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惚けた遊び! 30

2014年07月05日 | 読書

  お買い上げの方に、『情緒の力業』著者取り置き本を先着10名様に贈呈します。

 

 

しかし、そこにはなにもない―とらえ、とらえられ、一つになってころげまわるごったがえしの渦巻きばかり。   

(ゴンブロヴィッチ)

 

 

 

詩的インスピレーションとは、まったく稀有のチャンス、天からの一時的な贈り物であるように思えた。詩人にはそれを受けいれられるような状態に自分を置くことが問題であり……   

(M・レリス)

 

 

 

座禅の経験のおありの方はどなたもご承知でしょうが、座禅で観想状態が深まってまいりますと、意識の深層が次第に活発に働き出します。そしてそれと同時に凝結していた世界がだんだん溶けて生きます。いわば流動的になっていきます。今まで峻別されていたあらゆる事物の形象はその尖鋭な存在性を失って微かになり、ついにはいまにも消滅せんばかりのかそけさとなります。いわゆる「本質」なるものによって造り出されていた事物相互の境界線は取り除かれ、いろいろな事物の輪郭はぼやけてきます。そして今ではほとんど区別し難くなったものたちが相互に浸透し合い、とうとう最後には全く一つに帰してしまいます。

   (井筒俊彦)

 

 

 

だから私なんかは、変化にまかせるって言うか、心をときほぐして自分の知覚とその不連続性を観察することが、浄化の基礎だって確信してるくらいだ。   

(A・ギンスバ-グ)

 

 

 

ひとつの知覚はまたたく間に、また直接的にさらなる知覚へと変化していく。   

(C・オルスン)

 

 

 

何も考えるな、ただ事実につけ。   

(W・C・ウィリアムズ)

 

 


惚けた遊び! 29

2014年07月04日 | 読書

 

実際、ごく一般的な世間のなかにいてその実験をするのは、現実問題としてさまざまな問題を巻き起こして大変でしょう。実験のなかには、試行錯誤ですから錯誤がずいぶん含まれるわけですよね。必要のない波を立てたり傷をつけ合ったりということが多いわけですから、実験に伴う危険性を考えると、あまり一般的な世間のなかでやるよりは囲いこまれたっていうか、ある限定された場のなかでやる方が安全であり、迷惑もかからないだろう、そういうことなんですね。   

(S・P・プラブッダ)

 

 

 

われわれはいままで、対象から自分をもぎ離そうとするデカルト的伝統に慣らされてきた。

   (M・ポンティ)

 

 

 

われわれは、文明化された生活において、観念の持つ情動的なエネルギーのほとんどを剥ぎとってしまったので、もはやそれらに心から反応することはない。   

(C・G・ユング)

 

 

 

わたしは常々、先験的なものから奇抜なものへの、エリザベス朝演劇からグノーシス主義への、そして、プラトン学派から鍼術への飛躍を愛していた。   

(カルペンティーエ-ル)

 

 

 

諸想念の連鎖は、現実の継起の論理的秩序とはまったく異質な連想という手段によって行われる。

   (E・ド・サンドーニ)

 

 

 

『マルドールの歌』の或る種のくだりは、精確さへの異様な心づかいをもってこの過剰感覚の状態を表現しており、そこでは言語の響きとリズムが答え合って、その呪文によって詩人を催眠に近い夢想に引きさらってゆくように思われる。   

(J・M・クレジオ)

 


惚けた遊び! 28

2014年07月03日 | 読書

 

「戦きは人間性の最良の部分である」といったゲーテの言葉を繰り返し味わってみよう。

   (H・カロッサ)

 

 

 

ちょうど、新しい音楽を聴きに音楽会へ行ったときのように相手の表現することを先入観をすてて一度は聞こうとする態度をとることが問題なのです。   

(高橋巌)

 

 

 

