goo blog サービス終了のお知らせ 

心身社会研究所 自然堂のブログ

からだ・こころ・社会をめぐる日々の雑感・随想

コロナ後遺症、セロトニン、迷走神経

2023-11-07 23:06:48 | 健康・病と医療

倦怠感、疲労、ブレインフォグ(認知障害、記憶欠損)、頭痛、忍耐の欠如、睡眠障害、不安など、

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)罹患後の後遺症(long COVID)が、

トリプトファンの吸収低下によるセロトニン欠乏による可能性があることを裏付ける研究成果が発表されました。

 

神経伝達物質の1つであるセロトニンは、体内でその90%が腸に存在することが早くから明らかになっていますが、

腸に長く居座る新型コロナウイルスがトリプトファン吸収を抑制するため、トリプトファンを原料とするセロトニンの生成が減り、

これがコロナ後遺症を引き起こす一因になっているようです。

 

新型コロナウイルスが腸に長く居座るということは、糞便のウイルスRNA解析で明らかになりました。

それによると、コロナ後遺症を生じる患者の糞中からは、そうでない患者(新型コロナウイルスに感染しても、

後遺症は生じなかった患者)に比べて、新型コロナウイルスRNAが有意に多く検出されるのです。

 

ところで、新型コロナウイルスを含めて、ウイルス感染はインターフェロン(IFN)の伝達を誘発することが知られています。

さらには、コロナ後遺症患者の1型IFNの増加が持続することも先行研究で確認されています。

この1型IFNが、腸オルガノイド(腸に似せた組織)やマウスで検討してみた結果、

セロトニンの前駆体であるトリプトファンの吸収を抑制することでセロトニンの貯蔵量を減らすらしいことが判明しました。

また、新型コロナウイルスが居続けることで持続する炎症は、血小板を介したセロトニン輸送を妨害したり、

セロトニン分解酵素MAO(モノアミン酸化酵素)を亢進させることを介して、セロトニンの流通を妨げうることも判明しました。

 

そうしたわけで、実際、コロナ後遺症患者では血中のセロトニンが乏しく、

コロナ後遺症の発現の有無をセロトニンの分量から区別できることが確認されています。

 

しかしこれは、脳の外での話です。そして、脳の外を巡るセロトニンは、血液脳関門を通過できません。

でもその代わりに、迷走神経などの感覚神経を介して脳に作用することはできます。

末梢でのセロトニン欠乏が脳でのセロトニン欠乏を引き起こすのは、迷走神経の不調なのです。

 

たしかに、ウイルス感染を模したマウスで実験したところでは、

末梢のセロトニンを増やすことや感覚神経を活性化するTRPV1作動薬(カプサイシン)を投与すると、

コロナ後遺症による脳の認知機能は正常化します。

そこで末梢のセロトニン不足と脳の働きの低下を関連づけるのは何か? 

感覚神経の種類を区別するタンパク質の刺激実験から、それは感覚神経の一員である迷走神経による伝達の不足が媒介することが示唆されます。

そして、迷走神経にはセロトニン受容体(5-HT3受容体)が豊富に発現しますが、

このセロトニン受容体(5-HT3受容体)の作動薬が、当のマウスのコロナ後遺症による海馬の神経反応や認知機能の障害を正常化するのです。

 

<文 献>

Wong, A. C., 2023  Serotonin reduction in post-acute sequelae of viral infection, in Cell, vol.186, no.22, pp.4851-67. e20. doi: 10.1016/j.cell.2023.09.013.

University of Pennsylvania School of Medicine, 2023  Viral persistence and serotonin reduction can cause long COVID symptoms, Penn Medicine research finds : Components of

    the SARS-CoV-2 virus remain in the gut of some long COVID patients, causing persistent inflammation, vagus nerve dysfunction, and neurological symptoms, in ScienceDaily,

    16 October 2023.

 

にほんブログ村 科学ブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 科学ブログ 生物学・生物科学へ
にほんブログ村

