志摩 ゆみのつづり方

以前は国際交流のボランティア一筋だったのですが、最近はスクエアダンスなるものにお熱を上げているmixのblogです。

コンベンション珍道中-4

2006-08-24 10:32:23 | SD
娘のパソコンから投稿。今までの分も一緒に。

7月1日(日)5日目:今朝はゆっくり目が覚めた。雑穀入りのお粥が用意されていた。中国や台湾で朝の屋台のお粥がおいしかったが、中国系の方はよく朝食にお粥を食べる。
食後、近くのCriscoという卸し専門のスーパーに案内された。大量だが安い。昔使っていたアメリカ製の日用品や、子供たちの好きだったお菓子などが目に入る。最近では日本でもほとんどのものを入手できるが値段が違う。ピーナッツバターは下の娘の大好物。ベビーシッターに預けて出かけると、はじめのころはその子だけよく泣いていた。兄が見かねて彼女にピーナッツバターをあげたところ泣き止んだと言う。アメリカの子供もよく食べる。代表的なお弁当がピーナッツバター&ジェリーサンドウィッチ。たぶん今でもそうだろう。私の考えではアメリカ人が育つのはピーナッツバターであり、太るのは砂糖だと思う。この量日本とはかけ離れている。
アメリカに来てからよく歩いている。靴も疲労に耐え切れず、履いてきたサンダルの紐の1本が切れて歩きにくくなった。そこで、次は靴のスーパーへ。多くの靴が並んでいるが、何となく2流品みたいだ。歩き易そうなサンダルと見つけ購入。
いったん荷物を家に降ろしてから、中華料理店へ。いんげん豆の炒め物、鶏肉と野菜の炒め物、魚の揚げ物など、食べきれないほどとってくれた。台湾の人が経営しているお店で、地元の人でにぎわっている。特に中華系の人が7割ぐらい占めているようだ。とにかく野菜がおいしい。ここのところ生野菜のサラダしか食べていなかったので、しっかり味付けされた野菜に飢えていたようだ。
Mingさんの案内でロサンジェルスのダウンタウンへ。あれが『ダイハード』のビル、あれが『プリティーウーマン』のホテルなどと、次々に説明をしてくれる。ビバリーヒルズの住宅街を抜ける。一軒一軒工夫を凝らし、整えられた家と庭が並ぶ。丘の上のほうにはもっと大きな邸宅が並んでいるそうだが、広すぎて門しか見えないとか。
ゲティミュージアムに着く。駐車場からはケーブルカーで上って行く。きれいな公園。ゆったりとした館内。有名な絵画のコレクション。申し分なし。海外旅行の楽しみの1つは美術館巡り。ゆっくり静かに鑑賞することができる。しかし、このような絵画が日本に来たとすると長蛇の列ができ、人ごみの中をゆっくり観ることさえできない。
夕方、中華の海鮮料理をご馳走になる。ここは夫のNoriや友のJohnも何度かつれてきたと言う。ボーイが大きな生きたロブスターをもってきて、これでいいかと聞いている。昼のレストランでもそうだが彼らとの会話は台湾語。私にはチンプンカンプン。Mingとの会話は英語、Keikoと私たちは日本語、彼らどうしは中国語か台湾語。しばらくしてロブスターのねぎ炒めが運ばれた。茹でてバターをつけるアメリカ風よりおいしい。またおなかいっぱい食べてしまった。このままでは私もアメリカ人になりそう。

