芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

永井式「音響オルゴール」について

2016年02月19日 | コラム
                    

 オルゴールのマイスター永井淳さんにお会いしたのは、今から12年も前になる。ゲートシティホールでの夏休みイベント「オルゴール展」であった。彼のブースだけは完全クローズの部屋で、他のコーナーからの雑音は遮断されていた。
 オルゴールと聞けばピンピンと金属の櫛を弾く音で、ちゃちなオモチャかそれに類いするもの、あるいは装飾過多な宝石箱のようなものであった。
 しかし、永井式オルゴールは「楽器」なのである。それはこれまでのオルゴールのイメージや概念を変えるものであった。
 楽器としてのオルゴールの秘密は、振動を共鳴させる木の箱にあり、バイオリンやチェロ、ピアノと同じ、楽器なのである。響板にはこれらの多くの楽器に用いられているスプルス材を使用しており、また少しぜいたくだが、全て無垢材を使用している。無垢の木材だから出せる良質の響きがあるのだ。今どきのオルゴールのほとんどは合板を使用しているのである。
 音は木の繊維を伝わって響く。響板木の繊維をできる限り途切れさせないために、日本の伝統工芸「江戸指物」の技術が生かされている。釘は使わず、接着剤も使わない。それが至高の音質を可能にしている。
 「江戸指物」は質実剛健で装飾も少なく武家に愛用された。一方「京指物」はどこか華やかで、飾り彫りや透かし彫りのものもある。これは木の繊維を途切れさせてしまう。装飾過多では良い音は出ないという。
 「江戸指物」の永井式オルゴールの塗装は、音の響きに影響を与えないように、楽器に使用されているセラックニスだけである。自然が作り出した木の色や木目の美しさを際立たせるように、無色透明の食用セラックニスというこだわりである。厚い漆塗装や、ラッカー塗装を施すと、響きに影響を与えて良い音が出ない。ラッカー塗装は経年劣化で硬化し、ひび割れが入ることもある。
 永井式のシリンダーオルゴールの箱は三本脚である。このオルゴールはサウンドボックス(共鳴台)の上に置いて使用する。共鳴台はどう置いても同じ圧力がかかるように、これも三本脚にしてある。ピアノの三本脚と同じ理由からである。
 この箱を重ねると、高音から低音まで広がりと深みのある音が奏でられるのだ。これは驚きだ! これが本当にオルゴールなのか! オルゴールとはこういう音色が出せるのか。高音がきれいだ、低音がずっしりと心地よい。
 ディスクオルゴールは、バイオリンと同じ造りのサウンドボックスを、外箱にはめ込んでおり、繊細かつダイナミックな音が大きな特徴となっている。このオルゴールはディスクを取り換えるだけで、色々な曲を楽しむことができる。
 一番大きなディスクオルゴールは音響機器(マイクやスピーカー等のPA機器)を使わずに千人収容のホールの一番後ろの席まで響き渡るのである。オルゴールとはこんなに大きな音が出るものなのか! 実際に中野ゼロホール(千席)でオルゴールのコンサートをやっている。
 永井氏はこともなげに言う「ピアノやバイオリン、チェロなども、PAを使わずに後ろまで届くでしょう」
「スピーカーから出る音は直線的に向かってくる音。オルゴールなどの楽器は、人を包み込む音なんです」…優しく、柔らかな、温かい音色だ。これは心地よい。
 楽器としての永井式「音響オルゴール」はNHKの「美の壺」に取り上げられた。また「おもいっきりテレビ」でこのオルゴールを取り上げた みのもんた氏は「これ本当にオルゴール?」と言った。日テレが みの氏のアナウンサー生活40年を祝って何かプレゼントを贈りたいと申し入れると、彼は「永井さんのオルゴールが欲しい」と言った。日テレは永井式音響オルゴールをプレゼントした。「ちい散歩」の地井武男氏は永井さんのアトリエを訪ね「これ、本当にオルゴール?」と感嘆した。「ぶらり途中下車の旅」の出演者も永井さんのアトリエを取材し、眼を丸くしている。
 本当に「これ、オルゴール?」と言わしむる、オルゴールのイメージと概念を変える至玉の音色なのである。

                     

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