A Diary

本と音楽についてのメモ

平均律第二巻第二十二番

2008-11-01 13:06:42 | バッハの音楽
■J.S.バッハ 『平均律クラヴィーア曲集 第二巻』より
第22番 BWV891 変ロ短調


 平均律の演奏は誰がおススメか。いろいろ聴いて自分が好きなものを選べばいいのだけど、一般的にはソ連の名ピアニスト、リヒテルの名前がよく挙がる。でも、彼の演奏は今のところ僕にとってはあまり好きなほうに入らない。しっくりいかない一番の問題は演奏のテンポで、もっと速く演奏すればいいのに!と思ってしまう曲がたびたびある。(でも、一方で超絶的に速く弾きこなしてしまう曲も、もちろんある。彼がその気になったときのスピードは神業に等しい。)

 こんなふうに感じるのは僕がせっかちなせいだろうか。そして今回取り上げた『第二巻』22番のフーガは技巧的にも大変有名なものなのだけど、リヒテルはこれを超安全運転スピードで演奏する。まあ確かに、3/2拍子で一見サラバンドみたいな楽譜だから、スローな曲のように譜面上は感じられなくもないが。でも、じゃんじゃか弾いたほうが絶対にいいと思うのだけど。極端に言えば、この人みたいに:

http://www.youtube.com/watch?v=Q5Mv3T3ANjY

 さすがグレン・グールド。ものすごいスピード。歌っているのも、ここまでくれば素敵だ。

 ところでこの22番はフーガばかり注目が集まりがちだけど、プレリュードもとてもいい曲だ。個人的には超絶フーガよりもプレリュードのほうが味わい深くて聴きがいがあると思う。そして興味深いことに、『第一巻』のほうの22番(つまり同じ変ロ単調)のプレリュードのテーマがそのまま登場する。バッハが第一巻と第二巻をばらばらに書いたのではなく、第二巻を仕上げる際には前者をかなり意識していたことの何よりの証左になっている。そしてフーガもまた、二部音符と四分音符ばかりが目立つ、似たようなテイストで仕上げられていることに気がつく。

 ゆっくり弾きたい気持ちはわからなくもない。深みのある音楽であることは、本当に間違いないのだから。僕もあと何十年かすれば、リヒテルの妙味に目覚めるのかもしれない。

平均律第一巻第八番よりフーガ

2008-10-03 13:32:18 | バッハの音楽
■J.S.バッハ 『平均律クラヴィーア曲集 第一巻』より
第8番 BWV853 嬰ニ短調(変ホ短調)のフーガ


 好きな曲は何回も繰り返し聴いてしまうのだけど、この曲も、本当にもう数え切れないくらい幾度も聴いている一曲。なんといっても、フーガの主題が抜群にいい。格調高く凛とした姿勢を保ちつつも、哀愁とか、ノスタルジックな色調が伴って、何とも深みのあるテーマ。この味わい深い主題が、(フーガなので当然だが)何回も繰り返されていき、美しい高揚感をもたらしながら曲は終わる。

 美しいメロディー主題を純粋に聴き楽しめばいいのだけれど、よくよく聴くとこのフーガは意外と複雑な、フーガとしてはかなり気合の入った構成をしている。まずストレッタ(主題が終わらないうちに、他声部でまた主題が始まること)がある。次に、主題が反行形(上下が転回した形)で現れる。そしてその反行形もストレッタする。さらに二倍の音価に拡げられた拡大形が現れて、それが演奏される間に元の音価の主題が二回繰り返される。

 また、ここまでくるともう楽譜を見ながら聴かないとわからないのだが、主題が変形された状態で演奏される部分がある。具体的には24小節目からと77小節目からの中声部がそうで、さらにこの変形主題が反行形となって現れる箇所もある(47小節目の高声部)。いずれにせよ、美しくメロディー的な主題が、こんなにも複雑に処理された、かなり技巧的なフーガになっていることがわかる。

 しかも、このフーガは四声部ではなく三声部なのだ。こんなにも非常に技巧的なフーガを三声部でやってのけてしまうところがまたすごい。これはつまり、この曲には余計な音符が少ないということでもあって、77小節目からのように高声部で拡大形を、中声部で変形主題を、そして低声部で元々の主題を演奏する――という具合に、フーガのテーマとそのバリエーションだけで十分美しい音楽が成立するように設計されている。

 この曲のしみじみとした趣を感じされる根拠のひとつとして、嬰ニ短調(変ホ短調)というユニークな調性も見逃せない。普段はあまり耳にしない調性だし、黒鍵がたくさん現れて演奏も当然難しくなる。(というか、楽譜が読みづらい。)バッハにとってもこういう調を使って作曲することはあまりなかったようで、このフーガは元々ニ短調(フラット一個)で作曲されたものと言われている。曲全体を半音上げて書き直すことで嬰ニ短調になったわけだが、個人的にはこれは正解だったと思う。家のピアノで試しにニ短調で主題を弾いてみると面白い。とたんに何だかありがちな、世俗的な響きになるのがわかる。たった半音なのに、こんなにも印象が違うのが音楽の興味深いところ。

 バッハのフーガといえば、なんだか宗教的というか、峻厳な倫理観を振りかざすようなイメージの曲が多くて(有名な「小フーガ」ト短調もそんな感じがする)、それはそれでいいのだけど、今回の平均律第一巻第八番のフーガは、もっと人間的な、実際の人間の感情に根ざした響きがする。それは、古語で言うところの「あはれなり」という印象に近いと僕には思われる。

* * *

これから、ときどきこちらのブログには、好きなバッハの曲について書いていきたいと思っています。イギリス文学についてはもう一方のブログを見てください。

引越しのお知らせ

2007-05-18 15:50:41 | 目次
■お知らせ■

本日5月18日のブログから、完全に新たなブログのほうへ引越しました。

新しいブログ:
http://d.hatena.ne.jp/hans_castorp/

こちらのほうは、すげなく消去したりはしませんので、ご興味のある方はこのまま過去の記事をどうぞ。

ミドルマーチ(2)

2007-05-11 00:00:01 | イギリスの小説
■お知らせ■

現在、デザインと読みやすさの点から、この「gooブログ」から「はてなダイアリー」へ引越しを考えています。試験的に新しいブログのほうも運用を始めてみました。すでにご覧いただけますが、内容はこちらと全くおなじものです。
新しいブログ:
http://d.hatena.ne.jp/hans_castorp/


■ジョージ・エリオット 『ミドルマーチ』 (工藤好美・淀川郁子訳、講談社文芸文庫①~④ 1998)
George Eliot Middlemarch (1872)

<語り手エリオット>

前回のブログでミドルマーチの第一章の冒頭を紹介した。あの、「ブルック家の長女には、粗末なよそおいのため一段とひきたって見えるといった美しさがあった。…」という部分。で、ここで質問だけれども、この度ドロシアにこのような美しさがあると評価・判断しているのは、いったい誰だろう。『ミドルマーチ』は主人公が自らを語るというような一人称の小説ではないから、この語り手は小説内の登場人物ではない。では、「神の声」のような漠然とした語り手なのか。それとも、ジョージ・エリオットご本人?

しばらく読み進めると、地の文にこんなフレーズが出てくる…「まともな人間は周囲の者がしていることをする。だから、もし精神異常者が野放しになっていたら、われわれはそれを知って、避ければよいのだ」(第一巻、p.18)…これは、ドロシアが周囲の人とは同じことをしない、特殊なタイプの女性なのだという説明から派生して述べられる部分なのだけど、それにしても、この「われわれ」という言葉を使って、読者たる僕を取り込もうとするあなたはいったいだれ?

「われわれ」が登場したことから察せられるように、『ミドルマーチ』の地の文に語り手たる「わたし」が登場するのは、もはや時間の問題だ。これはいったい誰なのか。文学理論的にはいろいろ面白い理屈が考えられそうだけど、ここではとりあえず素直に作者ジョージ・エリオットだと思って読むことにしてみよう。実際のところ、この「わたし」はかなり頻繁に登場してくる。こんなに出てきたら、フィクションたる体裁が崩れてしまうのではないかと懸念してしまうが、絵本や紙芝居を読み聞かせてもらっているような感じで、あんまり違和感がない。登場人物たちの立ち振る舞いなどについて、彼女があれこれコメントつけてくるのも、なかなかおもしろい。

たとえば「わたし」が作中の登場人物を非難してしまうところとか、僕はおもしろいと思う。「わたし」をジョージ・エリオットだとみなすと、つまりこれは作者自らが自分で創造したキャラクターを批評していることになる。こんなの小説としてありだろうか。実際には、こういう具合だ:

(周囲の人々は)公正に彼(カソーボン氏)を理解したということになるだろうか。隣人である牧師が偉大なる精神の持主だと噂されるのを軽蔑するカドウォラダー夫人、恋仇の足の恰好をけなすジェイムズ・チェッタム卿、さてはまた、相手の思想をひき出しそこねたブルック氏、中年の学者の容姿にけちをつけたシーリア――こういう人々の意見から出た独断的結論や偏見に、わたしは抗議する(第一巻、p.171)

抗議すると言ったって…だって、エリオットさん、これらのキャラクターは自分が描いた人たちじゃないんですか、とここはいぶかしく思うところだ。でもこれは逆に、「わたし」は客観的な第三者であって、物語の内容については一切責任ありません、という意味にも感じ取れる。彼女は暗にこういうふうに言いたいのかもしれない…≪わたしはあたかも紙芝居を読むように、ストーリーを読み上げているだけです。内容の是非については、ときどきこのように読者のみなさまのためにコメントはいたしますが、基本的にわたしとは関係ないことです≫…さらにもう一箇所、「わたし」がストーリーの内容に対して、キレてしまうところがある。作者なのに。これは第二十九章の出だしの部分。ローマでの新婚旅行からカソーボンの住まいであるロウイックに戻ってきたドロシアについて、「わたし」は語り始めようとするのだが:

ロウイックに着いていく週かたったある朝、ドロシアは――しかし、なぜ、いつもいつも、ドロシアは、ドロシアは、なのだろう? 彼女の側からの見方のほかには、この結婚の見方があり得ぬというのか? 悩みや苦労があっても、なお生気に溢れる若い者たちばかりに興味をもち、これを理解しようと努力することには、わたしは反対である(第二巻、p.105)

ここで「わたし」は、ドロシアばかりに着目する物語の描写方法に「反対」しているのだが、『ミドルマーチ』は「わたし(=ジョージ・エリオット)」が創ったストーリーだったのではないのだろうか。僕にはこんなイメージがわいてくる…「わたし」は、きっとこんな説明をしてくれるのだろう…≪わたしの預かり知らぬところに、もうすでに定められたストーリーがあって(あなたの比喩で言うところの「紙芝居」です)、わたしはそれを読者たるあなたに語っていますが、その内容や話の進め方にはときどき納得できないところもあるのです≫。あたかもこのストーリーは自分が作ったものではございませんという態度。ここで僕が前提とした「わたし=物語の創作者ジョージ・エリオット」説は、微妙にぐらつき始めてしまう。「わたし」はむしろ、自分が聞き知ったことを読者に伝達する、あたかもジャーナリストのような立場を取っている。

「わたし」こと、ジャーナリストのエリオット氏(女史?)がキレたこれら二箇所には共通するところがある。それは、ストーリーについて客観的に接し、公平・公正であろうとする態度。とくにカソーボン氏に対して公平であろうという態度が印象的だ。わざわざ「あわれなカソーボン氏は(われわれは公平な立場にいるので、いささか彼に同情してもよいだろう)…」(第二巻、p.295)というように、括弧内に自分の公平さについて断り書きを入れている部分もある。

ほかにも、この語り手は折々におもしろいコメントをしてくれる。「完全に自分のほうが正しいと思っているときに、論争が冷淡に回避されるのは、夫婦間では学問上の論争の場合以上に癪にさわるものである」(第二巻、p.114)…これはカソーボン氏とドロシアの口論を描写した後でのコメント。結局、内容からは一歩離れた客観的視点から語るジャーナリスト的な「わたし」が存在することで、物語自体のリアリティーを高める効果をもたらしている。小説の内容自体のリアリティーを素直に高めるのではなく、語り手の客観性・公平性を維持することで小説のリアリティーを高める(「これはわたしがでっちあげた物語ではありません。公平なわたしが読者に伝えています」)という、なんとも屈折して面倒な手法。

今回書いたような、客観性・公平性をもたらす枠組みや形式を作って、その中にフィクションを埋め込むという手法は、僕にはとても古風なやりかたに見える。イギリスで小説というジャンルが形成されつつあるころ、書簡とか日記とか、あるいは「淑女たるマナーを学ぶためのガイドブック」というような外見を装って創作された、ああいった初期の小説群を思い出してしまうから。ジョージ・エリオットが活躍した時代には、すでに読者はさすがにこのようなものを真に受けてしまうほどナイーヴではないので、だから『ミドルマーチ』ではこのような手の込んだ枠組みが現れたたのだと思うが、でもまあ、このあたりの厳密な小説論の議論は、僕の手に余る。あと、「わたし」が果たして自らが主張するほど本当に客観的で公正なのか、というの点も、きっと追求したら興味深いのではと思う。でもさしあたり『ミドルマーチ』を楽しむには、この語り手「わたし」のおもしろいコメントに、ときどきびっくりしながら、耳を傾けていれば十分。