医学ランキング
医学ランキング

PVアクセスランキング にほんブログ村

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

排便習慣と認知症リスクの関連

2023-07-14 09:21:16 | 健康・病と医療

 国立がん研究センター中央病院の清水容子氏らが、中年期以降の排便習慣と認知症の関連について解析した結果、

男女とも少ない排便回数および硬い便が高い認知症リスクと関連することが示されたそうです。

Public Health誌オンライン版の2023年6月29日号に掲載されました。

 介護保険の認定記録を用いたコホート研究で、JPHC研究における8地区で排便習慣を報告した50~79歳の参加者を対象に、

2006~16年の認知症の発症について調査し、

生活習慣因子や病歴を考慮したCox比例ハザードモデルを用いて、男女別にハザード比(HR)と95%信頼区間(CI)を推定したものです。

 その主な結果は以下のようです。

・男性1万9,396人中1,889人、女性2万2,859人中2,685人が認知症と診断された。
・排便回数について、1回/日と比較した多変量調整HR(95%CI)は、以下のとおり(傾向のp値:男性<0.001、女性0.043)。
 2回/日以上:男性1.00(0.87~1.14)、女性1.14(0.998~1.31)
 5~6回/週:男性1.38(0.16~1.65)、女性1.03(0.91~1.17)
 3~4回/週:男性1.46(1.18~1.80)、女性1.16(1.01~1.33)
 3回/週未満:男性1.79(1.34~2.39)、女性1.29(1.08~1.55)
・便の硬さについて、正常な便と比較した調整HR(95%CI)は、以下のとおり(傾向のp値:男性0.0030、女性0.024)。
 硬い便:男性1.30(1.08~1.57)、女性1.15(1.002~1.32)
 非常に硬い便:男性1.84(1.29~2.63)、女性2.18(1.23~3.85)

 

  <原著論文>

Shimizu, Y., Inoue, M., Yasuda, N., Yamagishi, K.,  Iwasaki, M., Tsugane, S. & Sawada, N., 2023  Bowel movement frequency, stool consistency, and risk of disabling dementia:

    a population-based cohort study in Japan, in Public Health, vol.221, pp.31-38. doi: 10.1016/j.puhe.2023.05.019

 

にほんブログ村 科学ブログ 生物学・生物科学へ
にほんブログ村

医学ランキング
医学ランキング

PVアクセスランキング にほんブログ村

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

PTSDと(m)TBI((軽度)外傷性脳損傷)、MI(道徳的負傷:モラルインジャリー)(9) ~モラルインジャリーとPTSD~

2023-06-21 23:08:37 | 健康・病と医療

MI(モラルインジャリー)は、前回みたように、トラウマといっても道徳的なトラウマなので、PTSDのような恐怖に対する反応というよりは、

罪悪感や恥、怒り、無力感、無意味感、裏切り/裏切られ感、自分自身や他者を人として許せないという痛切な感覚、

して宗教的信仰の喪失といった反応となります[Koenig et als.2018;Koenig&Al Zaben 2021;Svodoba 2022=2023]。

 

MI(モラルインジャリー)は、重度のトラウマのもとでしばしば発生しますが、

PTSDとは区別しなければなりません[Litz et als.2009;Brock&Letitini 2012;Shay 2014;Koenig&Al Zaben 2021,p.2994]。

つまりMIは、PTSDとは別の症候群とみなされますが、しかしいくつかの定義上の重複があります[Koenig & Al Zaben 2021,p.2994]。

MIはPTSDの存在するときも、存在しないときも、発生するかもしれません[Koenig&Al Zaben 2021,p.2994]。

 

これが恐怖を核とするPTSDモデルだけでは捉えられないMIの問題であり、

恐怖だけでなく裏切りと密接に結びついたものとしてトラウマを理解するのがMIの立場です。

いわばフレイドの言う「裏切りのトラウマ」(Betrayal Trauma)[Freyd 1996]ということもできます。

自身の命を懸け、全存在を委ねたはずの軍隊や国家からの裏切りの衝撃は非常に大きく、

激しい怒りを生み、その結果あらゆる理想や活動に信頼性を疑うようになり、

自分の所有物や親密な関係の価値も喪失し、また孤独に陥りやすくなるでしょう。

 

 

