「辯天五部」 平成25年9月16日~30日までの法話

2013-09-16 08:15:16 | 法話

「辯天五部」

中世に辯天信仰が隆盛を極めたのは、辯天(べんてん)五部(ごぶ)という偽経(ぎきょう)に由るところが大きい。偽経とは、日本撰述の偽の御経で、いつも御唱えする毘沙門天王功徳経(びしゃもんてんのうくどくきょう)も偽経らしいが、私にとってはどちらもありがたい御経で、ちっとも気にならない。ちなみに、辯天五部は大般若経六百巻の版元で名高い京都の貝葉書院より、仏説辦財天経(ぶっせつべんざいてんぎょう)として、折本一冊に纏(まと)められ、発行されている。

この辯天様の五部の経典には、遠く印度のガンジス川の神であるサラスヴァティー、即ち弁才天と、我日本の御饌(みけ)の神である宇賀神(うがじん)が習合して生まれた、頭上に白蛇を戴く八臂辯天(はっぴべんてん)宇賀神王の御利益が満載されているのであるが、この折本の半ばの仏説宇賀神王福徳円満陀羅尼経(ぶっせつうがじんおうふくとくえんまんだらにきょう)に、蝦蟇(がま)の記述がある。

この経に記すところに由れば、人を貧しくするのは障礙神(しょうげじん)という三神が災いを齎(もたら)すからで、その一つの貪欲神(とんよくじん)は、赤白青黄黒の五色に彩られた蝦蟇の形をしている。そして、この蝦蟇を退治できるのが辯天様の頭上の冠に坐(いま)す白蛇、すなわち宇賀神であるという。また、折本には附(つけたり)として弘法大師御作と伝える祭文(さいもん)を載せるが、ここには「頂上ノ白蛇ハ五色ノ貧蝦ヲ伏ス」と記されている。もちろん、貧蝦とは貧しさを齎す蝦蟇、すなわち貪欲神のことをいう。

かくのごとく、達谷窟の蝦蟇ヶ池(がまがいけ)の名はこれに由来するのだが、勝手なもので、ある人は蝦蟇がいっぱい生息しているから、またある人は蝦蟇の形の池だから、さらある人は池の東にある蝦蟇に似た石に由来する、などといい加減な観光ガイドをしているが、石は庭を造るため40年ほど昔に求めたもので、置き場がないから転がしているだけである。<o:p></o:p>

 「岬観音島辯天)」の諺通り、金華山を倣って当地方の多くの島では弁財天を祀っているが、我達谷では白蛇が蝦蟇(がま)を喰(くら)って退治するという辯天五部の金言(こんげん)をもとに、慈覚大師が貧しい民草を憐れんで、貪欲神の化現(けげん)である池に浮かぶ中島の蝦蟇の背に辯天堂を建立し、これを降伏(ごうぶく)する八臂の宇賀弁天を勧請して、衆生を利益(りやく)したことを嚆矢とするのである。ちなみに、達谷西光寺が蛇を辯天様の御使いとする所以も、この縁起に由る。<o:p></o:p>

 奇しくも、新しい辯天堂の上棟式が、今月28日に執り行われるが、縁起は大いに拡めなくてはならないとつくづく思う。<o:p></o:p>

 

 

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「寄進(きしん)」 平成25年9月1日~15日までの法話

2013-09-04 12:16:26 | 法話

「寄進」

 有難いことに、このたびの蝦蟆ヶ池辯天堂御修覆に際し、屋根葺きの銅板を始め、沢山の御寄進を頂いたことに、先ずもって御礼申し上げたい。

 国の史跡で、発掘調査が不可欠でもあり、工事の着工は遅れたものの、御蔭様で7月末には基礎工事も終わり、猛暑の中、大工工事すなわち木材の刻みも滞りなく進んで、来る9月28日には、いよいよ上棟式を迎えることとなった。が、はたと気づいたことがある。

 我弟子は三万円、娘たちも銅板を幾枚か辯天様に寄進しているにも拘わらず、肝心の別當の私が、まだ何もしていなかったのである。ああ、恥ずかしい。釈明が許されるならは、史跡の現状変更や建築確認申請、建物の設計施工に工事の段取り等々はやっている訳だから、私の苦労は辯天様も御承知になっておられる筈・・・・。と胸を張れるかと問われれば、心中憚られるものがある。実はうっかりしていただけて、寄進者芳名額に自分の名前がこと昨日に気づき、今慌てて何をしようか、あれこれ思案の最中なのである。ああ、情けない。

 私は毘沙門様に仕え奉る仕事のほかに、物を考え作ることを生業としているから、辯天様に何かを設計して差し上げたいと思うのだが、焦るとなかなかいいアイデアが浮かばないから困ってしまう。それでも漸く、扁額か鰐口か、青銅製の什器、仏具を奉納することに決めた。でも、意匠を考案しなければならないから、すぐには無理であるが、ものを惜しむように思われるのは心外なので、近日中に寄進額にわが名を記せるように思案していきたいし、その期限は、遅くとも上棟式までとしたい。