年賀状を25日午後3時郵便局に持って行きポストでは無く受付の人に渡した。これで元旦に届く、2021年のスタートも大丈夫。プリンターを新しくしたのでハガキの投入口がどこかわからず、インクも途中で無くなって、宛名印刷に苦労したが、一言メッセージも手書きで添えることが出来大満足。さあこれからは、掃除にとりかかろう。
年賀状の図案が完成したので、海外用クリスマスカードに同封して24日までに届くことを祈ってエアーメールで発送した。アメリカまでは110円、台湾までは90円、コロナで旅行できない分、多めに気持ちが届くと良いなあ。
春にはコロナ禍で行けなかったお墓参り、未だ収まりはしていないが秋彼岸の水塔場をお供えしに京都のお寺に行ってきた。親戚8基のお墓にお線香を立てお参り。お寺からのお赤飯の供養はなかったものの、なにかすがすがしい気分で帰宅することができた。
道路を挟んだ8軒で町内会の行事を行っている。18日は、組長引き継ぎを兼ねた新年会。タクシーで宴会場まで行き、今後の運営などについて話し合った。皆長年の知り合いなので、お酒も入り楽しい宴は話題が尽きることがなかった。
起きると同時に台所で野菜を刻んできた、例の呪文を唱えながらと書くとなんだかホラー映画の始りのようだが、今日は七草粥を食べる日、母がしていたように日の昇らないうちに春の七草を刻み、といっても今年、生の野菜は、白菜や小松菜など野菜室に眠っていた子達を使い、フリーズドライの七草を後で加えて粥を作ろうと思っている。この頃、生の七草を売っているところが少なくなった。皆作らなくなってきたのかな、10年後に続いているものは、何だろう。私たちが伝えていかねばならない伝統は、日本人の自覚は、母が生きていたら大いに語り合いたい議題だ。