日本経済の課題はなんでしょうか? この点を入門的な見地から実にクリアに解説した好著をご紹介したいと思います。学習院大学の岩田規久男教授の『日本経済にいま何が起きているのか』(東洋経済新報社)です。
日本が1990年代初頭から経験した長期の停滞の原因 ーーそれは前半は金融政策の過度の引き締め、後半は金融政策の対応の遅れ(と一時的だが財政の過度の引き締め)ーーであると本書は指摘しています。この長期の停滞によって日本経済はまた戦後の先進国の中では例外的にデフレ(長期的な物価水準の下落)に直面してしまいました。そして今日の景気回復局面においてもデフレはいまだ継続中です。
デフレが続くと何が悪いのでしょうか?
まず企業や家計の実質的な負担が増加してしまいます。借金やローンの実質的な返済額がデフレによって増加し、また人件費などのコストが高止まることで家計や企業は苦境に陥ります。またしばしば注目されている年金財政に関する問題も、デフレで名目所得が減少すれば年金収支が悪化していくことが知られてますし、また税収が低下することで日本の財政赤字問題についても悪影響をもたらしています。
これらの「悪いデフレ」を脱却しないことには、日本経済は本当の意味での長期停滞を脱したとはいえない、というのが本書の大きなメッセージです。つまりデフレを脱却しないと、いまの景気回復にうかれていてはダメなのです。
私が本書を読んで特に注目したのは、現在の経済政策への評価でした。上にあげたいくつかのデフレの悪には、その背景に最悪の「デフレの悪」があります。それは予想(期待)デフレの悪というものです。
例えば企業は予想実質金利というものを事実上考慮して設備投資や在庫投資を行っています。この予想実質金利は、名目金利から予想される価格変化率を引いたものになります。現状では名目金利はゼロに近い低い水準ですから一見すると銀行などから資金を借りて事業を行うには好都合に思えます。しかし他方で予想される価格変化率は、マイナス1~ 1.5%ほどになることが知られていて、予想デフレが人々の予想の上にガチンコで定着したままと考えられています。これによって予想実質金利は高止まりしており、これが企業の投資活動を鈍らせてしまのです。
同様なことが家計の消費行動についてもいえます。消費も予想実質金利に影響されるので、これが高い水準ですと、現在消費したり住宅購入でのローンの設定を控えるなどして経済に悪影響与えることになってしまうのです。
つまりデフレ予想が定着していると、短期的には景気が回復していても、中長期的には安定的な経済成長を達成することが難しくなる、というのが本書のきわめて重要なメッセージのひとつなのです。これを本書では、
といいかえています。「潜在成長率」というのは経済の基本的な体力のようなもので、デフレという基本的な病を克服しないと、病状が回復したと思ってもやがては取り返しのつかない状態になりかねないのです。そのため根強く市場に蔓延する現行の日本銀行の金融緩和政策である量的緩和政策の解除(=出口政策)も時機が早いとし、むしろ現行の政策の枠組みではいまだデフレとデフレ予想を安定的に脱するには不十分であると考えています。
日本銀行は現在の量的緩和政策から離脱してインフレ目標政策に転換すべきであると岩田教授は指摘していますが、私もこの考え方には賛成しております。インフレ目標政策は、日本銀行が安定的なインフレの持続を国民に強く約束することで、デフレ予想からインフレ予想に転換しようとするより積極的な政策なのです。
デフレ予想やゼロインフレではなく、緩やかなインフレ(1~3%)を維持することが、家計や企業の消費・投資活動を活発化させ、また年金問題、財政問題、不良債権問題などさまざまな経済問題に現状にくらべて遥かに好影響をもたらすことが本書では実にわかりやすく解説されていますのでぜひ一読ください。
今日の景気の回復による「自然治癒」に長期停滞の脱出の夢をかけるか、それとも確実な選択肢を選ぶか、日本経済の今後の議論を考える上でも大きな参考軸になるのではないでしょうか。
日本が1990年代初頭から経験した長期の停滞の原因 ーーそれは前半は金融政策の過度の引き締め、後半は金融政策の対応の遅れ(と一時的だが財政の過度の引き締め)ーーであると本書は指摘しています。この長期の停滞によって日本経済はまた戦後の先進国の中では例外的にデフレ(長期的な物価水準の下落)に直面してしまいました。そして今日の景気回復局面においてもデフレはいまだ継続中です。
デフレが続くと何が悪いのでしょうか?
まず企業や家計の実質的な負担が増加してしまいます。借金やローンの実質的な返済額がデフレによって増加し、また人件費などのコストが高止まることで家計や企業は苦境に陥ります。またしばしば注目されている年金財政に関する問題も、デフレで名目所得が減少すれば年金収支が悪化していくことが知られてますし、また税収が低下することで日本の財政赤字問題についても悪影響をもたらしています。
これらの「悪いデフレ」を脱却しないことには、日本経済は本当の意味での長期停滞を脱したとはいえない、というのが本書の大きなメッセージです。つまりデフレを脱却しないと、いまの景気回復にうかれていてはダメなのです。
私が本書を読んで特に注目したのは、現在の経済政策への評価でした。上にあげたいくつかのデフレの悪には、その背景に最悪の「デフレの悪」があります。それは予想(期待)デフレの悪というものです。
例えば企業は予想実質金利というものを事実上考慮して設備投資や在庫投資を行っています。この予想実質金利は、名目金利から予想される価格変化率を引いたものになります。現状では名目金利はゼロに近い低い水準ですから一見すると銀行などから資金を借りて事業を行うには好都合に思えます。しかし他方で予想される価格変化率は、マイナス1~ 1.5%ほどになることが知られていて、予想デフレが人々の予想の上にガチンコで定着したままと考えられています。これによって予想実質金利は高止まりしており、これが企業の投資活動を鈍らせてしまのです。
同様なことが家計の消費行動についてもいえます。消費も予想実質金利に影響されるので、これが高い水準ですと、現在消費したり住宅購入でのローンの設定を控えるなどして経済に悪影響与えることになってしまうのです。
つまりデフレ予想が定着していると、短期的には景気が回復していても、中長期的には安定的な経済成長を達成することが難しくなる、というのが本書のきわめて重要なメッセージのひとつなのです。これを本書では、
「デフレ予想があるかぎり、経済は、短期的にはともかく、長期的には、潜在成長率を維持できない。長期的に潜在成長率が維持できなければ、長期にわたって、非自発的失業をなくすこともできない」(本書 187頁)
といいかえています。「潜在成長率」というのは経済の基本的な体力のようなもので、デフレという基本的な病を克服しないと、病状が回復したと思ってもやがては取り返しのつかない状態になりかねないのです。そのため根強く市場に蔓延する現行の日本銀行の金融緩和政策である量的緩和政策の解除(=出口政策)も時機が早いとし、むしろ現行の政策の枠組みではいまだデフレとデフレ予想を安定的に脱するには不十分であると考えています。
日本銀行は現在の量的緩和政策から離脱してインフレ目標政策に転換すべきであると岩田教授は指摘していますが、私もこの考え方には賛成しております。インフレ目標政策は、日本銀行が安定的なインフレの持続を国民に強く約束することで、デフレ予想からインフレ予想に転換しようとするより積極的な政策なのです。
デフレ予想やゼロインフレではなく、緩やかなインフレ(1~3%)を維持することが、家計や企業の消費・投資活動を活発化させ、また年金問題、財政問題、不良債権問題などさまざまな経済問題に現状にくらべて遥かに好影響をもたらすことが本書では実にわかりやすく解説されていますのでぜひ一読ください。
今日の景気の回復による「自然治癒」に長期停滞の脱出の夢をかけるか、それとも確実な選択肢を選ぶか、日本経済の今後の議論を考える上でも大きな参考軸になるのではないでしょうか。