KJ法のラベルには物理的なワクがあっても、そこで訴えているものごとは、中心性はあるが周辺は宇宙の果てまでひろがっている。だから、まわりから規定していこうというのと違うのです。中心性だけあってまわりはフワーとしている。だからこそ、二枚三枚のラベルがお互いに親和力を発揮して、そこになにかの渦が起こりうるのだと思うのです。

   (川喜田二郎)

 

 

 

物事を一定期間継続することは<量から質への転換>をもたらしある一定の結論を導き出す。

   (山田一彰)

 

 

 

まだよく理解できないでいる哲学書の場合でも、それを読んでいるうちにすくなくとも或る種のスタイル―スピノザ風のスタイルとか、批判主義のスタイルとか、現象学風のスタイルとか-が解ってくるようになり、それがその哲学書の意味の最初の粗描となるわけで、こうして或る一つの哲学を理解するのに、その哲学者の調子とかアクセントとかを自分で再読してみることから始めるのである。

   (M・ポンティ)

 

 

 

人類の歴史を通じて、神秘家たちや呪術師たちは啓発と啓発を得るために荒野に孤独を求めてきた。精神的復活は隔離によって得られるとする概念は、多くの文化の中に信仰として根を下ろしているし、「聖書」を含めた数多くの宗教的な偉大な書物にも認められるところである。   

(ムーディジュニアー)


惚けた遊び! 27

2014年07月02日 | 読書

 

智が目指す「止観」の法悦境は、精神の集中にもとづく瞑想と徹底的な観想によって実現されるが、その前提としてまず身心の状態を統御して条件をととのえることが要請され、ひきつづいて仏菩薩への礼拝供養と賛嘆、行道、誦経が行われる。   

(山折哲雄)

 

 

 

それはことばでは表現されなかった。その背後に何があるのか。それは時を越えたものだ。しかし一切が前代未聞だ。私の思いだしたそのすばらしいもの、それをどのように表現できようか。色はついていなかった。しかしはっきりみえた。甘美ではないが、恍惚の体験。欲望ではなく、充実感。情熱ではなく平安だった。   

(R・ジェファ-ズ)

 

 

 

この意識的な自我の下に、無意識的で本能的で感情的な諸傾向の縺れ、つまりあれもあります。

   (M・トゥルニェ)

 

 

 

特定の構造が現実化するとき、その他のありうるべき構造はのりこえられ、潜在的構造として抑止される。あるタイプの構造はくりかえし現実化して定型的な表出や反応や行動を形成する。またあるタイプの構造やあるレベルの統合は、まれにしか、たとえば危機的状況や特権的状況においてしか生成しない。

   (市川浩)

 

 

 

 ですから人間にはなに一つ外部から持ち込む必要はありません。自分の中に秘められていたものが蔽いをはがれ繰りひろげられ、一つ一つのものがその姿を明らかにされるだけでよいのです。   

(コメニウス)

 

 

 

神がかりや忘我脱魂などの宗教現象をうるために、アルコールやタバコ、また麻薬や音楽が自覚的に使用されたことがあるが、仏教の修行においては山林トソウ、独居、禅定、などと並んで木食――断食や焼身の行が超人間的な験力や聖者的な呪力を獲得するうえで不可欠の手段であると考えられてきた。

   (山折哲雄)


惚けた遊び! 26

2014年07月01日 | 読書

 

 

おれに話しやがって―どいつもこいつも―おおれの上に荷車の馬みてえに重くのしかがりやがって

   (D・バーンズ)

 

 

 

現界の修行といっては寒天(さむぞら)にじゅばん一枚となって前後一週間水一杯飲まず、一食もせず、岩の上に正座して無言でおったことである。

その間には降雨もあり、寒風も吹ききたり、夜中になっても狐狸の声も聞かず、虫の音も無く、ときどき山も崩れむばかりの怪音や、なんとも言へぬ厭らしい身の毛の震慄する怪声が耳朶を打つ。寂しいとも、恐ろしいなんとも形容のできぬ光景であった。   

