大阪市北区で行政書士・海事代理士・マンション管理士を営んでいる原田行政書士法務事務所の駅ブログ

主に学生時代から撮り続けている全国の駅の写真等をブログで毎日公開しています。

紀勢本線 稲原駅!

2020年07月05日 | 

和歌山県日高郡印南町大字印南原にあるJR西日本の稲原駅は、亀山駅から紀伊半島を海沿いに新宮駅、紀伊田辺駅を経て和歌山市駅までの384,2kmを結んでいる紀勢本線の一般駅として、1930(昭和5)年12月14日に開業しました(開業時は紀勢西線に所属)。

長い相対式ホーム2面2線を有する無人駅です。
開業時の1930(昭和5)年12月に建てられた木造駅舎が上りホーム(紀伊田辺方面行きホーム)側にあり、下りホームへは跨線橋で連絡しています。

2018(平成30)年度の1日の平均乗降人員は157人で、これはJR西日本に属する紀勢本線の全55駅中35位です。

稲原駅が属する紀勢本線は、紀伊半島を海沿いに半周する路線で、新宮駅を境に東側のJR東海が管轄する区間は非電化であり、西側のJR西日本が管轄する区間は直流電化されています。 そして、亀山駅~新宮駅(構内のぞく)間はJR東海の東海鉄道事業本部、新宮駅~和歌山市駅(構内のぞく)間はJR西日本の和歌山支社が管轄しています。

  <稲原駅の年表>

 ・1930(昭和5)年12月14日:国鉄紀勢西線の一般駅として開業
 ・1959(昭和34)年7月15日:紀勢西線が紀勢本線の一部となり、同線の駅となる
 ・1968(昭和43)年9月3日:当駅~和佐駅間が複線化
 ・1977(昭和52)年4月5日:印南駅~当駅間が複線化
 ・1985(昭和60)年3月14日:駅の無人化
 ・1987(昭和62)年4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる
 ・2003(平成15)年10月1日:コンコースの喫煙コーナーを廃止
 ・2015(平成27)年7月17日:台風11号による被害で新宮駅~和歌山駅間が不通になったことにより、営業休止
 ・2015(平成27)年7月18日:営業再開
 ・2020(令和2)年3月14日:IC乗車カード「ICOCA」の利用が可能になる

 
(駅 名 標)

 
(跨線橋から紀伊田辺方面を望む)

 

 

 
(稲原駅駅舎)

 
(駅 舎 内)


 撮影年月日:2017(平成29)年8月15日


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今日は梨の日!

2020年07月04日 | 今日は何の日

7月4日は梨の日です!

鳥取駅東郷町(現・湯梨浜町)の「東郷町二十世紀梨を大切にする町づくり委員会」が、梨の消費拡大を願って2004(平成16)年に7月4日を「梨の日」に制定しました。

日付は「梨=な(7)・し(4)」の語呂合わせです。

梨は数少ない国産の果物ですが、その梨の歴史は古く、日本では弥生時代の頃から食べられていたそうで、登呂遺跡などから食用にされたとされる根拠の種子が多数見つかっています。

梨が文献に初めて登場するのは、奈良時代の歴史書で720(養老4)年に完成した日本書記で、そこには梨の栽培技術が書かれています。
また、梨の品種名が文献に現れるのは、江戸幕府が1735(享保20)年に行った特産品調査で、当時すでに梨の栽培技術が発達していたため150もの品種が記録されています。

梨の品種改良は20世紀後半から行われるようになり、現在では幸水(1959年命名=梨生産量の34%)・豊水(1972年命名=梨生産量の30%)・二十世紀(1898年命名=梨生産量の13%)・新高(1927年命名=梨生産量の11%)の4品種で梨の収穫量の約90%を占めています。

ところで、梨という名前の語源については、

 1.中心部ほど酸味が強いことから「中酸(なす)」が転じたものとする説
 2.風があると実らないため「風なし」で「ナシ」になったとする説
 3.果肉が白いことから「中白(なかしろ)」が略されて「ナシ」になったとする説
 4.梨は次の年まで色が変わらないことから「なましき」が転じたとする説

など、さまざまな説があります。


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信楽高原鉄道 紫香楽宮跡駅!

2020年07月03日 | 

滋賀県甲賀市信楽町牧字下山にある紫香楽宮跡駅は、、JR草津線の貴生川駅と信楽駅とを結んでいる全線単線非電化の信楽高原鉄道信楽線(14.7km)の駅として、1987(昭和62)年7月13日に開業しました。

信楽方面に向かって右側に配置された単式ホーム1面1線のみを有する無人駅で駅舎はなく、ホームへ直接ホームに入る形になっています。

紫香楽宮跡駅の利用客は少なく、2018(平成30)年度の1日の平均乗降人員は60人で、これは信楽高原鉄道信楽線の全6駅中5位です。

紫香楽宮跡駅が属する信楽高原鉄道は、旧国鉄の第1次特定地方交通線だった信楽線を転換した第三セクター鉄道で、滋賀県内の鉄道路線で唯一の非電化路線です。 そして、信楽線のうち全長の約半分を貴生川駅と紫香楽宮跡駅の間の勾配区間が占めています。

  <紫香楽宮跡駅の年表>

 ・1987(昭和62)年7月13日:信楽高原鉄道信楽線の駅として開業
 ・1991(平成3)年5月4日:貴生川駅~紫香楽宮跡駅間の小野谷信号場付近で、JR西日本の臨時快速列車と信楽高原鉄道の普通列車との正面衝突事故が起きて全線が運休してことにより、営業休止
 ・1991(平成3)年12月8日:全線が運行を再開したことにより営業再開
 ・2013(平成25)年9月15日:台風18号による水害で杣川に架かる杣川橋梁の一部が流出したため、全線が運休になったことにより営業休止
 ・2014(平成26)年11月29日:全線が運行を再開したことにより営業再開

 
(駅 名 標)

 
(貴生川方面を望む)

 
(踏切上から信楽方面を望む)

 
(ホームへのスロープ)

 

 
(駅前にあるトイレ)


 撮影年月日:2019(令和元)年8月12日


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たわしの日!

