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HBD in Liaodong Peninsula

中国と日本のぶらぶら街歩き日記です。2024年5月からは東京から発信しています

旧白系ロシア人アパート

2014-05-24 | 大連を歩く
中山広場から人民路に入ってすぐの交差点を北側に入ったところに、老房子がひっそりと佇んでいます。
海鮮レストラン「天天漁港」の裏手です。


(繁華街のすぐ裏です)


(資料がないのでわかりませんが、見た感じでは1920年前後の建築でしょうか?)

この建物、日本租借時代の白系ロシア人アパートだったそうです。

白系ロシア人とは、ロシア革命時、赤軍に対抗した白軍に加わったロシア人を指す言葉です。
彼らはロシア革命後、国外に追放されます。国境を越えていったんハルビンに大勢が集まり、一部はさらに南下して大連に流れ着いたのだそうです。
日本の租借地であった大連に根を下ろした白系ロシア人たちは、無国籍者としてホテル、レストラン、パンやチョコレートの製造、コーヒーの販売などを行ったそうです。
統計によると、最大で1939年に1,540人が住んでいたという記録があります。

祖国を追われた白系ロシア人は、日本租借地である大連で、わりあい豊かな暮らしをしていたという記録があるのですが、彼らは日本人とどのように交わっていたのでしょうか。
言葉の問題はどうしたのでしょうか。
終戦直後はソ連軍が大連に入ってきたはずですが、そのとき白系ロシア人はどのように立ち回ったのでしょうか。

興味のあるところですが、なかなか文献を探し当てることができません。
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