はちみつブンブンのブログ(伝統・東洋医学の部屋・鍼灸・漢方・養生・江戸時代の医学・貝原益軒・本居宣長・徒然草・兼好法師)

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貝原益軒の養生訓―総論下―解説 044 (修正版)

2015-12-29 18:07:20 | 貝原益軒の養生訓 (修正版)
(原文)

或人の曰、養生の道、飲食色慾をつゝしむの類、われ皆しれり。然れどもつゝつしみがたく、ほしゐまゝになりやすき故、養生なりがたし、といふ。我おもふに、是いまだ養生の術をよくしらざるなり。よくしれらば、などか養生の道を行なはざるべき。水に入ればおぼれて死ぬ。火に入ればやけて死ぬ。砒霜をくらへば毒にあてられて死ぬる事をば、たれもよくしれる故、水火に入り、砒霜をくらひて、死ぬる人なし。多慾のよく生をやぶる事、刀を以、自害するに同じき理をしれらば、などか慾を忍ばざるべき。すべて其理を明らかにしらざる事は、まよひやすくあやまりやすし。人のあやまりてわざはひとなれる事は、皆不知よりおこる。赤子のはらばひて井におちて死ぬるが如し。

灸をして身の病をさる事をしれる故、身に火をつけ、熱く、いためるをこらえて多きをもいとはず。是灸のわが身に益ある事をよくしれる故なり。不仁にして人をそこなひくるしむれば、天のせめ人のとがめありて、必わが身のわざはひとなる事は、其理明らかなれども、愚者はしらず。あやうき事を行ひ、わざはひをもとむるは不知よりおこる。盗は只たからをむさぼりて、身のとがにおち入事をしらざるが如し。養生の術をよくしれらば、などか慾にしたがひてつゝしまずやは有べき。

(解説)

 益軒は、ここで「知」という単語の意味の定義をしています。ある人が言ったのです。

「養生の道、飲食色慾をつゝしむの類、われ皆しれり。然れどもつゝつしみがたく、ほしゐまゝになりやすき故、養生なりがたし」

 知っている、しかし出来ない。益軒にとっては、それは本当に知っているとは言わないのです。『韓非子』説難には、「知の難きに非ず、知に処するは則ち難き也」と、知ることが難しいのではなく、知識を適切に使うことが難しいのである、とありますが、益軒の言う「知」はこの「処知」に近いでしょう。

 『易経』蹇彖には、「険を見て能く止まる、知なる哉」と、危険を予測して止めることが出来ることが知であるとありますが、益軒の言う「知」はまさにこれです。行動の伴わない知は不十分な知であり、また厳密には知でないのです。

(ムガク)

(これは2011.3.16から2013.5.18までのブログの修正版です。文字化けなどまだおかしな箇所がありましたらお教えください)


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