(出口王任三郎)

 

 

 

分けていって、どんどん増やしていく。つまり知識を増やしていく。知識というものは一つ一つ細分化したものを人間が持っているもので、その細分化を最後の最後までとことんやっていくと、その分別がなくなってしまう。   

(松沢宥)

 

 

 

だから、個人的な発話は、ごく低いつぶやきから理論的な言説、さらには一篇の小説といった「作品」にいたるまで、たえず体系を凌駕すべき必然を担っている。   

(蓮実重彦)

 

 

 

肉体の生命としての全体機能をゼロ度にまで低下させることによって、一種の聖なる呪力や霊力を獲得していく過程であるとみなすことができるであろう。   

(山折哲雄)

 

 

 

人の憂喜うつ佛たるに声をあげて歌哭し非笑すればすなわち暢ぶるがごとし   

(智大師)

 


惚けた遊び! 25

2014年06月30日 | 読書

 

 

実際のところ、この方法、つまり故意に刺激、興奮、いや危機さえも探し出そうとするやり方は、「われわれのうえに重く雲がのしかかっている」という感じから逃れるためにわれわれが好んでやる人間的な工夫の一つなのである。   

(C・ウィルソン)

 

 

 

君の歳の頃、ぼくは困難、危険、恐怖、死を求めたものだ。

自分の中の生命をもっと激しく感じたかったからだ。   

(B・ショウ)

 

 

 

述語は永遠に……   

(高野 義博)

 

 

 

けれども人間はあらゆる種類の感情を体験する必要があるのです。   

(グルジェフ)

 

 

 

私たちの意識は対立化された差異しか受け付けないんです。ですから、そういう意味で差異化の能力も認識も失ってしまった失語症患者の場合、森羅万象がカテゴリーの枠をはみ出して一度に押し寄せる大変な混乱の中に投げ出されるわけでしょう。   

(丸山圭三郎)

 

 

 

ランボオもマラメルも、超人的とも言える規律を自分に課することによって、それに迫っていった。言わば行者になったのだ。それくらいの自己放棄と集中力がなければ、われわれを取り巻く地上の物象は、容易に日常の殻を破って見せないだろう。   

(三浦清宏)

 


惚けた遊び! 24

2014年06月29日 | 読書

 

二元論的な世界理解は、必ず現象論的な世界理解、要素論的な世界理解になり、生命を物質の壁と壁で孤立的に閉鎖されているサークルとして把握するようになる。   

(金芝河)

 

 

 

十住心の各段階について、かれ(空海)はあまたの先行する経典、典籍から博引し、綾なす引用文の連続運動を展開している。   

(山折哲雄) 

 

 

 

物我両つながら忘る   

(張彦遠)

 

 

 

知るのは予見するためであり、予見するのは為し能うためである。   

(O・コント)

 

 

 

手でふれ、中身と指示の文句を読み上げ、製造場の名を声に出す。もうひとつのことを忘れるためにこれらの事物にしがみつくのだ。もうひとつのもの、名前もなければ、しるしもない、とらえどころのないものを忘れるために。   

(フェンテス)

 

 

 

すべてが一挙に更新する危機の時間がある。古い殻は剥落する。そういう苦悩のおりには、人は万事終わったと信ずる。しかもすべてはこれから始まろうとしているのである。

一つの生命が亡びてゆく。がもう一つの生命はすでに生まれている。   

(ロマン・ロラン)

 


惚けた遊び! 23

2014年06月28日 | 読書

 

達にはふとすぐ目の前の或る思いがけぬ一点に目がとまると、そこにしばらく目がとまったまま、それがそこにそうしてある深い意味が、どうやらついに会得できてきそうな、いってみれば、全身が不意に隅から隅まで透き通ってしまって、こちらからそちらへ― 一種全的な霊性状態へ何時のまにか移りいってしまったといった極度の放心と緊張の事態がその頂点で微妙に融合しあった瞬間がある。   

