不覚にも、昨年の話題を今年に引きずってしまいました。月末近くまで休みがありませんので、この辺で完結しておきましょう。あらためてこんにちは、ひろし日記です。象潟・堺田ツーリングの続きを。
2日目です。この日は朝4時に目が覚めてしまい、腹が減ったので・・・
朝飯のインスタントラーメンを自作ウッドガスストーブにて。
先客のご夫婦は7時頃起きて、早々に帰り自宅。「騒がしくてすみません」と声を掛けていただくも。「大丈夫です、僕は4時から起きてました」とコーヒー片手に余裕をかまします。
先客が車に荷物を収めた途端、大粒の雨が降ってきまして慌ててこちらも撤収です。雨降ってると面倒くさいです。何とか荷物をまとめBAJAに乗り、入り口のドライブインへ利用料300円を払いに行ったのですが、サイドスタンドを出し左足はステップに残したまま右足を大きく振りかぶった途端、リアBOXの上部のネットに入れてたゴミに足が引っかかり、そのままBAJAごと倒れてしまいました。朝っぱらから痛恨の立ちゴケ。
ミラー曲がってしまいました(T.T)
重い心を引きずりながら、雨の<鳥海ブルーライン>を上ります。
空はどんより。雨降る予報じゃ無かったのに。
バイクもライダーもワインディングは苦手なので、ゆっくりトコトコ登って行って
五合目のレストハウスへ到着。職場と自宅のお土産買って、BOXへ放り込みます。
格好悪いなと思いながらもホームセンター箱は便利ですね。濡れるとか気にしないで何でも放り込めます。乗っけて良かった^^
<鳥海山>を山形県側へ降りあちこち寄り道しながら、本日の目的地<堺田>へ向かいます。いまだにコンパスと1999年のツーリングマップルを見ながら走っているのですが、
時々、何処にいるのかわからなくなります。雨が上がっているのが幸い。
どうしようも無くなり、スマホナビを起動。すんごく便利。
R45、最上町の瀬見温泉。いかにも温泉街って感じです。
ちょっと脇道へ入り、
<山刀伐峠(なたぎりとうげ)>へ。
ここは、山賊が出るからと芭蕉さんが案内役を雇って越えた峠。今でこそ車で登って行けますが(とは云え、普通車一台分の道幅)、かなり苦労しただろう事が伺えます。寄り道ばかりでさっぱり進みませんが、やっとやっと念願の
<堺田・封人の家>へ到着。ここも一旦通り過ぎました。
なんと芭蕉さんが泊まった宿で、唯一現存(解体修理はしている)している家です。1689年だから325年前。これは凄すぎ、芭蕉ファンとしては聖地だったりします。ちなみに、ここで読んだ句は
「蚤虱馬の尿する枕もと」(のみしらみ うまのばりする まくらもと)
土間に馬屋があり、人馬同じ場所で生活するほど馬を大切にしている事を読んでます。250円で内部観覧が出来ますので、もちろん入って上がり込んで、館長さんに芭蕉さんの足跡をツーリングしていると話すと意気投合してしまい、囲炉裏端でコーヒーご馳走になって一時間程くつろいでしまいました。
芭蕉さんと弟子の曾良(そら)さん。
完全に時間がおしまくってます。夕方近いのにまだ山形。鳴子から古川に抜けてR4を走ると思うと気が遠くなって来ます。それなのに、また芭蕉さん縁の場所を見付けてしまいました。
<尿前(しとまえ)の関>番所の役人の取り調べが厳しく通るのに苦労したと云う関所跡。ちなみに、義経が北へ逃げる途中で産まれた赤子がここで尿をしたという伝説あり。ついでに鳴子はその赤子が最初に鳴き声を上げた場所らしい・・・そういうの知ると、芭蕉さんもそうした様に義経の足跡も辿りたくなります。
ここを降りきったところにあります。芭蕉さんとは別の意味で苦労しました(;^_^A
お約束のツーショットで、今回の旅を締めくくります。
鳴子から東へ走り、何とかR4へ合流。後は北上するだけ。毎度のパターンながらR4は退屈です。
完全に日は暮れてます。
今回の走行距離は700kmちょっと。全開の松島同様、時速40㎞で計算すると全くスケジュールが合わなくなります。帰り道<中尊寺>に寄る予定でしたがさすがに断念。ほかにも寄りたい場所があったのですが、また今度と云う事で。
20:20 最後の休憩地<道の駅 石鳥谷>ここも定番になりました。一度昼に行ってみたい南部杜氏の里であります。
21:50 無事自宅へ到着。とりあえず荷物を降ろして、片付けその他は翌日へ持ち越します。
2015年の芭蕉さんの足跡をたどる旅は<福島県白河の関>を計画していますが、3日位かけないと厳しい様子。高速未使用で成り立つのか、しっかり計画を立てたいと思います。
