京のにちじょうさはん ごこう

京都在住19年目の浜っ子の日記。其の弐。

宇治の臼たち その4

2006年09月29日 | めざせ臼探検隊


最後に県神社前のお茶屋さんの「丸宗」さんの店先にあった臼さん。
八分割・周縁平滑ですね。

あと写真に撮りませんでしたが、堀井七茗園さんの店内には宇治石の茶臼がございました。

宇治でもちょっとあるいただけで、これだけの臼と出会えました。

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4 コメント

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時間を感じますね。 (ゆう)
2006-09-30 23:58:42
足元に京都の歴史が、置いてあるというか、

新しいものから、古いものまであるのでしょうが、

これは静岡では、絶対に見れない写真ですね。

彼らが見てきた宇治茶の世界を、見たいものですね~。
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臼臼大行進(笑) (もちや)
2006-10-01 14:57:09
☆ゆうさま

臼、といっても画像に撮っているもののおおかたが穀物用の碾臼ですが、中にはそういった穀物用の碾臼だけど茶もひいていたというものもございます。(このへんがややこしいですね)

これはお茶屋さんの店先にでていたので、茶臼っぽいのですが、ちゃんと子持ち菱があるかどうか、急いでいたので確認できなかったのが名残惜しいです。だからいまは「臼」としておきます。

茶臼の変遷については、考古学の桐山秀穂さんというかたが論文を書いているので、ご入用ならばコピーしてお送りしましょうか。
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♪♪♪ (ゆう)
2006-10-04 00:03:38
こんばんは

そうなんですか、穀物用なんですね。

確かに大昔は、やげんでしょうが、いつ頃から茶臼になったのでしょう?臼自体、後から出現してきたのでしょうか?

図々しいですが、コピーを送っていただけませんか?



ちなみに、素朴な疑問。これらの臼は、飾りで置いてあるのか、昔は本当に使われてきて放置されているのか、どんな存在なのでしょうか。
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承知しました (もちや)
2006-10-04 07:45:16
☆ゆうさま

承知しました。別にお送りするものがありましたので、それがそろいましてからお送りしますね。(しばしお待ちを)

臼全般については、三輪茂雄先生の『粉と臼』(大巧社 1999年)、『臼』(法政大学出版局 1978年)をお読みください。

茶臼は中世からで、農村にまでもたらされたのが15世紀ごろになります。

臼についてもいろいろお話したいのですが、長くなりますので、またの機会に。

これらの臼は、現在は使い道がなくなって、飾りでおかれているようですが、昔は現役で使われていたものばかりです。
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