BELOVED

好きな漫画やBL小説の二次小説を書いています。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。

もう10月か。

2024年10月01日 | 日記
今日から10月ですが、相変わらず少し暑くて、長袖がなかなか着られませんね。
まぁ、7・8月の、うだるような暑さと熱風が吹いていないだけマシですね。
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希うものは 1

2024年10月01日 | 薔薇王の葬列 ヴィクトリア朝転生パラレル二次創作小説「希うものは~輪廻の螺旋~」
「薔薇王の葬列」二次創作小説です。

作者様・出版者様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。

「裏切り者のユダ!」
「恥を知れ!」

沿道に居る人々から石を投げつけられ、バッキンガムは刑場へと向かった。
斬首台に跪くと、そこは血で濡れていた。
唯一心残りがあるとしたら、それは―
「ヘンリー。」
耳元で聞きなれた恋人の声。
ふとバッキンガムが首を巡らせば、そこには涙を流しているリチャードの姿があった。
「地獄で先に待っていろ。必ず・・」
“また会える”
(また、あの夢か・・)
「旦那様、おはようございます。」
「熱いコーヒーをくれ。」
「かしこまりました。」
遠くで、朝を告げる鐘の音が鳴った。
かつて自分達が生きていた時代よりも、“今”の方がかなり生き易い。
食事も住居も、医療もあの時代と比べて遥かにマシになっている。
バッキンガムは、今世でも公爵として生きていた。
前世で縁があった者達―エリザベスをはじめとするウッドウィル一族や、ランカスター家、そしてプランタジネット家や、ネヴィル家の者達と、バッキンガムは再び知り合った。
しかし、バッキンガムは未だにリチャードに会えていない。
かつて己がその魂ごと愛した“半身”は、何処を捜しても居なかった。

(リチャード、何処に居る?)

必死にリチャードを捜し続けて、もう半年も経った。

『リチャードは隠れんぼが上手いからな。』

いつだったか、バッキンガムはエドワード=プランタジネットにリチャード捜しを手伝ってくれるよう頼んだら、そんな言葉が返って来た。

『まぁ、焦らずに待つ事だ。』

その日、バッキンガムは朝から仕事に忙殺されていた。
仕事が一段落して外の空気を吸いたくなった彼は、屋敷から出て薔薇園へと向かった。
白薔薇が咲き誇る中を歩きながら、バッキンガムはリチャードと初めて結ばれた日の事を思い出した。

(リチャード、あんたにもう一度会いたい・・)

バッキンガムが物思いに耽っていると、彼は一人のメイドの存在に気づいた。
彼女はその華奢な身体を質素な黒のワンピースに包み、その上に白いレースのエプロンをつけ、頭にはヘッドキャップを被っていた。
メイドの、白薔薇を摘み取る手は、良く見れば細かい切り傷のようなものがあった。

「お前、そこで何をしている?」
「申し訳ありません・・大奥様から今夜の舞踏会に飾る白薔薇を摘めと命じられたので・・」

メイドの声は、心地良いメゾソプラノだった。

その時、突然強風が吹き、メイドが頭に被っていたヘッドキャップが吹き飛ばされ、彼女の美しい黒髪と、宝石のように美しいオッドアイが露わになった。

「リチャード・・」

高貴な女だったあんたが、何故使用人をしている?

「お前とはこんな形で再会したくなかった・・ヘンリー。」

リチャードはそう言うと、目を伏せて屋敷の中へと戻っていった。


「遅かったわね!」
「申し訳ございません、大奥様。」
「まぁ、いいわ。この薔薇を花瓶に活けて頂戴。」
「はい・・」
リチャードは、溜息を吐きながらスタフォード家の花瓶に薔薇を活けた。
(どうして、俺は・・)
かつて、リチャードはバッキンガムと同じ“立場”だった。
プランタジネット侯爵家の末子として生を享けたリチャードは、何不自由ない生活と、質の高い教育を受けて育った。

その生活は、リチャードが15の時に一変した。

リチャードの母・セシリーが、宗教にはまり、侯爵家の財産を食い潰した。
その所為で一家離散し、リチャードは莫大な借金を返済する為、スタフォード公爵家でメイドとして働く事になった。
ハウスメイドとしての仕事は多く、リチャードは一日の大半を仕事に忙殺され、休める時はベッドに入る時だけだった。
「ねぇ、今夜ヘンリー様の婚約者の方がいらっしゃるとか・・」
「どんなお方なのかしら?」
「何でも、ウッドウィル家の方とか。」
「そう。」
(ウッドウィル・・まさかエリザベスの・・)
「リチャード、ヘンリー様がお呼びだよ!」
「はい。」
リチャードは、バッキンガムの部屋のドアをノックすると、中から呻き声が聞こえて来た。
「ヘンリー様?」
「リチャードか・・入れ。」
「失礼致します。」
リチャードがそう言ってバッキンガムの部屋に入ると、彼は己を慰めていた。
「何をしている?」
「あんたを抱きたくなった・・ここへ来てくれ。」
バッキンガムはリチャードの腕を掴むと、己の膝上に彼女を乗せた。
「そういう事は、婚約者にしろ。」
「わかっていないな。俺は、あんたを抱きたいと言ったんだ。」
「そんな事、あっ・・」
その日の夜、スタフォード公爵家で華やかな舞踏会が開かれた。
リチャードは招待客の合間を縫うように汚れた皿やグラスなどを下げていった。
「あ~疲れた!」
「後少しよ、頑張って!」
「リチャード、ヘンリー様がお呼びだよ!」
「はい。」
こんな忙しい時に一体何の用だろうか―リチャードがそう思いながらバッキンガムの部屋のドアをノックすると、中から扉が開き一人の青年が姿を現した。
「リチャード様・・」
「ケイツビー、何故お前がここに?」
「俺が呼んだ。」
バッキンガムはそう言うと、軽く指を鳴らした。
すると、寝室から仕立屋と思しき女性が出て来た。
「あら、誰かと思えば“グロスター公”ではありませんか?」
「ジェーン・・」
「ジェーン、リチャードに似合うドレスを選んでやってくれ。」
「かしこまりました。」
「ヘンリー、俺は・・」
「さぁ、“閣下”、こちらへ。」
半ば強引にジェーンに寝室へと連れて行かれたリチャードは、ジェーンに何着かドレスを胸の前でかざされた。
「やはり、“閣下”には紫のドレスが似合いますわね。」
「ジェーン、俺は・・」
「さぁ、コルセットをつけましょうね。」
そうしなくても、“閣下”のお身体は、コルセット要らずですけれど―ジェーンはそう言いながらも、コルセットを締める手を緩めなかった。
「わたくしの見立ては間違いなかったようね。」
ジェーンは、リチャードの美しいドレス姿を見て溜息を吐いた。
「髪は、そうね・・かつらをつけましょう。」
「失礼致します、リチャード様。」
ケイツビーに薄化粧を施され、リチャードは恐る恐る鏡を見ると、そこには絶世の美女が映っていた。
「ヘンリー様、遅いわね。」
「あんなに可愛らしいお方がお待ちなのに・・」
貴族達がそんな事を話していると、大広間に一組の男女が入って来た。
美しい紫のドレス姿の美女とヘンリーの姿は、まるで一幅の絵画のようだった。
「みんな、俺達を見ている。」
「あんたが、美しいからだ。」
バッキンガムはそう言うと、リチャードの手に口づけた。
「一曲、お願い致します。」
「お前、これは一体どういうつもりだ、ヘンリー?」
「俺はあんたとやり直したい、リチャード。」
「お前は一体何を言っているんだ?」
リチャードはそう言うと、バッキンガムを睨んだ。
「俺は、あんたしか要らない。」
バッキンガムは、軽くリチャードの手の甲にキスをした。
「あの方、誰なの?」
「確か、プランタジネット家の・・」
「何ですって!?」
バッキンガムの婚約者・キャサリンは、そう叫ぶと姉・エリザベスの方へと駆けて行った。
「お姉様!」
「どうしたの、キャサリン!」
「バッキンガム様が・・」
エリザベスは妹に泣きつかれ、バッキンガムの方を見ると、彼は謎の美女と談笑していた。
「あの方は、確か・・」
「リチャード=プランタジネット様ですよ。ほら、数年前に自殺した・・」
「そう。」
プランタジネット侯爵家の“宗教騒ぎ”の事は、まだ記憶に新しい。
宗教に入れあげ、財産を食い潰した侯爵夫人は拳銃自殺した。
まさか、その娘が、こんな場所に―
「ここは人目がある。」
「離せ。」
バッキンガムはリチャードの細腰を掴むと、大広間から出た。
「愛している、リチャード。」
寝台に入ったバッキンガムは、そう言うとリチャードを寝台の上に押し倒した。
「やめろ、俺は・・」
「あんたは、“男”でもあるが、“女”でもある。」
バッキンガムは、そう言うとリチャードのドレスの裾を捲り上げた。
「嫌だ!」
「今世は、あんたを縛る“荊棘”は何処にもない。俺は・・」
「ヘンリー、俺とお前とでは住む世界が違う。」
リチャードはそう言ってバッキンガムを押し退けようとしたが、彼の逞しい身体はビクともしなかった。
「リチャード・・」
黄金色の瞳に“女”の部分を見つめられるだけで、そこが疼くのをリチャードは感じた。
「あっ・・」
バッキンガムがその入口に指を這わせると、蜜が流れて来た。
「これだけで、こんなに濡れているのか。」
「言うな・・」
「リチャード、覚えているか?今世で、俺達が初めて会った時の事を?」
バッキンガムはリチャードの“女”の部分を愛撫しながら、転生したリチャードと初めて会った時の事を思い出していた。
あの頃自分は12か13にもならない位の子供だった。
貴族の子弟の嗜みとして通っていた剣術の稽古場で、バッキンガムは一人の剣士に注目した。
彼は、一人で何人もの剣士達を一撃で倒していた。
「凄ぇ・・」
「どんな奴なんだ?」
「両利きの剣士なんて、見た事ないわ!」
その剣士が徐に顔を覆っていた面を外すと、そこから花のかんばせが現れた。
黒絹のような美しい髪と、黒と銀の瞳をバッキンガムが見た瞬間、彼は恋に落ちた。
「あんた、名前は?」
「ガキの相手をする程、俺は暇じゃない。」
「俺はガキじゃない、バッキンガム公爵だ。俺は高貴な女が好きだ。」
「俺は女じゃない、口を慎め、ガキ。」
その剣士―リチャードは、バッキンガムの頬を軽く抓った。
「ガキ扱いするな。」
バッキンガムはそう言うと、リチャードを必ず自分の伴侶にすると、その頃から誓っていた。
時が経ち、成り上がり者の庇護下から抜け出したバッキンガムは、リチャードを捜し始めたが、その時既にプランタジネット侯爵家は倒産し一家離散していた。
だが、バッキンガムは魂の底からリチャードを求めていた。
そして遂に、リチャードを見つけたのだった。
「リチャード、愛している・・」
バッキンガムの腕の中で、リチャードは何度も蕩けた。
「着替えは俺が手伝おう。昨夜はあんたを苛め過ぎたからな。」
リチャードは、バッキンガムの言葉を聞いた後、彼の頬を軽く抓った。
「ガキが調子に乗るな。」
「そのガキに、あんたは抱かれたんだ。」
バッキンガムはそう言うと、リチャードのコルセットを締め始めた。
「リチャード様、良くお似合いですわ。」
「ジェーン、お前・・」
「お祖母様に、あんたの事を紹介しないとな・・俺の、婚約者だと。」

