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ケセランパサラン読書記 ーそして私の日々ー

◇ 息子が弾いていたピアノと、ツレアイのピアノ独習の日々

 息子が幼稚園の時、秋の行事に学芸会みたいのがあり、そのプログラムには劇や楽器演奏があった。
 楽器演奏で、息子は年中さんの時も年長さんの時もトライアングルだった。
 
 ある時、息子がピアノを習いたいと言った。
 「ピアノ、好きなの?」と訊くと、息子は言った。
 「○○くん(息子の名前)は、ピアノを習ってないからトライアングルだねって先生が言ったの。ボク、ほかの楽器もやってみたい」と。

 先生の言わんとしたことは、楽譜が読めないからと、いうことだったのだろうとは、思う。
 
 息子は、どちらかというと、内向的で、活発に自己を主張するようなタイプの子どもではなかったので、私は先生に言われたというその言葉に胸が痛んだ。

 それから、息子とツレアイと私とで話し合いをし、息子の意志の固さと、それを尊重し、ピアノを習うことになった。
 ピアノの先生は、既にピアノを習っていた息子の友だちと同じ個人の方が教えていらっしゃる教室で習うことになった。
 
 初めてピアノを習いに行った日、先生はスケッチブックに「きょうからピアノをはじめます」と書いて息子の名前と、その日の日付けを記載し、息子をピアノの椅子に座らせて、そのスケッチブックを両手に持たせて写真を撮ってくれた。

               ←その写真がこれ。  
                                          日付けは1991年12月3日とある。

  ☆ 左側の写真はおまけ。息子が柔道の黒帯になった時の記念写真。これも柔道の先生が撮ってくれた。

 それで、ピアノの話に戻ると、
 息子は6歳から始めたピアノを大学へ行くまで、同じ先生の教室で習い続けた。
 習い始めるきっけはどうであれ、どんな吹雪の日でも、黙々と通い続けた。
 息子は、ピアノが好きだったんだろうと思う。

 その先生の教室では、習い続けた時間というか年数の最長不倒の記録を樹立した!!
 先生は、息子の進度に合わせて、演奏した曲をラジカセで録音して下さり、その都度、息子に持たせてくれた。

 息子の部屋から、ベートーヴェンの「月光」などが聞こえてくると、我が家に生のピアノの音で「月光」が聴けるなんてと、晩ごはんの支度をしながら、少々感動したものだった。

 
 やがて息子が関西の大学へ入り、その先生の教室をいよいよ、辞めることになった。
 息子が、多分、クラッシックギターもやってみたいというようなことを、言ったことがあるらしく、先生は、大学入学のお祝いだとおっしゃって、ご自分が弾かれていた大切なクラッシクギターを下さった。
 
 

 息子が高校1年になったその年の春に、ツレアイが北関東へ転勤した。
 息子と私はそのまま札幌へ残った。
 息子が大学へ行ったのを機に私も北関東へ移ったが、住まいはそのままにして2,3ヶ月の1度ぐらいの割合で私が札幌の家の様子を見に戻ってきていた。
 ピアノも息子の部屋に置きっぱなしになっていた。

 そして、3年前、ツレアイが定年退職したので、札幌の家に戻ってきた。
 15年ぶりにピアノを調律してもらった。

 そうすると、ツレアイがピアノを弾くようになった。
 「おとなのための独習バイエル」を楽器店で買ってきて、1日2時間ぐらい練習していた。
 
 すると、ここ最近のこと、なんと、ショパンの「ワルツ19番イ短調」を弾いているではないか。
 「えっ!? これショパンじゃないの!!」と、私は、やっぱり晩ごはんの支度をしながら、驚いた。
 まさか、ショパンが聞こえてくるなんて。

 まだまだ、たどたどしく弾いているが、ちゃんとショパンの遺作だったという「ワルツ19番イ短調」の曲が、聞こえている。

 びっくりである。    




 Claudio Arrau - Chopin Valse No.19 A Minor, Op. Posth

             


 









 
 

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