* * * * *

<遺産をめぐって>

ストーリーの進行に目を転じてみれば、カソーボン氏とドロシアのこと、そしてリドゲイト医師とロザマンドのことがひととおり語られると、物語はフェザストウンの死とその遺産のことが山場となる。ちょうど第三部と第四部、この文庫本でいえば第二巻は、果たしてフェザストウンはどのような遺言を残しているのかという興味で、ぐいぐいと読み進めることができる。彼が衰弱していると聞き、普段は疎遠なフェザストウンの親戚たちが一堂に彼の家に集結する。みんな遺産がどのように分配されるか気になって、いてもたってもいられないのだ。このような遺産への期待を描く比喩が、僕はとてもうまいと思った。ジョウナとかマーサといったフェザストウンの貧しい親類たちが期待する、遺産がもらえるのではないかという可能性を「わたし」はこのようにたとえている:

しかしジョウナや、マーサや、その他、金がないばかりに門前払いを食わされていた連中には、これとは違った見解があった。可能性というものはどうにでも考えられるもので、雷文細工や壁紙の模様を見ていると、こちらの思うままのさまざまな顔かたちに見えてくるのに似ている。想像をたくましくして見るならば、そこにはジュピター神から漫画のジューディーにいたるまで、あらゆる形が見えるものだ(第二巻、p.154)

壁紙模様とかが自分の都合よく見えてくるように、ジョウナとかマーサたちもまた、自分たちももしかすると遺産の分配に与れるのではないかという、都合のいい可能性を夢見てしまうのだ。ここには当然、ジョージ・エリオットの皮肉が含まれているが(「人間というのはなんでも自分の都合のいいように物事を見るものだ」)、これは逆に言えば、自分の都合よく解釈するのではなくて、客観的に事象を判断するべきだ、という主張でもある。ここでまたもやお出まし!あの言葉…「客観的」。

フェザストウンの遺言はいかなるものだったか、これについては実際に読む方へのお楽しみなので伏せておくが、ロザマンドの兄で借金を抱えたフレッド・ヴィンシーにとっては大打撃となった。期待させておいて、一気に下に落とす、つまり期待を裏切る結果とする…このパターンは『ミドルマーチ』を読んでいると繰り返し登場することに気づく。ドロシアはあれだけカソーボンとの結婚を期待していたのに、不幸な結末となるわけだ。

そして次の読みどころは、カソーボンが死んでゆくまでのところ。ドロシアの彼への尊敬は完全に同情へと変わってしまう。カソーボンは発作を起こし、リドゲイト医師に自分の残りの寿命を尋ね、彼の病状が突発的に死を招く種類のもので、それがすぐかもしれないし、ずっと先かもしれないし、見込みがはっきりしないと知る。今から先、いつ死ぬかわからない。すぐ死ぬかもしれない。このことを知ったカソーボンの様子を描いた場面は、とても美しい:

リドゲイトは、患者が一人になりたがっていることがわかったので、ほどなくその場を去った。手を背に組んで、頭を垂れた黒いうしろ姿が歩みつづける並木道には、くろずんだいちいの木々がもの言わぬ相手となって、ともに深いもの思いに沈んでいた。そして、そこここの枝をもれる日の光をかすめすぎる、小鳥や落葉の小さな影は、悲しみの場をはばかるかのように、音もなく、ひそやかであった。ここにいるのは、今はじめて死の目をのぞきこむ自分に気づいた男である。彼は死というありふれたことがらの真実性を身をもって感じるという、まれな瞬間を経験していたのである(第二巻、p.391)

それにしても、この引用を含む第四十二章は、とてもいい。僕が思うに『ミドルマーチ』のなかで一番高貴な、深みのある一章だと思う。ドロシアとカボーソンがそれぞれ相手に対して抱く複雑な心境が、淡々と描かれていく。そして第四十八章でついにカソーボンは亡くなるが、彼の死後、これよりあとの『ミドルマーチ』には、このような精神的に深みのある描写は途絶えてしまう。

次回は『ミドルマーチ』の最終章まで。


ミドルマーチ(1)

2007-05-04 15:12:32 | イギリスの小説
■ジョージ・エリオット 『ミドルマーチ』 (工藤好美・淀川郁子訳、講談社文芸文庫①~④ 1998)
George Eliot Middlemarch (1872)

<きっかけはバーゴンジーから>

マーガレット・ドラブルの処女作『夏の鳥かご』を読んだのはだいぶ前のことなのに、このブログでなかなか紹介できないでいる。紹介するに値する小説だろうとは思うのだけれども、ただあらすじを述べるのではつまらないし、せめて「僕はこういうふうなところが面白いと思いました」みたいなことが書けないと楽しくない。どうしようかなあと思っていたあるとき、バーナード・バーゴンジーの『現代小説の世界』という本を読んでいたら、こんな箇所を発見し、なんだか『夏の鳥かご』についてブログに書けそうな気分になってきたのだった:


マーガレット・ドラブルは彼女の処女作『夏の鳥かご』(1963年)についてこんなふうに述懐した。「あのプロットの多くは、『ミドルマーチ市』(1871-2年)を下敷にしました。二人の姉妹とか、ローマでの蜜月とか、ヒロインがローマで自分は大変な人と結婚してしまったとさとったりするとか、そのようなことですが」 (p.21※1)


二人の姉妹とそれぞれの結婚について…きっとドラブルの『夏の鳥かご』とジョージ・エリオット『ミドルマーチ』の両方を読めば、何か面白いことに気がつくかもしれない。さらに今年になって新しい文庫本が出たジェイン・オースティンの『分別と多感』も、同じように二人の姉妹とそれぞれの結婚を扱うストーリーだから、一緒の機会に読んでもいいだろう…僕は、まあ、こんなふうに思ってしまったわけだ。

『ミドルマーチ』…ジョージ・エリオットの代表作ということぐらいは知っていた。どこかの地方都市を舞台に人々のあれやこれやを描いた小説、僕のわかっていることはこのくらい。文庫本で四冊にもわたる大作だけれども、たまにはこういう小説を楽しんでみるのもいいだろう。ヴァージニア・ウルフはこの作品を「大人のために書かれた数少ないイギリス小説のひとつ(one of the few English novels written for grown-up people ※2)」と評価しているそうだ。僕もまたウルフ女史から認められるような「大人」なのかどうか、ここはひとつ、かなり長い本だけど試してみることにしよう。

* * * * *

<意外とユーモアのある『ミドルマーチ』>

上で紹介した経緯のとおり、『ミドルマーチ』にはまず最初にブルック家の二人の姉妹、ドロシアとシーリアが登場する。二人とも同じような性格でした…ということでは話が進まないので、『夏の鳥かご』や『分別と多感』同様、この二人もまた対照的な性格であるように描き分けられている。いや、対照的、という言葉はふさわしくないかもしれない。長女のドロシアが、とーっても個性的なのだ。では、どういうふうに個性的なのか。


ブルック家の長女には、粗末なよそおいのため一段とひきたって見えるといった美しさがあった。その手や手首の形はまことにみごとなので、イタリアの画家たちが想像した聖処女マリアのよそおいのように、古風で簡素な袖でも着こなせた。またその横顔は、背の高さや身のこなしと相まって、簡素な衣装のためにひときわ品位をますかと思われた。これを田舎風の流行の衣装と並べてみると、あたかも今日この頃の新聞記事のなかに、聖書のすぐれた一句、あるいは、昔の詩人の佳句が引用されているのを見た時のような感銘が与えられた。すば抜けて頭のいい令嬢、というのが世間の評判であるが、それにはいつも、しかし妹のシーリア嬢のほうが常識がある、という但し書きがつけられていた。といっても、シーリアが妹よりも飾りの多い衣服を身につけたというわけではない。仔細に観察眼を働かすひとでなかったら、彼女の着るものが姉のとは違っていることも、着こなしにどこか仇っぽいところのあることも、見のがしてしまったであろう (p.13-4)


長く引用してしまったけど、これが『ミドルマーチ』第一部のまさに冒頭の部分。書き出しが印象的な小説はたくさんあるけど、僕はこの『ミドルマーチ』もまた、とても印象的な始まりかただと思う。なかなか古風で、品位あふれる感じ。この部分で形容されているブルック家の長女のようだ。まだこの部分では読者に名前が紹介されていないけど、この長女のドロシアは、現代的な派手な美しさを持つ女性ではないらしいことがわかる。彼女は「聖書のすぐれた一句、あるいは、昔の詩人の佳句」にたとえられているのだから、きっと古風な人なのだ。聖処女とか聖書とあるので、きっと宗教的な潔癖さを伴う人だということも、ここですでに暗示されている。そして、一番辛辣なところは、妹のシーリアのほうが常識がある、ということはつまり、この姉には非常識なところがある、と示されている部分。どうやら読者はこれからドロシアの非常識に付き合わされることになるらしい点が、もうこの冒頭から読み取れてしまう。

ただ、このドロシアの非常識は、読んでいて面白い。『ミドルマーチ』は、「わっはっは」と大笑いできるような場所はほとんどないと思うが(まだ僕も最後まで読んでいない)、「ふふふ」と不敵な笑みを浮かべてしまうような、そういう皮肉溢れるユーモアには事欠かない。たとえば、ドロシアは「好き」なんて感情を排した真面目一直な結婚を望んでいるのだが、その場合、「夫が父親のような人で、こちらが望むなら、ヘブライ語でもなんでも教えてくれる人でなければならない」(p.20)らしい。ヘブライ語というところが可笑しい。

こんなドロシアにも結婚の契機が訪れる。近隣に住み、宗教関係の研究に従事するカソーボン氏が彼女に好意をいだく。カソーボン氏は年齢は四十五歳を過ぎ、見た目もあまりよろしくない。妹のシーリアは言う…「カソーボンさんて、ずいぶんみっともない方ね」…でもドロシアには、なんと、彼がジョン・ロックのように偉大で謹厳な人物に見えてしまう。このような姉の気持ちについていけないシーリアは昔イギリスに来る前に、姉妹で勉強していたスイスのローザンヌでも同じようなことがあったことを思い出すのだが、僕はここも笑えた。


この醜悪な学者を崇拝する姉の気持は、これもまた醜い学者、ローザンヌのリレー先生に対する尊敬と同類だとみなしていたのであった。ドロシアはリレー老先生の言うことに飽きもせず耳を傾けたのだが、そんな時のシーリアの足は耐えられないほど冷たくなって、先生の禿頭の地肌がピクピク動くのが、ただもう恐ろしくてたまらなかった (p.94)


禿げた頭皮がピクピク動くというところが可笑しい。ジョージ・エリオットは真面目にあれこれ書いていく中に、こういうことを何気なく混ぜ込んでいる。まあとにかく、禁欲的に学問に励むカソーボン氏について、ドロシアは結婚相手として異論のあろうはずがなく(周囲の人物はみんな反対するが)、二人は結婚していくことになる。カソーボン氏は彼らしい硬い言葉遣いでドロシアにプロポーズするが、これに対する作者エリオットのコメントがまた可笑しい…「その意図においてこれほど誠実な言葉はあり得なかったろう。この最後のかたくるしい修辞も、真心がこもっている点で、犬のほえる声にも、あるいは多情な烏の鳴き声にも劣らなかった」(p.100)…カソーボン氏の愛の言葉は、犬やカラスと同等扱いされている。

第一部の後半になると、ブルック家の近隣に住むカドウォラダー夫人というのが登場するが、これがまた典型的な中年女性キャラクターで、とてもおしゃべり、かつ、おせっかいやき。ドロシアとカソーボンの結婚に自分が関われなかったのが悔しくて、あれこれ反対する。こういうおばさんキャラクターは、面白くないはずがないが、彼女の手にかかると、カソーボン氏の中身は「ひからびた豆ががらがら鳴っているだけ」(p.117)で、彼の体についてはさらに「あの人の血を虫眼鏡で見たら、セミコロンと括弧だけで、ほかには何もなかったんですって」(p.144)などとのたまう。こういうカドウォラダー夫人の、多方面への画策にもかかわらず、結婚は無事に進み、彼らはローマに新婚旅行へと旅立つ。

* * * * *

<別の筋のはじまり>

第一部の最後の二章から、この田舎町ミドルマーチへやってきた若い医師、リドゲイトと、リドゲイトに思いを寄せるようになるロザマンド・ヴィンシー、そして彼女の家族、ヴィンシー一家のことにストーリーが移っていく。僕はてっきり『ミドルマーチ』はブルック家姉妹のことだけをメインに語っていく小説かと思っていたが、どうやら異なるらしい。この辺りから登場人物数がぐっと増えてくる。そしてロザマンドの兄フレッドが、遊び過ぎて借金を密かに作ってしまっているとか、そういうトラブルを予感させつつ第一部は終わる。

次回は第二部以降について。

※1 バーナード・バーゴンジー『現代小説の世界』(鈴木幸夫・紺野耕一訳、研究社1974)
※2 ‘The Common Reader: George Eliot’(The Times Literary Supplement, 20 November 1919)

ダレルの「n次元」モダニズム

2007-04-27 14:25:21 | イギリスの小説
■ロレンス・ダレル 『アレキサンドリア四重奏I ジュスティーヌ』 (高松雄一訳、河出書房新社 2007)
Lawrence Durrell Justine (1957)