 MI(モラルインジャリー)とPTSDはこのように頻繁に併存し、時に症状の重なりがあるものの、

PTSD(やうつ)とは基本的に異なる精神症状(道徳的なトラウマ)で[Svodoba 2022=2023,pp.59,61]、

MIに関与する(道徳的処理を制御する?)脳の領域と、PTSDに関与する(恐怖に基づく)脳の領域とは、異なる領域に位置しているようです

[Barnes et als.2019;Sun et als.2019;Koenig & Al Zaben 2021,p.2995]。

MIでは、PTSDとちがって、道徳的判断を司る「楔前部」の活性化が目を引きます[Barnes et als.2019;Svodoba 2022=2023,p.61];

また、直接的な物理的脅威を受けた人とは、グルコースの脳内代謝パターンがちがっています[Ramage et als.2016;Svodoba 2022=2023,p.61]。

 

<文 献>

Bryan, A. O., Bryan, C. J., Morrow, C. E., Etienne, N. & Ray-Sannerud, B., 2014  Moral injury, suicidal  ideation, and suicide attempts in a military sample, in Traumatology, vol.20,

 no.3, pp.154-60.

Freyd,J. J., 1996 Betrayal Trauma. Cambridge:Harvard University Press.

Koenig, H.G.·& Al Zaben, F., 2021  Moral Injury : An Increasingly Recognized and Widespread  Syndrome, in Journal of Religion and Health, vol.60, pp.2989–3011.

Koenig, H. G., Ames, D., Youssef, N. A., Oliver, J. P., Volk, F., Teng, E. J., Haynes, K., Erickson, Z. D., Arnold, I., O’Garo, K. & Pearce, M., 2018  The moral injury symptom scale-military

 version, in Journal of Religion and Health, vol.57, no.1, pp.249–65.

Ramage, A. E.,  Litz, B. T., Resick, P. A., Woolsey, M. D., Dondanville, K. A., Young-McCaughan, S., Borah, A. M., Borah, E. V., Peterson, A. L., Fox, P. T., and for the STRONG STAR

 Consortium, 2016Regional cerebral glucose metabolism differentiates danger- and non-danger-based traumas in post-traumatic stress disorder, in Social Cognitive  and Affective

 Neuroscience, vol.11, no.2, pp.234–42.

Sun, D., Phillips, R. D., Mulready, H. L., Zablonski, S. T., Turner, J. A., Turner, M. D., McClymond, K., Nieuwsma, J. A. & Morey, R. A., 2019  Resting-state brain fuctuation and functional

 connectivity dissociate moral injury from posttraumatic stress disorder, in Depression and Anxiety, vol.36, no.5, pp.442-52.

Svoboda, E., 2022  Moral Injury is an Invisible Epidemic that affects Millions : A specific kind of trauma results when a person’s core principles are violated during wartime or a

 pandemic, in Scientific American, vol.327, no.6, pp.52-59. =古川奈々子訳、2023「コロナ禍で増えた心の病 モラルインジャリー」『日経サイエンス』第53巻4号, pp.56-64。

 

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 心理学へ
にほんブログ村

にほんブログ村 科学ブログ 生物学・生物科学へ
にほんブログ村

医学ランキング
医学ランキング

心理学ランキング
心理学ランキング

心理療法ランキング
心理療法ランキング

PVアクセスランキング にほんブログ村

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

PTSDと(m)TBI((軽度)外傷性脳損傷)、MI(道徳的負傷:モラルインジャリー)(8) ~道徳的トラウマとしての「モラルインジャリー」~

2023-06-18 17:27:16 | 健康・病と医療

すなわち「モラルインジャリー」は、良心に大きく反する状況や、自身の中核となる道徳的な価値観を脅かす非倫理的な状況に直面したときに生じる

特別なトラウマ[Svodoba 2022=2023,p.58]、いわば「道徳的トラウマ」[Ibid.,p.59]なのです。

トラウマといっても道徳的なトラウマなので、PTSDのような恐怖に対する反応というよりは、

罪悪感や恥、怒り、無力感、無意味感、裏切り/裏切られ感、自分自身や他者を人として許せないという痛切な感覚、

そして宗教的信仰の喪失といった反応であり[Koenig et als.2018;Koenig&Al Zaben 2021;Svodoba 2022=2023]、

自傷や自殺念慮、自殺企図も少なくありません[Bryan et als.2014;Ames et als.2019]。

これが恐怖を核とするPTSDモデルだけでは捉えられない「モラルインジャリー」の問題であり、

恐怖だけでなく裏切りと密接に結びついたものとしてトラウマを理解する立場です。

いわばフレイドの言う「裏切りのトラウマ」(Betrayal Trauma)[Freyd 1996]。

 

