日本人の起源

遺伝子・言語・考古・歴史・民族学などの既存研究成果を統合し、学際的に日本人と日本語の成り立ちを解き明かす

7.人種・民族・言語・遺伝子 -言語と遺伝子の相関-

2015年02月01日 | 本論1-世界的視点
 人種、民族、言語などはしばしば混同される。同一民族であっても人種が異なる場合もありうるし、遺伝的にも明らかに同人種とされる民族でも使用言語が全く異なる場合もある。これらはどのように定義されるのであろう。
 人種というのは先にも述べたように、遺伝子が決定する。すなわち人類拡散時の移動ルートによるものであり、Y染色体・ミトコンドリアDNAハプログループによって判別可能である。一方の民族は母語とする言語によって決まるとしてよいであろう。(民族の定義は様々あるが、本論では言語で規定されるもの定義とする。)どのような遺伝子を持とうが、日本語が母語であれば日本民族である。このように考えると、人種は遺伝子によってきまり、民族は言語によって決まるということができる。
 では両者は全く無関係であろうかというと、そうではない。言語を担うのが人間である以上、言語と遺伝子もまたある程度相関が認められるのである。
 人類は父系氏族性が多い。大規模な民族移動は同一言語の拡散をもたらすが、男性主導の場合が多いといえる。一般的には移住男系集団が現地先住女性と配偶することが多い。これはミトコンドリアDNAの多様性がY染色体よりも高くなる要因でもある。すなわち言語の拡散は男系集団が担うことが多い。よってY染色体のハプログループと言語は相互に関係している場合が多いと想定される。これを確かめるため、2つほど事例をみてみる。
 1つ目にインド・ヨーロッパ語族をみてみよう。この語族は英語、フランス語、イタリア語、ロシア語、サンスクリット語などヨーロッパの有名言語を包有しているが、下図に示したように、祖語は黒海北岸の南ロシア平原から拡散していったと考えられる(クルガン仮説)。隣はY染色体HgのR1aの分布図であるが、両者は似たような分布を示していることがわかる。よってインド・ヨーロッパ語族とY染色体R1aの相関が考えられる。

図1-23、24(Wikipedia)
 次に西シベリア~北欧に分布するウラル語族である。図1-25、26はウラル語族とY染色体ハプログループNの分布図である。両者は似たような分布をしているのがお分かりいただけるであろう。Wikipediaの世界中の民族集団のY染色体ハプログループ割合一欄表
(http://en.wikipedia.org/wiki/Y-chromosome_haplogroups_by_populations)をみてみると、ウラル語族はハプログループNが過半数を占める集団がほとんどである(表1-2)。これはウラル語族とハプログループNの明らかな関連を示している。

図1-25 Y染色体Hg:Nの分布       図1-26 ウラル語族の分布 
表1-2


 このようにして世界の言語を調べていくとおおよそ表1-3のような対応関係が見えてくるのである。印欧語族はR1a、ウラル語族はN、日本周辺ではモンゴル語などアルタイ語族はC2、シナ・チベット語族はO3、ポリネシア語などオーストロネシア語族はO1と相関する。

 一方のミトコンドリアDNAハプログループは、Y染色体ほど明瞭な関係性は見られない。ただしアメリカ先住民のようにY染色体Hgの多様性が著しく低い場合、集団同士の近親性および言語系統を解明する手掛かりとなる。またミトコンドリアDNAハプログループは一度定着すると移動、拡散しにくく、地域特異性が高いためハプログループの多様性から人類未踏地への最初期定着ルートが判別できるという側面がある。例えば東アジアでは北部にD*,D4*,C*など未分化パラグループが多いのに対し、南部ではR4a1a,R9c,B4a2,F1a3,F1a4,F3,M7b3,N9a6,Y2,E など特定の下位グループのみが展開する傾向がみられる。これから東アジア集団の初期定着ルートが北から南の流れであったことが読み取れる。後からの移動・淘汰が激しいY染色体ハプログループでは単純に推定することができないから、ミトコンドリアDNAハプログループの有用性が高いということになる。
 さて、Y染色体Hgと語族には相関関係があるが、同一語族の全ての言語に当てはまるわけではない。これは「話者交換」がしばしば引き起こされるからである。次頁の図1-33はアルタイ語族の拡散と相関するY染色体Hgの分布図である。アルタイ祖語の話者はY染色体Hg:C2であり、最初は担い手自体が拡散していく「話者移動」であったが西方に拡大していくうちに次第にR1a,Jなどに担い手が交換していく「話者交換」がおこる。語族の拡散は周辺部に行くにつれ後者が増えていく傾向にある。話者交換は言語を基準とする概念であるが、場所を基準とすれば先にあげた「言語交換(dominental minority)」が生じたことになる。インド・ヨーロッパ語族についても元来の担い手、Y染色体Hg:R1aは西欧にはほとんど及んでおらず、ローマ帝国の支配などで複雑な過程を経て「話者交換」「言語交換」が生じたと考えられる。

図1-27

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