僕が興味を持っている時代、つまり20世紀の半ばから後半にかけてのイギリスのことだけれども、オクスフォードかケンブリッジを卒業しているということの持つ意味は、きっと僕たちがなんとなくイメージするよりずっと大きいに違いない。第二次世界大戦以前の日本で「帝大卒」という学歴が意味するところに近いのではと想像する。イギリスでも、戦後新設された大学群が十分根付き、サッチャー流の経済価値観が広まった1980年代以降には、それまで少しずつ変化していた旧来型社会階層システムの崩壊が明白になった。だから以前は「高学歴」「中流階級以上」「富裕層」の三つの要素はおおむねきれいにイコールでつながっていたのだけれども、現在ではその相関関係が必ずしも成り立たない状態になっている。

しかしかつては、オクスフォードかケンブリッジを出ていれば、とりあえずイギリス社会の主流層(支配的、指導的階層という意味で)としてのスタートを切れることが約束されていた。でも仮に、ある作家の卵が両大学のいずれかを目指していたのに入れなかったとしたら…その後に生み出される作品において、この挫折感は彼/彼女の作風に影響を与えるのだろうか。もっと広い意味で考えるなら、もし「イギリス社会の主流層」に入らない(入れない)イギリス人作家は、「主流層」に迎えられた作家と比べたとき、何か作風に違いがあるのだろうか。

というのも、ロレンス・ダレルの経歴を読んでいて、次のようなところが気になったからだ。

①インド植民地生まれで、両親もまた植民地で生まれた世代
②イギリスの寄宿学校に送られたがまったくなじめなかった
③個人教授を受けながらケンブリッジ大学を目指すが失敗
④23歳でギリシア領コルフ島に住んで以来、各地を転々とするが、基本的にはイギリスには戻っていない

これは当時の、社会的成功を収める典型的なイギリス人の経歴とは程遠い。僕はダレルについて、はっきり「異端児」というレッテルを貼ってもいいのではと思う。そしてこういう人こそが、「アレキサンドリア四重奏」に代表されるような、モダニズムの息吹を残す作品を書いているわけだ。

戦後のイギリス圏では、みんなまるでモダニズムなんて時代は存在しなかったかのように小説を書くのだけれども、その中であってもモダニズムの傾向を残した作家といえばこのダレルのほかに、サミュエル・ベケット、マルカム・ラウリー、B.S.ジョンソンなどを思いつく。そして僕は彼らの経歴と作風には何か共通する要素があるなあと感じてしまう。ベケットはアイルランド人でずっとフランスにいた人。ラウリーはケンブリッジを出たものの世界を放浪し、イギリスには死ぬときまで戻らない。B.S.ジョンソンは労働者階級の出身で、イレヴン・プラスに落第してしまった(イレヴン・プラス…11歳で受ける学力テスト、これに落ちると大学受験ができるような進学校には入学できない。当時はたった11歳で人生が決まってしまった…ただしB.S.ジョンソンは勉強しなおし、23歳で大学に合格する)。みんなイギリスの主流からは外れた人たちばかり。

もちろん、本家本元の戦前のモダニズム自体が、ヴィクトリア朝的価値観とリアリズムへのある種の反発を、イギリスの「主流」からは外れた人々が表現したものなのだ。(ちゃんと勉強してみないと断言できないけど。)ジェイムズ・ジョイスはアイルランド人、T.S.エリオットはアメリカ人、ヴァージニア・ウルフは当時の女性という立場。もちろんT.S.エリオットは自らイギリスへ渡ってきたのだけれど、戦後のモダニスト作家を含めて、みんなイギリスという国にはしっくりいかなくて、そのなじめなさが、イギリスに典型的なリアリスティックな作品とは相反する手法という形で具現化している…のではないだろうか。

アントニー・ポウエルのような誰が見ても上流階級的経歴の作家は、ああいう典型的なイギリス的小説を描く。「私は伝統路線でいく」宣言をしたマーガレット・ドラブルも主流路線の経歴。ちょっとずれてるな、と感じる作家は、僕が思うに、経歴や出身階層を見ると納得できそうな気がする。そういう人たちは経歴がやっぱり典型的な「主流」からはちょっとずれているのだ。ジョージ・オーウェルしかり(植民地出身)、アイリス・マードックしかり(アイルランド)、ドリス・レッシングしかり(植民地出身)…。そしてついでに言えば、主に1970年代以降は、逆に植民地出身、といってもイギリス白人支配者層ではない、被支配者側の移民たちやその子孫がイギリス文学に進出するようになり、これ以降、僕の「モダニスト=異端児」説は、社会階層自体の変化とも併せて、あまり唱える意味がない時代をむかえていく。典型的な主流イギリス人的経歴というものが消失し、みんなが異端児の時代。きれいにまとめれば、多様な価値観の時代。

* * * * *

1957年というから、ちょうど50年前に発表されたこの小説『ジュスティーヌ』は、骨子からいえば(小説に骨子などというものがあるとしての話だけれども)、すこぶる単純だと僕は感じた。パターンとしては「愛する対象の喪失」系のメロドラマ。自分が好きだったり大切にしていたりするものが無くなったり、どこかに行ってしまったりしたら悲しいではないか。それもその喪失の原因が自分にあったりしたら。この小説はその手の物語。

このメロドラマパターンを形作る登場人物は四人。主人公の「ぼく」、この「ぼく」と付き合っているギリシア人ダンサーのメリッサ、「ぼく」と急速に親しくなっていくジュスティーヌ、ジュスティーヌの夫で富豪のネッシム。これだけでだいたい見当がつくと思うけど、要するに「ぼく」は、愛してくれているメリッサから心が離れてしまい、ジュスティーヌにぞっこんになってしまう。ネッシムは嫉妬にかられ、ジュスティーヌは結局「ぼく」ともネッシムとも離れて失踪する。そんなこんなのうちに、元から体の弱かったメリッサは死んでしまう。二兎を追うものは…ではないけれど、「ぼく」は結局メリッサもジュスティーヌも失うわけだ。

しかし、あくまでもこれは骨子で、実際のストーリーはアレクサンドリアの下町の路地みたいにもっと細かく複雑な迷路のようになっている。「ぼく」が回想する形式の、一人称の視点の小説だから、読者は彼の言葉だけから事情を読み取っていかなくてはならないし。実際のところ、僕はこの小説、最初のうちはわけがよくわからなかった。眠くなるのをこらえてガマンして読み続けていくうちに、やっとだんだん読みやすく感じられてくるようになった。最後のほうにはちゃんと「全員集合の場面」もあって、ストーリーも盛り上がる。(「全員集合の場面」…個別に登場していたキャラクターたちが一堂に会する場面のことを指す僕の勝手な命名。全員集合という性質上、パーティー系宴会の場面であることが多い。この『ジュスティーヌ』では狩猟大会となっている。)そして二回目に読むときは、一回目の疑問点も解消し、最初から納得して読むことができるようになった。

さて、メロドラマはさておき、読みながら感じたことがあって、これはこの小説『ジュスティーヌ』が「小説を書く」ということに対して、あちこちで野心的な態度を表明している点。僕が思うに、つまりこれはロレンス・ダレル自身の小説作法への野心的態度が反映しているせいだろう。素直にストーリーを描いていけばいいところを、たまに「こんなふうに小説を書きたい」みたいな要素が顔をのぞかせる。具体的にはまず、ジュスティーヌが洋服屋さんの鏡の前に立ち、語るせりふ:


 「見てごらん!ひとつのものが五つの違う形になって映っている。わたしが小説家なら性格の描写に多次元的な効果を出してみたいと思うところね。プリズムを通して見るみたいに。人が一時にひとつのプロフィールしか見せてはならないってこともないでしょ」(p.30)


登場人物を「多次元的な効果」で表現したいと言っているけど、この「多次元」という言葉がくせもの。他の例としては、『ジュスティーヌ』には『風俗(ムール)』というタイトルの小説が内包されるかたちで長々と引用されるのだが、その一部分:


 「すべての人物は時間によってある次元に縛りつけられているが、それはぼくらがそうであってほしいと望むような現実ではない――作品の必要によって作られた現実だ。なぜなら、あらゆる劇は束縛を作りだし、そして人物は縛られている度合いに応じて意味をもつだけだから」(p.92)


また「次元」が出た。そしてこの『ジュスティーヌ』には、一番最後に「作品の要点」という章が添えられている。(こんな章のある小説は普通じゃない。やっぱり異端児だ。)ここで語られる一節:


 「n次元小説」三部作についてパースウォーデンが言う。「物語の進行運動量は過去に言及するたびに押し戻される。つまりaからbへと進行するのではなく、時間の上に立って、おのれの軸のまわりをゆっくりと旋回しながら、模様の全体を包みこんでゆく、という印象を与えるのがこの本だ。事件のすべてが前へ進行して別な事件に繋がってゆくのではなく、そのあるものは過去の事件に逆戻りする。過去と現在が結婚して、多種多様な未来がぼくらに向かって飛んでくる。とにかく、それがぼくの考えだったんだがね」(p.304)


パースウォーデンとは、この小説に登場する人物のひとりで、小説をいくつか書いているが自殺したらしい(明確には描かれていない)。とまあ、ここでもまた「次元」が出た。つまりそれぞれの文脈こそ違えど、どうやらダレルは「多次元」みたいなことに興味があるらしいとわかる。それも「多面的」という言葉ではなく、数学用語でわざわざ語らせている。もっと素直に言うならば、ダレルは小説というものが過去から未来へと進む時間の流れに縛られていることが気に入らないみたいで、これをどうにかしたい、もっと時間に拘束されない描き方をしてみたい、そういう野心がここから感じられる。実際、『ジュスティーヌ』は時間軸にはきちんと並ばない多くのエピソードの集成という体裁の作品となっている。どうりで読みづらいわけだ。

* * * * *

現代の日本でもそうだし、きっと世界中で言えることなのだろうけど、「こういう人生を送るべきだ」みたいな「正統な」人生とか、典型的なパターンみたいなものは、価値観の多様化の前に崩壊しつつあると思う。もちろん、お金持ちになって、不自由なく暮らせれば誰でもハッピーだろう。でも、「金銭=幸福」という考え方には疑問を持つ人だっているわけだ。いろいろな価値観や宗教の人々と共存する社会…結局、望むと望まざるとに関わらず、これだけ世界中を人々が行き交うわけだから、こういう「多様な価値観との共存」みたいなことが、社会のテーマになっていく。

僕はダレルのことを「異端児」と呼んだが、異端がいれば正統もいる。正統とはつまり、いわゆる「正典」と呼ばれるような本や作家のこと。イギリス文学の正典といえば、なんだろう…シェイクスピアとか、オースティンとか、ディケンズとかかな。でも、よく言われているように、正典なんて誰が決めたんだということが問題で、何が正統で、何が正統ではないなんて勝手に決めるなということだ。社会が変遷し、いろいろな読み方や価値観があるのだから、ある人にとっては正典扱いの作品でも、他の人にとっては目の上のたんこぶのような、異端の一冊かもしれない。

だからロレンス・ダレルも、もしかすると20世紀イギリス文学の中ではかなり個性的で、これまでは異端、ないしは傍系扱いだったかもしれないが、発表から五十年が経過した今、主流(正統あるいは正典)になるとは言えなくても、英文学の多様性の「先駆」とか、「一翼を担う」みたいな形で、もっと評価されるようになっても良いと感じてしまう。そして彼の本を読むにあたり、僕はダレルの、「あいつら(イギリスの普通の作家)になんか負けないで、なんとかしてユニークな小説を創ってやろう!」みたいな野心的な挑戦を、興味を持って楽しんでいきたい。「アレキサンドリア四重奏」シリーズは、まだあと三作品も続く。

ヴォネガット語録

2007-04-20 22:32:26 | その他の読書
彼はユーモア溢れるヒューマニスト。そして何よりも、思いやりのあるやさしい人だ。


 「わたしはただ、恐ろしい苦難から抜け出られない人がたくさんいることを知っている。だから、人間が苦しみから抜け出すのはわけないと思っている連中を見ると、腹が立ってきます。ある人々は、他人からの大きな助けをほんとうに必要としている。わたしはそう思います。愚かな人々、頭の弱い人々のことも心配です。だれかがこういう人たちの面倒を見てあげなくてはいけない。自分だけの力ではこの世に抗いきれないのですから」
(「自己変革は可能か――プレイボーイ・インタビュー」『ヴォネガット、大いに語る』p.314)


 「登場人物を完全に抜きさしならぬ状況におくのは、アメリカ人の作家気質に反することですが、人生にはそんな状況がざらにあります。知性が十分働かないためにひどい苦境に陥って、そこから絶対に抜け出せない人々、特に阿呆呼ばわりされている人々がいます。だのにこの文化社会には、人はいつでも自分の問題を解決できる、という期待が広まっている。それがわたしには、恐ろしくもあり、滑稽でもある。もうちょっとだけエネルギーがあれば、もうちょっとだけファイトがあれば、問題はすぐ解決するのに、という考えがひそんでいるのです。しかしこれはあまりにも事実に反するので、わたしは泣きたくなる――あるいは笑いだしたくなる」
(同上pp.317-8)


小説『ホーカス・ポーカス』の主人公は、ユージン・デブズ・ハートキというが、この名前は、かつてアメリカ社会党(こんな政党があったのだ…アメリカ史をよく知らない僕には、まだまだ学ぶべきことが多い)の著名メンバーの一人だったユージン・デブズに由来する。