しかし、すでに1984年に倫理学者のアンドリュー・ジェイムトンも指摘していたとおり、

こうした道徳的な損傷は軍事分野に限ったことではありません[Jameton 1984;Svodoba 2022=2023,p.59]。

重度のトラウマにさらされるヘルスケアの専門家や初期対応者(警官、消防夫、救急医療隊員など)、

重度の情動的・身体的トラウマ(レイプ、中絶、自動車事故、他の事故など)にさらされる人々はその典型例です[Koenig & Al Zaben 2021,p.2996]。

 

各種の職場や医療・福祉・教育等の現場、身近な事故で生じることも多く、

今回のコロナ禍では、パンデミックの救急医療の現場でこの問題が顕在化したことで、

「モラルインジャリー」の概念に注目が集まるきっかけともなりました[大谷 2020;Svodoba 2022=2023]。

ちなみに、パンデミック状況で「モラルインジャリー」が起こりやすい条件としては,

[1]弱い立場にある人間(子ども、女性、高齢者など)の感染や死亡、

[2]リーダーシップの欠如とスタッフへのサポート不足、

[3]意思決定がもたらしうる情動的・心理的な結果に対しての準備不足、

[4]他のトラウマ的出来事(愛する者の死など)の同時生起、

[5]周囲の社会的サポートの不足、の5項目が指摘されています[Williamson et als.2020]。

 

このうち[2]と[5]は重要と思いますが、とくにパンデミック状況以外でも、リーダーシップの欠如どころか、

あろうことかリーダーによる非倫理的な行動の指示命令に及ぶケースが随所にあふれかえっているのは極めて遺憾なことです。

例の森友問題で公文書改竄を強いられて自死した、近畿財務局職員の赤木俊夫さんのケースも記憶に新しいところではないでしょうか。

また、いま私の臨床現場でも、看護や福祉、大手外食チェーン店などの現場から、リーダーによる非倫理的な行動の指示命令で、

「モラルインジャリー」のダメージを受けた方々の来室が相次いでいます。

 

急速に集団の倫理が劣化し、「モラルハラスメント」が当然のように蔓延している今日の日本社会では、至る所で生じている苦悩ではないでしょうか。

しかも、道徳というものを、専ら集団への服従ばかりにみてきた日本社会では、そもそも集団を超える道徳という視点が生まれにくく、

こうした苦悩を倫理の問題として意識化することすら難しくなっています。

それどころか、損傷を受けた側が集団にいっそう服従し直すことで、“解決”が図られているのではないでしょうか。

 

もっとも、「モラルインジャリー」までいかずとも、その前段階として、倫理的にすべきことがわかっていながら、

さまざまの現実的な要因から実行不能な状況にいることで生じるつらい気持ちを指すものとして、

道徳的苦悩」(moral distress)という概念もあります[大西ほか 2016;Koenig&Al Zaben 2021]。

「モラルインジャリー」は、この「道徳的苦悩」がくり返し経験され、その効果が長期間に及ぶときに発生するとみられますが

[Koenig&Al Zaben 2021,p.2990]、

その結果、もはや「道徳的苦悩」のストレス・レベルとは質的に異なる、トラウマ・レベルのダメージに達するようになったものです。

 

<文 献>

Ames, D., Erickson, Z., Youssef, N. A., Arnold, I., Adamson, C. S., Sones, A. C., Yin, J., Haynes, K., Volk, F., Teng, E. J. & Oliver, J. P., 2019  Moral injury, religiosity, and suicide risk in US

    veterans and active duty military with PTSD symptoms, in Military Medicine, vol.184, no.3-4, pp.e271-8.