バッキンガムはそう言った後、口元に笑みを浮かべた。

「どういう事だ?」
リチャードがそう言ってバッキンガムを睨むと、彼はリチャードの華奢な方を抱きながら祖母が待つダイニングルームへと入っていった。
「まぁヘンリー、そちらの素敵な方はどなたなの?」
「俺の、婚約者です。お祖母様、俺はこちらのリチャード=プランタジネット嬢と結婚致します。」
「何ですって!?あなたが・・」
ミセス=スタフォードは、そう叫ぶと美しく着飾ったリチャードを見た。
「そのような事は、許しませんよ!」
「わたしはもう成人を迎えたのですよ、お祖母様。わたしはあなたの許しなどなくても、リチャードと結婚します。」
「そんな・・」
ミセス=スタフォードは、突然胸を押さえて蹲った。
「大奥様!」
「誰か、お医者様を呼んで!」
彼女が倒れた事により、スタフォード家のダイニングルームはまるで蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「済まない、俺の所為で・・」
「気にするな。」
バッキンガムは、入って来た時と同じように、リチャードの肩を抱いてダイニングルームから出て行った。
数日後、バッキンガムはリチャードの長兄・エドワードの元を訪れた。
「リチャードが見つかった?それは、本当なのか!?」
「はい。彼女は我が家でメイドとして働いていました。」
「まさに、“灯台下暗し”だな。それで、わたしに頼みとは、一体なんだ?」
「俺とリチャードとの結婚を、許して頂きたいのです。」
「許すも何も、君なら安心して妹を任せられる!」
エドワードはそう言って、白い歯をバッキンガムに見せながら笑った。
「ところで、今日はわたしの他にお客様がいらっしゃるのですか?」
「あぁ。ジョージが来ているんだ。」
「ジョージ様が?」
リチャードの次兄・ジョージは、渡米してビジネスで成功したと、風の噂で聞いていた。
「今度、ロンドンで大きなショーをするらしい。その宣伝もかねてここへ帰って来たそうだ。」
「そうですか。」
「リチャードは、どうしている?」
「今は少し動揺しているようです。」
「無理もない。そういえば、そういえば、エリザベスが君に怒っていたぞ、縁談を潰されたと。」
「わたしには、彼女の妹は勿体無いくらいです。」
「はは、相変わらず君は嘘を吐くのが上手いな。」
エドワードは、そう言うと大声で笑った。
同じ頃、リチャードはバッキンガム公爵邸でメイドの仕事に追われていた。
「リチャード、こっちもお願いね!」
「はい。」
「ねぇ、あの子なんでしょう?」
「そうよ・・」
「まさか、あの子がねぇ・・」
「大人しい顔をして、やるわね。」
同僚のメイド達に陰口を叩かれながら、リチャードはせっせと針仕事をしていた。
そこへ、メイド長がやって来た。
「リチャード、あなたのお客様よ。」
「わたしに、ですか?」
「ええ。」
リチャードが針仕事を中断してスタフォード家の温室へと向かうと、そこにはバッキンガムの婚約者であるキャサリンが立っていた。
「キャサリン様・・」
「あなたが、まさかここでメイドをしているなんて思いもしなかったわ。」
キャサリンはそう言うと、リチャードを睨んだ。
「あなたはわたしからヘンリー様を奪おうとなさっているのでしょうけれど、わたしはあなたにはヘンリー様を渡しませんからね!」
「キャサリン様、何か誤解なさっておられるようですが、わたしは・・」
「とぼけても無駄よ!」
キャサリンはそう叫ぶと、リチャードの頬を平手で打った。
「わたしが言いたかったのはそれだけよ。」
キャサリンが温室から出て行った後も、リチャードは暫く温室に居た。
「遅かったわね。」
「申し訳ありません。」
「まぁ、いいわ。キャサリン様とヘンリー様にお茶をお出しして。」
「はい、わかりました。」
リチャードが厨房でバッキンガムとキャサリンの為に紅茶を淹れていると、そこへ一人の青年が入って来た。
「おやぁ、誰かと思ったら“ヨークの白薔薇姫”じゃないか?」
「あの、あなた様は・・」
「まぁリッチモンド様、こちらにいらっしゃったのですね。」

キャサリンはそう言った後、青年に向かって微笑んだ。
コメント

うたかた~玉響の恋人たち~

2024年10月01日 | 火宵の月 平安昼ドラ異母兄妹パラレル二次創作小説「うたかた~玉響の恋人たち~」


「火宵の月」二次小説です。

作者様·出版社様とは一切関係ありません。

二次創作が苦手な方はご注意ください。

色々と捏造設定ありです、苦手な方はご注意ください。

何でも許せる方のみ、お読みください。



時は平安。

『源氏物語』、『枕草子』などの女流文学が盛んになり、宮廷で文学サロンが開かれ、京都が最も華やかだった頃。

陰陽道の大家・土御門家では、毎夜、管弦の宴が開かれていた。

「ほら、御覧になって、有匡様よ。」

「凛々しいお顔ねぇ。」

「和琴を弾くお姿がなんともお美しいこと。」

御簾越しに囁かれる女達の声に、有匡はウンザリしていた。

土御門家の嫡男・有匡は、現在27歳。

11代目当主・有仁(ありひと)と妖狐スウリヤとの間に生まれ、京一の陰陽師としてその名を轟かせている。

演奏が終わり、有匡は周囲のざわめきから遠ざかるため、北の庭へと行った。

(全く嫌になる。褒めそやすと思えば狐の子と蔑む・・宴などくだらない。)

有匡は庭にある桜の木に寄りかかった。

この桜の木は父・有仁が植えたものだ。

有仁は宇治で綾香という女と出会い、女児を1人もうけた。

悋気の強いスウリヤと比べて優しかった綾香に対して有仁は惹かれてゆき、宇治へと毎日通う程であった。

綾香の邸に植えられた桜を見て、有仁はその美しさに感動し、この京の邸へと植えたのであった。

愛人の存在を知りスウリヤは毎日綾香への呪詛を行った。

やがて綾香は女児を産んだ。

その女児は今15歳で、母親と母方の祖母と共に宇治で細々と暮らしているという。

(名は、なんといったかな・・)

フワリと、木の陰から長い金髪が見え、桜色のうちぎを着た少女が現れた。

「火月様、有匡様を驚かせてしまってはいけませんよ!」

火月の乳母らしき年配の女性が少女に声をかけた。

(火月だと?宇治で暮らしていたのではなかったのか?)

