ひまわりおじさんの神戸ナウ
8月29日 土曜日 晴れ 暑い
ネットアートの話に戻ります。
神戸市の21世紀復興記念事業が終り、これからどう生きて行こうという時に、
阪神・淡路大震災記念「人と防災未来センター」が出来ました。
さしあたって、「語り部」にボランティアとして参加しました。
2001年4月の事です。これが、気付けばそのまま現在に続いているのです。
そんな中、2004年10月23日に中越大震災が起きたのです。
阪神淡路大震災の経験を生かしたい。「役に立ちたい」そんな一心で中越に向かいました。
色々な事をしましたが、ネットアート作りもその一環でした。
混乱の中、長島村長に「山古志村民の夢づくりと元気アップにネットアートを作ります」
そう訴えたのを思い出しました。
当時の新聞記事がありました。
先ずは闘牛のネットアートを制作しました。
1匹は、山古志村支援の話をして、神戸市立王塚台中学校にお願いし、生徒さんと作りました。
もう1匹は、当時山古志村の仮設役場の近くにあった、長岡市立青葉台中学校の生徒さんと行くりました。
そして完成したネットアート2枚を青葉台中学校の校舎に展示「闘牛」にしました。
新潟日賦にも取り上げられました。
闘牛のネットアートは、山古志の仮設役場からよく見えました。
晴れた日も雪の日も、風で揺れ続けました。
吹雪の中の「闘牛」です」。
展示してまもなくは、「おじさん。あれ見ると涙が出てくる」と言われました。
しばらくすると、闘牛を開催している人たちから言われました。
「ワシら必ず牛の角突きを復活させるから」と。
その言葉を耳にして、胸を熱くしたのを思い出しました。
ネットアートが心の復興を応援していました。
この2点の制作は、もう16年も前の話になりました。