母恋

2005.3.5にすい臓がんにより天国へ旅立った母の手記や看病の記録、その後の生活などを書いてます。

1月14日(金)

2005-01-14 23:01:00 | 母の居る生活
今日は病室に着くと、母は寝ていた。
夕食も台の上に載ったまま、口をつけていないようだ。
ちょっと心配だったので、「お母さん。」と、呼びかけてみた。…起きない。
もう一度、「お母さん。」と、呼ぶと、うっすらと目を開け、私の方を見たので、「食事食べないの?」と、聞くと、何も答えず、また眠ってしまった。
あまりに気持ち良さそうに寝ているので、帰るまで寝かせておくことにした。

帰る20分程前になったので、また呼んでみると、今度は起き上がり、「トイレがしたい。」と、言ってトイレに行くと、便座に座ったもののあともう一歩のところで間に合わなかった。
自分でも心配のようで、下着ではなく、看護士さんに紙オムツを頼んだ。
そしてまた、「ご免ね。」と、言って、汚してしまった下着を私に…。おかあさん、いいんだって…。

その後、食事をとった。少しではあるけれど、前より食事の量が増えてきたような気がする。

足の浮腫みがなかなかとれないので、ギリギリの時間で、また、自己流マッサージを試みる。
昨日のコロコロマッサージもしてみる。
早く浮腫みがとれないかなぁ。

帰り際に、思い出したように、昼間、叔母さんが置いていった伊予柑を食べ始めた。
全部は食べられなかったけれど、半分以上は食べた。
残りは「あんた、食べなさい。」と、言って私にくれたので、口にほうばり、時間もギリギリだったので、そのまま、「おやすみ。」と、言っていつもの握手をし、病室を後にした。

このまま少しずつ食欲が戻ってくれればいいのに。

1月13日(木)

2005-01-13 23:01:00 | 母の居る生活
今日も母は体調が悪そうです。

病室に行くと、パンツを履き替えているところでした。
失禁…してしまったようです。
でも、寝てる時にしてしまうのではなく、トイレに行って下着を下ろそうとしているうちにしてしまうだけなので、全然気にしなくていいと思う。
24時間点滴をしている事で、意識が朦朧としているんだから仕方が無い。気にしない~、気にしない~、気にしない~♪一休さんなのだ。
とはいえ、本人はそうはいかない。とにかく「ご免なさい。」と、謝る。
その度に、「謝らなくていいって。」と、答えるばかり。おかあさん、がんばれっ

1月12日(水)

2005-01-12 23:01:00 | 母の居る生活
今日の母は体調が悪そう。
まさか、昨日のマッサージが悪かったのでは…

会社の友人に浮腫みの事を話すと、その方のお父様も病気で足が浮腫んだ事があったというので、どうしたか聞いてみた。
病院にあるマッサージ機のようなものでのマッサージと、自分では市販のマッサージアイテムのコロコロ転がすタイプのもの(名前がわからん)でマッサージしたとの事。
そういえば、クリスマスにネッ友さんから頂いた贈り物の中に、丁度良さそうなモノ(写真参照)があったので、明日にでも持って行こう。

病室に行くと看護士さんにもっと大きなサイズの下着にした方がいいのでは?と、言われた。
どうやら腹水がまた溜まってきていて、お腹がパンパンになってきたので、ウエストの部分がきつくなってきたらしい…早速、明日にでも買ってこよう。

本屋さんに寄ってみたけれど、マッサージの本ってあんまりない。
あっても専門書のようなもので、看護婦さんやマッサージ師になる方が勉強の為に使うような感じのモノばかり。
こういう時はこうする的なもっとわかりやすい本はないものだろうか…。ネットで調べてみるか。

1月11日(火)

2005-01-11 23:01:00 | 母の居る生活


今日は父が仕事なので、夕飯を作ってから病院へ。
まだまだ、慣れてないので、大したものではないのに結構時間が掛かってしまう。
母の所に着いたのは、ほとんど19時半。
20時には帰らないとダメなので、早速、足の浮腫みをとる為、マッサージをする。
とはいうものの、全くの自己流なので、この方法で良いのかどうかは分からない。
仕事の休み時間にでも本屋さんに行って、マッサージの勉強でもするかな。

最近、点滴のせいで、意識が朦朧としていて、時間と日にちの感覚がずれてきている。
私なりに考えた結果、日記を書いてみたらいいのでは?と、思ったので、早速、日記帳を購入して母に渡した。
書くことは何でもいい。毎日の日課みたいなものがあれば精神的に前向きになるんじゃないかな。日にちや時間も意識できるし…。なんて考えてます。

1月10日(月)

2005-01-10 23:01:00 | 母の居る生活
今日は、たりだったり。

母は相変わらずです。体調があまり良くないみたい。ベッドで寝ている事が多いです。
お正月に帰宅した時、ご飯はあまり食べられなくても、メロンをぺろりと食べていたので、今日はメロンをカットして持って行きました。
15時頃、起き上がったので、「メロン食べる?」と、聞くと、「食べるか…。」と、言って、やはりぺろりと食べてしまいました。
ご飯はあまり食べられないのに、果物が食べられるのはどうしてでしょうか
水分が多いから、スルッと入っていくのかな

