半年間、染物工場で働いていました。祭り半纏や、暖簾など作っていた工場です。昭和9年生まれの社長、同僚は昭和8年生まれの人、俺を入れて3人でした。
その時の経験を生かして描いた漫画です。
当時の俺ドキュメンタリーな部分もあったり、フィクションだったりする感覚で描いてます。
ドキュメントだけじゃ面白くないし、だからって現実の世界とどっかでリンクしてないと、読む側に誠意みたいのがないし、、
あえてラストや、その先のストーリーの展開などあまり考えないで描き始めた気がします。その方が「俺ドキュメント的感覚」がでるんじゃないかと、それが面白いんじゃないかと、この時は勝手に勘違いしてました。その「勘違い」こそ自分の武器じゃないかとも思ってました。
勿論!!僕は主人公のようにバンドなんてやってないし、父親は職人ではありませんがね。
(ま、よく考えれば、物を作る人の作品がどこかで自分ドキュメントな部分があるっていうのは、別に珍しいことじゃないか、、)
「やさしい女は~」なんて題名ですが、問題は「男の子」側なんだ、つー感覚もあった。
肉体的にも精神的にもタフな男の中の男にもなれず、なんでも調子よくできる男にもなれず、
かといって開き直ってオタクにもなれず、じゃ、ど~すんだ!?どうやって生きりゃいいんだ?!
この当時フリーターって人種は、バイトしながら夢に向かって頑張ってる人たちだと思っていたが、そうじゃないというのに気づいて驚いたつーこともあったなあ。なんだこのエナジーのなさは!?お、おい!?どうした?男よ??どうした?ガッツが!、、覇気がなさすぎだぞ!、、、的な、、(だからって俺も、、、、、、たいしたことないんだけど、、、、)
バトラーズの石川選手が、プロレスオタクの客に向かって言った「悔しかったら一人前の男になってみろ!!(多分こう言ったと思う)」という言葉にも影響うけてるなあ。
FFFの旗揚げ戦で折原選手が「何処(の団体)に行っても自分自身なんですよお!(多分こんな事マイクで言ったと思う)」というのにも、今思うと一話のネームに影響受けてるなあ。
ところで、七年前にコミックビームに掲載してもらったモノなんですけど、こういうのネット上にアップしてもいいのかな?著作権というか?漫画仁義とかに反したりするかな?
全8話の「おためし」第一話だけだから、ま、大丈夫だろう。
全部読みたい方は、エンターブレインコミックビーム2000年2月号~9月号を入手してください。