庭を考える

庭を通じて生活のあり方を考える。

京都~大原、三千院🎶 Ⅱ

2017-09-07 10:53:57 | 旅行

京都は名所 名刹が多く観光する立場としては何処を巡ろうかと考えてしまいますね。

前日は無鄰菴を訪れた後に南禅寺に向かいました。ただ自分もそのうちの一人だろうと言われればその通りなのですが、人を見に来ているような混み様なので鑑賞に耽る雰囲気ではありませんでした。どうしてもということなら早朝に訪れることでしょうか。

というわけで、4日は大原に向かうことにしました。京都はバス網が発達しており、バスの1日券500円で市内はほとんど乗り放題です。大原は郊外になりますのでプラス料金が発生しますが、市内から1時間余り乗車することになりますので当然といえば当然です。鴨川沿いを走りそれが高野川になるころはいよいよ山道になります。後でも述べますが今ではバスで1時間余りですがその昔大原女は徒歩で、京都の町へ行商に出ていたのですね。

バスターミナルに着き先ずは寂光院に向かうことにします。バスを降りた観光客は終点ではほとんど着座をしていたほどの人数でしたので、三千院へ向かう方もいたので寂光院へ向かう方はまばらでした。刈り取り中の稲田の間を20分程度で寂光院につきました。

 

聖徳太子が建立されたと伝えられますが、平家が壇ノ浦で滅亡後、平清盛の娘が建礼門院とし平家一門と我が子安徳天皇の菩提を弔うため終生依拠したと伝えられます。

 丁度住職のお話をいただくことができました。建礼門院は29歳で入院(じゆいん)36歳で遷化されたとのこと。僅か7年をどのような思いで過ごされたかは、私には推し量るべきもありません。侍女は大原女となり日々の生活をお支えした。そのうちのひとつとして柴漬けが産物として今は広く知られるところとなりました。

 

  幾多の困難を越えた寂光院でほっこりするお地蔵さん。【私見)

 

寂光院本堂は平成12年に放火による火災で焼失しています。すっかり忘れていましたが当時新聞などでも大きく取り上げられていました。

本尊の六万体地蔵尊は表面は焼けたものの体内地蔵は一部は焼け残ったそうです。また5年の期間を越え本堂も再建し本尊も修復され別途安置されています。

現在本堂に安置されている地蔵尊はいわば二代目です。

さて寂光院を後にし、三千院へ向かいます。

こちらもあまりにも有名な寺社 境内もお参りさせて頂きました。

帰り道ふと見ると石碑が・・・

 女ひとり 故永六輔氏作詞の石碑です。右下に平成25年に撮られた石碑脇に立たれている写真が添えられていました。

この後市内に戻り新幹線で京都を後にしました。

 

 

 

 



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