名護からの帰りの途中で、宜野湾市にある「嘉数高台公園」へ。
ここは、太平洋戦争末期の沖縄戦最大級の戦闘の1つと言われるほどの激戦があった所です。
「嘉数の戦い」(かかずのたたかい)といわれ、嘉数高台をめぐって1945年4月8日からの16日間に行われ、この戦いで日本軍:64,000人、アメリカ軍:24,000人(12,000とも)の死傷者を出しました。
現在も、その戦闘を生々しく伝える戦跡が残され、展望台からは「米軍普天間飛行場」が一望できます。

オスプレイが駐機しているのが肉眼で見えました。
それにしても、本当に住宅街のど真ん中の基地。無条件閉鎖・撤去しかありません。
日本軍の陣地となった鉄筋コンクリート製のトーチカ(防御陣地)

すさまじい銃弾を浴びたのでしょう、ボロボロに崩れて、たくさん銃弾の跡も残っています。

京都や島根出身兵の犠牲者を慰める慰霊碑も。

なかでも印象に残ったのは。青丘之塔(せいきゅうのとう)です。

沖縄戦で亡くなった韓民族386柱を祭った慰霊碑。碑文には「民族を超越し人道主義を遵奉し哀しき歴史を秘めたこれらの御霊を慰霊顕彰する」とあります。
日本人だけでなく、多くのアジアの人々の命を奪った戦争であったことを忘れてはいけません。
安倍首相の靖国神社参拝は、こうした犠牲を生んだ戦争を肯定する行為です。軍隊を持つことに執念を燃やし、いまだに戦争を反省しない安倍首相には、戦死者の声は聞こえないのでしょう。
ここは、太平洋戦争末期の沖縄戦最大級の戦闘の1つと言われるほどの激戦があった所です。
「嘉数の戦い」(かかずのたたかい)といわれ、嘉数高台をめぐって1945年4月8日からの16日間に行われ、この戦いで日本軍:64,000人、アメリカ軍:24,000人(12,000とも)の死傷者を出しました。
現在も、その戦闘を生々しく伝える戦跡が残され、展望台からは「米軍普天間飛行場」が一望できます。

オスプレイが駐機しているのが肉眼で見えました。
それにしても、本当に住宅街のど真ん中の基地。無条件閉鎖・撤去しかありません。
日本軍の陣地となった鉄筋コンクリート製のトーチカ(防御陣地)

すさまじい銃弾を浴びたのでしょう、ボロボロに崩れて、たくさん銃弾の跡も残っています。

京都や島根出身兵の犠牲者を慰める慰霊碑も。

なかでも印象に残ったのは。青丘之塔(せいきゅうのとう)です。

沖縄戦で亡くなった韓民族386柱を祭った慰霊碑。碑文には「民族を超越し人道主義を遵奉し哀しき歴史を秘めたこれらの御霊を慰霊顕彰する」とあります。
日本人だけでなく、多くのアジアの人々の命を奪った戦争であったことを忘れてはいけません。
安倍首相の靖国神社参拝は、こうした犠牲を生んだ戦争を肯定する行為です。軍隊を持つことに執念を燃やし、いまだに戦争を反省しない安倍首相には、戦死者の声は聞こえないのでしょう。