 「いまでもわたしは講演のたびに、インディアナ州テレホートの出身で、社会党から合衆国大統領に五度も立候補した故ユージン・デブズ(一八五五-一九二六)の言葉を引用する。
 『下級階級が存在するかぎり、わたしはそれに属する。犯罪分子が存在するかぎり、わたしはそれに属する。刑務所に囚人が存在するかぎり、わたしは自由ではない』
 最近になって、わたしはデブズのの言葉を引用するとき、これをまじめに受け取ってほしい、と前おきするのが賢明であることに気づいた。でないと、大半の聴衆が笑いだす。べつに悪意があるわけではない。わたしが滑稽なことをいうのを知っていて、好意的に反応してくれるのだ。しかし、これはいまの時代を象徴している。こうした<山上の説教>の感動的な反響が、かびの生えた、まったく信用できないたわごとに受けとられてしまう」
(『タイムクエイク』p.152-3)


こういう意見が表明できるヴォネガットを、僕は素直に立派な人だと感じてしまう。

* * * * *

彼の言葉で言えば「まだ子供に毛の生えた程度の年齢」で、彼は第二次世界大戦に参戦し、ドイツで捕虜となる。そしてそのときのドレスデン大空襲の体験が、傑作『スローターハウス5』として描かれることになる。プレイボーイ誌のインタビューアーは、彼に「ドレスデン体験はあなたにどんな瞑想の材料を与えてくれたでしょう?」と質問する。


 「(ヴォネガットが戦友のオヘアに)ドレスデンの体験はきみにとってどういう意味を持っているかとたずねたら、彼は、自分の国の政府がないを言ってももう信じない、と言っていました。われわれの世代の者は、祖国の政府の言うことをまともに信じたものです。――あまり政府からだまされた経験がありませんから。政府がだまさなかったひとつの理由は、わたしたちの子供のころ戦争がなかったことです。おかげで基本的には真実を告げられていた。わが国の政府が国民にやたらと手のこんだうそをつく理由はなかったわけです。ところが、戦時中の政府はどうしても、いろいろな理由でうそつき政府になってしまう。ひとつには敵を混乱させるためです。わが国が参戦したとき、わたしたちはアメリカの政府が生命を尊重し、民間人を傷つけぬよう細心の注意を払っていると思っていました。そこでドレスデンですが、これは戦術的には価値のない、民間人の都市でした。ところがこの都市を連合軍は、燃えてドロドロに融けてしまうまで爆撃をした。そして、そのことに関してうそをついた。こうしたことはみな、わたしたちを唖然とさせました」
(「自己変革は可能か」p.325)


日本の原爆投下についても、ヴォネガットはあちこちで語っている:


 「わたしはこのすばらしい本の第2章に、広島の原子爆弾投下五十周年の記念式典がシカゴ大学のチャペルで行われたことを書いた。あのときのわたしは、広島の原爆が自分の命を救ってくれたという、友人のウィリアム・スタイロンの言葉は尊重に値する、といった。スタイロンが合衆国海兵隊の兵士として日本列島上陸の訓練を受けているとき、あの爆弾が投下されたのだ。
 しかし、わたしは、アメリカの民主主義政府が、非武装の男女と子供たちに対する陋劣きわまりない、殺人狂的で人種差別的な、ヤフーまるだしの殺人、まったく軍事的常識を欠いた殺人をなしうることを証明したひとつの単語を知っています、とつけ加えずにはいられなかった。わたしはその単語を口にした。それは外国語の単語だった。その単語はナガサキという」
(『タイムクエイク』p.205)


最近、ふたたび銃のことが議論を呼んでいるが、彼ははっきり言っている。


 「わたしたちはあまりにも武器を信用しているので、多くのアメリカ人の家庭で鉄砲がまるでペットのように大事にされています。あまりにも多くのアメリカ人が小銃や拳銃に親愛の情を寄せている。銃はわれわれをゾッとさせるのが当たり前なのに。銃は人殺し機械です。それ以外のなにものでもありません。わたしたちは、癌や青酸カリや電気椅子を恐れるのと同じくらい、銃を恐れるべきです」
(「ホイートン大学図書館再建の記念講演」『ヴォネガット、大いに語る』p.269)

* * * * *

僕はアメリカ文学をずっとなんとなく敬遠してきてしまい、知らないことがとても多い。学生時代の「米文学史」の授業は、かなり有名な先生だったのだけれども、興味はまったくゼロ。ホーソンの『緋文字』は読んでみたけれど、なるほどね、くらいの感想。今でも、ピューリタニズムとか、超越主義っていったい何のこと?って具合。でも、ヴォネガットが「好きだ」と評していることは、きっと印象的な内容を持つものに違いないと想像する。


 「さて、いまのわたしは、もうほとんどだれも知らないか、それとも忘れてしまった芝居のさまざまな部分をとりとめもなく思いだしている。たとえば〔ソートン・ワイルダーの〕『わが町』の墓地の場面とか、テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』のポーカー場面とか、アーサー・ミラーの『セールスマンの死』の、あの悲しいまでに平凡で、不器用で、気高いアメリカ人ウィリー・ローマンが自殺したあと、その妻がいう言葉などを。
 その妻は、またこんなこともいう――<だいじにしてあげなければ>
 『欲望という名の電車』で、ブランチ・デュボアは、妹の夫にレイプされたあと、精神病院へ連れていかれるときにこういう。<わたくしはいつも見ず知らずの人たちの親切に支えられてきました>
 こうした言葉、こうした状況、こうした人びとは、わたしにとって青年期の情緒的、倫理的な標識になり、一九九六年夏のいまもそこにある。それははじめて劇場でそれらの場面を見聞きしたとき、おなじように夢中になった仲間の人間たちに囲まれて、金縛りになるほど魅惑されたからだ」
(『タイムクエイク』p.39)


ソートン・ワイルダー『わが町』、テネシー・ウィリアムズ『欲望という名の電車』、アーサー・ミラー『サラリーマンの死』、みんな二十世紀アメリカ演劇の傑作ばかり。ヴォネガットが印象に残っている場面は、いったいどんな感じなのだろうと思う。読んでみたい(あるいは観てみたい)という気分にかられる。

こうして、2007年4月10日、84歳で愛すべきカート・ヴォネガットは亡くなった(so it goes…そういうものだ)わけだが、彼の言葉から僕はたくさんの刺激を受けてきて、そして、これからも受け続けるのだろうと思う。


■カート・ヴォネガット『ヴォネガット、大いに語る』(飛田茂雄訳、サンリオ文庫、株式会社サンリオ1984)

■カート・ヴォネガット『タイムクエイク』(浅倉久志訳、早川書房1998)

権力と栄光とドッジボール

2007-04-13 23:56:26 | イギリスの小説
■グレアム・グリーン 『権力と栄光』 (斎藤数衛訳、早川書房 ハヤカワepi文庫 2004)
Graham Greene The Power and the Glory (1940)

舞台は1930年代のメキシコ。このメキシコの中でも東のはずれのほうにある、タバスコ州の田舎町を中心に『権力と栄光』のストーリーは展開する。当時のメキシコではラサロ・カルデナスという左派改革派の大統領の下、農地改革やら産業の国有化などが進められていた。さらに、宗教を否定する共産主義的発想から、厳しいカトリック教会へ弾圧も進められ、各地で教会が破壊され、司祭らは追放されていた。こういう状況で、警察から追われる身となった、タバスコ州でたった一人残された司祭がこの小説の主人公。

たった一人残された司祭…といっても、彼は決して「ヒーロー」ではない。常にアルコールを飲みたがる「ウィスキー坊主」だし、聖職者の結婚を禁じるカトリックの司祭なのに、実は私生児の娘が一人いる。情けないキャラクターは行動だけではない。小男で老人で太っていて出目と描写されている。美しくてかっこいい「ヒーロー=殉教者」ではないのだ。彼について、グレアム・グリーンは名前すら与えていない。しかし、でもだからこそ、この「ウィスキー坊主」の殉教の物語を、僕のようにキリスト教の信者ではなくても、胡散臭く感じずに読めるのだろう。

「ウィスキー坊主」が置かれた状況を、ものすごくつれなく、散文的に例えてしまうなら、小学生の体育の授業でやっていたドッジボールを僕は思い出す。ボールから逃げて逃げて逃げまくって、内野で自分がたった一人になってしまった状況を想像してほしい。それもボールは敵チームが持っているという場面。仲間のみんなはボールに当たって外野に出てしまっている。自分が当たれば、それでゲームはおしまい。相手がミスするのを待って、もはやさらに逃げるしかない。下手に手を出してボールを捕まえようとすると、取り損ねるかもしれない。四面楚歌。そしてこんなふうに思うのだ…こんな苦しい立場なら、もう逃げるのをやめて、ボールに打たれたほうがいいのではないか、みんなはもうこんなドッジボールを終わりにしたいのかもしれないのだから。

『権力と栄光』というグレアム・グリーンの中でも一二を争う傑作を、小学校のドッジボールに例えてしまうという、僕の冒涜的な説明が、果たして『権力と栄光』のストーリーに合致するかどうかは、実際に読んでいただくこととして(当たらずとも遠からず、くらいだと思う)、実は、こういう「一人で取り残された主人公」というのは、小説の設定としては時々あるパターン。とくに、悲劇的なエピソードとしてはよく見かける展開だということも指摘しおきたい。周囲の味方はいつの間にか消え去り、知らないうちに主人公は一人追い詰められていく…まさに今、このフレーズをパソコンに打ち込みながら、僕は源義経を思い出した。細かいところはいろいろ異なるけど、こういう構造のストーリーは日本の古典にだってあるのだ。どうりで読みやすいわけだ。

* * * * *

「キリスト教のことがいろいろ出てきて、どうも違和感を感じる」「あそこまでキリスト教の司祭としての立場にこだわるキャラクターには、読んでいて肩入れできない」…『権力と栄光』については、こういう感想を持つ人もいると思う。まあ、そういうこともあるだろう。でも、こういう問題は文学だけに限らなくて、絵画や音楽にだってあることだ。今、日本にレオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』が東京国立博物館に来ているわけだが、どうだろう、宗教画だから嫌いになるだろうか。確かに、キリスト教徒として「受胎告知」という教義の重みを親身に感じる人と、僕みたいな一般人とでは、確かに作品の捕らえかたは異なる。でも、みんな、そして僕もまた、レオナルド・ダ・ヴィンチという名前にあやかって、絵を鑑賞しに行くわけだ。それでいいじゃん、と思う。

それに、バッハの『マタイ受難曲』とか、モーツァルトとかヴェルディとかの『レクイエム』を聴くとき、キリスト教徒でなければ、音楽が単なる騒音になってしまうのか、ということでもある。明らかにそんなことはないわけで、絵画や音楽にはどうやら、何か宗教的な要素を超えた、普遍的な「美」みたいなものが存在しているようで、だからこそ『受胎告知』は観る価値があるのだし、「モツレク」(モーツァルトのレクイエムのこと)は聴く価値があるのだろう。いや、別にキリスト教じゃなくったっていい。僕たちは運慶の仏像を鑑賞したり、アンコールワットを観に行ったり、エジプトの古代神殿を眺めたりするが、果たしてそれらの宗教の真剣な信徒だったことがあるだろうか。

僕のこういうふうな、「普遍性」とか「美」をもってして芸術の価値を説明するやりかたは、すっかり時代遅れであることは、よーくわかっているのだけれども、「キリスト教が鼻につくから『権力と栄光』はあまり読みたいと思わない」という人がいたら、それはとてももったいない、狭量な視野だなあと思うからこんなふうに書いてしまった。そして、「キリスト教のことがよくわからないから、この本のこともよくわかった気がしない」という人がいたら、「そんなこと心配しなくていいんじゃん」って言いたいからでもある。僕もそんな一人だし。グリーンの描く、ある種の切ないストーリーを単純に楽しむだけでも、この本は読む価値がある。

「ウィスキー坊主」である司祭が、貧しい村にたどり着き、自分の娘と二人きりになる場面。娘はまだ七歳で、お行儀がいいとは言えない女の子。彼はこのように語りかける:


「わしは命を捨ててもいい、なんの値打ちもない命だが。この魂だってかまわない……ね、おまえ、理解するように努めてくれ、おまえは――とても大切な子だということを」そのことが、彼の信仰と彼ら政治指導者たちとの相違だということを、彼はずっと前から知っていた。彼らは、ただ国家とか共和国のようなものだけ関心があった。この子は一つの大陸全体より大切だった。彼はいった。「おまえは非常に――必要なんだから。首都にいる大統領は、いつでも銃をもった人たちによって護衛されている――だが、わしの子よ、おまえは天のすべての天使がついている――」彼女は、暗い、自覚のない目で彼を見返した。彼は、自分がここに来るのが遅すぎたのだとわかった。彼はいった。「さよなら、かわいいおまえ」そして不器用にキスをした―愚かにも思い上がったこの老いぼれ。彼は、彼女の手をはなし、広場へととぼとぼ帰りはじめたが、もうその瞬間に、まるめた彼の背中のうしろで、邪悪な世の中全体が彼女をだまし、破滅させようとしているのを感ずることができた。(p.166)


