マタイ13:24-30
直前の種蒔きのたとえには特異な解説が付いているとお話ししましたが、続くこの毒麦のたとえにもイエス自身の解説が付いています。それも、もう誤解の余地がないほどに、何が何を表しているか、を説明しています。イエスの説き明かしが明確に遺っていたのでしょう。これは私たちにもありがたいことですが、それでもそれで理解が十分できるかどうかは別問題です。
これは「天の国」のたとえだとはっきり掲げられています。マタイは「神」の名を呼ぶことをためらいますから、これは「神の国」と呼んでもよいでしょう。ただ、それは土地を表すとは限りません。この世の王君が支配する政治的世界とは違い、神が王となり正義が完遂する世界の実現を想定しています。
良い種つまり神の国の子らを畑つまりこの世(コスモス)に蒔く人がいます。これは人の子イエスです。イエスの弟子たるに相応しい者たちが世に遣わされていきます。しかし、敵つまり悪魔が蒔いた者たちもその世には混じっているといいます。それが弟子たちの目にも発覚していきます。どこから現れたのか。
訝しく思う弟子たちは、それがイエスの口から、敵つまり悪魔が蒔いたのだと明かされるのを聞くと、それを抜き集めましょうと正義感を表に出します。しかし主人は言うのです。それを抜くときに、神の子たちの良いほうまでも台なしにしてしまう可能性がある。そこで、刈り入れつまり世の終わりまで、そのまま育てていてよいと言いました。世の終わりには、まず悪いほうを集めて束にして焼き、良いほうは集めて神の国の倉に大切に採り入れるように天使たちに命じるのだそうです。
このように、何を指して言われているのかは、弟子たちに明確に話したという記事が36節以降に載せられています。けれども、これほどはっきりした話でありながら、この「毒麦」とは何であるのか、もうひとつはっきりしないと言われています。聖書ではここにしか登場しない言葉です。麦によく似ているが毒素を植物自身がもつわけでなく、ただ細菌を有しているという見解もあります。この毒性を議論しても、意味が掴めるのではなさそうです。
良い麦に似て非なるもの、それが毒麦と呼ばれている者です。偽麦とでも言ったほうがよいのかもしれません。偽キリストそのものではありませんが、それに仕えるような偽ものということでしょう。あるいは、見せかけだけのクリスチャンというようにも理解可能です。
それは、見るからに悪者というわけではないのです。正義の味方と悪の組織というのは、子どもには必要な分け方であろうし、勧善懲悪物語はそのようにキャラクターが定められていることが必要なのですが、この世界の情景はそうはできていません。偽ものは、実に精巧に本物らしく作られています。もちろん本物を知る人から見ればそれは分かります。しかし、時に偽もの自身は、本物と自身とが寸分違わないようにできていると思い込んでいます。自分は本物だと思っているところが、また怖いのです。
イエスの弟子たちは人間に過ぎません。これは偽ものだなと分別するだけの完全な能力を持ち合わせていません。従って、人の目で見て判断しただけでは、本物と偽ものとを明確に区別することができません。毒麦と思って抜いてしまったところが、実はそうでなかった、という誤りを犯さないためにも、そのままほうっておくように、とイエスは指示します。世の終わりには、イエスが派遣した天使たちがちゃんとその峻別を行うのだから案ずることはない、と言うのです。毒麦の束は焼かれます。神の支配の中に包まれて平安の中に置かれることがないのです。
育つままにしておけ。これはまた、自分は本物とどこも違わないと思う偽ものの側からも、本物のほうを、奴は偽ものだと判断して始末しようとする動きを封じることのできる方法です。このイエスの戒めにより、人は、互いにさばき合うことから守られるのです。さばくな、という命令の延長上に、このたとえは意味をもつのかもしれません。互いに正義を振りかざすことを、キリストの弟子と思う者は止めるのです。一方的にさばきの嵐を起こしている者は、自ら偽ものであることを暴露しているというだけのことなのです。キリストの弟子は、これを見て、非常に心を痛めつつ、神の前にそれを告げるだけでよいのです。