PS.翌朝速攻で、曲がったミラーをラフ&ロード製に交換しました。
BAJA、お疲れさま。今回もありがとね(^。^)
2日目です。この日は朝4時に目が覚めてしまい、腹が減ったので・・・
朝飯のインスタントラーメンを自作ウッドガスストーブにて。
先客のご夫婦は7時頃起きて、早々に帰り自宅。「騒がしくてすみません」と声を掛けていただくも。「大丈夫です、僕は4時から起きてました」とコーヒー片手に余裕をかまします。
先客が車に荷物を収めた途端、大粒の雨が降ってきまして慌ててこちらも撤収です。雨降ってると面倒くさいです。何とか荷物をまとめBAJAに乗り、入り口のドライブインへ利用料300円を払いに行ったのですが、サイドスタンドを出し左足はステップに残したまま右足を大きく振りかぶった途端、リアBOXの上部のネットに入れてたゴミに足が引っかかり、そのままBAJAごと倒れてしまいました。朝っぱらから痛恨の立ちゴケ。
ミラー曲がってしまいました(T.T)
重い心を引きずりながら、雨の<鳥海ブルーライン>を上ります。
空はどんより。雨降る予報じゃ無かったのに。
バイクもライダーもワインディングは苦手なので、ゆっくりトコトコ登って行って
五合目のレストハウスへ到着。職場と自宅のお土産買って、BOXへ放り込みます。
格好悪いなと思いながらもホームセンター箱は便利ですね。濡れるとか気にしないで何でも放り込めます。乗っけて良かった^^
<鳥海山>を山形県側へ降りあちこち寄り道しながら、本日の目的地<堺田>へ向かいます。いまだにコンパスと1999年のツーリングマップルを見ながら走っているのですが、
時々、何処にいるのかわからなくなります。雨が上がっているのが幸い。
どうしようも無くなり、スマホナビを起動。すんごく便利。
R45、最上町の瀬見温泉。いかにも温泉街って感じです。
ちょっと脇道へ入り、
<山刀伐峠(なたぎりとうげ)>へ。
ここは、山賊が出るからと芭蕉さんが案内役を雇って越えた峠。今でこそ車で登って行けますが(とは云え、普通車一台分の道幅)、かなり苦労しただろう事が伺えます。寄り道ばかりでさっぱり進みませんが、やっとやっと念願の
<堺田・封人の家>へ到着。ここも一旦通り過ぎました。
なんと芭蕉さんが泊まった宿で、唯一現存(解体修理はしている)している家です。1689年だから325年前。これは凄すぎ、芭蕉ファンとしては聖地だったりします。ちなみに、ここで読んだ句は
「蚤虱馬の尿する枕もと」(のみしらみ うまのばりする まくらもと)
土間に馬屋があり、人馬同じ場所で生活するほど馬を大切にしている事を読んでます。250円で内部観覧が出来ますので、もちろん入って上がり込んで、館長さんに芭蕉さんの足跡をツーリングしていると話すと意気投合してしまい、囲炉裏端でコーヒーご馳走になって一時間程くつろいでしまいました。
芭蕉さんと弟子の曾良(そら)さん。
完全に時間がおしまくってます。夕方近いのにまだ山形。鳴子から古川に抜けてR4を走ると思うと気が遠くなって来ます。それなのに、また芭蕉さん縁の場所を見付けてしまいました。
<尿前(しとまえ)の関>番所の役人の取り調べが厳しく通るのに苦労したと云う関所跡。ちなみに、義経が北へ逃げる途中で産まれた赤子がここで尿をしたという伝説あり。ついでに鳴子はその赤子が最初に鳴き声を上げた場所らしい・・・そういうの知ると、芭蕉さんもそうした様に義経の足跡も辿りたくなります。
ここを降りきったところにあります。芭蕉さんとは別の意味で苦労しました(;^_^A
お約束のツーショットで、今回の旅を締めくくります。
鳴子から東へ走り、何とかR4へ合流。後は北上するだけ。毎度のパターンながらR4は退屈です。
完全に日は暮れてます。
今回の走行距離は700kmちょっと。全開の松島同様、時速40㎞で計算すると全くスケジュールが合わなくなります。帰り道<中尊寺>に寄る予定でしたがさすがに断念。ほかにも寄りたい場所があったのですが、また今度と云う事で。
20:20 最後の休憩地<道の駅 石鳥谷>ここも定番になりました。一度昼に行ってみたい南部杜氏の里であります。
21:50 無事自宅へ到着。とりあえず荷物を降ろして、片付けその他は翌日へ持ち越します。
2015年の芭蕉さんの足跡をたどる旅は<福島県白河の関>を計画していますが、3日位かけないと厳しい様子。高速未使用で成り立つのか、しっかり計画を立てたいと思います。
PS.翌朝速攻で、曲がったミラーをラフ&ロード製に交換しました。
BAJA、お疲れさま。今回もありがとね(^。^)