「有匡様、お久しゅうございます。」

火月の乳母が有匡に深々と一礼した。

「お兄様、お会いしたかった!」

そう言うと火月は有匡に抱きついた。

12年振りの再会であった。

(宇治で暮らしている火月が、何故ここに?)

有匡は火月に抱きつかれながら疑問に思った。

「火月、来たか。」

有仁が娘を愛おしそうに見ながら言った。

「お父様!」

火月は有仁に抱きついた。

「旦那様、これからお世話になります。」

火月の乳母が有仁に頭を下げた。

翌朝。

「実は綾香とその母君が先日病で亡くなったという知らせがあった。宇治の邸は綾香の死後すぐに売り払われ、他に身寄りがない火月を私が呼び寄せたのだ。」

有仁は一族が集まる朝食の席で火月がここに来るようになった経緯を説明した。

「あなた、何もこの子を引き取ることはないじゃありませんか。こんな子、野垂れ死ねば良いのですわ。」

スウリヤは眉を顰めて火月を上から下までジロリと見ながら不快感を露わにする。

愛人の子など、本妻である彼女にとって目障り以外の何物でもない。

有匡は火月の方をチラッと見やった。

流れる金色の髪は美しく、紅玉のような紅く澄んだ瞳は涙で潤んでいる。

「母上、何もそこまで言うことはないではありませんか。火月は腹違いとはいえ、父上の御子なのですよ。」

有匡はすかさず火月を庇った。

「有匡、あなたまでそんなことを。私は認めませぬぞ。あの忌々しい女の子が我が邸の廊下を歩くなど・・考えても虫酸が走るわ。」

そう言うとスウリヤは自室へと去っていった。

有仁は妻の口の悪さにあきれながら、火月に優しく言った。

「ここは宇治の邸と思っていればいいのだよ。有匡もいることだし、判らないことはなんでも有匡に聞けば良いのだから。」

こうして、火月は有匡と同じ一つ屋根の下で暮らすこととなった。

スウリヤの火月に対する風当たりはきつかったが、火月が苛められるたびに有匡が庇ってくれた。

12年という長い歳月のせいか、初め有匡と火月はぎこちなかったが、有匡が火月の苦手な和琴を教えるたびに段々親しくなっていった。

ある日。

有匡が火月に和琴を教えているところへ、火月の乳母・寿子(としこ)がやって来た。

「火月様に会いたいとおっしゃるお方がお見えですわ。」

「私が出よう。」

有匡は火月に会いたいという男がどんな奴が見に行くことにした。

寝殿では1人の若い男が落ち着かなさげに周りをキョロキョロと見ている。

この男は宮中で何かと仲間を引き連れ騒いでいる右大臣の息子だ。

「火月の兄ですが、妹に何か御用か?」

有匡に一瞥された男は、ビクリと身を震わせながら言った。

「こ、これを火月様にお渡しください。」

男は有匡に文を渡すと逃げるように去っていった。

有匡は男の文を見た。

『あなた様の光り輝く金髪は、私の心を捉えて離れません。どうぞ私の妻となって下さい。』

有匡は文を破り捨てた。

土御門家には、毎日10人位の貴公子達がやってくる。

彼らのお目当ては火月である。

火月は今年で15。

流れるような美しい金の髪、紅玉のような澄んだ瞳、象牙色の肌ー輝くばかりに美しい火月に、京中の貴公子達は争うように火月に結婚を申し込んだ。

中には唐渡りの衣や、南国の珊瑚など、高価な贈り物をする貴公子もいた。

だが、火月は貴公子達の求婚を全て断った。

ある日、有仁が求婚を断り続ける火月に対して尋ねた。

「なぜ、結婚しないのだ?心に決めた相手でもいるのか?」

すると火月は真剣な顔つきでこう答えた。

「私が一生添い遂げたい相手は有匡お兄様だけですわ。」

火月はいつしか有匡に恋心を抱き、結婚まで考えるようになった。

有匡も、日に日に美しくなる火月を見て彼女を抱きたいという炎のような衝動に駆られるも、それを氷のように冷たい理性で抑える毎日だった。

貴公子達は諦めず、最終的には5人の貴公子達が火月に求婚し続けた。

「まるで、『竹取物語』のようですわね。」

寿子が御簾越しで笑いながら有匡に言った。

5人の貴公子の中には、あの右大臣の息子がいた。

「火月さま、私の妻になってくだされば、金銀財宝の山をあなたに差し上げましょう。」

1人目の、豪商として名の高い父を持つ貴公子が言った。

「私、金銀財宝には興味がありませんの。」

2人目は気品漂う貴公子。

「火月様、私はあなたのために毎日歌をお詠み致しましょう。」

「私、歌は自分で詠めますわ。」

3人目は性欲ムンムンな貴公子。

「火月様、私の子どもを産んでくだされっ!賑やかな家庭をつくりましょうぞ!」

火月は露骨に嫌な顔をして言った。

「私、まだ子どものことなど考えておりませんの。」

4人目は管弦をこよなく愛する貴公子。

「火月様、私と2人で愛の音を奏でましょうぞ。」

「あなた以外の方ならよろしいですわ。」

そして5人目ー

「火月様、あなた様のお噂を聞き、ここまで参りました。けれども参る度にあなた様の兄上様に追い返されるばかり・・」

有匡はキッと右大臣の息子をねめつけた。

「火月様、あなた様の美しい金色の髪を私の指に絡ませ、その匂いを嗅ぎたいのです。どうぞ御簾を上げてください。一度でもいいからあなた様のお顔を拝見したい。」

そう言うと右大臣の息子は御簾に近寄った。

「私、強引な方は大嫌いですわ。」

「まあそう言わずに。」

右大臣の息子は火月の足首を掴み引きずり出そうとする。

それをすかさず下男達が止め、邸へと叩き出した。

「みんな頭が空っぽな男ばかり。お兄様だけが私の婿にふさわしいかたですわ。」

そう言うと、火月はサラサラと衣擦れの音をさせて、部屋の奥へと引っ込んだ。

火月が京の土御門邸に来てから1週間が経った。

貴公子達の求婚を全て断った火月は、琴を弾いたりと悠々と毎日を過ごしていた。

そんな火月を見た有匡の叔父は、あることを思いつく。

ある日の夜、一族揃っての食事の席で、有匡の叔父は嬉しそうに火月に言った。

「火月、お前は入内することになったぞ。」

ザワッと辺りがざわめいた。

スウリヤは微笑みながら言った。

「まあなんてことでしょう。お荷物だったこの子が入内するなんて。」

やっと愛人の子と暮らすことがなくなると知ったスウリヤは喜色満面だ。

「火月よ!お前の美しい姿に帝は心を奪われるであろう。必ずや男の子を生み、土御門家を繁栄させるのだ!」

それを聞いた火月は逃げるように部屋へと帰ってしまった。

寿子も慌てて後を追う。

火月の入内の話は本人の意思など無視してどんどん進んでいき、スウリヤが土御門家の名に恥じぬようにと、豪華な調度品や衣を支度する始末だ。

有仁はそんな妻の様子を苦々しく見ていた。

スウリヤは綾香と似ている火月を入内させることで厄介払いできると思っているらしく、いままでの冷たい態度はどこへやら、手のひらを返すように火月に優しくなった。

(なんて女だろう、私はこの女と結婚したのが間違いだったのか・・)

有匡もそんな母を見て吐き気がしてならなかった。

母と叔父は愛人の子である火月が邪魔だから、入内をさせようと思いついたのだ。

(母上はなんて冷たい女だろう。これでは火月が可哀想だ。)