本来の司祭という立場ならば、自分の娘だけを愛せばいいのではない。自分の娘だけが助かればいいのではなく、世の中の人をみんな愛し、みんなが助かるように祈らなければならない。でも、彼は銃殺される間際になっても、世の中の人を娘同等に愛そうとして失敗している。「あらゆるおそれと、救いたいという願いが、不当にもたった一人の子供に集中してしまった」(p.408)司祭という立場で私生児がいるだけでもまずいのに、この娘のことばかり気になってしまう主人公…とても人間的でなキャラクターではないか。キリスト教とか、そういう宗教なんて超えたところの親近感を、僕は感じてしまう。

* * * * *

「臆病者にだって、義務感というものがあるんだよ」(p.373)…『権力と栄光』は、この臆病者たる「ウィスキー坊主」が、逃げることだってできたのに、ただ優しさと義務感だけで殉教することになる物語。全体を見渡せば、この本が確かにちょっと「きれいごと」的になっている点は否めない。でも「良い本」なんて言われるものは、みんなそんなものだ。

そして…ドッジボールコートの内野に一人残された僕は、つまり、ボールから逃げに逃げまくった臆病者の僕は、早いところボールに当たってゲームを終わらせ楽になるべきか、それとも勝利への義務感から、壮絶な討ち死にを遂げるまで粘り続けるのか。こんなことになってしまうのだったら、どうして逃げていないで、最初からちゃんとがんばらなかったのだろう……そういうものだ(so it goes.)。

関係各位

2007-04-06 15:13:39 | 英詩
■サイモン・アーミテージ編 『ショート&スイート 101の超短編詩』
Simon Armitage(ed.) Short and Sweet - 101 Very Short Poems (Faber, 1999)

ジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』の舞台はイギリスで、登場する人々は普通に耳にするような英語を話す。しかし「偉大な兄弟」が率いる全体主義政権は、思想統制を進めるために旧来の英語(旧語法…オールド・スピーク)から新しい英語(新語法…ニュー・スピーク)へと言語の改革していることが描かれている。その目的は、全体主義的な発想にそぐわない不必要な語を廃棄すること、つまり、「正義」「自由」「道徳」といった単語を無くすことにあり、さらに、そのような思考や発想そのものさえをも消し去ることにあるという。『一九八四年』の舞台は西暦1984年に設定されているが、新語法は2050年頃の完成にむけて着々と準備が続けれており、今や「新語法こそ年毎に語彙が減っていく世界唯一の言語」なのだと彼らは表明している。

でも、「年毎に単語は漸減していくし、意識の範囲も縮小していくのだ」というふうに、単純にうまくいくものだろうか。語彙が減れば人間の思考範囲も小さくなるという、シンプルな比例関係は成り立たないような気がする。少ない言葉数でも、含蓄に富んだ表現とか、ニュアンスに溢れる表現というものがあったりするのだから。『一九八四年』の全体主義政権は、言葉の持つこのような、微妙な、人間的な部分も抹殺することで、人間の発想とか人間性そのものを抹殺しようとしているが、よく読んでみると、彼らが推し進めるニュー・スピークもまた、こういう「言外の意」みたいなところに依存しているところもある。

言葉の数が少なくても味わいに富んだ表現があるのだということを観察するには、この『ショート&スイート』という詩のアンソロジーを読んでみるのもいいかもしれない。この本は現代イギリスを代表する詩人の一人、サイモン・アーミテージが編んだもの。彼は「very short poems」という基準として、全体で十三行以下と定め、それを、行の多いもの、つまり十三行の詩から順に並べた。だからページが進むにつれてどんどん行の少ない作品となっていく。こういう調子なので、最後から二番目に紹介されているPeter Readingの詩はたった一行になる:

Found

These sleeping tablets may cause drowsiness.

「発見」

この睡眠薬は眠気を引き起こす恐れがあります。


この詩については、なるほど…なんて妙に納得したりしないで、「はぁ~!?」って思う反応が素直ではなかろうか。ボケとツッコミの漫才だったら、ここは思いっきり突っ込まれるところだろう。とまあ、ともかく、日本では俳句や川柳があって、このように短い韻文への抵抗はあんまりないし、理解しやすいのではないかと思う。逆に、長編詩のほうが馴染みがなくて、読むのが大変だったりする。イギリス文学史をたどれば、『ベオウルフ』も『カンタベリー物語』も『失楽園』もみんな韻文の形式なので、「大長編詩」というのは普通なのだろうが、僕にとってはできれば遠慮させていただきたいところ。(これもつきつめれば、ヨーロッパの「古典文学」つまり、ギリシャ・ローマ時代の文学のメインが長編詩だったことに行き着いてしまうけど。)もし日本にも、『万葉集』にあるような「長歌」のジャンルが生き残っていたら、もう少しはこういうものにも親しみが感じられたかもしれない。

* * * * *

To Whom It May Concern

This poem about ice cream
has nothing to do with government,
with riot, with any political scheame.

It is a poem about ice cream. You see?
About how you might stroll into a shop
and ask: One Strawberry Split. One Mivvi.

What did I tell you? No one will die.
No licking tongues will melt like candle wax.
This is a poem about ice cream. Do not cry.

Andrew Motion


「関係各位」

これはアイスクリームについての詩であって
政府、暴動、その他の政治的活動とは
一切関係がありません。

アイスクリームについての詩なんですよ、いいですか。
お店に立ち寄って、どんなふうに注文するかについての。
「イチゴアイスひとつ」とか「ミッヴィーアイスひとつ」とか。

わたしが何と言ったのかって? 誰も死なないのです。
舐める舌は、ロウソクのロウのようには溶けないのです。
これはアイスクリームについての詩なのです。泣かないように。

アンドルー・モーション


収録された作品のひとつ。アンドルー・モーションは現在の桂冠詩人だが、こういう親しみやすい詩を作っている。タイトルの「To Whom It May Concern」というフレーズは、よく、回覧書類の一番上に書いてあったりする決まり文句(うちの会社の文書にも書いてあったような気がする)。なんでこんなタイトルなの?という疑問は、この詩を読むにあたっては、考えるに値するポイントだろう。あと、七行目の「No one will die. 」という部分。誰だっていつかは死ぬという世の中の事実に反している…ということは、作者はどういうつもりで書いているのか。誰か特定の人々が「死なないだろう」という意味なのか。さらに、この詩は「アイスクリームについての詩」と主張しているわりには、アイスクリームとは縁がない「死」とか、「泣くな」なんてこと書いてある。ということは、「アイスクリームの詩」であるという宣言を素直に捉えない読み方をしてもいいかもしれない。

だから仮に、「You see?」なんて確かめられても反発し、この詩にはno、not、 nothingという語が目立つから、そういうところをひねくれて読んでみると、この詩はアイスクリームとは関係なく、むしろ政府や暴動に関係あるのかもしれない。そして、人間はみないずれ死ぬのであり、言葉(tongues=舌)のみが消え去らずに残り、みんな泣け、と語っているのかもしれない。アイスは甘くておいしいが、すぐに溶け出してしまうもろいもの。甘くも短い、はなかない人生の象徴…だろうか。そういえば、このアンソロジーのタイトルは「Short and Sweet」だ。

* * * * *

今回のブログの最後には、101編収められたこの詩集の、101番目、つまり一番最後の詩を紹介したい。Don Patersonによる次のような詩。じっくりご鑑賞いただきたい。ちなみに、どんなに目を凝らしても詩のタイトルだけしか見つからないかもしれないが、別に僕がパソコンに入力し忘れたわけではない。

On Going to Meet a Zen Master in the Kyushu Mountains and Not Finding Him





「禅師を尋ねて九州山脈に行き、その彼が見つからなかったとき」








棄ててきた女

2007-03-30 23:43:15 | イギリスの小説
■若島正編 『棄ててきた女 アンソロジー/イギリス編』(異色作家短編集19 早川書房2007)

僕は持っていないのでわからないけど、「iPod」っていうのはきっと、どこかしらからかダウンロードした音楽を貯めこんで、持ち歩いて聴けるようにする機械なのだと思う。そして自分が好きだ、聴きたいと思った音楽だけを取り込めるのだから、自分専用の「ベスト・アルバム」が作れるということなのだろう。これって、考えてみたら、中学生のときなんかに、カセットテープに自分の好きな音楽だけを録音して集めたのと原理は一緒だ。

これを自分の好きな音楽ではなく、自分の好きな小説や詩を集めて一冊にまとめれば「アンソロジー」ということになる。もし商業的側面を度外視して(つまり、売れるとか儲かるとかを考慮せずに)、自分の好きな小説を集めてアンソロジーを作っていいよと言われたとしたら、あなたはどういうものを編集するだろうか。考えてみるとおもしろいかもしない。選ばれた作品を通して、編者という人間が浮かび上がってくる。集められた作品に選び出す側の興味関心が表れるのは当然として、人柄やいろいろな嗜好、さらには野心の有無とか、他人からどのように見られたいと思っているか、なんてことまでわかるような気がする。

たとえば極端な場合だけれども、「傑作」と賞賛されるような作品ばかりで構成されたアンソロジーがあったとしたら、それをよしとして選んだ編者もまた「傑作がわかる立派な人間」として認められたいという、意識的あるいは無意識的な意図があると想像する。とくに本の場合は音楽と異なり、iPodのように何千という、桁違いに大量の作品を取り込めるわけではない。好きなものを手当たり次第アンソロジーに組み入れるというわけにはいかない。だから選ばれて作品集として残ったものには、ただ「好きだ」以上の理由があると思われるわけで、アンソロジーを読むときは、このあたりの編者の取捨選択が興味深く感じられる。

さらに、選ばれた作品がどういう順番に並んでいるのかにも興味が沸く。年代順とかアルファベット順なら、面倒な類推はいらない。でもこの『棄ててきた女』みたいに、一見ランダムに配列されていると、うーん、と考え始めてしまう。これはコース料理がどのように出てくるかに似ている。前菜、メイン、デザート…勉強不足で三つしか思い浮かばないので、日本の会席料理のような、たくさんある名称のほうがいいかも…前菜、お吸物、刺身、煮物、焼き物、揚げ物、蒸し物、酢の物、ご飯、止め椀、香の物、水菓子…。じゃあ、冒頭のジョン・ウィンダムの「時間の縫い目」は前菜で、次のジェラルド・カーシュの「水よりも濃し」はお吸物なのかと言われると、なんだかよくわかならなくなってくるが、まあいい。

でも、食べ物との比喩はなかなか悪くない。仮にお弁当を食べているとして、あなたはおいしいものや好物を(僕だったらエビフライを)最後に食べるほうだろうか、それとも最初に食べてしまうほうだろうか。あるいは、頃合を見計らって、真ん中くらいに食べるのだろうか。つまり、『棄ててきた女』には十三編の作品が収録されているのだが、これらがみな同じように良い作品とは言えないだろう。編者にとっても、甲乙がきっとあるはず。そして、ベスト(つまりメインディッシュ)はどこにあるのか、一番最初だろうか。それとも一番最後? あるいは、真ん中くらいにさりげなく隠してあるのかもしれない。

アンソロジーのタイトルとなっている「棄ててきた女」は、十番目に登場するミュリエル・スパークの同名の短編から採られている。タイトルになっているのだから、これがベストなのだろうという見方もある。十番目という位置は、中間より後ろで、それでいてデザートになってしまうような順番でもなく、なかなかメインディッシュにふさわしい好位置であるとは思う。でも、世の中には先鋒、次鋒、中堅、副将、大将なんていう順番の決め方もあったりする。編者はもしかすると、柔道や剣道の団体戦のように、読者をコテンパンにやっつけてしまおうという意図かもしれないから、先鋒や次鋒あたりで討ち死にしないよう、心して読書するとよい。

* * * * *

実際のところ、僕にとっての「大将」レベルの作品は、後ろのほうになって登場してくる。十番目のミュリエル・スパーク、十一番目のウィリアム・トレヴァー、十二番目のアントニー・バージェス、この三人が僕はとくに好きだし、短編もなかなかおもしろかった。しかしこれはかなり個人的な色眼鏡を通しての判断であるのは間違いない。つまり、いわゆる「純文学」系の作家を「良いもの」とみなすように教育された(した)結果が反映してしまっている。このアンソロジー自体は、前菜、あるいは先鋒としてジョン・ウィンダムが据えられていることに象徴されるように、19世紀末から20世紀前半に生まれた作家による、娯楽文学と純文学の折衷のような体裁になっている。SFチックなものや、恐怖小説めいたものが好きな人なら、メインディッシュ、あるいは大将の位置づけは、僕とは大きく異なってくるだろう。 

あと、L.P.ハートリー(L.P.ハートレーとされることもある)の短編が含まれていることも注目したい。彼の作品が新たに日本語の活字になったのは、久しぶりではないかと思う(十年前後ぶりくらいか)。それにしても、ハートリーの短編はいつも「世界怪奇小説集」とか「幻想小説集」といったアンソロジーの一編として登場する。今回の「顔」という作品を含めると、少なくとも十編の彼の短編がこれまで翻訳されてきたわけで、これらを全部まとめれば十分に一冊の短編集として仕上がる。ハートリーのこんなアンソロジーを作ってくれる出版社はどこかにないのだろうか。確かにあんまり売れないとは思うけど。

ところで、今回の「異色作家短編集」には同じ編者による第18集として『狼の一族 アンソロジー/アメリカ編』というのと、第20集に『エソルド座の怪人 アンソロジー/世界編』がある。どちらもおもしろそうだけど、とくに第20集の世界編をそのうちに読んでみたい(編者若島氏のお気に入りらしいカブレラ=インファンテもちゃんと収録されている)。最近時々感じるのだけれども、英米の小説ばかり読んでいると、どうも視野が狭くなってしまうような気がする。単に飽きてきたせいか。ともかく、欧米の価値観が、全世界で諸手を挙げて賛成されるような、普遍的なものであるとは必ずしもみなされなくなっている現代、いろいろな地域のいろいろな人の小説を読むことには、それなりの意義があるだろう。

