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横須賀総合医療センター心臓血管外科

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肺塞栓症におけるPCPS(ECMO)治療および外科的血栓除去術

2018-12-20 22:56:04 | 心臓病の治療
 肺塞栓症は、突然起こる胸痛、血行動態の悪化、呼吸不全など重篤な状態に陥ることがあります。典型的な経過として、長期臥床したあとに歩き出して間もなく発症する、ということがあり、術後や長時間のフライト後などに発生します。エコノミークラス症候群と言われることがありますが、ファーストクラスに搭乗していた人にも発症することがあるので、狭い機内の座席に座っていたことだけが理由とは限りません。患者さんの中には「エコノミー症候群」と間違っているのに頻繁に遭遇します。

 この肺塞栓症で、血栓の量が多いほど、肺血流が悪化して、低酸素状態になり、また左心系に肺動脈から灌流する血液が減少してショック状態になり、最悪の場合は心停止に至ります。緊急処置として、気管内挿管による高濃度酸素での強制換気や心臓マッサージが必要になることがあり、こうした緊急の処置が必要な症例の多くは、PCPS(Percutaneous Caodio-Pulmonary Support = 経皮的心肺補助装置)が即座に必要になります。PCPSはECMO(Extracorporeal membranous oxygenation = 体外での膜式酸素化治療とでも訳すのでしょうか)とも言われ、循環補助を主な目的としたときにはPCPS、酸素化を主な目的に使用するときにはECMOと呼ぶ、と個人的には理解していますが、海外では全てECMOと呼ぶことの方が多いようです。このECMOは、VA ECMOとVV ECMOが送脱血の様式によって使い分けられており、VAとはVein⇒Artery(静脈系から脱血して、酸素化した血液を動脈系に送血)がより循環補助を目的にしており、通常の人工心肺と同じような循環となりますが、一方VVはVein⇒Vein、静脈から脱血して酸素化した血液を静脈に送血する様式で、心機能や肺循環が正常で酸素化だけが必要な場合に選択されます。肺塞栓では、肺循環が破綻して静脈圧が高くなるため、ECMOの脱血が非常に良好で、左心系に血液が環流しにくいため動脈系に送血することが理にかなった呼吸循環補助治療になります。肺塞栓では肺動脈の血流が低下しているため、肺の酸素化能自体が低下しており、高濃度酸素で喚起しても血液が酸素化されないことが多いので、心停止に至る前に、出来るだけすみやかにECMOを開始することが救命への最も重要なカギになります。一度心停止してしまうと、そのあと心臓マッサージをしても酸素化されていない血液が冠動脈に灌流されるため、心筋に酸素が供給されず心拍再開しない危険性が高くなります。
 また、ECMO開始時に静注するヘパリンが、この肺血栓自体を溶かして肺血流を改善することもしばしば経験します。肺塞栓症の多くは比較的最近できた新鮮な血栓が原因になることが多い為、ヘパリンやその他の抗凝固薬で比較的溶けやすいといわれています。
 また一方、大量の血栓が主肺動脈や左右肺動脈の中枢部にあった場合に、心臓マッサージをすることで血栓が砕けて末梢に押し流され、肺血流を阻害していた血栓が少なくなることで肺血流が灌流しやすくなり、心拍再開や血行動態改善に寄与するとも言われています。
 こうした特性を熟知して迅速に治療することが、肺塞栓症による急変に最も適切に対処するために重要です。

 さて、こうした初期治療をしたうえで、そのあとの治療方針では、抗凝固療法で血栓が解けるのを待つ、積極的にtPA(組織プラスミノーゲン活性化因子)やウロキナーゼなどの血栓溶解剤を使用して血栓を溶かす血栓溶解療法、カテーテルによる血栓吸引療法やバルーン肺動脈拡張術、外科的血栓除去術を選択する必要があります。血栓量によって重症度が違うため、病態に合わせて治療法を選択する必要があります。血栓量の評価は一つは血行動態と造影CTが必要です。

 外科的肺動脈血栓除去術が必要になるのは、CTで主肺動脈から左右肺動脈の中枢部に血栓がある血行動態が不安定な症例です。肺動脈のこの部位においては手術で血栓を除去できますが、より末梢の肺動脈には到達できないため、末梢のみに血栓がみられる症例では適応になりません。血栓除去術では、人工心肺で循環補助しながら、上下大静脈を遮断した状態で主肺動脈および右肺動脈を切開して、可視範囲の血栓を除去します。胆道鏡など内視鏡を使用して、より末梢を検索することもあります。この操作は人工心肺補助下では、心拍動下でも可能なので、昔は冷却して循環停止下に行っていたこともありましたが、最近は常温で心拍動下で行う事で、その後の止血も良好で短時間で手術が終了するようになっています。外科医にとって悩ましいのは、血栓溶解剤を使用して治療を試みたが血栓がうまく溶けずに血行動態が改善しないので外科的に除去してくれ、と内科医に頼まれることです。血栓溶解剤を使用したあとに外科的血栓除去術を行う事は、術中の出血が全く止まらなくなってしまう事を意味します。呼吸、循環が安定している患者さんに関しては、抗凝固療法が効いてくるまで待つことができますが、ECMOが必要な不安定な症例は緊急手術が必要なため、治療方針の決定には、最初から外科医がコミットしておく必要があります。

 肺動脈血栓除去術を執刀する際に絶対忘れてはならないのは、「ヘッドランプを装着すること」です。細くて暗い肺動脈の中で血栓を検索する為に必須なので、心臓血管外科医が最もヘッドランプの必要性を感じる手術、として後輩を指導する際には、必ず「ヘッドランプを!」と最初に指導していますが、決してこうした症例に遭遇することは多くはないので、こうした指導はなかなか行きわたりません。