そして入内前夜。

家の者が寝静まった真夜中、火月は眠れず、有匡の部屋へと向かった。

有匡は日頃の激務で疲れているのかぐっすりと寝ていた。

「お兄様。」

火月は有匡の寝所に潜り込んだ。

人の気配を感じた有匡は起きた。

「火月か、もう子の刻を過ぎてるぞ。」

「お兄様、抱いてください。」

そう言うと火月は有匡を押し倒した。

「何バカなこと言ってる、お前は帝の元に・・」

「入内などしたくない!」

火月は泣き叫びながら言った。

「私が生涯添い遂げたい相手はお兄様だけ!抱いてお兄様!抱いて私を激しく壊して!!」

火月の一言で有匡の理性が一気に崩れ落ちた。

有匡と火月は互いの衣を引き裂き、激しく貪り合った。

翌朝、火月は牛車に乗る前に、有匡に微笑んでこう言った。

「お兄様の肌のぬくもりを、私は一生忘れません。」

火月は御所へと向かった。

これから待ち受けている運命を知らずに。

火月は桜の舞う頃に入内した。

彼女は麗景殿の女御の女房として仕えることとなった。

「よろしくお願いいたします。」

火月は主人となる女御に頭を下げた。

すると女御は、火月を品定めするような目つきで見ながら言った。

「あなたね。愛人の子のくせに、豪華なお道具類をお持ちになっている方は。」

火月の顔が一瞬、こわばった。

「主の私より目立たないでちょうだい。いいわね。」

そう言うと女御は立ち去っていった。

「火月様・・」

寿子は青ざめて立ちつくしている火月の肩を優しく支えた。

それから麗景殿の女御は火月に辛くあたった。

何かと言うと、「愛人の子のくせに」とあからさまに罵り、仲間外れにする。

火月は次第に鬱状態となり、食事を摂ることもままならなくなった。

そんなある夜。

帝が麗景殿へとやって来た。

火月ははしゃぐ女御の隅で隠れていた。

「あの子は?」

帝は隅に座っている火月に興味を抱いた。

「数日前に入内した娘ですのよ。陰陽道の大家・土御門家の愛人の子だとか・・」

麗景殿の女御の話など、帝は聞いてもいなかった。

ただ、火月の美しさに魅せられていた。

それから火月の元に、帝から大量の美しい衣が贈られた。

そして帝は、火月に麗景殿を与え、主であった麗景殿の女御を清涼殿から遠い桐壺へと追いやった。

火月は一夜にして、宮仕えの身から、麗景殿の主となった。

帝は暇さえあれば麗景殿に入り浸る程の寵愛ぶりであった。

土御門家からはスウリヤから皇子を生めとの催促の手紙が毎日来た。

火月は後宮の女達が欲する帝の寵愛を受けながらも、心穏やかではなかった。

いつも彼女の心を占めているのは、有匡だけだった。

火月が麗景殿の女御となって、3日も過ぎた頃。

麗景殿に仕える女房達は主である火月には口をきかなかった。

女房達は前の主である桐壺の女御を慕っており、新しく麗景殿の主となった火月のことは決して認めようとしなかった。

「桐壺の女御様はおかわいそうに。あの女の口添えで帝に麗景殿から追い出されるなんて。」

「赤眼の化け猫が帝に取り入るなど、ああ恐ろしい。」

「たいした家柄でもないくせに。」

「あの土御門家の愛人の子だからって、なんて図々しいんでしょう・・」

今日も女房達は火月の悪口を言っている。

彼女たちの陰口を火月は御簾越しに聞きながら目元に涙を溜めていた。

(僕が何をしたっていうの?なんで僕がこんなに責められなくきゃいけないの?)

「火月の悪口言うな、ブス共!!」

あまりの女房達の陰口のひどさに、火月の女童(めのわらわ)の禍蛇が怒鳴った。

「てめぇらネチネチ悪口言う暇あるんだったら手動かせよな!!」

女房達は慌てて衣擦れの音を響かせながらそれぞれの仕事に戻った。

「ったく、嫌な奴ら。火月も言い返したらいいじゃん。」

フンと鼻を鳴らしながら禍蛇が言った。

「でも、僕が梅壺の女御様をここから追い出したのは事実だから・・」

そう言うと火月は几帳の陰に引っ込んでしまった。

「火月・・」

その時、御簾越しに何かが投げられた。

火月は几帳から出て、叫んだ。

「キャァァァッ!」

それは、腐敗した犬の死骸だった。

辺り一面に強烈な腐臭が漂う。

「出てこいよ、火月に文句あるなら直接言えばいいだろ、この卑怯者!!」

袖口で口元を覆いながら禍蛇が叫んだ。

「禍蛇、いいよもう・・」

火月がいきり立つ禍蛇をなだめた。

「僕がいけないんだ・・だから黙って耐えないと・・」

犬の死骸は毎日投げ込まれた。

そして、火月が夜清涼殿に出向くたびに、廊下に針や汚物を撒かれたりした。

火月が廊下を歩くたびに、女達は檜扇で口元を隠して陰口を叩いた。

(僕がいけないんだ・・我慢しなきゃ・・)

陰湿な嫌がらせに、火月は黙って耐えた。

次第にストレスから火月は鬱になっていった。

そんなある日。

桐壺の女御が麗景殿にやって来た。

「いい気分でしょうね、いつも帝のお傍にいられて。」

「ええ、お陰様で・・」

「人を追い出してまで帝の愛を独り占めにしようとなさるなんて、なんて恐ろしい方なのかしら。」

「そんな、追い出すなんて・・」

「あら、追い出したではないの。私を清涼殿から遠い処へと追いやって、さぞかしご満足でしょう?」

桐壺の女御の言葉の一句一句が刃となって火月の胸に突き刺さる。

「ふん、帝もこんな赤眼の化け猫のどこを好いてなさるのかしら。全く物好きでいらっしゃること。」

「何だとこのクソババア!」

禍蛇が桐壺の女御に墨を投げつけた。

墨は桐壺の女御の衣を黒く汚した。

「まあ、何て口が悪い女童でしょう・・主の躾がなってないのね。」

「・・申し訳ございません。」

「主は赤眼の化け猫、女童は躾のなってない山猿・・全く、これじゃあ麗景殿の行く末が思いやられるわね。」

そう言うと桐壺の女御は言いたいことを言うとさっさと帰っていった。

火月は涙を堪えて、衣を裂けんばかりに握り締めていた。

女房達のこれみよがしな笑い声が、麗景殿に響いた。

桐壺の女御の火月に対するいじめはますますひどくなる一方で、火月は自分の部屋に引きこもり寝込んでしまった。

(もう嫌・・宇治のお母様の邸に戻りたい・・このままお母様の元へ召されたい・・)

後宮の人間関係の複雑さ、そして女達の陰湿さに、火月は嫌気がさし、自殺まで考えるようになった。

(火月様、おかわいそうに、あんなにやつれられて・・綾香様がお亡くなりになった後、私の実家の越後で暮らした方がよかったのでは・・こんなに火月様が苦しむとは思いませんでした・・全てはこの乳母のせい・・火月様お許しを・・)

乳母の寿子は火月を京の土御門家に身を寄せずに、実家の越後で暮らした方がよかったのではと、日に日に弱っていく火月を見ながら自責の念に苛まれた。

そんなある日。

麗景殿に弘徽殿(こきでん)の女御と、藤壺の女御が火月の見舞いにやって来た。

弘徽殿の女御は後宮の中ではご意見番として一目置かれている存在で、今年27歳である。15歳の時に入内し、後宮内のことは知り尽くしている。竹を割ったような性格で、思うことははっきりと口にする。

帝からは後宮の管理を任されているほど頼りにされている。

一方藤壺の女御は火月と1日早く入内した13歳の少女。幼い頃から病弱で、物静かな性格だ。

だが琴や琵琶が得意で、帝は彼女の奏でる楽の音に心地よく耳を澄ませる程だ。

「まあ弘徽殿の女御様、藤壺の女御様・・わざわざお越しいただき、ありがとうございます。」

寿子は2人の女御に深々と頭を下げた。

「頭をお上げになって。火月様は桐壺の女御様にいじめられ寝込んでいらっしゃるとか・・」

そう言うと弘徽殿の女御は火月の部屋へと入っていった。藤壺の女御も後に続いた。

「麗景殿女御・火月様ですわね?はじめまして、私は弘徽殿の女御・絢子(あやこ)と申します。」

寝込んでいた火月は起きあがり、深々と頭を下げた。

「こちらこそ初めまして、麗景殿の女御・火月と申します。こんな見苦しいお姿をお見せして、申し訳ありません・・」

すると弘徽殿の女御は火月に優しく微笑んだ。

「いいえ、こちらこそ突然訪ねて来たんですもの。失礼なのはこちらですわ。」

弘徽殿の女御の後ろに控えていた藤壺の女御が火月に頭を下げた。

「初めまして火月様。私は藤壺の女御・鞠子(まりこ)と申します。」

そう言うと藤壺の女御は火月に頭を下げた。

火月も藤壺の女御に頭を下げた。

「ところで火月様、桐壺の女御様があなたに辛くあたっているという噂を耳に致しましたわ。」

弘徽殿の女御がお見舞いとして持ってきた水仙を活けながら言った。

「ええ・・あの方は私と会うたびに赤眼の化け猫と罵り、度々私の元を訪れては私を罵り・・」

火月はいままで溜め込んできた思いを一気に吐き出した。

「それだけではありません・・腐敗した犬の死骸を毎日投げ込まれたり、夜に帝の元へ行く度に廊下に針や汚物を撒かれたり、私が通る度に皆が陰口を叩き・・ここの女房達は毎日私の悪口を言い、休まる暇がございません。何故僕がこんな目に遭わなきゃいけないんです?何も桐壺の女御様を悪く言ったわけじゃない。桐壺の女御様に嫌がらせしたわけでもない。なのに何で女御様は僕をいじめるんです?どうして僕を目の敵にするんです?言いたいことがあったら陰でネチネチといじめないで堂々と僕に言えばいいじゃないですか!それにみんなも酷すぎるよ、桐壺の女御様が恐いからって僕をいじめて!みんな、みんな、大っ嫌いっ!」