(埴谷雄高)

 

 

 

定はすなわち想をやめてもって心を凝らし   

(法然)

 

 

 

今日、一件に挌り、明日また一件に挌る。積習するところ既に多く、而して後、脱然として自ら貫通するところあり   

(程伊川)

 

 

 

心を擬する、とは意識のエネルギーをある一定の方向に向かって緊張させ、その先端に一つの対象を認知すること    

(井筒俊彦)

 

 

 

万象篭羅すれども住まらず   

(円悟克勤)

 

 

 

五大皆有響 十界具言語 六塵悉文字 法身之実相   

(空海)

 

 

 

断定と否定の彼方にある境域で、一種の活性化された宙吊りの状態   

(O・パス)

 


惚けた遊び! 22

2014年06月27日 | 読書

 

私は自分自身から自己を作り出さなければならない。   

(アンネ・ラウ)

 

 

 

実在の陰影は、どんな言語もありのままに表現することは出来ない。

その幽暗の世界からどれだけのものを浮き出させ背後の深い闇を感じさせうるか、

これが哲学者の偉大さを決定する。   

(桝田啓三郎)

 

 

 

いわゆる経験的世界こそ秘密である。永遠に隠れた何ものかである。

反対に絶対的真実在は永遠にあらわなるものであって決して隠れるということはない。

   (イヴン・アラビー)

 

 

 

意識の表層しか活動していなかった間は確固たる《もの》として現れていた事物が《もの》性を失って流動的になってくる。それにつれて《もの》の性質・属性・関係・本質等の固定されていたものがだんだん流動的になる。更に三昧に入ると《もの》の世界は流動化し、《もの》の本質がまぼろしのようにはかないものとなり、それらの本質の形成するものの輪郭がぼけてくる。こうして全てが透明になり、いわば互いにしみ透り混じりあって渾然たる一体になってしまう。かっての事物の痕跡もなく無となる。見るものも見られるものもない。主体も客体もなく意識も世界も完全に消えて無を無として意識する意識もない。消滅の消滅、純粋な無、絶対的な無。主体的意識が観相状態の究極において完全に消滅して無となる。

この意識のゼロ・ポイント、絶対無、実在の絶対無文節の状態。内部にまったく分節されていない区別されていないまったく限定されていない状態。実在のゼロ・ポイント。   

(井筒俊彦)

 


惚けた遊び! 21

2014年06月26日 | 読書

 

 

準備と潜伏の過程が十分に長く先立っていれば、わずかな刺激が加わっても心を新しい均衡状態にもたらす。   

(W・ジェイムズ)

 

 

 

人間を気狂いにするもの、それは論理だ。   

(チェスタートン)

 

 

 

決定できないところまで持っていくことによって、受容の不思議が成就する。   

(W・ジェイムズ)

 

 

 

なんじ自身が、なんじの探求の対象なのだ。   

(ブラヴァトスキィー)

 

 

 

誰もまるきり考えたことのないような物が、私たちの注意を一度も惹いたことのないような関係が、名も知れない混沌の状態で無限に横たわっている。   

(W・ジェイムズ)

 

 

 

我々が極度の絶望状態におちいった後、新しい生のゾーンが開けるという現象……

   (W・ジェイムズ)

 

 

 

ある春の朝、私は散歩に出た。野は緑で、小鳥がうたい、露がかがやき、煙が立ちのぼり、そこここに人の数が見えた。すべてのものが光の中で姿をかえているようにみえた。

私がみわたしたのは地球の一部分にすぎない。その時は地球の歴史のほんの一瞬にすぎなかった。けれども、私の視線が地球の上をひろがっていくにつれて、次のような考え方は、美しい観念であるのみならず、きわめて真実で明白な事実であるように思われてきた。

