キミはあさから ロマンスチック
ボクもあさから ロマンスチック
ふたり合わせて ロマンスチックス
あ
やっぱり ロマンスチップス
おいしそうだから
極稀に、極めて稀に、トラックの運転席のあるベンチシートに、
親子3人で乗ってるのを見ることがある。
それに出くわすことは、
コアラのマーチの眉毛やハート型のパックンチョ、
グレートチキンパワーズよりも、確率的に低いだろう。
そしてその光景は、なぜか不幸を背負って走っているように見える。
そして、少しの切なさをぼくのこころに残して走り去って行く。
もちろん、それは、ただのぼくの偏見と思い込みにしか過ぎないのだけれど、
なぜだか顔は、ぼくじゃなくてよかった、っていう顔になる。
コノ前が、「簡単!尾崎豊論」だったから、
その流れで、今日は、この間友達とやった遊びを、みんなにも、おすそ分け。
下の言葉は、尾崎豊が書いた詩のタイトル。
しかし、この中には、当然ウソも入ってます。
尾崎豊がつくった詩のタイトルじゃないなって、思ったときは「ダウト!」と、大きな声で叫んでね!
では、スタート
1 狂想曲
2 四月の雨
3 耳鳴り
4 ギザギザのツメ
5 発火点
6 本能わずかな純情
7 リンダ
8 冬の動物園
9 幸福の意味
10 瞬き
11 歪んだ車輪
12 小さなアートショップ
13 悲しみの代償
14 落ちていく男
15 したたかな汗
16 間違えるかもしれない
17 坂の上の星屑
18 孤独の証明
19 徒競走
以上。
回答は、この下。
もう少し、下。
もうちょい、みぎ。
そこ。
こたえ 全部尾崎のつくった、正真正銘の詩のタイトル でした。
※当然ウソも入ってますが、ウソでした。
1ヶ月くらい前だったか、なんか「日本人が好きな天才ベスト100」とかそんな番組やってまして、
尾崎豊が十何位に入っていたから、今回は「簡単!尾崎豊論」書きます。
で、尾崎豊が天才かどうかって問われれば、間違いなく天才だと思う。
じゃあ、天才の定義ってなに?って、なると思うけど、
とりあえず、ここでは僕の勝手に考えた「カリスマ性・早熟性・先見性」っていうことで。
それが備わってる人が天才ということで。
じゃないと、先進まないから。尾崎天才じゃ、なくなっちゃうから。
そいじゃ、本題。
尾崎豊は、18でデビューして、十代の心の叫び、夢や愛を語り
大人や社会を批判して、いつしか十代の教祖と呼ばれるようになっていった。
やがて自分が大人になることに戸惑い、そして憧れ、大人にならないまま死んでいった生き方はまるでジェームスディーンと同じように神がかってる。
そして、その謎の死がまた、尾崎豊のカリスマ性を高めているといっても、過言ではない。
はい、カリスマ性クリア!
今回は、っていうか、別に続きもしないけど、「簡単!」と銘打っているのだから、じゃあ、ここで
尾崎豊の入門書のような一枚、ファーストアルバム「十七歳の地図」にスポットを当ててみよう。
このアルバムは、尾崎豊が17歳のときにレコーディングして、
18才でデビューしたときの最初のアルバムだ。
このアルバムには、「I LOVE YOU」や「OH MY LITTLE GIRL」などの誰もが知っている名バラードのほか、
ちょっとポップでアップテンポなナンバー「傷つけた人々へ」、そして、ガチガチの80年代ロックの「17歳の地図」や「15の夜」が、収録されている。
これだけの楽曲を、15~17歳で作れる人が、この世にあと、何人いるだろう。
更には、このアルバムの
最後の曲は「僕が僕であるために」で、
自分らしく生きようと、うたっているんだけど、
ただ、自分らしく、僕が僕、君が君であるためにでは、歌詞が双方でケンカしてしまうのだ。
自分は自分では、どうしたって、歌詞がわがままに成らざるおえない。
そもそも、わがままというのは、読んで字の如く、「我侭」なのだから、
自分を押し通せば、当然周りは自分を殺さなければならなくなるのだ。
たとえば、誰かを「わがまま」と責める事は、同時に自分の主張が通っていない、思い通りになっていないことを意味し、
その不満もまた我侭を、露呈することになる。
すると、この曲の中で尾崎は1番の歌詞を「僕が僕であるために」、2番の歌詞を「君が君であるために」「勝ち続けなきゃならない」とうたってるんだけど、
これでは道理が通らなくなる。つじつまが、合わない。矛盾が生じてくるのだ。
消臭スプレー(シトラスの香り!)なんてのと同じように、
これでは、聴く側に混乱を生じるのだ(と思う)
だって、君が君であることで、僕が僕でなくなることザラだから。
それを、柔軟に、回避したのが、
この曲中に含まれるこのフレーズ。
「人は皆、わがままだ」という、歌詞。
この歌詞が、すべてをチャラにするほど、この曲の中では、重要な一文になってくる。
これがないと、自己矛盾のままで、終わってしまうこの曲が、
人間はみんな我侭なのだからと、踏まえさせたことで、
そのあと行き着く矛盾を、帳消しにしてくれている。
十代でこれだけ、客観性を持って、メッセージを伝えられる若者が、
この世にあと、何人いるだろうか。
これだけの、楽曲を15~17歳でつくりあげたのだから、その早熟した才能は、まさに天性のものだったろう。
ちょっと長くなったけど、
はい、早熟性クリア!
まあ、けど、本当に、この「十七歳の地図」は、至極の一枚なので、
尾崎豊自身が、生前「ファーストアルバムを超えられない」と、漏らしたのもうなづける。
それで、残ったのは、あと先見性ってことになるのだけれど、
先見性っていうものには、2つあると、思う。
たとえば、ある彫刻家が、50年後に認められる彫刻を制作したり、
企業家が社会の一歩先の光を見て事業を興すのも先見性だと思うし、
ひまわりで有名なゴッホが「自分の寿命はあと10年」と、弟であるテオに手紙を送って、実際そのくらいで死んだり、
ジョン・レノンのように、幼少時代から、「自分には何かがある」「自分は天才である」と、自覚してたような、
予知的な、自分予想も、これまた、先見性と、いえよう。
尾崎豊の場合は後者である。
このブログで、前にも述べたように
最後のアルバムで、尾崎は「まるで僕を殺すために働くようだ」と言って、そのCDの完成を待たずして死んでいったのだ。
先に取り上げたファーストアルバムの7曲目に「愛の消えた街」っていうのがあるのだけれど、
その歌い出しは「道端に倒れたように眠る人がいるよ」と、まるで、民家の庭先で全裸で発見された尾崎の最期を予期させるような、歌い出しなのだ。
さらには、そのファーストアルバムを記念したデビューライブの一週間前から尾崎は40度近い熱を出してて、
そのステージ上で実際彼はこう言っている。
「今日のために注射を12本も打って来ました」と。
これもまた、尾崎豊は、自分自身を予知していたと、いえよう。
結局、
それ以上の注射を、打つことになるんだから。
はい、先見性、クリア!
尾崎、万歳!
尾崎、天才!!
盗んだバイクとか、超かっけーーー!