弘徽殿の女御と藤壺の女御は火月の愚痴をただ静かに聞いていた。

「もう死にたいよ・・僕はこの世にいらない存在なんだ、僕が死んでも誰も悲しまない。死んだお母様の元に行きたいよ・・」

「・・辛かったのですね、いままで溜め込んで溜め込んで・・これからは私たちがあなたを支えますからね。」

「火月様、私が箏の音であなたを慰めますわ。私にできる唯一のことですけど、火月様のためになるのなら・・」

弘徽殿の女御に赤ん坊のように優しく抱かれながら、火月は言った。

「みなさん、ありがとう・・私、今幸せですわ・・私を気にかけて下さる方がいることがわかって・・こんな私ですけれど、私を支えてくださいまし。」

弘徽殿の女御は火月を力強く抱きしめて言った。

「これからは嫌なことがあってももう我慢なさらないで。遠慮なさらず、私たちに吐き出してください。」

火月は弘徽殿の女御と藤壺の女御は、唯一無二の親友となった。

弘徽殿の女御と藤壺の女御と仲良くなった火月は、以前の明るさを取り戻し、桐壺の女御のいじめも影を潜めていった。

だが、火月の心は晴れなかった。

入内前夜に、有匡と肌を交えたことが未だに忘れられないのだ。

有匡の荒い息遣い、熱い手の感触、そして体内で感じた熱い兄の体液・・火月はいつしか自分を慰める日々を送っていた。

乳母の寿子は有匡に文を書いた。

5月になり、夏の匂いが感じられる頃。

有匡が御所に参内した。

彼は京を守る陰陽師として、帝から信頼され、毎日御所へと参内していた。

その日の夜、有匡は麗景殿の女御から失せ物探しを依頼され、麗景殿へと赴いた。

「有匡様よ。」

「まあなんと凛々しいお顔。」

「なんという神々しさでしょう・・」

「ずるいわよ、私にも見せて。」

麗景殿の女房達は京一の陰陽師の顔見たさに、御簾に殺到していた。

(お兄様・・)

火月は有匡の顔を見て、体が熱くなった。

「女御様、どのような失せ物をお探しでしょうか?」

有匡の形の良い唇が、火月の前で動く。

火月は堪らず、御簾から出た。

「女御様、なりません!」

周りの女房の制止を振り切り、火月は有匡を押し倒した。

「女御様、何を・・」

「お兄様の意地悪!他人行儀な物言いはお止めになって!」

それから寿子の計らいにより、女房達はそれぞれの部屋へと帰っていった。

「お兄様、激しく私を壊して!!早く抱いて!!」

有匡は火月の唇を貪り、激しく抱いた。

この夜を機に、有匡と火月の運命の歯車は狂い始めていく・・。

有匡は火月を抱いた。

翌朝、火月は満足げに微笑んだ。

「私の失せ物は、お兄様の愛。まだ見つかりませんの。」

それから、有匡は火月に「失せ物探し」を依頼され、毎晩麗景殿に赴くようになった。

「麗景殿の女御が、そなたを好いていると聞く。火月はうい女じゃ。優しくしてやってくれ。」

「はい、主上(おかみ)。」

毎晩麗景殿で、有匡は火月を激しく抱いた。

火月は兄に抱かれるたびに悦びの声を上げた。

(有匡様が火月様をあんなに好いていらっしゃるとは・・でももし主上にバレたら・・)

几帳越しに聞こえてくる2人の喘ぎ声を聞きながら、寿子は不安な気持ちに駆られた。

一方、火月を疎ましく思っている桐壺の女御は法師を呼び寄せた。

「お前に頼みがあるの。」

法師・文観は期待に瞳を潤ませていた。

「麗景殿女御・火月を呪殺してちょうだい。主上を奪ったあの女に、地獄の苦しみを味あわせてやるのよ。」

「御意。」

有匡と火月の関係は、後宮中が知るところとなった。

それは、桐壺の女御にも伝わった。

(しめたわ。これをネタにしてあの女を京から追い出せる。)

早速桐壺の女御は主上に有匡と火月の関係を報告した。

しかしー

「そなたは火月に嫉妬してるのじゃ。有匡が火月と通じおっているはずがなかろう。」

帝はそう言って一笑に付した。

弘徽殿の女御が、火月を心配して麗景殿にやってきた。

「あなたは主上に愛されているではないの。何故有匡様なんかと・・」

「僕は入内する気なんて初めからなかったんです。」

火月は口元を檜扇で隠しながら言った。

「僕は昔からお兄様のことが好きだった・・12年ぶりに再会して、ご成人したお兄様を見て恋心を抱きました。土御門家で優しくしてくれるお兄様のことが好きになってしまった。しまいには・・お兄様の妻になりたいと思い始めたんです。
絢子様、僕はお兄様に毎夜抱かれて、幸せなんです。主上は素晴らしい御方だし、優しい御方です。
でも、僕はお兄様じゃなきゃだめなんです。お兄様じゃないと、僕は・・」

「そう。あなたはそんなに有匡様を想っていらっしゃるのね。」

弘徽殿の女御はそう言って帰っていった。

翌日。

火月はここ最近、体調がすぐれなかった。

「火月様、お食事ですよ。」

「ありがとう、寿子。」

そう言って火月は食事に手を伸ばそうとした。

突然激しい吐き気に襲われ、火月は両手で口元を覆った。

「火月様、もしや・・」

妊娠3ヶ月に入っていた。

(なんということ・・お兄様の子が・・僕のお腹に・・)

火月懐妊の報せを受け、帝は大層喜んだという。

桐壺の女御は、火月が帝の子を妊娠したことを知り、ますます彼女に対する憎しみを募らせた。

(男子を産ませてはならぬ!)

文観と桐壺の女御は毎日護摩壇に立ち、火月に呪詛をかけた。

一方有匡は火月が妊娠したと知り、罪に震えた。

(なんということだ・・私は、妹を犯した・・)

腹違いであっても、血族間との結婚は許されない。

火月に宿っている胎児は間違いなく有匡の子だ。

(なんとかして火月に産ませないよう、説得せねば。)

生まれてくる胎児は不義の子だ。

不義密通の罪は重い。

末代まで苦しむことになるくらいなら、早めに処置をしなければ。

有匡は直ちに麗景殿へと向かった。

同じ頃、火月はスウリヤからの豪華な祝いの品に困惑していた。

土御門家では塵芥のように火月を扱っていたのに、帝の子を妊娠してくれてありがとうと、礼の文まで添えられている。

『あなたが帝に見初められるのはあなたと会った時からわかっていましたよ。必ず元気な男の子を産むのですよ。』

つまり、お腹の子が男の子だったら、土御門家は外戚として栄える。スウリヤは火月のことなどどうでもよく、家の利益しか頭にないのだ。

(お義母様は私を土御門家を栄えるための道具として入内させたのだわ。)

「有匡様がお見えになりましたよ。」

有匡は手に何か薬を持っていた。

「お兄様、私を祝いに来てくださったの?」

火月は喜びに期待を膨らませた。

だが、有匡が口にしたのは意外な言葉だった。

「鬼灯(ほおずき)の根を粉末にしたものだ。飲め。」

つまり堕胎しろと言っているのだ。

有匡が祝福してくれるものと思っていた火月はその場で凍りついた。

「お兄様、どうしてそんなことおっしゃるの?」

「不義密通の罪で土御門家が汚名を着せられるし、何より不義の子として生まれてくる子が一生苦しむよりは堕胎した方がいいだろう。帝の子と偽るよりも、いつかはバレるのだから。」

(土御門家、土御門家って・・・お義母様やお兄様は家のことしか考えないの?私のことなどどうでもいいの?)