さらについでに言えば、「異色作家短編集」を刊行している早川書房は、今年から「ハヤカワepi〈ブック・プラネット〉」というシリーズを立ち上げていて、アルジェリア出身の作家ヤスミナ・カドラ(Yasmina Khadra)と、タイ系アメリカ人のラッタウット・ラープチャルーンサップ(Rattawut Lapcharoensap)の作品がこれまでに刊行された。「翻訳文学=欧米もの」という発想にとらわれない企画は素晴らしいと思う。ただし、両作家とも欧米で売れた実績のある人たちなので(ヤスミナ・カドラは国際的に評価されている作家、ラープチャルーンサップはまだ新人らしい)、今後どういう作家と作品が取り上げられていくのか、興味が尽きないところ。

人生いろいろ読み方いろいろ

2007-03-23 14:13:21 | その他の読書
■富山太佳夫『文化と精読 新しい文学入門』(名古屋大学出版会2003)

先日の新聞に、こんな記事が載っていた:


「人生ゲーム」も「脱お金」 米製造元、新版発売へ

 日本でも人気の「人生ゲーム」をつくる米ハズブロ社は、紙幣にかわっておもちゃのVISAカードで支払い、大金持ちになるかどうかではなく、人生の様々な達成感をポイントに変換して勝敗を決める「人生ゲーム 紆余曲折(うよきょくせつ)」を8月に発売すると発表した。「人生、山あり谷あり」から「人生いろいろ」への転回になりそうだ。
 ゲームは、カード支払いを読み取り、人生ポイントを蓄積して、サイコロの役も果たす機械「ライフポッド」を中心に展開する。おなじみのルーレット方式も変わることになる。参加者は「生きる=冒険」「愛する=家族」「学ぶ=大学」「稼ぐ=キャリア」の四つのコースに分かれて人生航路にこぎ出す。旅行に出かけることも冒険も、稼いだお金も人生ポイントに変換され、ポイントの多さで勝者が決まる。
 ハズブロ社のゲーム広報担当は「人生ゲームは実社会に合わせて変化してきた。今日のライフスタイルに合わせて支払いをカードにし、成功が必ずしもお金では測れないという価値観の多様化も考慮した」と話す。(朝日新聞3月21日)


価値観の多様化…もうかれこれ30年くらい前から唱えられているキーワードだと思うのだが、ついに「人生ゲーム」のルールまでもを変化させるに至った。もちろん実社会はもっと進んでいる。人生が成功と失敗という単純な二項対立で色分けできるなんて考える人は、もはや現代的なデリカシーに欠けていると思う。また「人生ポイント」を貯めるという点、つまり、何かしらの数量の多寡で優劣を競うという点も時代遅れだろう。エコロジーの概念が浸透した現在、嵩が少ないほど良いとされるものはたくさんある。力んで「人生航路にこぎ出す」のではなく、家でじっとしていたほうが、交通機関のCO2排出量を減らせるので地球環境保護には良いかもしれない。ただまあ、「人生ゲーム」はゲームだから勝者敗者を決める必要があるわけで、こういう現代的な価値観をそのまま直截的に反映させた「人生ゲーム」では、ゲームにならなくなってしまうのだろう。(そもそも「人生」はゲームなのか、ゲームたる対象としてふさわしいのか、という疑問につきあたる。)

社会がこんな具合なのだから、ある一冊の本があったとき、それを読む人の反応も多様化して当然なわけだ。「この本はこのように解釈しなければならない」とか、「この表現はこのように理解しなければならない」というような教条的・画一的な価値判断は存在しなくなっている。にもかかわらず、国語のテストで「傍線部Aについて、このときの主人公の気持ちをもっともよく表しているのは、次の①~④のうちのどれか」などという問題がいまだに出題されているのだろうと思うと不思議な感じがする。こうした問いでは、解答者は、作題者が解釈した「主人公の気持ち」を推測しなければならない。つまり厳密に言えば、作題者が誰で、どんな観点からテクスト解釈をする人なのか知らなければこの問いには答えられないはずだ。解答者はこうやって、知らず知らずのうちに、出題者の権威とイデオロギーに従わされていく。そして学校では「出題者」とは一体何者で、そしてそれがなぜ権威を持っているのか、説明してくれる先生など、どこにもいない。

「傍線部Aについて、このときの主人公の気持ちをもっともよく表しているのは、次のうちのどれか」という問題で、「作者の考える」この主人公の気持ち、というように「作者」に偽りの権威を背負い込ませて、それで問題を解かせようという場合もある。でも、作者が読者にテクストの読み方を縛る権限はどこにもない。これはもう何十年も前に、ロラン・バルト(「作者の死」)やミシェル・フーコー(「作者とは何か」)が提唱していることだったような気がする。

いずれにせよ、あるテクストを「こう読め」と読み方を強制してくることは、読者を権威やイデオロギーに盲目的に従わせてしまうことにつながる。多様な価値観を許容する現代にはふさわしくないだろう。読み方の強制は、国語のテストに限らず、テクストと相対する場所ではどこでも起こる事情のようで、今回読んだ『文化と精読』によれば、日本の英米文学研究にもこのあたりの事例はあるらしい:


わが国の英米文学研究の場で繰り返し言われてきたのは、理論や方法では文学はわからないということであった。理論で文学作品を切ってはならないという、少し考えてみれば意味不明の隠喩があたかも適切なアドヴァイスであるかのように通用してきたのである。それでは何が推奨されるのかと言えば、辞書を片手にして一語ずつ丹念に読むということであった。その結果として、一年かけてひとつの作品を読むという教育法が今でも各大学の英文科に堂々と生きのびていることは周知の事実であろう。私はこれが有効な読み方のひとつであることを否定するつもりはないが、あくまでもそれはひとつの読み方以上のものではない。問題はこのひとつの読み方にすぎないものを唯一至上の方法として強制するときに生ずる。それが外国語の作品を読む有効な方法のひとつであることは間違いないが、同時にそれは教える側の経験からくる優位性を保障するためのシステムともなってしまうのである。この最も確実にみえる読みの場は動きの取れない権力の場にもなってしまう。理論では文学がわからないという言い方は、文学を哲学や社会学や心理学から切り離してしまうだけではなくて、読みの場における権力の関係を固定するものとしても機能しているのだ。(pp.30-1)


教師対生徒という権力構造が発生やすい環境下で文学を勉強するのではなく、ただ気楽に気分転換として本を読む分には、別に何の理論も知らなくていいだろう。ところが、実際のところ、世の中はさまざまな情報に溢れている。小説を読むだけでなく、ノンフィクションの本を読み、新聞・雑誌を読み、メールを読む。テレビ・ラジオ・映画・インターネット…。それぞれが情報を伝達するテクストであって、もしかすると、画一的な権威・権力を情報受信者に暗に振りかざそうとしているかもしれない。そのとき、現代の批評理論の動向を感じ取り、多様な読み方と価値観の存在を知っておくことは、決して損にはならないと思う。そして、イギリス文学に興味がある人なら、この『文化と精読』は、本来文学の学生向けの本だけれども、この目的にはとても良さそうだ。少なくても僕にとってはとてもおもしろかった。

* * * * *

ただ単に「おもしろかった」では無責任かもしれないので(いつも無責任だけど)、とくに「なるほど」と思った箇所を簡単に書いてみたい。話は変わるけれども、<イギリス文学史>と言ったら、どういう内容が頭に浮かぶだろうか。古英語時代の『ベオウルフ』から始まり、チョーサーの『カンタベリー物語』を経てシェイクスピアの時代が来て…という、連綿とつらなる作品や思想の歴史が思い浮かぶと思う。でも、<イギリス文学史>という言葉をもう一度よく見てほしい。この単語は「イギリス文学という学問の歴史」という意味にもとれる。イギリス文学という学問は、いつ、どこから始まり、どのように発展してきたのか。実際のところ、学問としてのイギリス文学の歴史は短く、本格的に始まったのは、20世紀に入ってからだ。こういうふうに考えてみたとき、最初の意味での<イギリス文学史>はイギリス文学という学問の一分野であるから、二番目の意味の<イギリス文学史>はメタ・レベルでの歴史ということになる。

では、<イギリス小説成立史>だったらどうだろう。まずは、どの作品から小説というジャンルが成立したのか。デフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719)からか。あるいはリチャードソンの『パメラ』(1740)から?…普通だったら、こういう作品を軸に、当時の社会的状況を踏まえながら考察していく。ところが、『文化と精読』の「最初は女」というエッセイに、ホーマー・オウベド・ブラウンという学者のユニークな見解が紹介されている。彼は小説の成立という事柄を追求すること自体をメタ・レベルから捉えなおす:


彼(ブラウン)が問おうとするのは、イギリスにおいて小説はいつ、どのようなかたちで成立したかということではなく、そのような問い自体がいつから可能になったかということである。小説の成立史を問うメタ・レベルの<理論的な>問い自体が歴史の中の特定の状況によって規定されるものだという認識が、そこにはある。……そもそも小説というジャンルの成立時点では、その枠組みが分節化されていない以上、小説というジャンルの内も外も区別できなかったはずであるのに、小説の成立史はのちに成立したジャンルによって選択された作品間の差異を論ずることによって、あたかも小説というジャンルの成立を論じたかのように錯覚してしまうことになる。(pp.165-6)


だからブラウンによれば、リチャードソンとかの18世紀半ばの散文物語は「このジャンルがみずからの制度としての歴史をあとから正当化しようとしたときにその先駆形態となる、より現代に近い文化の制度、文学の制度によって小説と名づけられることになる」(p.167)ということだ。つまり富山氏の言葉で要約すれば、「小説の成立、小説の起源とは……小説というジャンルが事後的に要求する神話」(p.166)なのだ。このように、小説とはどのように成立したのかという問いかけに対して、一歩下がり、その問いかけ自体の性質を考える発想、僕にとってはとてもおもしろいと思うのだけれども、どうだろう。つまらない?それに、こういうものの見方は何かと応用も利くはず。

赤い帽子をめぐって

2007-03-16 14:12:52 | イギリスの小説
■ジョン・ベイリー 『赤い帽子』 (高津昌宏訳、南雲堂フェニックス2007)
〔John Bayley The Red Hat 1997〕

フェルメールの絵を実際に観たことがあるだろうか。かつてロンドンで行われた「フェルメールとデルフト派展」に行き、僕は初めて彼の作品に遭遇したのだが、そのときの第一印象は、なんといっても「絵が小さい」ということ。一メートル四方くらいのキャンバスに描かれているものもあったが、例えばあの有名な『牛乳を注ぐ女』なんて、50センチメートル四方もない。どの作品も、こんな小さなキャンバスに細かく精密に描かれている。そして会場ではそれをじっくり鑑賞しようと、狭いスペースに人が多く群がり、人口密度が異様に高まってしまう。混んでいるところに巻き込まれるのは常に遠慮したい僕としては、せっかくのフェルメール鑑賞も、なかなかの難行苦行となってしまった。世界に三十数点しか残っていない作品のうち、十三点も集めた記念すべき展覧会だったそうだが、五年以上経過した現在、もはや鑑賞した記憶もかなり薄らいできている。

この「フェルメールとデルフト派展」の会場には、『赤い帽子の女』という絵もあったはずだ…といっても、僕ははっきり覚えていないのだが、記録を調べるとそういうことになっている。大きさは22.8x18センチメートルというとても小さな肖像画。フェルメールの真筆かどうか疑問の声も多いらしく、そういうことを知っていれば、もっと僕もしげしげと、人ごみに負けずに鑑賞しただろう。そして、この一枚の小さな絵から、ジョン・ベイリーはひとつの中篇小説を作り上げた。これが『赤い帽子』という作品。(ただし、ジョン・ベイリーのこの小説の発表は1997年。ロンドンのナショナル・ギャラリーでのフェルメール展は2001年。)

作者のジョン・ベイリーだが、僕にとっては(そして多くの人にとってもそうだと思うけれど)なんといっても、あのアイリス・マードックのご主人ということで名高い。彼女との結婚生活と、彼女が侵されたアルツハイマー病の経緯を描いた回想記は有名だし(邦訳あり)、その映画版である『アイリス』はもっと有名。ジム・ブロードベントが演じた、あの優しいけれど、かなり無器用そうなジョン・ベイリー像が印象に残っている。こんな具合で、マードックのご主人というイメージばかりが先行するが、彼は長らくオクスフォードで英文学の先生をしていた文芸批評家。最近の批評の本などではあまり登場してこないけど、一昔前、たとえば、バーナード・バーゴンジーの戦後英文学についての名著『The Situation of the Novel』(1970)を読むと、ベイリーの名がたくさん言及されている。

文芸評論家としても名高い大学の先生が、小説も書くというパターン…ぱっと思いつくだけでも、マルカム・ブラドベリとか、デイヴィッド・ロッジがいる。この二人の小説はなかなか面白いし、そして立場上、作品も創作技法にかなり意識的だ。ブラドベリの『超哲学者マンソンジュ氏』なんて、明らかに大学の先生が面白おかしく作った(ただし真面目な顔つきを装っている)という感じだし、ロッジの本も、とくに以前の作品には、文学を研究している人々がよく登場する。では、ジョン・ベイリーの『赤い帽子』は果たしてどんな小説なのか。