7月2日(月)6日目の1:Keikoは5:40に出かけるというので、そのときに声をかけてもらった。スーツを着込んだ彼女は昨日とうって変わってワーキングウーマンになっていた。友達が来て、その女性を連れてオフィスまで行く。Carpool Laneという2人以上乗車した車のみが走行できる車線を走れるので朝夕はずっと早いそうだ。
 出発までの2時間。ゆっくり朝シャンをする。庭に出て取立てのトマトでもかじろうかと思っていたら、もう取ってあるからとMingさん。取立てのトマトの味を知らないなあ。朝日が当たる庭を散歩。それほど広くはないが、ちゃんとスプリンクラーが朝夕水撒きをする。紫陽花がきれいだ。雨が降らなくてもこんなにきれいなのかと思う。Mingさんが絞ってくれたオレンジジュースとトーストとトマトの朝食。絞りたてのジュースはおいしい。
 8時Mingさんが空港まで送ってくれた。Mちゃんの搭乗手続き。ここには日本語を話す人もいてMちゃんも安心そうだ。Mちゃんと別れ国内線のロビーへ。
サンフランシスコまでの機内で隣りの女性は20年前日本にいたという。私はそのころペンシルバニアのベスレヘムにいたというと、彼女の出身はその近くのバレーフォージとか。面白いめぐり合わせだ。コンベンションのことを話すと、Do Sa Doは好きだといった。2日前にデンバーで隣りの席の彼と結婚してサンフランシスコに行くところらしい。彼はアンコールワットで結婚を申し込んだんだと、ご馳走様。2人ともミッショナリーで、また、アジアに行くそうだ。日本に来たら寄ってねと、別れる。
空港で荷物を受け取り、電話でもしようとしていたら、JimとCarolynが来てくれた。Jimとは10年ぶり、Carolynとは3年ぶりだ。Jimはアメリカにいるとき日本語を習いたいと図書館を通して頼んできた生徒第1号。といっても、そのころの私は日本語教授法など知らなかった。私は彼から英語を習い、二人の交換レッスンが始まった。私の英語も上達しないが、彼の日本語も全然。しかし、日本への情熱は消えることがなく、わが一家の帰国の翌年、彼は待望の日本の土を踏むことになる。そして、狭い我が家の息子の部屋に居候。オートバイの好きなJimは日本語もままならないのに、ちゃんと中古のオートバイを買ってきた。3ヵ月後、ガールフレンドのCarolynが来てしばらく旅行し、数日間2人で我が家に泊まって帰っていった。その後Carolynは日本の企業に就職し、京都のほうに1年近く滞在した。その後も2人とも何度か日本を訪れている。
Carolynの車で彼女のアパートへ。2階のアパートではオウムが迎えてくれた。お土産を渡し、しばらく昔話に花が咲いた。3人でダウンタウンへ。コーヒーショップでサンドウィッチの昼食。昨日までは涼しかったのに、Hiromiはロスの暑さを持ってきたと言われた。ゴールデンゲートブリッジを渡ってミュアウッドナショナルモニュメントに行った。ここはレッドウッドという樹齢1000年以上のアメリカスギの森で、一歩中に踏みこむと今までの暑さは何だったのかと思うほどの涼しさ。散策道を1時間ほどかけてゆっくり歩く。遊歩道まで鹿が出てきて、私たちを見て慌てて木の陰に。リスも飛び回わり、もう自然そのまま。
車でミュアの海岸に出る。ここは涼しいというより寒いくらい。上着が必要だ。今日は街中があんなに暑かったので、ここに来たけど普通の日じゃもうフリージングだそうだ。でも、海ではちゃんと泳いでいる人もいる。不思議な光景だ。
サンフランシスコが見渡せるMount Tamalpais という丘の上に来た。マイクを持った女性、ビデオカメラを持った人、大きな機材を積んだバン。Weather Reportだ。この暑さと言った後、ペットボトルを取り出してこれはカロリーがないと言い出す。番組の途中にはさむCMだったようだ。
いったんアパートへ。Carolynの何度目かの滞在のときに彼女のお母さんエリーンが日本に遊びに来た。私も彼女の案内をしたことがある。フィラデルフィアに住むお母さんのことを訪ねると、先日電話をきて、今度サンディエゴに行くから会おうと電話があったという。彼女はサンディエゴとサンフランシスコが車でひとっ走りの距離だと思っているみたいといって笑った。
Carolynの現在のボーイフレンドのマイケルとも連絡が取れて、9時にLuluで夕食。薄暗いレストランにはロックが流れ、いかにもアメリカの若者が好きそうな空間だ。ムール貝、ブロッコリーの葉の炒め物、ピザ、スパゲッティなどが運ばれてきた。ここはカリフォルニアスタイルというか、家庭で食べるようにみんなで取って食べるそうだ。茹ですぎのスパゲッティ以外はみんなおいしかった。アメリカには何もおいしいものはないという人がいるけど、そういう人はマクドナルド以外知らないのじゃないかと思う。
デザートはマイケルのアパートへ。しゃれた造りのアパートで、壁にはトロフィーが並んでいる。彼はカーレーサーで、賞をもらったときのものだそうだ。ラズベリーをワッフルにのせたものとお茶を出してくれた。じきにCarolynはこのアパートに越してくるそうだ。そして、Jimは今より一回り広いCarolynのアパートヘ移動するらしい。
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2 コメント

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Unknown (かすみ草)
2006-08-24 21:00:34
小説を読むような感覚で読ませていただいてます。

場所も解らないけど、次はどうなるのかと・・・

mixさんは綴り方教室出身なんだ

納得です。

元彼のJimとは仲良しなんですね

続きを楽しみににしています。
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綴り方教室 (mix)
2006-08-25 10:43:15
綴り方教室出身ってほどじゃないです。そんなこと言ったら、出身の方に悪いわ。

文を書くことが大嫌いだったので、行ってみました。

そうしたら、今まで程嫌いじゃなくなりました。

だから、ブログもしているわけだわね。



あら???Jimのこと元彼だなんて!顔が赤くなっちゃうじゃない。
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