芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

豊洲新市場の問題

2016年09月24日 | コラム
                                                            

 築地市場の豊洲移転問題は、ますます「藪の中」である。
 築地市場の青果市場には、以前イベントの仕込みで、何度かお世話になったことがある。たまたま今年の春に築地市場の最後のイベント「ありがとう築地」に関わった。確かに築地市場の老朽化は目につき、移転はやむをえないように思われた。
 ちょうどその頃、私がいつも注目しているブログのひとつ、「建築エコノミストの森山ブログ」に「豊洲の新市場が大変らしい」というシリーズが掲載され始めた。森山高至氏は新国立競技場問題の頃から、面白いと思っていた。その指摘も問題の剔抉も正鵠を射ていた。
 豊洲新市場の問題点として挙げられている数々を、知れば知るほど、これは施設の利用者のことは何も調査もせず、その意見を汲み上げてもいないと思われた。設計仕様書を提示した東京都のミスか、日建設計のミスか。あまりにも杜撰に思われた。

 先ず床荷重が1平方メートルあたり700キロであるという。市場内を走り回るターレの自重は1トン近くあり、これに運転者が乗り1トン近い荷を載せる。それに対して都側、移転推進派は、車輪は分散するので荷重が一点に集中するわけではないから大丈夫だという。しかし水槽は1トンを超えるものが多く、また一箇所に積み上げる荷も1トン近くなるだろう。すると都側は床の梁のある場所を教えるという。なんだそれは。つまり重い荷を置いて可能な場所と不可能な場所があるということか。
 また仲卸店舗の各ブースは壁で仕切られており、幅が1.4メートルに過ぎず(実際はそれより狭い)、大きなマグロをさばく刀のようなマグロ包丁も使えない。店舗面積は築地より広いというが、要するに鰻の寝床のように長くなって通路部分も含まれる面積なのである。
 ターレを載せるエレベータの数が少なく、エレベータ前は大渋滞になりかねない。またターレの通るスロープはカーブが急で、大減速して注意深く曲がらなければならず、大渋滞になりかねない。またここでも曲がる際に満載した積荷が落ちかねず、荷が散乱すれば大渋滞と怒号は必至である。
 トラックバースは10トン車が縦に56台並んで駐車可能という図面だが、市場に出入りする10トントラックのほとんどはウィングボディ(横開き)なのである。設計者は築地市場を見ていないのだろう。ウィングボディならフォークリフトで作業も早くスムースだが、後ろ開きの場合は荷の積み込みは倍以上の時間がかかってしまう。
 またトラックバースのプラットホームは狭く、フォークリフトが動き回るスペースがない。何を考えて設計したのだろうか。豊洲はコールドチェーンを売り物にし、建物全体が冷蔵庫のようなものだが、このトラックバースに面した扉は開いたままでなければ作業効率が悪く、実際は開いたままになるだろうと予想される。これは冷蔵庫の扉を開けっ放し状態にすることと同じで、想定の冷温状態は保てまい。
 さらに明らかになったことは豊洲新市場の壁に入れられている断熱材の厚みはわずか5センチで、これは一般住宅の断熱材の厚みと同じらしい。これでは冷房費用が予想をはるかに超えてかさむだろう。また保冷効果は上がるまい。
 設計図では荷捌場の押さえコンクリートの厚さは、わずか1センチで、開場ほどなくヒビ割れを起こすと思われる。その指摘に対し都は、現場で厚さを15センチに修正して打っているので問題ないと答えたらしい。工事現場の監督がさすがに1センチの厚みに不安を抱いたものらしい。しかし、それで新たな重大な疑義が発生する。
 建物の構造計算は1センチのコンクリートの厚みでなされ、建物の耐震基準をクリアしているらしい。しかし15センチの厚みのコンクリートをあの広いフロアに打った場合の構造計算はなされておらず、構造計算上は耐震基準もクリアできないかも知れないという。
 予算も異常な膨らみ方である。土壌汚染対策工事費は当初の586億円から858億円に、建物の建設費は990億円から2752億円に、坪単価70万円から220万円(最上級ホテルのスゥィートルームと同じような坪単価)に膨らんでいる。豊洲市場のような倉庫状の伽藍堂建築物の坪単価は、だいたい30万から40万円だという。… 

 そんなこんなのところに、あの謎の地下空間の発覚である。
 時系列で並べてみると見えてくることがある。1998年あたりから、東京都は東京ガスに売って欲しいという打診を始めている。2001年1月、環境基準の1500倍のベンゼンが検出されたが、東京都と東京ガスの間に最初の覚書が交わされる。同年7月に東京ガスとの間に土地譲渡に関する合意を得たという。
 2005年、東京都は東京ガスと確認書を交わした。その時の都の代表は都知事本局長の前川耀男氏と市場長である。同年、前川耀男氏は東京ガスの執行役員に天下っている。
 2007年5月に専門家会議が立ち上がる。同年9月環境基準を上回るベンゼンが検出される。専門家会議で都側から建物下の地下利用について意見を求められたが、専門家たちに否定される。最初の盛り土案は都側から出され、それを専門家たちが検討したという。
 2008年、豊洲の市場予定地の土壌から環境基準の860倍のシアン化合物と43000倍のベンゼンを検出した。同年7月、専門家会議は都に盛り土を提言し解散した。
 同年8月、技術会議が立ち上がっている。この技術会議で、都側からまた地下空間とその利用について意見が出されたが、問題にもされなかった。その後の会議は盛り土案をいかに技術的に進めるかに終始したという。
 また東京ガスは100億円で土壌汚染対策工事を実施している。
 
