昔の栄養学会みたいな事もあるにはあるが、食育って何、と考えてみると、新保守主義ではないかと思う。
新保守主義的教育論なら大分馴染む感覚である。
経済的に見れば、価格の安いものほどよく売れるし、マーケットは確かにEDLPが基本。しかし、世界の高所得国日本の食事が世界から安いものを集めて成り立っているというのは、何とも情けないではないか。
どうせ集めるなら、世界からよくて高いものを集めればいいのだ。
例えば、マルゴーグランバンや、ラトールグランバンがフランスから入ってくるのは大いに結構。
しかし、朝飯に我が国の前浜で捕れたあの脂のよく乗った鮭ではなく、チリ産の鮭がでてきたり、ふっくらとした宮城のササニシキではなく、カリフォルニア産の網下の米というのも、実に情けない話ではないか(この傾向は駅弁の幕の内弁当には顕著にでてくる)。
日本にいいものがあるのに、それをうっちゃっておいて、世界から、安かろうという食材ばかり集めているのが我が日本。その結果、日本のいいものが駆逐されてきたのが歴史なのだろう。
この辺で、世界であろうが日本であろうが、価格の安いものではなく、高くてもいいものを食する文化を考えてみた方がいいのではないか。
こんな事を言うと、高いのは成金趣味だとか、庶民感覚とは違うとか、国民は豊ではない、格差社会が、、、などなど様々な批判がでてくるのだろう。
だが、ファッションの世界では、既に世界のブランドものが銀座を席巻している。銀座に限らない、日本中の都市を席巻している。客筋は、とみるとニートのような若者。我が国にカネがないのではないのだ。
いいものを食べる文化が失われているだけではないか?
格差社会というが、格差社会の底辺にあるといわれているフリーターやニートといえど購買力は結構あり、しかも世界的にみれば裕福なのだ。
格差社会があるから、庶民は価格の安い冷凍食品や海外産の農水産物に頼るのではなく、そこに安いものしかないからそれを食するのだろう。
やはり食は文化なのだ。いいものを、うまいものを食べる、味わう文化は残したい。
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ikkann
PuHa
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