今日は隣の病室の人が、ずっと、「うーあー」と、苦しそうに唸っているので、とても気になりました。
母に「寝れる?」と、聞くと、「私も死ぬ間際はあんな風になるのかなぁ。」なんて、言ってました。かなり、弱気になってるみたい。隣の人が苦しそうにしてると、気分も滅入ります。
「お母さん、しっかりしてよ。」と、言うと、うなずいてたけど、かなり心がまいっているようです。

足がかなり浮腫んでいます。良いのか悪いのかさっぱり分かりませんが、膝を曲げたり伸ばしたり、揉んでみたりしています。何か良い方法はないものか…。
そういえば、この前ネットで「浮腫みをとる」と、検索したら、オルゴール療法なんてものがヒットしました。嘘のような本との話なんでしょうか。
でも、この際、何でも信じてやってみようかな…。

1月9日(日)

2005-01-09 23:01:00 | 母の居る生活
今日はだったりだったり

今日は、母の妹(叔母)がお見舞いに来たようだ。
私が家にいた時に、2度電話があり、母にポカリスウェットと、クッションを持ってくるように頼まれた。
母は叔母に、「あの娘とたまに食事でもしてあげてね。」と頼んだそうだ。
叔母は私に、「至らない叔母さんだけど、何でも相談してね。」と、言ってくれた。
泣いていた。
もしもの時を思うと、母は、私以上に、私の事が心配なんだろうなぁ。

暫く落ち着いていたのだけど、腹水をとっていた所から、腹水が漏れる。
傷は塞がっているはずなのに、まだにじみ出てくるようだ。
お腹もまた張ってきているので、そろそろ腹水をとらなければならないのだろうか。

先生に、「週末は家に帰ったら?」と、言われたらしい。
しかし、私や父に迷惑をかけると思っているらしく、素直にはうなずけなかったようだ。
全然大変じゃないのに。
私にとっては、母が家にいてくれるだけで、嬉しいのだけれど…。

1月8日(土)

2005-01-08 23:01:00 | 母の居る生活
今日は休日。
外はすごい雪だった。

ここ2、3日、体調が良かった母だったけれど、今日は良くなさそうだ。
ちょっと心配

お正月に買ってきたお守りを入れる為の首からさげる巾着袋を持参。
こんなの手作りしたのは久々だ。
紐がなかったので、以前買ってあった麻の糸を三つ編みにして、これまた手作り。
ちょっと長めだったので長さを調節できるようにした。
母も素直に喜んでくれた。

夕方、父がやってきた。
母の爪が伸びていたので、丁寧にヤスリを使いながら切る。
父はこういう事をさせると、いい仕事をする。

夕食は、全体では約3/1位食べた。
ポテトサラダはほぼ完食。
もっと、食べれるようになればいいんだけど…。
無理せず、ゆっくりね。

七草

2005-01-07 23:01:00 | 母の居る生活
もう1週間経ってしまいました。

今日は七草という事で、会社帰りに七草セットを買って、七草粥を作っていたら、あっという間に時間が経ってしまって、病院に行く時間が遅くなってしまいました。

昨日、母が久々に食べたがっていた蒸しパンを買っていったら、早速、食べ始めた。
と、言っても、少ししか食べられない。
黒豆の入った抹茶蒸しパン。
台の上を見ると、違う蒸しパンが載っていた。
父も買ってきたようだ。
たまご蒸しパン。
全部食べられないので、こちらは持って帰る事にした。

甘いものは、食べてもらいたくないのだけど、ご飯もあまり食べられない状態なので、少しでも食べられるものをと思ってしまう。

本当は玄米菜食にしたいんだけどな。

1月6日(木)

2005-01-06 23:01:00 | 母の居る生活
正月明けの仕事は、暫く憂鬱だ。

病室行くと、母が立って歩こうとしている。
昨日に引き続き体調がいいようで、珍しく部屋の外にあるトイレに行こうとしているところだった。きちんと、点滴の充電の線も抜いてあった。
その後も、病室を出て歩いたり、ベッドの上に座ったりしていた。
いつもより会話もできて嬉しかった。

帰って父と話すと、昼間に行った時も、歩いたりしていたそうだ。

体調がいいのはとても嬉しい事だけど、この病気は油断ができないので、より一層気を引き締めていかなければ…。

1月5日(水)

2005-01-05 23:01:00 | 母の居る生活
今日から仕事始め。

朝、弁当を作っているうちに、昨日までいた母がいない事に改めて気づき、涙が止まらなかった。
34才にもなって、なんだろね。

帰宅してから、わんこの散歩をし、食事を作っていたら、携帯が鳴った。
見ると、母からだ。
「どうした?」と聞くと、「どうもしない。」
もう時間が遅いから、来なくてもいいという事を伝えたかったらしい。
「いや、絶対に行く。」と、言って電話を切った。
何分か経って、今度は家の電話が鳴った。
「どうした?」ときくと、ケタケタと笑いながら、「なんでもない。」
病院に行ってから、この事を聞くと、
電話をかけたら看護士さんがきたので、慌てて切ろうとしたところ、看護士さんに「かけてもいいんですよ。」と、言われ、更にその看護士さんにボタンを押してもらって電話をかけたら、家の電話につながったのだそうだ。
病院から電話をかけるなんて、久しぶりだった。よほど体調が良かったに違いない。