* * * * *

この本は第一部と第二部からなり、第一部ではナンシーという主人公が友人たちと一緒にオランダのハーグを訪れ、フェルメールの絵を観に出かけた顛末が語られる。第二部では、ナンシーによるハーグでの奇妙な体験談に興味を持ったローランドという男性が、ナンシーを南仏の小さな村まで追いかけ、そこでまた不思議な事件が発生するというストーリー。第一部はナンシーによって、第二部はローランドによって語られ、どうやら、彼らは必ずしも真実を述べていないようだが(彼ら自身が真実を把握していないようでもある)、読者は彼らの言葉からしか物語を知ることができない。いわゆる「信用できない語り手」というパターン。

とくに第一部でのナンシーの語りがとても不思議に感じられる。ナンシーはハーグで「浅黒く、ハンサムな男」(名前はわからない)に夢中になってしまい、その男が勝手にホテルの自室に入ってきても騒がないし、なんと彼に首を絞められ殺されそうになっても、このような感じだったりする:

「彼が実際やっていたことは、わたしの首を愛撫し、まさに快感が得られるように適切な箇所を締め上げることだった。わたしは気を失いつつも、天にも昇る気持ちだった。彼にもそれがわかっていたに違いない。おそらく十分な経験があったのだろう。わたしは極めて自然に呼吸し、呼吸しながら体に当たっている彼の厚い胸を感じ、まさに眠りに落ちるときの気分だった。真の『愛=死』だった」(p132)

首を絞められて快感というのは、いったいどういうことなんだろう、苦しくなるはずなのに…こういうふうに疑問を感じるのが普通の読み方だと思う。つまり、首を絞められて快感を得ているナンシーが、普通の人とはちょっと違って異常な状態にあるということだ。だから、彼女の言うことがあんまり信用できなくなる。また、この引用でも「に違いない」とか「おそらく…だろう」という言葉が使われているとおり、ナンシー以外の事柄でも、彼女自身の類推・観察でのみ表現されているわけで、作者ベイリーが読者に与える情報はかなり限られている。

『赤い帽子』を最後まで読んでも「それで、本当のところはどういうこと?」という疑問には、結局ベイリーは答えてくれていない。ナンシーと謎の男の関係はわからずじまい。むしろ、それまでオランダとフランスを舞台としていたところに、今度はナンシーがロンドンに現れるらしいぞ、という新たな展開を予感させるところで物語が終わる。日本で読書しているとわかりづらいが、これはイギリス本国の読者にとっては、ナンシーと謎の男のミステリーがイギリスにも忍び込んでくるぞ、と突然現実味を帯びさせている終わらせかた。幽霊小説とかで「この霊は、じつはあなたの身の回りにも今度現れるかもしれません」というふうに終わらせているのと一緒の技法だろう。

いずれにしても、謎を多く残したまま物語は終わる。そういえば、フェルメールの『赤い帽子の女』も、本当にフェルメールの手によるものなのか、謎が残っている。また、この絵に描かれた人物像が、果たして女性なのか、それとも女装した少年なのか、これも判然としない。さらに、研究者がこの絵にX線を照射して観察してみると、上下さかさまになった男性の肖像画が現れてきたそうだ。

* * * * *

「愛=死」なんて書いてある部分を引用したので、『赤い帽子』がなんとも奥深い文学であることを想像されたかたもいるかもしれないが、この本は実際のところかなり気軽に読める。同じ「愛と死」でもワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』みたいな、深遠な世界を連想してはいけない。一気に読めばそれほど時間もかからない、かなり軽めの本。なので、正直言うと、ちょっと価格が高いかもしれないと感じてしまった(2,940円)。ジョン・ベイリーのファンにとっては、この値段でも読む価値があるのだろうけれど、果たしてそういうマニアックな人は日本にどのくらいいるのだろう。

B.S.ジョンソンを朗読する

2007-03-02 14:31:15 | イギリスの小説
■B.S.ジョンソン『老人ホーム――一夜のコメディ』(青木純子訳、東京創元社2000)
〔B.S.Johnson House Mother Normal (1971)〕

かつてまだ中学生の頃、この年頃にはありがちだけれども、僕は部屋にあったラジオを一生懸命聴くようになり、なかでもNHKFMの熱心な愛聴者になった。NHKFMということはすなわち、クラシック音楽を主に聴いていたということだが、これとは別に、毎晩夜11時前に放送される連続ラジオドラマ「青春アドベンチャー」も楽しみにしていた。あと、週末に放送されるラジオドラマ「FMシアター」もよく聴いていた(両方とも現在でも放送されている番組)。当時からテレビではあまりドラマを観なかったが、ラジオのドラマは別で、受験だとか何やらの理由で自ら聴取を禁じるまでは、かなり定期的に聴いていたと思う。

耳で物語を聞くという作業は、テレビや映画を観るよりも、本を読むという行為に近いところがある。つまり、想像力が刺激される点だ。登場人物の容姿や、ストーリーに登場する舞台背景は、限られた言葉や音から、読者、あるいは聴取者が自らイメージをふくらませていく楽しみがある。ただこれは、視覚的な伝達がない分、ストーリーを理解するのが大変という意味でもある。テレビや映画はヴィジュアル表現にかなり助けられているので、どういうストーリーなのか理解が容易だ。本やラジオドラマは読者、あるいはリスナーへの負担が大きく、逆にテレビや映画は、誰にとっても安易に楽しめる。人間は情報の多くを聴覚よりも視覚から取り込んでいることもあり、この点が、テレビが普及した最大の要因なのかもしれない。

中学生や高校生の頃が過ぎると、NHKFMのラジオドラマとはすっかり疎遠になってしまった。最近はぜんぜん聴いていない。ただし、先日BBCのRadio4で「ジキルとハイド」のラジオドラマを聴いた。というか、インターネットラジオをつけっぱなしにして、別のことをしながら聴いていた。当然英語だし、よくわからないところも多々あるのだが、元の話を知っているので、まあ普通に楽しめた。「ジキルとハイド」は週末の特別番組だったが、Radio4には超有名な連続ラジオドラマ「The Archers」(みんなあのテーマ音楽を知っている)を筆頭に、こんな具合で、しょっちゅうラジオドラマをやっている。本や詩の朗読の番組も多い。もちろんRadio4が「Intelligent speech」のチャンネルで、音楽は基本的に流さないせいでもあるが、それにしても、イギリスにおける「ストーリーを耳で楽しむ」文化の度合いは、日本より圧倒的に高い。

例えば、いわゆる「オーディオブック」というものを考えてみると、日本では、夏目漱石や芥川龍之介といった広く親しまれている古典作家のオーディオ版(CDやカセットテープ)というのは、きっとどこかにはあるのだろうけど、僕は見かけたことがない。でも、ディケンズやオースティンのオーディオ版というのは、イギリスでは大きな本屋さんだと普通に売っている。試しにアマゾンのUK版で検索みれば、こういう古典作家の作品だと、ほとんどがCD版も入手できることがわかる。

テレビがない時代だったら、人間の声だけで物語を楽しむ文化は当たり前だったのだろう。イギリスの19世紀の小説を読んでいると、夜のくつろぎのひととき、家族の誰かが本を朗読している場面がよく登場する。そしてこんな朗読を楽しむ文化は、きっと以前の日本にもあったはずだ。『平家物語』は琵琶法師の弾き語りだったのだから。ただ、テレビや映画が普及する時代になり、どういう理由かはわからないが、日本ではラジオドラマとか朗読とかがそれほど一般的でないのに対し、イギリスではこの「聴いて楽しむ」文化が今でも根強く定着している。

* * * * *

ということで、B.S.ジョンソンの『老人ホーム』を僕がみなさんのために、朗読して差し上げましょう!…と意気込み、がんばってみたところで、この企画はきっと失敗するに違いない。普段の会話及びカラオケを考慮すると、僕の音声表現力には確かに限界があると思われるので、なんだったら有名な声優さんを起用してもいい。でも、きっとうまくいかないだろう。『老人ホーム』という作品は、もちろん言葉がつづられているから、これを声に出して読むという点では朗読は可能だ。僕でもできる。でも、この非常にユニークな作品の、ユニークたらしめている部分を、音声だけで伝えるのは、かなり困難、というか、無理だと思う。

この困難の原因は、B.S.ジョンソンが『老人ホーム』では言葉だけではなくて、視覚にも訴える書き方をしているせいだ。つまり、声だけでは伝えられない部分がある点に、この本が朗読では表現できない理由がある。ページを開けばわかるが、一般的な小説だと文字がぎっしり並んでいるところを、『老人ホーム』では一見詩のような、不思議な改行のなされた配置になっている。太文字は実際に登場人物が声に出した言葉、平常の書体は頭の中の思考を表している。そして、読み進むにつれて、ページに印刷された文字数はどんどん少なくなっていく。つまり、これは登場人物の思考が減少していくことを意味している。最終的には、思考の停止を表す白紙のページまでもが現れてしまう。

さらに興味深いのは、この本には各章に一人ずつ、八人の老人と一人の寮母が登場するのだが、それぞれに割り振れらた各章のページが三十ページで揃えられていて、さらに、その三十ページが時間的に重なり合うようにできあがっているところ。つまり、例えばセーラという老人の十ページ目は、他の全ての登場人物についての各章の十ページ目と時間的に一致している。こういう構成なので、最初は意味不明な部分であっても、最後の登場人物の章まで読み進めれば、内容がかなり理解できるようになっている。

確かに朗読できないことはあるまい…でも、白紙のページが続く部分は、どうしたらいいのか。僕はずっと黙っていればいいのだろうか。あと、思考が散漫になり、印刷された文字が、ページ中を飛び散っているような箇所は、どのように音声で表現したらよいのか。それに、ページをめくるというのは、本を読むときだけの作業だ。音読するときは「ページをめくります」なんていちいち言わない。でも、『老人ホーム』は、そのとき何ページ目を読んでいるのか、これを意識することが楽しむために必須となってくる。「誰それの何ページ目を読んでいます」という具合に、本文に書かれた言葉以外のことまで説明しなくてはいけないわけだが、果たしてそういう「注」の施された朗読を楽しめるのかどうか、はなはだ疑わしい。

『老人ホーム』は、このようにかなり独創的な作品だ。印刷された文字がルールどおりに配列されていて、それを順番に読み進んでいけばOKというような、一般的な小説とはかなり異なる。印刷された文字はルールどおりには配列されていないので、まずその配列の意味から考えていかなくてはならない。そして、この本の最後には、登場人物自らが、小説のルールを踏み外す行為に出る:


      さて、この辺で、わたしもそろそろ
決まり事の枠組みから外れることにいたしましょうか。各人三十ページに
割り振られた世界から。もうおわかりかと思いますが、わたしもまた
作者の操り人形というか、でっち上げの存在で(常に背後にちらつく作者の影に
気づいていらしたでしょ? あら、読者のみなさんをだまそうなんて
不可能ですもの!)、 (p298)


こんなふうに「作者」がいて、「でっちあげ」であることを認めてしまう。できるだけ本当にあったことのような、リアリティーを旨とする従来の一般的な小説と比べて、『老人ホーム』がいかに無謀な企てであるか。でも、こういう無謀さこそB.S.ジョンソンの真骨頂なので、たとえ朗読ができないからといって、価値がない小説なのだと切り捨ててしまうのは、ちょっとどうなのだろう。ジョンソンが自ら影響を認めているロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』にだって、ひっきりなしに作者は登場し、明らかに朗読不可能と思われるページが多数あるが(真っ黒に黒塗りされたページをどう発音するのだろう)、その価値は十分認められているのだから。

* * * * *

実は、ロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』には、なんと、オーディオCDが存在する。もちろん、要約版ではあるのだけれど(Naxos AudioBooksシリーズより発売)。だったら、B.S.ジョンソンの諸作品だって、朗読版が可能ではないだろうか…。どんなものだって音声表現にしてしまう、イギリスの朗読文化をあなどってはいけない。

※Naxos AudioBooksのウェブサイト:http://www.naxosaudiobooks.com/

トレヴァーの短編集

2007-02-23 23:21:33 | イギリスの小説
■ウィリアム・トレヴァー『聖母の贈り物』(栩木伸明訳、国書刊行会「短編小説の快楽」シリーズ、2007)

イギリスに旅行に行くとしたら、いつの時期に出かけるのがいいだろうか。自分の仕事とか、旅行代金とか、そういう諸事情を一切忘れて、一番訪れてみたい時期を考えてみる。買い物が好きな人は、セールが始まる七月か、クリスマス明けがいいかもしれない。街中を華やかに彩るクリスマスのイルミネーションを楽しみたいなら、十一月過ぎがいいと思う。オペラやコンサート、バレエを楽しむならば、主要なシーズンは十月から三月くらいになる。

こうして考えると、秋から冬のイギリス、とくにロンドンを訪れるのも、いろいろ楽しみがあることがわかる。でも、もし僕自身、いつイギリスに行ってみたいかと尋ねられたら、その答えは絶対に「夏」だ。五月から八月の間に行きたい。向こうで仕事をしていた頃、この季節の印象で忘れられないのは、なんといっても日が長いこと。職場を出ても、まだ外は明るい。夕方のような時間が夜九時や十時くらいまで続く。(そして「まだ明るいし…」ということで、ついついパブに寄り道してビールを一杯、ということになる。)こういう「夏」を感じられる季節に、僕はぜひ行きたい。