 2011年3月11日、東日本大震災に見舞われた。豊洲の市場予定地は百箇所以上で砂と泥を噴出し、液状化を起こした。その時の噴出した土砂の土壌が汚染されていたかどうかは不明(発表されていない)である。おそらく環境基準をはるかに超える汚染が確認されていたのではないか。
 東京都は東京ガスとの契約を急いだ。都は東京ガスに対し、土壌汚染対策工事に追加で78億円を負担させることとしたが、ほとんど瑕疵担保特約なしの契約に等しかった。土壌汚染対策費のほとんどは都が負担し、3月31日、東京都は東京ガスと東京ガス豊洲開発から、10.5ヘクタールの土地を559億円で購入した。なお未取得用地も今後取得の見込みと発表された。最終的に合計40ヘクタールを1859億円で取得している。
 また同月、都は日建設計と設計契約を結んだ。都から日建設計に示された仕様書には「空洞」はなかったというが、同年6月日建設計が提出した設計図では、建物下は「空洞」になっている。日建設計が都から示される変更仕様書なしに空洞の設計にすることは考えられない。
 先述したように、その後東京都が土壌汚染対策工事費(盛り土の工事費)は、当初計上した586億円から858億円に膨らんでいるが、その盛り土は豊洲新市場用地の三分の一を占める建物の下では行われていなかったのである。盛り土がなされなかったにも関わらず、なぜ工事費は膨らんだのか。また盛り土がされずに浮いた金はどこに回されたのか。
 2011年8月に、その土壌汚染対策工事に関する契約を、都はゼネコンと結んでいる。仕様書は建物部分以外の盛り土である。
 2013年2月、日建設計は建物下空洞の実施設計書を東京都に提出し、同年12月に東京都は建物下が空洞の設計図を完成させている。

 おそらく2011年3月11日の東日本大震災で、東京は震度5強の長い揺れに襲われたが、液状化した地下から相当危険なものが噴出したにちがいない。それをそのまま発表すれば、そもそも豊洲への市場移転はあり得なかったのだろう。
 だから技官やその上司たちは、それを隠してでも、「築地市場の豊洲移転」という絶対命題を忠実に履行し、秘守しなければならなかったのだ。あの危険な物質は、震度5で湧出するのだ。近い将来、それは再び東京を襲うだろう。また盛り土をしても、長い年月で、それらが再び出てくることは十分考えられた。ならば建物下を空洞にし、地下水管理ポンプと浄化装置で処理しようという案を選択したのであろう。 
 しかし技官たちは建物下の空洞を隠さなければならなかった。そもそもその危険物質の湧出は、食べ物を扱う市場としては不適格なのだから。

 2013年12月から2014年11月に、都は技術会議に全ての盛り土の完了を報告し、同月から地下水のモニタリングを開始した。また2014年2月から市場の建屋の建設に着工している。
 2015年7月に舛添知事は築地市場の豊洲新市場への移転を2016年の11月7日にすると発表した。
 誰も責任はとらないだろう。都に限らず、大日本帝國時代から日本は責任を曖昧化模糊とするシステムがあるのだろう。大日本帝國の軍官僚たちが暴走しても、誰にも止められず、また誰も責任をとらない。あれとまったく同じだ。
 アレックス・カーの言う通り、日本は優れた機械だが、ブレーキがない。だから不必要なダムも高速炉もんじゅも、ギロチン堰も、高速道路も新幹線もリニア新幹線も、一度走り出したら誰も止められないし、止めようともしない。その責任は誰が取るでもなく、曖昧のままである。
 都知事の角印は部課長クラスですら持っているという。角印の主は説明を受けた記憶がなく、自分の認識とは違うと言う。角印が捺されていても、本人が捺したものとは限らず、その記憶も曖昧という、誰も責任をとらぬシステムなのだろう。
 私には、「築地市場の豊洲移転」という絶対命題を忠実に履行するため、それを阻害する要因を隠し、秘守しなければならない都の役人(技官)たちの傲慢と苦渋を思う。彼らは自らに箝口令を課しているのかも知れない。彼らは軍官僚と同じなのだろう。

 そもそも豊洲新市場に移転し稼働したとしても、稼働経費が膨大で採算が取れず、ほぼ三年で破綻すると予想する専門家も多いという。


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