火月は有匡から堕胎薬をひったくり、庭に投げ捨てた。

「何をするんだ!」

「私は産みますからね!」

火月は大声で叫んだ。

「何よ、不義の子だから産んではいけないというの?家のことしか考えてないの?私は妊娠を知ったとき、嬉しくて天にも昇る気持ちだったのに・・お兄様は母親となる私の気持ちを奪おうというの?あんな世間体のことしか考えてない腐った家のために、この子を殺そうと思ったの?そんなの自分勝手よ!この子だって生まれる権利はあるのよ!お兄様、怖いんでしょう?この子が生まれて今の地位が脅かされるのを恐れてるんでしょう?地位なんてくそくらえよ!この子の父親はお兄様、あなたなのよ!世間体のことしか考えられないの?私のことなんかどうでもいいの?この子は要らない子だから、殺してもいいって思ってるの?最低よ!この子は今私の子宮で生きてるの!10月10日を過ごして、私たちの前に姿を現すのを楽しみにしてるのよ!胎児だって人間よ、物じゃないわ!」

火月のあまりの剣幕に、有匡はたじろいだ。

「自分勝手なのはお前の方だ!生まれてきた子が親が犯した罪で一生苦しむのを想像したことがあるか?親戚に罵られ、通りを歩いてると石を投げられる姿を想像したことがあるか?すぐに堕ろせ!望まれない子を産んだって、お前は幸せになれない!」

そう言うと有匡は火月の手を引っ張った。

「嫌よ、放してよ!私はこの子を産むわ!幸せになれなくたっていい!この子が望まれない子だって、どうしてわかるのよ?それはお兄様がこの子が邪魔だから堕ろそうとしてるんでしょう?絶対に、私はこの子を産みますからね!!」

そう言うと、火月は蹲った。

「火月様、どうなさいました?」

「赤ちゃんが・・赤ちゃんが・・」

火月は流産しかかっていた。

「不義の子だと一生罵られて生きるよりは、今ここで死んだ方が楽かもしれん。」

有匡の余りの無責任さに火月は激昂した。

「何よ、無責任だわ!私とセックスしたのはお兄様じゃない!父親としての自覚を持ってよ!!」

火月は激痛に呻きながら叫んだ。

「火月様あまり興奮なさるとお腹のややに障りますわ。」

結局流産は免れた。

だが火月は有匡に対して不信感を露わにしていた。

(私は絶対にこの子を産むわ!!)

火月は既に母としての自覚を持ち始めていた。

12月。

京には雪が降り、都の美しさを一層際だたせていた。

麗景殿では臨月の火月が愛おしそうに下腹部を撫でていた。

「火月様、寒さはおややに障りますから、暖かい処へ。」

寿子はそう言って、火鉢の置いてあるところへ火月を連れて行った。

あれから有匡と火月は一度も会っていない。

火月は自分の都合で一方的に堕胎を勧める有匡に腹を立てていたのだ。

「火月、大丈夫?辛くない?」

禍蛇が火月の下腹部をさすりながら言った。

「大丈夫だよ。最近よく蹴ってくるけど・・・あっ、また」

火月はそう言って立ち上がろうとした。

その時。

バシャッ

火月の足下から湯がしたたり落ちた。

「うそ、予定日はまだ先なのに・・」

しばらくして激しい陣痛が火月を襲った。

有匡は火月の安産の加持祈祷のため、御所に参内した。

既に護摩壇が焚かれ、法師達が経を唱えている。

有匡は護摩壇を焚くと、無心に祭文を唱え始めた。

一方、麗景殿では、火月が陣痛に呻いていた。

「痛い、痛い!」

寿子が優しく火月の額に滴る汗を拭う。

弘徽殿の女御と藤壺の女御が駆けつけてきた。

「火月様、お気を確かに。」

弘徽殿の女御は火月の手を力強く握った。

「大丈夫ですわ、元気な御子が生まれますわ。」

藤壺の女御は火月を励ました。

桐壺の女御は死産を願って文観と加持祈祷をしていた。

(産ませてやるものか。あんな化け猫に、帝の子を産ませてなるものか!)

(痛い・・いつまで続くの?)

火月の前に、死んだはずの綾香が現れた。

「お母様、どうして?」

綾香は優しく微笑み、火月の手を握った。

「頑張るのよ。私はいつでも見守ってますからね。」

そう言うと綾香は消えていった。

「お母様、待って!!」

それから4日間、火月は陣痛に呻いた。

「あぁ、痛いっ!あぁぁぁっっ!!」

「頭が見えてきましたよ!あともうちょっとですよ!!」

「あぁ~っっ!!」

オギャア、オギャア、オギャア

激しく吹雪の舞う中で、難産の末1人の男の子がこの世に生を受けた。

「皇子様のご誕生ー!」

「火月様、おめでとうございます。」

「赤ちゃんを見せて。」

寿子が火月に赤ん坊を手渡した。

「なんて可愛らしいんでしょう・・」

火月は赤ん坊に乳を含ませながら言った。

有匡は火月が無事男児を出産したと知り、安堵のため息をついた。

後日、有匡によって赤ん坊の名前は「有輝(ゆうき)」と名付けられた。

後の光武帝である。

「おのれぇぇぇ!!」

桐壺の女御は怒り狂った。

桐壺の女御の父・右大臣源実時は、左大臣である土御門家の姪・火月が皇子を生んだことにより、これまで宮廷を牛耳っていたのが逆転、大臣へと出世した身が閑職へとおいやられた。

実時は太宰府の地方官として左遷され、崩れ落ちる寸前のあばら屋を住居に与えられた。

(おのれ・・土御門・・許せぬ・・末代まで呪うてやる・・)

実時はろくな食事を口にすることもできず、渇きと飢えに苦しんだ末誰にも看取られず死んだ。

父の訃報を聞いた桐壺の女御は、火月に対して激しい憎しみが湧いた。

毎日火月への呪詛を欠かさず行った。

その効果が出たのか、生まれてまだ5日も経っていない有輝が、流行病にかかった。

高熱を発し、体が激しく痙攣する。

有匡は加持祈祷を8日間飲まず食わずで行った。

有輝は一命を取り留めた。

(おのれ!)

やがて後宮内に噂が流れた。

『有輝親王が流行病にかかったのは桐壺の女御が呪詛をしたからだ。』

桐壺の女御はバレるはずがないとタカをくくっていた。

しかし、弘徽殿の女御に護摩壇を焚いているところを見られてしまう。

帝は謀反をしたとして桐壺の女御を鬼界島へと流罪にした。

(私がこんな目に遭うのは、あの忌々しい化け猫のせい・・あの女さえいなければ父上も惨めに死ぬこともなかったわ。それに有匡・・あの陰陽師め。狐の子のくせに・・。死んでも許さぬ。末代まで祟ってやる・・)

桐壺の女御は、父・実時と同じ末路を辿り、浜辺で野垂れ死んだ。

この父娘の深い恨みは、土御門家の子孫を苦しめることになる。

有輝はすくすくと母の愛情を受けて成長し、3歳になった。

目がクリクリとして、艶やかな黒髪は稚児の輪にしていた。

「なんだか有匡様の小さい頃にそっくりですわね。」

一時期京の土御門家で有匡の乳母をしていた寿子は、有輝の頭を撫でながら言った。

火月は一瞬、体がこわばった。

「え、ええ、そうね・・」

(寿子は知っているのだわ。有輝が帝の子ではなく、僕とお兄様との間に出来た子だと・・)

「火月様、どうかなさいました?」

寿子が心配そうに火月の顔をのぞき込む。

「いいえ、大丈夫よ。」

そこへ有匡がやって来た。

「あら、お兄様。」

「御袴着の儀の日程を知らせに来た。4日後だ。」

有匡はそう言うと、立ち去ろうとした。

「父様ー。」

有輝がそう言って、有匡の直衣の裾にまとわりついた。

一瞬、気まずい沈黙が麗景殿に流れる。

「いやぁね、この子ったら。有輝、あなたの父様は主上でしょう?」

火月はそう言って有輝を有匡から引き離そうとした。

「ううん、違うよ。有匡様が僕の父様だもん。」

「いい加減になさい!」

有匡の足下にしがみついて離さない有輝を、火月は怒鳴って無理矢理引き離した。

「やだぁ、僕父様と一緒にいたいのに。母様の意地悪!」

 ギャァァッ

先ほどまで寝ていた1歳の華月(かげつ)が、有輝の声で起きてしまった。

「もう、あなたが騒ぐから妹が起きたじゃない。あっちへ行ってなさい!」

有輝は有匡の方へと走っていった。

「僕これから父様と暮らすもんね、母様の意地悪!」

火月は麗景殿で寝る暇もなく子育てに身をすり減らしていた。

3歳の有輝はちょうど反抗期だ。

妹の世話にかかりきりの火月に有輝はわざと火月を困らせて関心を惹こうとする。

火月は有輝を怒鳴りつけるばかりだ。

(もう嫌・・いつまでこんな生活続くの?)

