心身社会研究所 自然堂のブログ

からだ・こころ・社会をめぐる日々の雑感・随想

マシュマロ・テストの凋落

2018-06-10 15:45:00 | 社会・社会心理

心理学または社会心理学で「人間行動に関する、最も成功した実験のうちの1つ」ともされ、発達心理学にも大きな影響を与えてきた、「マシュマロ実験」または「マシュマロ・テスト」(Marshmallow Test)というものがあります。スタンフォード大学の心理学者ウォルター・ミシェルが、子どもの「自制心レベル」を測るために、1960年代後半から1970年代前半にかけて考案し実施した実験です。

どんな実験かというと、椅子に座った被験者の子どものすぐ目の前には、机の上のお皿に、おいしそうなマシュマロが1つ置かれています。実験者は「私はこれからちょっと用があるんで、このマシュマロをキミにあげるよ。でも、もし私が15分後に戻ってくるまで食べるのを我慢できたら、さらにもう1個マシュマロをあげよう。でも、私のいない間に1つ目を食べちゃったら、2つ目はなしだぞ」と言って、部屋を出て行くんです。

さて、子どもたちはどうするか? その行動はしっかり隠しカメラで記録されたんですが、1人だけ部屋に残された彼らは、あの手この手を尽くして、健気なほど必死に目の前の誘惑に抵抗します。自分のお下げを引っ張ったり、机を蹴ったり、マシュマロをなでるだけしてみたり、匂いだけ嗅ぎに行ってみたり・・・。目をふさいだり、椅子を後ろ向きにしてマシュマロを見ないようにする者もいました。こんなふうにして、すぐ手を出してマシュマロを食べた子どもは少なかったのですが、最後まで我慢し通して2個目のマシュマロを手に入れた子どもは、1/3ほどだったそうです。

→Mischel, W., Ebbesen, E. B. & Raskoff Z. A.,1972 Cognitive and attentional mechanisms in delay of gratification, in Journal of Personality and Social Psychology, vol.21, no.2, pp.204–18.

Mischel, W. (1974). Processes in delay of gratification, in Berkowitz, L.(ed.), Advances in experimental social psychology, vol.7, New York, NY: Academic Press,pp.249–92.

このちがいに、「自制心のレベル」のちがいが表われる・・・というわけで、この方法が、子どもの「自制心レベル」を簡便に測定できる格好の手段として、これまで心理学の世界にも大いに幅を利かせることになりました。ひいては、ここで明らかにされる「自制心レベル」が、子どもの将来の長期的な社会的成功の度合をも予測しうるものとして、脚光を浴びてきたのでした。

おまけに、「自制心」を発揮した子どもの脳画像を撮った結果によると、腹側線条体と前頭前皮質の活性化の度合に有意な差異が認められたとして、脳科学的に裏づけられる真理としてお墨付きを与えられもしたのでした。
https://www.webcitation.org/62C1F65DW?url=http://www.sciencedaily.com/releases/2011/08/110831160220.htm

前頭葉の“おりこう脳”と、扁桃体の“いやいや脳”なんていう科学的俗説も、まちがいなくこの延長上にあるでしょう。

ところがつい先日の5月25日、何と、かねて被験者の数を増やすなどしながら、マシュマロ実験の再現の検証を行なっていたニューヨーク大学のテイラー・ワッツ、カリフォルニア大学アーバイン校のグレッグ・ダンカンとホアナン・カーンのグループは、再現実験研究の結果、マシュマロ実験の効果は限定的との結論に達したとの発表を行なったのです。

→Watts, T. W., Duncan,G. J.& Quan,H., 2018 Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Delay of Gratification and LaterOutcomes,in Psychological Science,vol.29, pp.1159–77.
http://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/0956797618761661

スタンフォード大学での実験は被験者が大学の関係者に限られていたのですが、再現実験ではより広範な被験者についての実験が行なわれ、被験者の家庭の年収などの要素も含め、複合的な分析を行なったところ、「2個目のマシュマロを手に入れたかどうか」はむしろ被験者の経済的背景と相関が高く、長期的成功の要因としては「2個目のマシュマロまで我慢できる「自制心」よりも、被験者が経済的に恵まれていたかどうかの方が重要であること、「2個目のマシュマロ」と長期的な成功は原因と結果の関係ではなく、経済的背景という一つの原因から導かれた2つの結果であったこと、が示されたというのでした。

ウォルター・ミシェルの著書『マシュマロ・テスト』の邦訳の帯に寄せた、以下のお2人の推薦文の底の浅さが際立ってしまいます。。。
・「マシュマロ・テストで我慢できた子どもは社会的に成功した。自制心の重要性と育て方を解説。あなたも子どもも自制心を高められる。」(大竹文雄氏)
・「目先のマシュマロをがまんする子供の意志力がその後の人生をも左右する――意志力と動機づけ、さらにその鍛え方をめぐる各種類書の集大成!」(山形浩生氏)

もっとも、これはすべからく科学的真理というものの運命。科学的真理はつねに新たな真理に上書きされていく、どこまでも仮説としての真理にすぎません。問われるべきは、科学的真理をもあたかも宗教的真理と同質の真理であるかのように思念してきた、20世紀以降の「人間神格化イデオロギー」ではないでしょうか?

たとえば、経済的な背景が原因だとして、では貧困はなぜ問題なのでしょうか? 貧困それ自体の問題なのか、それとも貧困に伴なう暴力的な環境、安全性の欠如、社会的支援の剥奪等が問題なのか(だとしたらそれは、貧困のない環境でも起こらないことではありません)。ここでも、経済的な問題を宗教的真理のように断定することはできません。そしてまた、後者の心理社会的な問題も、宗教的真理のように断定することはできません。

 

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