「イギリスは天気が良くない、傘が手放せない」という話はよくあるが、これは冬については確かに正しい。寒くて湿った日が多い。でも、そのぶんを取り戻すかのように、夏は概して好天に恵まれる。暑い日も多い。僕が住んでいた二年間がたまたまそうだったのかもしれないが、夏に傘を広げたという記憶があまりない(冬は必需品)。夏の日の午後、家の近くのハムステッド・ヒース(ロンドンの北寄りにある公園、というか、丘の上に広がる草原と林)をときどき散歩したのだが、今から考えると、なんとまあ贅沢なひとときだったのだろうと思う。記憶につき、かなり美化されているのも、きっと確かだろうが。

* * * * *

こんなイギリスの夏を思い出したのも、ウィリアム・トレヴァーの短編「マティルダのイングランド」を読んだことによる。この短編は「テニスコート」「サマーハウス」「客間」の三篇から成るのだが、とくに「テニスコート」が秀逸で、僕はこれを読んで、イギリスの夏の記憶に思い当たった。この物語の舞台はイングランドのどこかの田舎。1939年の夏のできごと。農家の子供である主人公のマティルダには、姉ベティーと兄ディックがいて、三人とも村の学校に通っている。この子供たちが、ミセス・アシュバートンという没落したお屋敷に住む老女から、テニスをしてみないかと誘われる。老女の提供するケーキやチョコレートに心を動かされ、ディックを中心に屋敷の荒廃とともに草ぼうぼうの状態になってしまったテニスコートをきれいに作りなおし、ついにテニスができるようなコートに整備する。そして8月31日、ミセス・アシュバートンの念願だったテニスパーティーが盛大に、村人総出で行われたのだった。

このテニスパーティーで、参加者たちは夜十時くらいまでテニスをやっているが、これは上に書いたとおり、日本の夜十時のイメージとは違うということだ。爽やかな夏の夕暮れ。と言っても、さすがに夜十時だとかなり薄暗くなる。

「テニスコート」は必ずしも明るい、ハッピーエンドのお話しではない。ミセス・アシュバートンの住むチャラコム屋敷は、第一次世界大戦までは栄えていて、夫のミスタ・アシュバートンがテニス好きだったこともあり、何度もテニスパーティーが開催されていたのだった。ところが、第一次世界大戦に参戦し、復員してきたミスタ・アシュバートンは精神的に病んでいて、経済的にチャラコムを維持できなくなる。そして彼の死とともに、屋敷は銀行の管理下に置かれるようになってしまう。二十世紀に入り、両大戦を経るころから、昔ながらの広大な屋敷を経済的に維持できなくなるというパターンは、イギリス文学でも比較的頻繁に描かれている展開。

そして、僕がテニスパーティーの実施日をわざわざ1939年の8月31日と明記したのにも理由がある。八月最後の一日で、これで今年の夏も終わってしまう、という終焉感…たしかにそれもあるだろう。しかしそれよりも、再びドイツとの大きな戦争が始まるという感覚、つまり幸せだった時代の終焉という感覚が、この、ある田舎の夏の物語に重く暗い影を与えている。マティルダの父親は、テニスパーティーからの帰り道に「あれですべて終わったってことだな」とつぶやく。でも、この終焉感があるからこそ、テニスパーティーがとても明るく幸せに、そして、はかなくて尊いものに感じられるわけだ。

* * * * *

ウィリアム・トレヴァーは短編小説の名手として高く評価されているが、この「テニスコート」の中でも、さすがだなあと思ってしまうところがあった。チャラコムのテニスコートを整備するにあたり、ディックはそもそもあんまりやる気がなかったのだが、ミセス・アシュバートンからタバコで懐柔させられてしまう場面:


彼女(ミセス・アシュバートン)は、先頭に立って草ぼうぼうのテニスコートへ歩いて行き、わたしたちは四人揃ってコートを眺めた。
「タバコを吸ってもいいのよ、ディック」と彼女は言った。
ディックは笑うしか反応のしようがなかった。そして日没の太陽みたいに顔を真っ赤にした。彼は赤く錆びた支柱をぽんと蹴ると、できるだけさりげなくポケットに手を突っ込んでつぶれたウッドパインの箱をとりだし、がさごそ音を立ててマッチ箱を開けた。ベティーは兄を肘で突いて、ミセス・アシュバートンにも一本あげたら、とうながした。
「ひとついかがですか、ミセス・アシュバートン?」とつぶれた箱をさしだしながらディックが言った。
「そうね、じゃあいただこうかしら、ディック」彼女は笑いながらタバコに手を伸ばして、一九一五年以来吸ってなかったのよ、と言った。ディックは彼女のためにマッチを擦った。その拍子にマッチ棒が何本か、丈の高い草むらに散らばった。兄はくわえタバコで、落ちたマッチを拾い上げて箱にしまった。ふたりのとりあわせはなんだかおかしかった。ミセス・アシュバートンは、大きな白い帽子にサングラスのいでたちだった。
「草刈り鎌が必要ですね」とディックがつぶやいた。(p225)


ディックは当初、「ミセス・アシュバートンは自分たちを使ってテニスコートを整備させようとしている、ずるい」などと言い、テニスコートの件には消極的だった。ところがミセス・アシュバートンとのタバコのやり取りの結果、自分から「草刈り鎌が必要だ」と言うまでに心変わりしてしまう。ディックはまだ十五歳で、父親からはタバコを吸う許可が得られておらず、ふだんは隠れて吸っていたのだった。このディックに対し、ミセス・アシュバートンは唐突に「タバコを吸ってもいいのよ」と語りかける。そして、二人で一緒にタバコを楽しむ。八十一歳の老女と十五歳の少年の間に通じ合った、何かしらの理解。このあたりの感情の機微の描きかたが、とてもうまいなあと僕は思う。仮にこの部分に「タバコを認められたディックは、それまでのミセス・アシュバートンへの気持ちを改め、テニスコートを整備する計画に賛成してもよいという気分になったのでした」なんて書いてあったら、とても興ざめではないか。

* * * * *

今回紹介した「テニスコート」は、最近発売されたばかりのウィリアム・トレヴァーの短編選集『聖母の贈り物』に収められている。このほかに十一篇の短編が集められているのだが、どれもみな同じようにすばらしい。彼の評判に違わない佳作ばかり。

すばらしい新世界

2007-02-16 22:18:01 | イギリスの小説
■オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』(松村達雄訳、講談社文庫1974)

たしか大学二年生の頃のこと。もう十年以上も前の話だ。「英語が勉強できるからいいかも」くらいの、ほとんど気まぐれから英米文学を専攻してしまった僕は、いったい何をこの専攻で勉強したいのかよくわかっていなかった。読書は子供のころからの趣味(というよりは悪癖…常に勉強の妨げだった)で、ドストエフスキーやらカフカやらは愛読していたけれども、実を言えばイギリスの小説にはほとんど無縁の状態。強いていえば、ドリトル先生シリーズとシャーロックホームズのシリーズをかつて読んだ、という程度。

とりあえず英米文学専攻なのだし…ということで、ディケンズをかたっぱしから読んでみたが、まあ、これはこれで面白いけど、いまいちピンとこない。そんなとき、強制的に振り分けられた「原典購読」の授業の、これまた選択の余地なく決定された教科書(『戦後イギリス文化史』…実は今でも折々に参照する大切な一冊)の中で、ついに「これだ」という作品に出くわした。その発見は二冊。ジョージ・オーウェルの『1984年』とウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』。そう、読んだ人はわかると思うのだけれども、当時の僕は、こういう感じの、つまり、近未来を舞台とするSF調で、かつ、文学的壮絶さも備えた、こんな印象の本が読みたかったのだ。

『蝿の王』を始めとするゴールディングのほうは、ゆくゆく卒論へと発展するのだけれども、『1984年』もこのままでは終わらなかった。オーウェルの他の作品を読んでみる一方で、いわゆる「ユートピア」とか「アンチユートピア」と呼ばれる作品群へと僕の触手は伸びていった。イギリスは元祖『ユートピア』が書かれた国だけあって、この手の文学には伝統がある。学校の図書館で『ユートピアだより』(ウィリアム・モリス作)とか『エレホン』(サミュエル・バトラー作)を見つけたときは、心躍ったものだ。

そしてこんな経緯で、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』もまた僕の視界に入ってきて、初めて読んだのだった。今でも僕の手元にある文庫版『すばらしい新世界』は1993年の版。ちょうど僕がアンチユートピア文学に興味を持った頃に購入したもの。当時は、入手して読んでみるだけでOKみたいな状態だったから(現在でもこの傾向はあまり変わってないかもしれないが)、「なるほどね」くらいの感想で、その後は五年に一度読むかどうかくらいの頻度になった。

五年に一度…これはつまり、あんまり読んでいないということだ。たとえば『1984年』のほうはもっと何回も何回も読んでいる。話の筋は覚えているし、印象的なセリフや場面は頻繁に思い出すことがある。明らかに『1984年』のほうが読み物として面白いということなのだろう。もちろん、こういうのは作品の良し悪しよりも、好みの影響が大きいので断言できないけれども。でも、他の有名なアンチユートピア小説である『われら』(ザミャーチン作…ロシア人)とか、『時計仕掛けのオレンジ』(アントニー・バージェス作)のほうがもっと繰り返し読んでいる。やっぱり『すばらしい新世界』はつまらない本なのだろうか。

* * * * *

ということで、今回久しぶりにこのハクスリーの代表作を読んでみた。そして、こういう結論を得た:読み物(fictionという意味で)としては、やっぱりちょっとつまらないかもしれない。

基本的に、アンチユートピア的世界が描かれているフィクションは好きなので、そういう観点からはなかなか「良い」作品であることには間違いない。でも、生意気ながら、現在の僕はそれだけでは読書に満足できないらしい。『すばらしい新世界』には、「主義主張」や「思想」はあるのだけれども、読み物として面白くなるための何かが足りない。

しっくり読めない原因はおそらく、登場人物たちの描かれかたに起因するように思う。読んだことのある人に質問したいのだけれども、この『すばらしい新世界』って、主人公は一体誰なのだろう。バーナード・マルクスか。それとも「野蛮人」ことジョンだろうか。当初僕は、身体的に恵まれず劣等感に悩むバーナード・マルクスが、完璧な美男子で才能にも恵まれたヘルムホルツ・ワトキンスと孤独という点で結ばれて、友情をはぐくんでいくあたりが興味深いと思っていた。でも、途中から野蛮人ジョンが大きな存在感を占めるようになり、それと平行して、マルクスはかなりつまらない人間になる。ジョンの人物造形自体はなかなか悪くないと思うのだが、それでも、読み進んでいっても、あんまり深みが感じられてこない。平板な道徳観念や愛情観念を振りかざすだけなので、彼にはあまり感情移行できなくなってしまう。

そして、最後にジョンは自殺に至るのだけれども、これがまた悲劇的にはあんまり思えない。どちらかというと、この「すばらしい新世界」を頑固なまでに拒絶するジョンの振る舞いが、喜劇的に思えてしまう。

主人公が誰だかはっきりしない小説というのは、実際には、ままあることだ。アイリス・マードックの小説には、いろいろな人の描写が編み上げられていて、結局のところ誰が主人公とは言いかねる作品が多い(例としては代表作『鐘』もそう)。だから、一人の人物を集中して描く必要は必ずしもない。でもこの本、僕が思うに、もっと印象的で壮絶な内容にできただろう…とくに後半がつまらなくなっていくから、そういうところがなんとかなっていれば…。これだけシェイクスピアを引用しているのに、惜しいところ。

* * * * *

アンチユートピア小説…熱を上げていた大学生のころを比べて、今ではだいぶ客観的に読めるようになったのではないかと思う。この手のフィクションが熱っぽく語る思想や主義主張に惑わされない読みかた、これが必要だと感じている。この手の本は覚めた目で読んだほうが発見がある。

『すばらしい新世界』と『1984年』はしばしば比較され、その違いがあれこれと指摘されるが、僕にとっては共通点がかなり目に付く。標語・モットーの類が繰り返されるところ、階級(カースト)社会、歴史の軽視、権力の温存。そして、『すばらしい新世界』のジョンがデルタ階級に「自由」を理解させようとしたところは、『1984年』で主人公のウィンストン・スミスがプロレ階級を蜂起させようと夢見たこととぴったり合致する。

この二つの作品で大きく食い違うように思えるとしたら、『1984年』が「肉体的な痛み」で人々を支配しているのに対し、『すばらしい新世界』が「肉体的快楽」で人々を支配しているところだ。でも、考えればわかってもらえると思うのだが、これはつまるところ、同じ事柄を一方では表側から描き、他方は裏側から描いているに過ぎない。「痛み」と「快楽」…人間の快/不快という感覚に訴えて支配するという点で、これは結局同じことではないか。ただ単に、表と裏のどっちを攻略するか、という問題に過ぎない。

こんな具合で、ユートピア小説やアンチユートピア小説はかなりワンパターンのような気がする。こういう点を乗り越えるような魅力…それはきっと登場人物の人間的な深みや、人間関係の織り成す「あや」にあると思うのだが、これは僕の期待しすぎだろうか。