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閑寂肆独白

ひまでさびしい本屋のひとりごと

いまさらながら場所柄の違い。

2020-08-06 08:32:34 | 日記

 先だって小生より若い同業者が「これ面白かったですよ。古賀さんも興味あると思う、もう読んでしもうたけんあげます」 という本。神戸で定年前に退職し「念願の」古本屋を始めた人の本。日誌あるいはブログの集積のようなものだ。 一読して少しびっくり、小生も知る人の名前がちらほら、著者は「社会主義協会」「社青同」の活動家だったようで、向坂逸郎以下の名前が出てくるのは当然なことだけれど、三池労組の後を引く人とつながっているのに興味を持った次第。 その古本屋の成り行きについては、さすがに神戸という「都会」であることを知らされる。古本屋の一番の仕事である「買い入れ」のことが良く書かれているが、相手のお客さんの層、種類がわが大牟田とはまるで違う。 現役・元含め大學教授・講師というお客さんが次々と出てくる。 わが店を思うとこの40年の間に「大学教授」の本の整理は幾人あっただろうか、やっと片手指というくらいでしかない。 大牟田は最盛期にやっと二十万人、今や半分の人口の町だが、かつて40年前は6軒もの古本屋があった。 
 やってくる外来の「古本」に興味を持つ人たちには「大学もないのにどうして?」と不思議がられていた。「文化の程度が高い」という記者がいたけれど、それは違うとずっと思っている。小生が家業としての古本屋を継ぐときかなり熱心に「止めた方がいい、どうせやるなら都会に出よ」といってくださった先輩業者がいらした。「せめて神戸くらいまで出てきなさい」とはまさに有名な(であった)神戸・元町の「黒木書店」の先代。 
 一応大牟田では一番古い家、その当時のこの商店街は殷賑を極めていて、日銭は上がる、
 まず小生は一人息子で家と母を放っておくわけにはいかない、あれこれあってついにこの地を離れきれずに「ネマッテ」しまった結果だ。 このところ一軒片付けの話が続く。
 神戸の買い入れとは雲泥の差であるが これらについては別の機会に。