Bryan, A. O., Bryan, C. J., Morrow, C. E., Etienne, N. & Ray-Sannerud, B., 2014  Moral injury, suicidal  ideation, and suicide attempts in a military sample, in Traumatology, vol.20,

 no.3, pp.154-60.

Freyd,J. J., 1996 Betrayal Trauma. Cambridge:Harvard University Press.

Jameton, A., 1984  Nursing practice : the ethical issues.  Englewood Cliffs : Prentice-Hall.

Koenig, H.G.·& Al Zaben, F., 2021  Moral Injury : An Increasingly Recognized and Widespread  Syndrome, in Journal of Religion and Health, vol.60, pp.2989–3011.

Koenig, H. G., Ames, D., Youssef, N. A., Oliver, J. P., Volk, F., Teng, E. J., Haynes, K., Erickson, Z. D., Arnold, I., O’Garo, K. & Pearce, M., 2018  The moral injury symptom scale-military

 version, in Journal of Religion and Health, vol.57, no.1, pp.249–65.

大西香代子・ 北岡和代・ 中原 純、2016 「精神科看護者の倫理的感受性と看護実践における倫理的悩みの関連」『日本精神保健看護学会誌』第25巻1号、pp.12-8。

大谷 彰、2020 「パンデミックとトラウマ――新型コロナウイルスから考える-―」『人間福祉学研究』第13巻1号、pp.25-40。

Svoboda, E., 2022  Moral Injury is an Invisible Epidemic that affects Millions : A specific kind of trauma results when a person’s core principles are violated during wartime or a

 pandemic, in Scientific American, vol.327, no.6, pp.52-59. =古川奈々子訳、2023「コロナ禍で増えた心の病 モラルインジャリー」『日経サイエンス』第53巻4号, pp.56-64。

Williamson, V., Murphy, D. & Greenberg, N., 2020  COVID-19 and experiences of moral injury in front-line key workers, in Occupational Medicine, vol.70,no.5,pp.317–9.

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 心理学へ
にほんブログ村

にほんブログ村 科学ブログ 生物学・生物科学へ
にほんブログ村

医学ランキング
医学ランキング

心理学ランキング
心理学ランキング

心理療法ランキング
心理療法ランキング

PVアクセスランキング にほんブログ村

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

PTSDと(m)TBI((軽度)外傷性脳損傷)、MI(道徳的負傷:モラルインジャリー)(7) ~「モラルインジャリー」の定義~

2023-06-14 22:11:23 | 健康・病と医療

 MI(モラルインジャリー)は、リッツらの2009年の定義では、

「正邪や個人の善についての仮定と信念を毀損するため、不調和や対立を生み出す違反(transgression)行為」から結果するものとされました

[Litz et als.2009;Koenig&Al Zaben 2021,p.2990]。

道徳的信念や道徳的価値の違反(transgression)がなされたり、観察されたり、学習されたりしたときに発症するというのです

[Litz et als.2009;Koenig&Al Zaben 2021,p.2995]。

 

 ブロックとレティティーニの2012年の定義では、

「恥、悲嘆、無意味感、そして中核的な道徳的信念(core moral beliefs)を毀損したことによる後悔の感情などを含む違反(transgression)感」

[Brock&Letitini 2012,p.xiv]

 

 最近では、ジンカーソンが定義を更新し、

「罪悪感、恥、精神的/実存的な葛藤、信頼の喪失といった経験的・理論的に認識された症状、

そして抑うつ、不安、怒り、自傷といった二次症状、

そしてそこから生じる社会問題を強調しました[Jinkerson 2016;Koenig&Al Zaben 2021,p.2990]。

 

 2018年のケーニッヒらによると、

結果として罪悪感、恥、裏切りの感情、道徳的懸念、許し難さ、意味の喪失、信頼の喪失、自己非難、精神的な葛藤、

そして宗教的信仰の喪失などを伴ないます[Koenig et als.2018;Koenig&Al Zaben 2021,p.2995]。

 