《地球は天使である。豊かで新鮮で花のような天使である。しかも空の中を着実に歩み、

その生き生きとした顔を天に向け、私もその天に運んでくれる。》   

(フェヒナー)

 

 


惚けた遊び! 20

2014年06月25日 | 読書

世界の本質的な性質を見る最も有効な方法は、能動的であるよりも受動的になることであり、できるかぎり見ている対象の本質的構造により決定せられ、なるべく認知者の性質が介在しないことである。

   (A・マズロー)

 

 

 

見るには、全精神を絵に集中しながら、一方で心を虚しくして、そこに訴えかけてくるどんな微妙なものにも反応できる深い受動の状態に自分を置かなければならない。そして、このきわめて能動的であると同時に受動的な矛盾した待機の時間のなかで、やがて、海底から伝わるネレイデスのざわめきのような円なる声を捕捉するのである。   

(保苅瑞穂)

 

 

 

思想の出る幕ではない。降神術的合一は独特の方式によって執り行われる言いようもない降神術の所作によってしか達成されないものであって、この所作はおよそ理解の域をだっしたものなのである。

   (イアムブリコス)

 

 

 

彼が少し頭の方向を変えれば、その時まで抽象であった何ものかが、突然現実に点じる。

   (C・ウィルソン)

 

 

 

願望や衝動、欲望などという概念は厄介者扱いされてきた。   

(A・マズロー)

 

 

 

<現実的なもの>とは、それぞれの瞬間が他の契機から切り離せないばかりでなく、いわば他の契機と同義的であるようなあの環境、もろもろの<局面>が或る絶対的な等価性のなかでたがいに他を意味し合うようなあの環境である。   

(保苅瑞穂)

 

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惚けた遊び! 19

2014年06月24日 | 読書

 

 

 

人間であることを止め、新しい知覚に自らを開くこともできる。人間とは何かを知ることが奇妙な古くさい考えでしかなくなる時代もそう遠くはないだろう。   

(フェンテス)

 

 

 

古代および古代東方の諸宗教とインドおよびギリシャにおいて形成された永遠の回帰の神話的哲学的観念に対して根本的変革をもたらしたのはユダヤ教である。ユダヤ教にとっては、時間は初めと終わりを持つものである。循環する時の思想は棄て去られた。   

(エリアーデ)

 

 

 

詩は純粋な時間に到達する道、存在の始源の水の中に身をひたすことに他ならない。

   (O・パス)

 

 

 

私たちの現在の意識の世界は存在している多くの意識の世界のうちの一つにすぎない。

   (W・ジェイムズ)

 

 

 

物はそれを知覚する人からは分離することはけっしてできないし実際に即時的に存在することはけっしてありえない。   

(M・ポンティ)

 

 

 

きみは学問のためによくボローニャへでかけたね。それで、きみの頭は疑問がいっぱいつまっているだろう。ここではね、けっして問わないことになっているのだ。私たちは確信の領域に入ったのだ。

   (カザンツァキ)

 

 


惚けた遊び! 18

2014年06月23日 | 読書

 

華厳の地論には果分不可説と述べ、法華の止観には秘教不能伝と談ず。空論にはすなわち第一義の中に言説なしと述べ、有宗にはすなわち真諦の廃詮談旨を配す。かみ、応化の経より、下、論章疏にいたるまで自証を韞んで説かず。   

(空海)

 

 

 

不可説の絶対者を言いあらわそうとする場合、その言語表現は否定的表現、もしくは矛盾的、逆説的表現、または象徴的表現をとらざるをえない。   

(宮坂宥勝)

 

 

 

自分が合掌したままの姿勢で立っているのであるが、すべてがモウロウとしてしまって、自分が今いったい何をしているのか自分自身で判らなくなってしまう瞬間である。

   (下山徳爾)

 

 

 

われわれを完全に導くもっとも早い道は苦悩である。

   (トマス・ア・ケンピス)

 

 