2020年07月02日 | 今日は何の日

7月2日はたわしの日です!

1915(大正4)年の今日(7月2日)、西尾正左衛門商店(現在の亀の子束子西尾商店)が、カメの甲羅のような「亀の子束子」の商標特許を取得しました(特許第27983号)
この特許の申請をするまでは正式な商品名がまだ決まっていませんでしたが、ある日、息子が飼っている亀が桶の中で泳いでいるのを見て、「亀の形がたわしに似ている」ことや「亀は水と縁がある動物」「亀は長寿であり縁起がいい」とのことから、「亀の子束子(たわし)」という商品名になったのでした。

このことを記念して、東京都北区滝野川に本社を置き、「亀の子束子」を中心とした様々な掃除用品などを製造している株式会社「亀の子束子西尾商店」が、7月2日を「たわしの日」に制定しました。

亀の子束子は、一定の長さに切ったスリランカ産の椰子の実の繊維(パーム)を針金に挟み、捩じって棒状にしたものを折り曲げて楕円型に成型したたわしのことで、松下幸之助の「二股ソケット」、石橋正二郎の「ゴム足袋」と並び「日本三大発明」と称されています。

この亀の子束子が考え出されたのは1907(明治40)年のことで、初代社長である西尾正左衛門の妻が売れ残っていたシェロ製の玄関マットの一部を切り取って曲げ、床を磨くのに使っていたのを正左衛門が見て、亀の子束子のアイデアが思いついたそうです。当時のたわしは藁や麻縄を編んだものが主流であり、棕櫚を使ったものはこれまで考えられていませんでした。

亀の子束子が誕生して以来、明治・大正・昭和・平成・令和と100年以上経った今でも年間に約100万個製造され、世界30ヶ国に輸出されています。

  

 

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小浜線 松尾寺駅!

2020年06月30日 | 

京都府舞鶴市字吉坂にあるJR西日本の松尾寺駅は、北陸本線の敦賀駅と東舞鶴駅とを結んでいる全線単線の小浜線(84,3km)の一般駅として、1922(大正11)年12月20日に開業しました。

かつては島式ホーム1面2線を有していて列車交換可能が可能でしたが、1999(平成11)年10月2日のダイヤ改正から上下列車の交換が行われなくなったので、現在は敦賀方面に向かって右側に配置された単式ホーム1面1線のみの無人駅です。
開業時の1922(大正11)年11月に建てられた木造駅舎は2009(平成21)年4月に改修され、ホームへは階段を十数段上がります。

2018(平成30)年度の1日の平均乗降人員は93人で、これは起終点駅を除く小浜線の全22駅中19位です。

当駅の駅名は、青葉山の中腹に位置する西国三十三所第29番札所の松尾寺に由来しています。

松尾寺駅は金沢支社の管轄する駅としては最西端に位置する駅で、また金沢支社では唯一京都府内にある駅でもあります。

かつてこの松尾寺駅から舞鶴港に面する日本板硝子舞鶴工場まで約6kmの貨物専用線があり、ピーク時の1968(昭和43)の当駅の貨物取扱量は板ガラスだけでも20万3,000トンに達し、福知山鉄道管理局管内で最大の貨物取扱駅でしたが、この貨物線は1997(平成9)年3月22日に廃止されました。

松尾寺駅が属する小浜線は、若狭湾に沿って敦賀市・小浜市・舞鶴市の各都市を結んでおり、沿線には海水浴場が多く、三方五湖や名勝蘇洞門、国宝明通寺、若狭彦神社などの社寺といった観光地を控えていることから行楽・観光路線となっています。しかし、並行する国道のバイパス建設や高速道路の開通によってマイカーに利用客が流れており、近年は学生を中心とした地域住民の足として利用されています。

 <松尾寺駅の年表>

 ・1922(大正11)年12月20日:国鉄小浜線の一般駅として開業
 ・1943(昭和18)年12月21日: 松尾寺駅~火薬廠間の朝来側線が竣工し、第三海軍火薬廠鉄道側線として使われる
 ・1959(昭和34)年4月:朝来側線が日本板硝子舞鶴工場の専用線として運行開始
 ・1986(昭和61)年11月1日:駅の無人化
 ・1987(昭和62)年4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となる
 ・1991(平成3)年4月1日:小浜鉄道部が発足し、同鉄道部の管轄になる
 ・1997(平成9)年3月22日:日本板硝子舞鶴工場の専用線の貨物列車の設定がなくなる
 ・1999(平成11)年4月1日:JR貨物の駅が廃止され、貨物の取扱い終了
 ・2008(平成20)年3月31日:JR西日本が駅舎を舞鶴市に無償譲渡
 ・2009(平成21)年4月12日:駅舎がリニューアルされ、観光物流施設として竣工
 ・2010(平成22)年6月1日:組織改正により、小浜鉄道部から金沢支社敦賀地域鉄道部の管轄に変更される
 ・2018(平成30)年3月9日:駅舎が登録有形文化財に指定される

 
(左はJR西日本の駅名標:右は国鉄時代の駅名標)

 
(敦賀方面を望む)

 
(駅舎・改札側)

 
(松尾寺駅駅舎)

 
(駅 舎 内)


 撮影年月日:2016(平成28)年12月23日


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