火月は育児ノイローゼにかかっていた。

土御門家に帰ることはしなかった。

仮にしても、スウリヤが邪魔者扱いするだけだから。

有輝は有匡と土御門家に帰っていった。

(兄様に育児の大変さを知ってもらわないと。)

「父様、父様、遊ぼうよー」

どこへ行っても自分の後をついてくる有輝を、有匡はうっとうしそうに見つめた。

子守は苦手だ。

しかも自分のことを父と呼ぶ有輝に、腹を立てた。

「私は忙しいんだ。」

有匡は有輝に冷たく言い放ち、突き放した。

「有匡、たまには有輝と遊んでやれ。さあ有輝、じいじと遊ぼう。」

有仁は有輝を抱きかかえて、自室へと連れて行った。

(やれやれ・・)

有匡は父と楽しく遊ぶ有輝を見ながら、頭を抱えた。

火月が有輝を出産した後、有匡は麗景殿へと赴いた。

有輝を抱いたとき、父親の実感が湧いた。

一生この子を守っていこうと、胸に誓った。

腹違いの兄と妹との間に生まれた不義の子であるということを、一生隠しとおしていこうと。

自分を父と呼ぶ有輝が嬉しかった。

けれどもその前に、自分たちの秘密がバレることを恐れて、有輝に冷たくした。

それは有輝を世間の荒波から守るために仕方ないことだった。

1年前に生まれた華月も火月との間に出来た子だ。

(どこまで私たちは罪を犯すのだろうか・・)

有匡はそう思いながら自室へと入っていった。

4日後。

有輝親王の御袴着の儀が盛大に行われた。

外戚の土御門家が幅をきかせて大陸渡りの陶磁器など、高価な品々を帝に献上した。

儀式が滞りなく終わり、宴となった。

「火月、久しいな。元気で何よりだ。」

御所に招待された有仁が火月の顔を御簾越しにみながら言った。

「有輝のやんちゃぶりに私、手を焼いておりますのよ。何かと私を困らせるし、いたずらはするし・・」

火月は日頃の不満を有仁にぶつけた。

「まあそんなに根詰めるな。子どもは育つのが早い。」

有仁はそう言うと去っていった。

有匡は宴の最中に有仁に呼び出された。

「父上、お話とは?」

人目につかない、御所の入口近くで有仁は有匡に言った。

「有輝はお前の子か?」

「はい。」

有仁は有匡の言葉を聞くと静かに目を閉じた。

「火月との子だな。お前達が互いに惹かれ合っていることは火月が入内する前からわかっていた。しかし有輝がこれを知ったらどうなるか・・」

「あの子には秘密にしてください。」

有匡はそう言うと馬で土御門家に戻っていった。

(有輝はいずれ己の出生の秘密を知るときが来るだろう。それまで私が有輝を守らねば。)

有仁はそう決意し、闇空を見た。

赤い月が、出ていた。

土御門家当主・有仁の北の方・スウリヤは、愛人の娘・火月が皇子を生んだことで連日浮かれていた。

今年3歳の有輝をスウリヤは目に入れても痛くないほど可愛がった。

やがてスウリヤは有輝を自分の元で育てようと思うようになった。

(あの憎い女の娘に私の大切な皇子の育児ができるわけがない。私が皇子を育てなければ。)

早速スウリヤは麗景殿に文を出した。

『たまには土御門家に帰ってきなさい。あなたのお顔を久しく見ていないので寂しいわ。』

火月は有輝を連れて土御門家に帰ってきた。

「有輝、こちらへおいで。」

スウリヤは唐菓子で有輝を火月の元から引き離した。

「かわいいこと、これからはずっとこの邸で暮らしましょうねぇ。」

「お義母様、何を言ってらっしゃるんです?」

火月はスウリヤの策略がわかり、慌ててスウリヤから有輝を引き離した。

だがスウリヤは有輝を火月から奪った。

「これから有輝は私が育てます。皇子は母方の家で育てるしきたりでしょう?」

「でもお義母様、有輝は私の・・」

「お黙りなさい!!」

スウリヤはそう言って、火月を思い切り突き飛ばした。

火月は池に落ちた。

「お前はもう役目を終えたのよ。皇子を生んだお前にはもう用はないわ。さっさとお帰り!」

スウリヤは乗馬用の鞭で火月を打ち据えながら言った。

「有輝は私の子です!返して!!」

「お前、最近育児に疲れているんだって?有輝がここで暮らせば下の子の育児に専念できるでしょう?」

スウリヤは泥で作った団子を火月の口に押し込ませながら言った。

「お前はあの憎い女の娘!お前は目障りなのよ!この家にとっても、私にとっても!そして、有匡にとってもね!」

「お兄様が?」

「そうよ、お前はいらない存在なの!だから御所へお帰り!!」

スウリヤは猟犬を火月にけしかけながら言った。

「いやぁぁっ!有輝を返してぇ!」

「しつこい子だね!さっさと邸の外へ出しておしまい!!」

火月は使用人に邸の外へと放り投げられた。

「お前にはもうこの家の敷居はまたがせないよ!」

全身傷だらけになりながら、火月は御所へと帰っていった。

「火月様、どうなさったんです?あちこち傷だらけ!」

寿子は全身傷だらけで帰ってきた火月を見て叫んだ。

「お・・義・・母・・様・・が・・有・・輝・・を・・」

そう言うと火月は、寿子の胸元に崩れ落ちた。

「火月様、しっかりあそばして!」

火月は全身傷だらけで、膿んでいる傷口が数カ所もあった。

高熱を発し、火月は愛おしい息子の名を、何度も何度も呼び続けた。

弘徽殿女御が、中宮火月が全身傷だらけになり、高熱を発して苦しんでいると、有匡に文を書いた。

文を読んだ有匡は、火月の頭からつま先までの傷痕に、思わず目をそらしそうになった。

(ひどいことを・・一体誰がこんなことを・・)

有匡は火月の手を握った。

「有・・輝・・」

火月はうっすらと目を開け、息子の名を呼んだ。

「有・・輝・・私・・の・・愛・・し・・い・・子・・お・・義・・母・・様・・な・・ん・・か・・に・・渡・・さ・・な・・い・・」

そう言うと火月は意識を失った。

「有匡様、どちらへ?」

怒りで全身が沸騰しそうになりながら、有匡は土御門家へと向かった。

土御門家の庭では、有輝が蹴鞠をして遊んでいた。

「まあ有輝は蹴鞠が上手ねぇ。主上も幼少の頃蹴鞠が上手であらせられたとか・・やはりこれも血筋なのねぇ・・。」

スウリヤが目を細めて蹴鞠に興じる孫の姿を見ていた。

そこへ、怒りで真っ赤になった有匡がやって来た。

「あ、父様ー!」

有輝は有匡に飛びついた。

有匡は有輝に微笑みかけ、有輝を抱き上げた。

「お母様の処に帰りたいか?」

「うん、お母様元気にしてる?」

「今ちょっと病気で寝込んでいるけど、有輝が来たらお母様は元気になるよ。」

「じゃあ、お母様の処に帰る。ここより御所の方がいいや。」

「いまからお母様の処に帰ろう。」

有匡はそう言って有輝を連れて馬に乗ろうとした。

「お待ちなさい!有輝は私が育てるの!あの女に渡しませんよ!」

スウリヤは足を踏みならして有匡に迫った。

有匡はスウリヤを見据えながら言った。

「猟犬をけしかけ火月を傷つけたのはあなたですね、母上。」

スウリヤはビクッと全身を震わせた。

「な、何故それを?」

スウリヤの顔に焦りの表情が浮かんだ。

「母上、有輝は皇子であり、あなたにとっては可愛い初孫・・傍においておきたいのはわかります・・でも母親から引き離すのは、あまりにも残酷すぎます。しかもあなたは、皇子を産んだお前はもういらない存在だと火月に言い放った。愛人の子だからとあなたはいままで火月に冷たくしてきた。それが入内したら急に火月に優しくして、挙げ句の果てには皇子を産んだ火月を罵り邸から野良犬のように追い出した。なんという女だ、あなたは。己の権力に執着し、火月から息子を取り上げて・・あなたのような欲の深い女から生まれてきたことが恥ずかしい!」