ベトナム戦争帰還兵の「ラップグループ(おしゃべり会)」を組織してそのトラウマを掘り起こし、

DSM-ⅢへのPTSD概念の確立に大きく貢献し、ヒロシマの被爆者や元ナチス医師のトラウマ体験の調査でも知られるロバート・リフトンは、

トラウマ体験者にとって一番辛いのは、(目の前の恐怖によって)何もできないと感じるとき、

二番目に辛いのは(過去を振り返って)ひょっとしたら何かできたのではないかと考え直すときだと記していますが[Lifton 2011,p.262]、

後半の心理こそまさに「モラルインジャリー」の核心に触れているともいえそうです[大谷 2020,p.30]。

 

  とはいえ、「モラルインジャリー」のカテゴリーにどんなものが入るかは、

かなりの意見の不一致とコンセンサスの欠如が今なお残っています[Hodgson&Carey 2017;Koenig&Al Zaben 2021,p.2990]。

 

「モラルインジャリー」は決して珍しい問題でも些細な問題でもありません。

こうした状況を踏まえて、スクリーニングのために、すでに軍人向けの尺度の作成が、2013年のウィリアム・ナッシュら以来着手され

[Nash et als.2013;Koenig&Al Zaben 2021,p.2991]、

近年のケーニッヒらのグループを中心に、MIS-M-LF、MIS-M-SF、EMIS-Mなどさまざまに作成されてきています

[Koenig et als.2018a,2018b; Currier et als.2018;Koenig&Al Zaben 2021,p.2991]。

さらに近年には、ヘルスケア専門家向けの尺度も、ケーニッヒらによって作成されてきています[Mantri et als.2020]。

 

<文 献>

Brock, R. N. & Lettini, G. 2012  Soul repair: Recovering from moral injury after war. Beacon Press

Currier, J. M., Farnsworth, J. K., Drescher, K. D., McDermott, R. C., Sims, B. M., & Albright, D. L. 2018  Development and evaluation of the Expressions of Moral Injury Scale—Military

    Version, in Clinical Psychology & Psychotherapy, vol.25, no.3, pp.474–88. 

Hodgson, T. J. & Carey, L. B., 2017  Moral injury and defnitional clarity: Betrayal, spirituality and the role of chaplains, in Journal of Religion and Health, vol.56, no.4, pp.1212-28.

Jinkerson, J. D., 2016  Defning and assessing moral injury: A syndrome perspective, in Traumatology, vol.22, no.2, pp.122-30.

Koenig, H.G.·& Al Zaben, F., 2021  Moral Injury : An Increasingly Recognized and Widespread  Syndrome, in Journal of Religion and Health, vol.60, pp.2989–3011.

Koenig, H. G., Ames, D., Youssef, N. A., Oliver, J. P., Volk, F., Teng, E. J., Haynes, K., Erickson, Z. D., Arnold, I., O’Garo, K. & Pearce, M., 2018  The moral injury symptom scale-military

    version, in Journal of Religion and Health, vol.57, no.1, pp.249–65.

Lifton, R. J., 2011  Witness to an Extreme Century: A Memoir. New York: Simon and Schuster.

Litz, B.T., Stein, N., Delaney, E., Lebowitz, L., Nash, W. P., Silva, C. & Maguen, S., 2009  Moral injury and moral repair in war veterans : A preliminary model and intervention strategy,

    in  Clinical Psychology Review, vol.29, pp.695-706.

Mantri, S., Lawson, J. M., Wang, Z. Z. & Koenig, H. G., 2020  Identifying Moral Injury in Healthcare Professionals: The Moral Injury Symptom Scale‑HP, in Journal of Religion and

    Health, vol.59, pp.2323-40. https://doi.org/10.1007/s10943-020-01065-w

Nash, W. P., Marino Carper, T. L., Mills, M. A., Au, T., Goldsmith, A. & Litz, B. T., 2013  Psychometric evaluation of the moral injury events scale, in Military Medicine, vol.178, no.6,

    pp. 646–52. 

大谷 彰、2020 「パンデミックとトラウマ――新型コロナウイルスから考える-―」『人間福祉学研究』第13巻1号、pp.25-40。

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 心理学へ
にほんブログ村

にほんブログ村 科学ブログ 生物学・生物科学へ
にほんブログ村

医学ランキング
医学ランキング

心理学ランキング
心理学ランキング

心理療法ランキング
心理療法ランキング

PVアクセスランキング にほんブログ村

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする