心を込めて

心の庵「偶垂ら庵」
ありのままを吐き出して 私の物語を紡ぎ直す

もう一回言ってみろ

2022-03-29 19:15:24 | かなしい記憶

恐怖だった。その日、父親の暴力の矛先は私だった。

仕事から帰ってきた父は不機嫌だった。父は二階の部屋に着替えに上がった。祖父、祖母、父、母、兄、妹、私という構成の7人家族の我が家は、夕食前のひと時だった。私たち三人兄妹はテレビの前でふざけ合っていた。バイキングビッケのアニメ、ドリフ西遊記、プリンプリン物語など冒険系の子供が見る番組が夕方にあり、見終わった後、興奮冷めやらずチラシを丸めた剣もどきでチャンバラごっご的な遊びをしていた、誰からともなく「人殺しだぞー」「キャー」「わあぁー」とふざけ合っていた。

父は大きな足音を立てて階段を駆け下りて来た、雷の音のように感じた、そして私の胸倉をつかんでいきなり頬を叩いた。「もう一回言ってみろ!!!」父は激昂しており目が爛々としていた、私は何が起こったのかわからず固まった、父が怖かった。目の前で怒鳴る父に怒りの矛先を向けられ、助けて欲しくて周囲を見回したが、誰も何も言わなかった、誰も助けてくれなかった。何も言わない祖父と祖母、台所から覗く母、その後ろに隠れて怯えている妹、固まっている兄。

「何を」もう一度言えばいいのかわからなかった、間違った答えを言えばまた叩かれると感じ、この状況を早く脱するには?と、どこか客観的に判断する自分もいた。たった今、子供同士で楽しく遊んでいたのに、ここまで怒られる理由がわからなかった。私は恐怖と混乱と困惑で固まり、何がどうなってこうなったのかも分からない、何が悪かったのかもわからなかった。でも謝るしかなかった、父に胸倉をつかまれたまま謝る理由を問うしかなかった、答えは「自分で考えろ」だったけれど。わからなかったことを謝罪し、教えてほしいと言い、ようやく父が怒った理由を教えてもらった、そのやり取りも辛かった。

「人殺しだぞ」という言葉が父の逆鱗に触れたらしかった。ここから先は断片的にしか思い出せない、泣きながら謝った気がする、喉が痛かったし息が苦しかった気がする、しゃくりあげて言葉らしい言葉は出せなかった気がする。母の後ろに隠れた妹や、何も言わない兄に憤慨した気がする。祖父母が助けなかったのはやっぱり私が悪かったからなのかと考えた気がする。そして食後、家族の微妙な雰囲気を何とかしようと、おかしな踊りをして父母を笑わせ、ホッとした記憶がある。

暴力をふるい苦痛を与えた父に怒りがあった、私を守らない母に怒りがあった。それを隠して親に阿るのは子供でも惨めな気分だった。憎い相手を笑わせようと躍起になる自分をいやらしいと感じた。笑ってもらえたことでホッとした自分が嫌だった。私が悪い子だから怒られる、でも本当に私だけが悪いのか?なぜ私だけ?自分だけが矛先にされ裏切られた気持ちだった。家族といえども誰も信用できないと感じた、私が困っても誰も私を助けてくれないのだから。暴風雨の夜にたった一人外にいる気分だった。心も体もバラバラになった、そんな出来事だった。

今でも、許したいとも許せるとも感じていない出来事。ここに何かが埋まっている、私を揺るがす何か、未消化の何かが。今ここを掘っている、未完の完結をするために。

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胸に手を当ててよく考えなさい②

2022-03-27 15:31:23 | かなしい記憶

実は数日前に高校の担任から自宅に電話があった「警察から高校に通報があった、あなたの苗字なので連絡した」「心当たりはあるか?」全く心当たりがなかったので否定し、住んでいた地所には同世代の女子が5人以上存在し、同姓の者もいる旨を会話して終了した。今思えばきっと名指しだったのだろう。私は暢気に誤解があったんだろうくらいにしか考えていなかった、冤罪だったが寛容な気持ちだった。当時の私はアラレちゃんとあだ名され幼稚だったし、見た目は陰鬱で、興味は漫画と試験結果だった、着ている私服は概ね兄のお下がりのジーンズに黒いトレーナーで、女らしい服は妹にしか買い与えられていなかった。

膠着した母との問答の中、感情が決壊し私も泣き叫んだ「どうして信じてくれないのか」「娘を信じられないのか」。父が帰宅し、諍いの理由を問われ正直に話した、だがしかし状況は変わらなかった。父も母も私を信じなかった、魔女裁判のように既に決まっているのだ、私は有罪だと。その騒ぎがどのように静まって日常に繋がったか思い出せないけれど、両親に決定的な不信を抱いた、特に母は私にとって危険な存在だと認識し直した、今後も気を引き締めて警戒しなければならなかった、自分の身を守るために。

そして数十年が経ち、あの時は信じてもらえなくて悲しかったと母に伝えた時「絶対に噓を付いていると思っていた」と言われ、今でも嘘だと思ってるの?との問いに母は無言だった。そして結婚の時、入籍日を一年後と指定したのは妊娠しているからだと思ったと言った。私は複雑な気持ちになった、母は今も私を信用していないのだと感じた。

母に信用されない、愛されない、そんな哀しさや切なさを私はいまだに押し殺している。なぜ私は母に信用されないのか、なぜ母は私を憎んでいるのか理解できないでいる。理解できる日が来るのだろうか?答えのない問いが浮かんでは消えて人生に横たわる。母を愛しながら憎む、そんなアンビバレントな人生を送りたくはなかった、50歳になろうとする私は今も苦しみの中にいる。「許してあげなさい」という人もいるが、そうなのだろうか?あなたと私の母への感情は似て非なるもの、当事者でなければ認識できない世界があることを私は知っているのだ。

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胸に手を当ててよく考えなさい①

2022-03-27 13:46:31 | かなしい記憶

高校生の時にあった出来事、母の無理解と私の母への不信感、この未解決な問題は未だに関係性に横たわっている。

近所に買い物に出かけた母が血相を変えて帰宅した、私へ鋭く「胸に手を当ててよく考えなさい」「わかってるでしょう」と詰め寄った。夕飯の支度前のひと時、のんびりチラシを眺めつつボンヤリしていた私は何のことかよくわからなかった。怒り心頭で喚く詰問調の母から聞き出せたことは、私は不純異性交遊で男と逢引きしているらしい。近所の人が母に注意したようなのだが、母の中では私の言葉を聞くまでもなく、それはもう真実で、私は噓つきと決定していた。

私は正義は正しいと教わった、正直さが身を助けると教わった、そうでなくてはならぬと教わっていたのだ、今思うとそれは戦争時に後妻で嫁ぎ苦労した祖母の信条だったのだろうと想像できるが。「そんなことあるはずもない」「それは私ではない」と正直に対応して済む話だと最初は安易に考えていた。しかしそうではないと直ぐに思い知った、正直に言っても母は引き下がらないのだ、「嘘を付くなんて」「本当の事を話せ」と。正直に答えても信じてもらえない場合、子供である弱者はどう対処するべきなのか、母の思い込みを信じることができたなら、しかし今回の事例は私に害がある内容なのだ、この嘘は飲み干せない、どうあっても。

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あなただけ

2022-03-26 22:09:59 | かなしい記憶

トイレで母と父が口喧嘩していた、哀しそうに肩を震わせうずくまり泣き始めた母の背中は小さかった、こんな哀しい泣き声を初めて聞いた気がした。愛しい母が哀れに泣いている、6歳頃の子供でも哀しさへの共感はある、まして全幅の信頼を寄せる母ならば胸が痛む。

すぐ後ろにいた妹が母に取りすがった、私も何とか慰めたかったが大人の感情の奔流に怯んでしまった、伸ばした手は止まってしまった、その一瞬後に母は妹を抱きしめた「慰めてくれるのはあなただけ」そして私をじっと見て何かを言った。

今となっては何と言ったか思い出せないけれど、失望させたこと、母を思っていると伝えられなかった無念は心に残っている。そして母が私に向けた憎しみの目も。それは私に向けてだったのか父への怒りだったのか、両方だったのか。私は母を慰めたかった、ここに私がいるよと伝えたかった、私は味方だよって本当は言いたかった。

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飴釉のマグカップ

2022-03-26 21:29:41 | かなしい記憶

母に愛してほしかった私は母にプレゼントを贈ったことがある。お小遣いは支給されなかったしお年玉は搾取の家だったのでお金はないが、何とか気を引きたかったのだ。祖母に貰ったティッシュに包んだ千円札があった、肩たたき券でははなく買ったものをプレゼントしたかった。母が喜ぶ好きなものをと考え抜いて、コーヒーが好きな母の為にマグカップにすることにした。

街に家族で買い物に行った時、店内で別行動を取りリサーチした、ヨークベニマルの食器売り場なのだから実用重視なものしかなかったが、温かみのある手触りの良い飴釉のマグカップがいいと思った。内側まで釉薬がかかっていて素敵だった、きっと喜んでくれる、素敵なものが見つかってよかった。母が仕事で居ない日を狙って自転車で一人で買い物に出かけた、「リボンをかけてください」と店員さんにお願いする自分は大人な気分がした。

満を持して渡した贈り物は、包装されリボンをかけられ立派に見えた、母も妹も目を見張っていた。そうして開封され贈り物を手に取った母はこう言った「何なのこんな茶色のマグカップ」「中まで茶色だからコーヒーの色が判らないじゃない」「内側が白くて中身がみえるカップが好きだ」「こんなもの」。もうこの時点では諦めもついていたが、哀しくないわけではなかった。泣きたかった。骨を折り、母の為に努力した自分を、その積み重ねを、私の捧げる愛と時間と真心を慮って欲しかった。たとえ意に添わないプレゼントだったとしても。

母の肩越しに妹がこちらを見ていた、情けない姿は晒せなかった。何よりも母をめぐって最大の敵なのだから、強がっておどけて見せる以外にどんな方法があっただろうか。心では身を震わせ泣いていても、上辺では強がる方が楽だった、自分なんか簡単に騙せると感じていた。

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