 

本能が活発に働くとも、内的視野の中に、強度の情動的エネルギーに充たされたファンタジ-像が現出する。それは人格のすべてに働き魂を特定の方向へ衝き動かす。   

(フォン・フランツ)

 

 

 

長い間の身を入れた労作の後、魂の中に突然、恰も光が閃くように火が点ぜられ、それから独りで燃えて行く。   

(ルター)

 

 


惚けた遊び! 17

2014年06月22日 | 読書

アポロン的秘儀の特質は、感性を活性化することによって、対象の印象をイマジネーションにまで持っていくということ。   

(高橋巌)

 

 

 

かように、睡眠不足と飢餓による倦怠感で恍惚状態に陥って、意識下の活動が刺激され、霊界との円滑な交通をはかる方法が利用されている。   

(劉枝万)

 

 

 

人間の能力の壁につきあたると、彼女達(ゴミソ)は超自然的力としての神仏に非合理的にすがっていく。   

(楠正弘)

 

 

 

不動の呪法を修する行者は護摩をたき、真言の呪を唱えるうちにはげしいトランス状態に魅き入れられ、かくしてみずから不動明王へと人格転換をとげる。   

(山折哲雄)

 

 

 

御木本徳一(PL教団)は、むしろ、「ああ、そうか」と積もる悩みが一挙に解決し、心が晴れ晴れとなった状態の無感動的恍惚に基づいているものであった。小谷喜美(霊友会)の修行は体系のないただひたすら肉体的精神的に自らを極限状態におくことによって、因縁の理を解いていくものでしかなかった。

   (藤井正夫)

 

 

 

私がそのように次第に沈んでしまったときに、突然無限に遠いところから何かが私の方へ流れてきた。深い核心と安心感で私を満たす何かが、私の方へ流れてきたのである。温かい愛と慈しみの海が私を四方から包んだのだ。あの無限の彼方から、私の心の奥底を照らす明るい光線が私に向かって流れてきて、私はことごとくその光に包まれてしまった。私のいっさいの苦しみは全く消え失せた。私は根底から新しく生まれたような気がした。そして、私はどこにいるのかということにも気がつかず、ただあの温かい愛の流れだけを感じていた。遂にその光の流れは少しずつ退いたがその後でも長い間、いわば遠い所から私を支えとらえているかのようだった。   

(G・ワルター)

 

 

 

 


惚けた遊び! 16

2014年06月21日 | 読書

人間の精神には、生と死、現実と夢想、過去と未来、伝達可能なものと不可能なもの、高次のものと低次のものがもはや矛盾するものとしては知覚されないような瞬間が存在する。

   (A・ブルトン)

 

 

 

当人は自分の感情を絶頂まで高めてゆき、しかし同時にそれが身体にあらわれて脈拍を速めたりなどしないようにおさえておき、そしてその上で突然に高まった感情に身体を思う存分に支配させるのである。   

(スターバック)

 

 

 

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私は平静で、ほとんど受動的な享受の状態にあり、積極的に考えることなく観念や心象や感情がいわばひとりでに私の心のなかを通過するに任せていた。そのとき突然、なんの前触れもなしに、私は炎のような色をした雲に包まれてしまった。   

(R・M・バック)

 

 

 

これだ、これだぞ!   

(A・ワッツ)

 

 

 

選ばれた対象を曖昧な夢想に耽ることなく冷静な集中をもってみつめよ。他の一切の事実を意識から排除せよ。考えるのではなく自分の人格をその対象に流入せしめること。つまり魂を目に移すことをつとめよ。そのとき、ほとんど一瞬のうちに外界の思いもうけなかった特性が感知されるであろう。

   (E・アンダーヒル)

 

 

 

身体と身体が触れ合えば、身分や肌の色の違いなどという卵の殻みたいな約束事は他愛もなく崩れてしまう。   

(フォークナ)

 

 

 

 

 


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