に反対します

2016-03-31 23:15:00 | 福祉・教育

今国会に提出されている成年後見制度利用促進法案のことは、あまり知られていない(報じられていない)ようです(3.23衆議院内閣委員会提出)。しかし、この法案には強く反対の意思を表明せずにはいられません。
 認知症者・精神障害者・知的障害者など、成年後見制度の被後見人となる当事者の人権擁護の名のもとに、被後見人(当事者)が受ける医療・介護への、後見人の同意権および事務範囲が拡大されようとしています。被後見人(当事者)宛ての郵便物等を、後見人が開封・閲覧できるようにしています。そして被後見人(当事者)の死亡後の財産管理の権限を、後見人に与えようとしています。

法案の第二章第十一条の、以下の2つの号の規定を見てください。

 三 成年被後見人等であって医療、介護等を受けるに当たり意思を決定することが困難なものが円滑に必要な医療、介護等を受けられるようにするための支援の在り方について、成年後見人等の事務の範囲を含め検討を加え、必要な措置を講ずること

 四 成年被後見人等の死亡後における事務が適切に処理されるよう、成年後見人等の事務の範囲について検討を加え、必要な見直しを行うこと

そして、この「四」については、同時に提出されている「成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」のなかに、民法の一部改正として、以下の規定が盛り込まれていることも合わせて見逃せません。

 第八百六十条の三 成年後見人は、成年被後見人に宛てた郵便物等を受け取ったときは、これを開いて見ることができる

 第八百七十三条の二 成年後見人は、成年被後見人が死亡した場合において、必要があるときは、成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き、相続人が相続財産を管理することができるに至るまで、次に掲げる行為をすることができる。ただし、第三号に掲げる行為をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。
  一 相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為
  二 相続財産に属する債務(弁済期が到来しているものに限る。)の弁済
  三 その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為

こうして、後見人の権限は大幅に強化されることになります。そのぶん、当事者の自分自身に関する権限は大幅に縮小される危険に満ち満ちています。自己決定もプライバシーも剥奪する、ほとんど物体同様の扱いを当事者に強いることになるかもしれません。
 これでは、すでに大きな問題となっている、後見人による被後見人の財産の着服・横領の横行も、防止するどころか、ますます奨励することになってしまうでしょう。
 また後見人の判断1つで(あるいは後見人と医療・介護スタッフ、家族等が「連携」して)、本人の望まない治療や医療、あるいはその中断や転院、介護の変更や中断、転居などを強行することをも、法的に正当化することになってしまうかもしれません。そしてその結果、死に至ることになったとしても、むしろ人権擁護の精神に則って進められた、「尊厳ある死」として処理されてしまうのかもしれません。

 でも仮にこれら諸々の危惧が、幸いにして現実化せずにすんだとしても、当事者でなく、後見人という当事者の代行者の権限だけを一方的に強化するこうした改変によって、そもそも当事者の認知症・精神障害・知的障害等の具合が悪くなるであろうことは、火を見るよりも明らかです。だとすれば、一体どこが当事者のためなのか皆目わからなくなってしまいます。・・・いやそうではない。話は反対で、具合が悪くなれば、かえってますます後見人の権限を強くする大義名分ができて、めでたしめでたしとでもいうことなのでしょうか。
しかし、話を反対にしているのは果たしてどっちなのか。
 認知症はいったん発症すると、悪くなる一方で良くなることはない、と一般には信じられているようです。でもそれはいったん眉に唾をつけた方がいい。条件次第で良くなることは決して少なくないのだから。
 私のささやかな経験からですら思うには、鍵は3つあります。1つは、本人が馴染んだ環境(備品や持ち物を含む)を保持できること。2つは、さまざまな他者との肯定的な関係性のなかに置かれていること。3つは、本人のプライドが尊重され役割意識を確保できること。この3つがあれば、認知症でも良くなる可能性は充分にある。ところがこの法案は、1番目と3番目を本人から断りもなく強奪しかねず、2番目とは法案それ自体が相反してしまっています。
 認知症について今言ったことは、精神障害や知的障害等についても、基本的に全く同じことが言えると思います。それどころか、後見人だけでなく病院や介護事業所、家族等の都合によって、それらの「連携」のもとに、本人のいない所で、本人の意向を無視した医療や介護の方針の決定がなされた結果、みるみるうちに障害が悪化していった事例を、この法案が通らない以前からすでに、私はいくつも目にしてきました。

 2014年1月20日、日本政府は国連の「障害者権利条約」を批准しています(だからこそ、いよいよ4.1より施行予定の、あの「障害者差別解消法」も慌てて準備されたのでした)。この「障害者権利条約」は、第12条第2項で、障害者の法的能力の行使を健常者と同等のものとして積極的に認めており、だとすればそれを後見制度のような「代行決定」でなく、当事者自身の「支援された意思決定」によって支えていくのが、この条約の当然の帰結ではないか。そんな姿勢がすでに国際的には主流になりつつあります。
 今回の法案は、一体どのように障害者の法的能力の行使を、健常者と同等のものとして生かそうというのでしょうか?

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