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もう余り記憶は無いが、当時ゆきを迎え日々
忙しく過ごす中。。。
要所要所気付くと、彼女はあらゆる事が
出来る様になって居た。
前日まで出来なかったはずの「座れ」
「伏せ」。。。みるみる飼い主に従う様になって行く。
教えたのだろうがその経緯は
全く覚えて居ない。。。これは我が家に迎え
数日~数週後の出来事だったか?
その中でも「待て」には度肝を抜かされた。
特に食事前の「待て」、無責任な飼い主は
長過ぎる時間だった故か「待て」をして居た事を忘れ
そのまま出掛けてしまった。
だが、飼い主というモノは絶対的と覚え込んでくれたゆきは
帰宅後もまだそのままだった事か。。。
それからもゆきは、飼い主の望む事。。。
否、望む前からこちらの行動を察知し
先に動いてくれた。
彼女4~5才頃、飼い主が
凄まじいアレルギーになった折
クシャミをすれば、何をするのかウロウロ。
テッシュボックスを探して居た。
そして不器用に咥えこちらに運ぶ。
この感動は筆舌尽くし難い。新聞郵便物取りも
来客に差し出すスリッパも、恐らく飼い主が
狂喜乱舞した為、その行いを繰り返したのだろうか。
「林にて貧血事件」の際も
助けを呼びに行ってくれた。。。
これは、救助等とは全く無縁の彼女の
謎の行動とし、永遠に脳裏に焼き付けられて居る。
それ等感動の日々から10年以上は経ったろうか。
15才のゆきは、やらなくなった、
出来なくなった事が増えた。
寧ろ聴力や視覚という大切な器官
さえ当たり前に機能させる事も
徐々にストップさせて行く。それは
まるで坂道を転がる様、大袈裟でなく
フリーフォールを一気に落ちる様。。。
最初の頃;ゆきに顕著な老化の兆候が
見え始めた;えぇぇ?!もう?ばかりだった。
最速リニアの様、多くを吸収し
それ等を行動に移したゆき。。。
今はロケットスレッドの如く、吸収された様々を
排除しつつある。
。。。イヌの成長は早い。イヌの一生が
ヒトと比べ短い年月故、何もかもが最速に過ぎ行くと感じる。
尤もそれはヒト換算で考え
その中で無理にイヌを当て嵌め
生きて居る為なのだろうか。。。
だが、ニンゲンという生き物も
順応性に長けて居るのかも知れない。
今では、あれが出来ない、これがダメになった、
と悲嘆に暮れる事が全く無くなった。
それは、彼女の老化の進行度を教えられる
大変に寂しい驚きの瞬間ではあるが
逆に残された機能が貴重、大事で
そこに固執し様とし;老=死への道程から目を
反らせるべく;てしまうのかも判らないが
まだこれが出来る、まだ大丈夫、まだ。。。まだ。
と可能な事を数える毎日になって居る。
「死へ向かう生」これは生きとし生ける
全ての生物に言える事。その容こそ
様々有れど、平等に訪れる「死」。
生命は生まれ出たその瞬間から
死へのカウントダウンを始める。
本当に怖い、と思う。。。
だがこれは「死」への恐怖ではないかも
知れない。それを身近に感じた場合の。。。
その道のりに恐怖を感じるのかも
判らない。
当に、その階段を上りつつある事が。。。
ゆきは、軟弱飼い主にその期間を
長い事与えてくれて居る気がする。
恐怖の、でなく準備の時間。。。
この「道中」に恐れ慄き、大事な事を
見落とさぬ様、しっかり全てを胸に焼き付け
大切に大切に過ごそうな、ゆき。
そう遠くはない「その刻」へ向け
一寸の曇も無き様。