最初のKL出張は5日間でしたので、大人しくしておりました・・。
(夜遊びは一応しましたが・・。w)
その数ヵ月後、今度は3週間の予定でKL出張となりまして、KLをベースに車で30分ほどの所にあるペタリング・ジャヤへ毎日通うことになりました・・。
PJにはマレーシアでは大手の設備設計事務所がありまして、そこに設計を外注しているのですが、我々が事務所に乗り込んでつきっきりで見張ってないと他の仕事をやり出して、我々が外注している設計図が中々進まないのございます・・。
アチラのエンジニアは、日本とは大分違っておりまして、英国の大学に留学するか、シンガポール大学を卒業していないとエンジニアとしてハクが付かないそうでございます・・。w
エンジニアの資格を持つ者には、30代の若造でも個室が与えられ、図面をただひたすら描くドラフターマンとして部下を4、5人従えておりまして、エンジニアは机から落ちた鉛筆や消しゴムすら拾わず、部下に拾わせると云われるほど別格扱いで威張っているのでございます・・。w(給料も大幅に違うらしい・・。)
私の担当はインド人のチーフ・エンジニアと、マレー人の男性でMr.オーマというアシスタント・エンジニア、熱負荷計算を専門にパソコンを操作する中国人の女性エンジニア、更に指示されたとおりの図面を描くドラフターマンのマレー人の女性が二人いまして、設計チームを構成しておりました・・。
仕事の分担もはっきりと分かれていて、チーフがアシスタントに直接指示して、アシスタントがドラフターマンにスケッチを描き、それをドラフターマンがインキングして仕上ることになっているのでございます・・。(当時はまだ手描きの時代でしたから・・。)
アニメや漫画家の世界に似ているかも・・?
当初、2ヶ月ほど日本にエンジニアを呼びまして、日本で設計の基本計画をやらせて、実施設計図の作成は現地の事務所で行う予定でございましたが、当初は出来た図面や計算書をDHLの航空便で日本に送らせて、日本でチェックしていたのですが、どれもデッタラメというか、間違いだらけで使い物になりません・・。
┐( ̄ヘ ̄)┌ ダメダコリャ~
そこで、私が現地で直接指導しながら、実施設計を行うように客先から海外事業本部長へ要求されまして、3週間のKL出張になったのでございます・・。
ヽ(^◇^*)/ ワーイ
「ムネオさんが現地で完璧にチェックした図面じゃなきゃ承認してあげないもんね・・!」って・・。w
まぁ、仕事は取り合えず直接指導するようになってから、順調に進みましたが、毎日朝9時半から夜の8時ぐらいまで事務所に缶詰状態でございます・・。
(-゛-メ) ヒクヒク
意匠担当と構造担当も別々に外注先の事務所に張り付いて、同じように直接指導を続けていたワケですが、毎晩9時位にKLで落ち合って、晩飯を一緒に食べ、それからジャパニーズラウンジへ繰り出す毎日でございました・・。w
土曜日も午後3時ぐらいまで同じようにPJの事務所に出掛け、仕事をしていたのでございますが、常に一緒に行動をしていた電気のエンジニアであるダニエル・リムが、明日は休みだからこれから、ゲンティン・ハイランドのカジノにみんなで行こうよと言い出しました・・。w
ヽ(^◇^*)/ ワーイ
ちょうど下請の設備会社の役員のリンさんも事務所に遊びに来ていたいたので、彼のベンツに乗ってゲンティン・ハイランドまでドライブすることになっちゃたのでございます・・。w
この時はまだ私はカジノにさほど興味もなく、皆が行くなら行ってもいいよって感じでしたが、カジノで少し遊んでそれからKLに戻って晩飯でも食べようって話です・・。😁
肝心のカジノの話は次回ってことで、今日はこの辺でオシマイ!
次に続く・・。(多分・・。w)
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