日本人の起源

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ズーズー弁の起源はウラル語①

2022年04月19日 | 各論:ズーズー弁の起源
ズーズー弁とは、方言学的には音韻上「し」対「す」、「ち」対「つ」およびその濁音「じ」対「ず」(「ぢ」対「づ」)の区別がない方言である。また、「ズーズー弁」まではいかないものの、ズーズー弁的特徴を持つ方言の発音体系を「裏日本的発音」という。以下、裏日本的発音体系を持つ方言を「裏日本方言」と呼ぶ(金田一2005)。

裏日本方言の分布は、その名の通り、日本海側である。東北地方を中心に、北海道沿岸部や新潟県越後北部、関東北東部(茨城県・栃木県・千葉県・埼玉県東部など)と、越後中部、長野北東部、佐渡、富山県、石川県、とんで鳥取県西伯耆地方、島根県出雲地方を中心とした地域に分布する(図2)。


図1 裏日本方言の分布(赤色)金田一春彦 昭和28年『日本方言学』の音韻分布図による(安部(2014))

発音特徴

裏日本方言の最大の特徴は母音体系である。

イ段とウ段が平唇中舌母音[ɨ]に近づき (それぞれ[ï], [ɯ̈]と表記),サ行,タ行,ザ行ではイ段とウ段が[ɨ]に統合し,シとス,チとツ,ジとズが区別されない。東北西部,北陸、出雲では[ï]寄りに,東北南部では[ɯ̈]寄りに統合される傾向がある。(佐藤2002)例)寿司・煤[sɨsɨ](日本海側で「シシ」、東北南部で「スス」に近い)、知事・土[tsɨdzɨ]

これに関連して東北南部ではシュ、チュ,ジュが直音化し,シ・ス・シュ,チ・ツ・チュ、ジ・ズ・ジュがそれぞれ区別されない。(加藤1986、佐藤2002)例)習字[sɨːdzɨ]、注射[tsɨːʃa]

②また、母音単独拍で/i/→[e]の統合が起こるほか、多くの語例で/u/→[o]の統合が起こる。(加藤1986)例)糸[eto]、歌[ota]

出雲ではこの特徴が特に激しく、カ行、ガ行、ハ行を除くすべての行でイ段とウ段が統合することから、究極の「ズーズー弁」といえる。ウ段直音の長音化、ウ段音→オ段音の統合、イ→エの統合も起こる。(神部1983) 例)藪[jabɨ]、麦[mogɨ]、牛乳[gɨ:nɨ:]

これらの特徴から,たとえば犬,虫は青森方言では それぞれ[enɯ̈]、[mɯ̈ʃɨ]、出雲方言ではそれぞれ[eno]、[moʃɨ]と発音される。

共通日本語からの母音力学を図示すると図2のようになる。共通日本語のイは[ɨ]または[e]になろうとし、ウは[ɨ]または[o]になろうとする


図2 共通日本語から裏日本方言への母音力学

裏日本の方言はこのように共通日本語から明らかに逸脱した母音体系を有しており、これは、比較言語学における「音変化」の一種といえるだろう。

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