スウリヤは呆然と有匡を見つめた。

「私はこの家を栄えさせるためにやったことよ。だからあの女の娘をこの家に・・」

「もういい!苦しい言い訳など聞きたくない!!」

有匡はスウリヤに怒鳴り、馬に乗った。

「待って、有匡!母をおいていかないで!」

「あなたは私の母ではない。」

スウリヤはその場で凍り付いた。

「お前など・・地獄に堕ちればいい・・」

蹄の音が土御門邸の門に響いた。

スウリヤはいつまでも有匡が去った門を見つめていた。

『お前など・・地獄に堕ちればいい・・』

腹を痛めて産んだ息子が自分に言い放った一言。

この家に嫁いできてから10年近く。

有仁の愛を独占したいあまりに、スウリヤはワガママになっていった。

やがて有仁はそんな彼女に愛想を尽かし、宇治の愛人の元へと行ってしまった。

『お前みたいな女、うんざりだ。』

愛人が出来たことに激しく責め立てるスウリヤに、有仁はそう言い放った。

(私はあなたの愛が欲しかったのに)

夫との関係が冷えきり、息子・有匡に愛情を注いだ。

だが、愛人の娘・火月と親しくなっていく有匡を見るとスウリヤは腸が煮えくりかえった。

(綾香・・どこまで私を苦しめれば気が済むのよ)

火月に辛くあたったのは、最愛の息子を夫のように愛人の娘にとられたくなかったから。

激しい憎しみがスウリヤの心を支配し、鬼となった。

(お前さえいなければ、私は有仁様の愛情を一心に浴びれたのよ!)

そして、火月を邸から追い出し、有輝を取り上げた。

だが、息子に愛想を尽かされた。

手塩をかけて31年間育てた息子に。

(私はこれから何を支えに生きていけばいいの?夫には愛想を尽かされ、息子にまで・・私は一体何を・・)

スウリヤは部屋の隅に置いてあった懐剣に目を留めた。

これは有仁が昔、正妻の証としてスウリヤに贈った物だ。

スウリヤはためらいもなく懐剣を自分の首筋にあてた。

土御門家はスウリヤの喪に服していた。

スウリヤは息子に絶縁を言い渡され、懐剣で自害したのだ。

有仁が首筋を血まみれにして床を這うスウリヤを見つけた。

「一体どうしたんだ?」

有仁の問いにはスウリヤは答えず、床を這うばかりだった。

スウリヤはやっとのところで庭に降り、白い塀に最後の力を振り絞って血文字を書いた。

『一生お前を呪ってやる』

それは有匡にむけてのものであったのか、火月のものであったのかは、本人以外わからない。

血文字は後世になっても消えることなく、白い塀にまがまがしく残っている。

火月はスウリヤが自害したことを知り、気絶しそうになった。

と同時に、鋭い憎しみの籠もった視線を感じた。

だが有匡が来ると、その視線は消え失せた。

(お義母様・・)

スウリヤは死んでもなお、火月を憎んでいるのだ。

火月は3人目の子を宿した。

妊娠中、幾度か流産の危機に瀕した。

スウリヤの呪いだと、火月は思った。

元気な男の子が産まれたが、その子は何度か大病を患った。

火月は麗景殿でも土御門家でもスウリヤの影におびえる毎日を送った。


スウリヤの死から16年。

有輝は19となり、元服し、光武帝に即位した。

若い帝を助けるため、有匡が宰相となった。

有匡はもう48。

定年が近づいていたが、残りの人生は、我が子のために尽くそうと決意した。

そして、有輝に出生の真実を明かすことを決意した。

穏やかな夏の日。

「母上、お話とはなんでしょうか?」

麗景殿に火月から呼び出された有輝は、重苦しい雰囲気を感じていた。

「お前に、話さなければならないことがあります。」

火月は御簾をまくり、有匡と有輝の前に来た。

「お前は帝の子ではないの・・お前と妹、弟たちは、ここにいる有匡様と私との間の子なのよ。」

有輝は火月の言葉を信じられなかった。

(嘘だ・・僕が・・不義の子・・)

「有輝!」

有輝は御所から飛び出した。

嘘だ。

有匡様が、僕の父上・・

こんなの夢だ、夢だ!

悪い夢だ、覚めてくれ・・

有輝が行方知れずとなってから3日間。

帝が消えた御所は上から下まで大騒ぎだ。

「何故主上は消えたのだ!有匡殿、あなた様がついていながら!」

有匡は大臣達の責めにただひたすら耐えていた。

「私が探しに行きます。」

馬を走らせて7日、有匡は有輝に関する手がかりも何もえられず、苛立っていた。

(どこにいる・・有輝?)

宇治に着いた有匡は、道行く人に有輝のことを尋ねた。

だが、何の情報も得られなかった。

宇治のまちはずれに朽ち果てた邸があった。

有匡には見覚えがあった。

その邸は昔、火月が暮らしていた処だ。

邸は火月の母・綾香が亡くなった後人手に渡ったが、邸の所有者は都に住み、宇治の邸は歳月とともに哀れな姿となっていった。

有匡は邸にはそぐわない白馬がいることがわかった。

(あれは有輝の愛馬だ。)

有匡は邸の中を慎重に進んだ。

有輝は母屋の、火月が産まれた部屋にいた。

美しい調度品が飾られた部屋は、今はその跡形もなく崩れ落そうなほど朽ち果てていた。

「ここで母上が産まれたのですね。」

有輝は独り言のように有匡に言った。

「私は幼い頃、あなたを父と呼びました。あのときは子ども心に冗談で言いましたが、まさか実の父親だなんて・・」

「有輝・・」

有匡は有輝の肩を優しく抱いた。

「母上は何故、私を産んだのです?私に一生不義の子である苦しみを背負わせるためですか?」

「いや、違う。」

有匡は有輝を見据えて言った。

「火月は私を愛していた。私も火月を愛していた。だからお前が産まれた。私は火月の妊娠を知ったとき、私はお前が不義の子だと一生苦しむよりは、お前の命を絶つことが最善の方法だと火月に言った。だが火月は、母となる覚悟を決めていた。名聞よりも、子の命を選んだのだ。
火月はお前に苦しみを背負わせようとして産んだわけじゃない。愛する人との結晶を産みたかったのだ。」

「けれど、何故・・何故いままで黙っていたのです?」

「それはお前が物事をわかる時期になってから話そうと思ったからだ。」

有匡は愛おしいそうに有輝を見つめて言った。

「有輝、私はお前を愛している。私の血の分けた分身、そして火月との愛の結晶として。不義の子という負い目を背負わせてしまったことは申し訳ない。だが自分はいらない存在だと思うな。出生にとらわれるな。ただ、私と火月がお前を愛していることだけはわかって欲しい。」

「わかりました、父上。」

有匡と有輝は御所へと帰っていった。

それから、火月は有輝に全てをうち明けたあと、出家し、宇治の尼寺に入った。

有匡は陰陽師を引退しようと思っていた。

いままで必死に築いてきた地位。

だがもうそれにはもう固執しない。

それより大切なものを見つけたから。

「父上。」

有輝の声で、有匡は微笑みながら振り向いた。

「有輝、どうだ、国事は?」

「順調です。父上、体の具合はいかがですか?」

有匡は去年の秋から、胸を病んでいる。

「大丈夫だ、滋養のある物を食べてるからな。」

「そうですか。」

それが親子の交わした最後の会話だった。

その夜、有匡は急に喀血し、倒れた。

「父上、父上!」

3日間意識不明だった有匡は、有輝の声で目を開けた。

「有・・輝・・私・・は・・お・・前・・に・・す・・ま・・な・・い・・こ・・と・・を・・し・・た・・許・・し・・て・・く・・れ・・」

「父上、何を・・」

「お・・前・・に・・償・・い・・き・・れ・・ぬ・・罪・・を・・負・・わ・・せ・・て・・し・・ま・・っ・・た・・こ・・の・・父・・を・・恨・・ん・・で・・く・・れ・・」

「いいえ父上、恨むなど!私は父上の子に生まれて良かった!父上の子であることを誇りに思っております!」

「そ・・う・・か・・」

そう言うと有匡は微笑んで、ゆっくりと瞳を閉じた。

「父上?父上ー!」

1年後。

有匡の墓に、有輝が1人、佇んでいた。

「父上、私は父上の子であることを誇りに思っております。」

桜の花びらが、有輝を優しく包み込んだ。
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