むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

11、蜻蛉 ③

2024年07月19日 08時34分40秒 | 「霧深き宇治の恋」   田辺聖子訳










・母君はあれこれ考え、
何をどうすればよいか、
呆然としている

右近と侍従は、
浮舟の居間の前に車を寄せさせ、
坐っていた畳やしとね、
身近に使っていた調度、
脱いでいった夜着などを、
車に入れた

それを身内の僧たち、
乳母の子の法師や、
その叔父の阿闍梨、
その弟子で気心の知れた僧、
知り合いの老法師、
忌に籠る人々だけで、
遺骸を送り出す風をよそおった

母君や乳母は、
泣いている、

亡骸を見ぬうちは、
死んだと実感できぬ

「縁起でもない、お葬式なんて」

と泣きくどくが、
右近らは浮舟の変死が、
世間に広まらぬよう、
口さがない人々の、
好奇の噂の的にならぬよう、
という気持ちでいっぱいだった

大夫や内舎人といった、
怖いうるさい連中がやってきて、
御葬送のことはまず、
薫の君に連絡して、
お指図を仰ぎ、
日を決めておごそかに、
行われるべきではないか、
とあわただしい野辺送りを、
咎める口ぶり

「いいえ、
今夜のうちでなければ、
いけません」

と右近はいい、
車を向かいの山のふもとの、
野原へやって、
人も寄せず、
事情を知っている法師たちだけで、
火葬させた

あっけなく火は消えた

田舎人たちは、
葬いというようなことは、
ことごとしくとり行い、
縁起をかつぐものだから、

「おかしなことをなさる
定まった作法もせず、
まるで下々の弔いのように、
あっけなくすませられる」

簡略な葬儀の悪口まで、
いう者もあり、

「ご本妻がおられる方は、
簡略になさるそうだ
それが京の流儀だそうだ」

右近たちは、
邸の下人たちにも、
固く口止めした

いつか時がたって、
人々の心がゆっくりしたら、
これまでのことを話そう

でも今は、
妙な噂が立ったら、
薫さまもどんなにお疑いになるか、
どこまでも、
突然のご病死というていに、
みせていた

亡骸もない変死、
という秘密はかたく秘めておこう

右近と侍従は言い合った

一つの秘密は、
次の秘密を生む

二人は良心の咎めに、
おびやかされつつ、
秘め通さずにはおられない

薫は、
母宮の女三の宮が、
患っていられるので、
その平癒祈願のために、
石山寺に参篭していた

宇治のことが気になっていたが、
てきぱきと薫に知らせる人も、
いないので全く知らなかった

宇治では、
浮舟が亡くなったというのに、
薫の使者も来ないので、
外聞も悪く、
情けないことに思っていたが、
薫に知らせる人が、
いなかったのだった

荘園の内舎人たちが来て、
話したので薫は信じられぬ思いで、
とりあえず使いをやった

使者は宇治へ飛んできた

「こんな一大事は、
聞くなりすぐ宇治へ出向かねば、
ならないのだが、
母宮のご病気平癒祈願とて、
身を慎み籠っているゆえ、
行けないでいる
すでに昨夜、
葬送を終えたよし、
なぜこちらに連絡して、
くれなかったのか
私の気持ちにもなってくれ」

右近は薫の使者というさえ、
悲しいのに、
その言葉を聞いて返事も出来ぬ

涙にくれ、
ようお答えできませぬといって、
はかばかしい返事もせずに、
すませた

薫は、
あまりの別れのはかなさに、
夢のような心地である

(信じられない・・・
まがまがしく草深い山里
鬼に食われたのではあるまいか
なぜあんな所に住まわせたのだろう
おれが悪かった
匂宮とのあやまちも、
あんな淋しい所へ抛っておいたので、
宮も平気でいい寄って手出しされた)

そう反省すると、
自分の迂闊さ、
不覚が悔やまれて、
胸がしめつけられる

(おれが悪かった)

真面目な薫は、
身を責めずにいられない

母宮のご病気というのに、
女のことで心を痛めているのも、
うしろめたくて、
薫は石山から京へ帰った






          


(次回へ)

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