アソベの里<森ノ都>

縄文の里のあれこれ

人は、何のために生きるのか。

2018年08月20日 | 日記
◎アソベの里から~こんにちは

今日は、くもり一時晴れでした。

<人は、何のために生きるのか。>
*私が、5歳の頃に悩んだテーマです。

理由は父親がちょっと変っていて、小学入学までは
起きたい時間まで自由に寝かせていたので、私は9
時とか昼頃まで寝ていました。

また、父親の教育方針も一般の親とは違っていまし
て、勉強はやりたい時からやれば良い、やりたく無
いなら無理してやらなくて良いでした。(笑)

来年から朝7時頃に起きて小学校へ行くのが嫌で考
えた事が、80歳で死んでも〜今死んでも死に対す
る苦痛と恐怖感が同じであるなら、人は何のために
生きるのかでした。

中学の3年の頃〜母親が病気になり、経済的に厳し
い環境のため、中学卒業後に親の仕事である農業を
手伝いました。

農業に従事して3年間の試行錯誤の結果、18歳の頃
漸く農業のコツをマスターでき、25歳までに10年
から15年間位は仕事をしなくても生活できる環境が
完成した頃に〜父親と仕事に対しての意見が対立した
ために、遊びながら5歳頃のテーマである『人は、何
のために生きるのか』を、追求する決心をしました。

結果として10年以内に完成の予定が、自分が納得で
きるまでには、40年の時を費やしました。

<<生きるとは、知ることである。>>
*生命は〜永遠である。
*宇宙は〜ワンネス(生命)である。
*全ては〜因果応報である。