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刺のないサボテン(2)

2008年11月09日 02時05分21秒 | 植物品種改良家バーバンク

<刺のないサボテン>
 さて、これから、バーバンクの名を世界的なものにした、驚くべき仕事の数々を、お話していくのですが、まず初めに、有名な<刺のないサボテン>の話から進めて行きましょう。
 彼は前に述べたように、子供の時からサボテンには大変興味を持っていました。そして、もしこのサボテンをそれまでの環境から引き離し、十分に面倒を見て育てたなら、きっと広く人間や家畜にとって役に立つ植物になるだろうということをいつも考えていました。
サボテンには実にたくさんの種類があって小さいのは五、六センチの高さのものから、大きいのになると一、二メートルから三メートル以上の高さになるものまであります。また丸いのや細長いものや、平べったい扇のような形のものなど、まったく驚くばかりに、いろいろの種類があるのです。
 アメリカには、このサボテンが雑草のように野にいっぱい生えているところが方々にあります。小さな植木鉢に植えられたオモチャのようなサボテンしか知らない人達にとっては、熱帯の国々の荒れた広い土地に、それこそぎっしりと足の踏み場もないほど、森のように大小無数のサボテンが刺にくるまって一面に生えている壮大なありさまは、ちょっと想像できないでしょう。環境によって植物が影響を受けることは、自然のそうした姿を見ればわかりますが、猛獣の生息する荒野において、サボテンは自己防衛のために、無数の刺を生やして武装しなければならなかったのです。
これらの野生のサボテンは、まるで砂漠の毒蛇や毒虫のように、のどの渇いた動物が水分をたくさん含んだサボテンの分厚い葉を慕って来るのを、恐ろしい刺を持って待ち構えているのです。
この頑強な、人間と家畜の敵であるサボテンを改良して役に立つものとするには、その性質を一変して、根底から改造しなければなりません。何万年もの間、文明とは全く触れ合いのなかった、砂漠に住む最も劣等な野蛮人のような生活を営んできたものを、全く変えることは、決して簡単なことではありません。
しかし、バーバンクは、このようなサボテンにも、確かに取り上げてよい、長所があると思いました。まず、第一に強靭であって丈夫なことです。焼けつくように熱く、雨が少しも降らない砂漠地帯でも、どんどん育ちます。また、肥えて肉の分厚い葉や茎や、赤い色や黄色い色をした実には、たくさんの栄養分が含まれています。彼は、これを役に立つものとするには、その持っている二つの悪い性質を取り除いてしまう必要があると思いました。それはサボテンの葉や枝や実には無数に生えている刺と、葉や枝を作り上げている丈夫な糸のような質の繊維にあります。前のものは、とうてい口にすることはできないものですが、後のものは、食べることは食べられても、普通の胃袋では絶対に消化できない性質のものです。
 しかし、山火事で焼かれて刺のなくなったサボテンなどは、水牛やカモシカが好んで食べていることがあります。時には刺のついたままのものを口にし、血をしたたらせながらもこれを離そうとしない野獣が見受けられるとのことです。埃に埋もれた、乾き切った雑草以外に食物のない砂漠で、汁の多いサボテンの葉状体が、どれほど食欲をそそることでしょう。
 したがって、この二つの厄介な性質を、取り除いてしまうと、後はその実を大きくすることや、その肉の分厚い葉を、人間の食料としてはもちろんのこと、牛や馬や豚など家畜の餌料としても良いようなものに改良することです。
この仕事がうまく行けば、人間の食糧問題、一般動物たちの飼料の問題についても大きな力となるばかりでなく、また世界の至るところに広い面積を占めている、荒れ果てた砂地を有効に利用することができると、彼は考えました。
 そこで、この難しい仕事に使う材料として、どの種類のサボテンを取り上げたらよいかと、バーバンクはいろいろ思いめぐらしました。学者が調べたところによると、サボテンの種類というものは、大きく分けると、約二十ぐらいあります。そのうちで、アメリカ合衆国にあるものは、わずか五種です。サボテンというものは非常に変化しやすいものですから、この五つの種類から変化したもので人々に栽培されている品種は、アメリカだけで約一千種にものぼると言われています。
 バーバンクがまずアメリカ合衆国の中に野生している五つの種類のうちで、自分の計画している<刺のないサボテン>を作りだす材料として取り上げたのはウチワサボテン(学名はオプンチアといいます)と言う種類でした。この種類のサボテンは、どれも平べったくて、分厚いうちわのような葉を持っていて、初めはメキシコや南アメリカの暑い地方から増え広がって来たものです。このウチワサボテンが、野に生えているのを見ますと、あるものは赤い色、あるものは紫、またあるものは黄色い色など、色とりどりの花が咲いていて、非常に人の目に付くきれいなものです。
さらに彼は、この種類のサボテンを広く探し求めました。地中海の海岸のあるところには、このウチワサボテンに属する種類で、その地方の人々にその実が大変喜ばれている種類のあり、その地方の人たちはこのサボテンの実のことを、<インドのイチジク>と言う名前で呼んでいました。それから、寒いアラスカのような土地でも、平気で育つものが、同じウチワサボテンの中にあると言う報告も来ました。これらをはじめ、ほかの種類からも、いろいろのよい性質をすべて自分の実験に取り入れることに決め、たくさんの種類の種を、まず自分の手許に集めました。集められた何万というおびただしい数の種は、特別に設けられた蒔き床にまかれました。芽生えたサボテンの小さな苗は、二千本から一万本ずつにまとめられて苗床にていねいに植えつけられました。その無数のサボテン苗が、大きく成長して花が咲くようになると、花粉の交配を大仕掛けに行なって、たくさんの雑種のサボテンを作り、それを、五、六年の間、毎年続けて行ないました。
サボテンという植物は、自分の持っている性質を、なかなか離さない強情な植物です。ですから、何年も続けて、雑種のサボテンを、数え切れないほどたくさん作りました。しかし、少しもよい方へ改良されて行くきざしを見せませんでした。サボテンの苗を植えた広い実験畑を見回っても、大部分のものは、相変わらず荒々しい刺をつけており、葉や枝をこしらえている質は、丈夫な糸を編み合わせたようなもので、昔ながらの、手のつけられないものでした。バーバンクが容易に忘れることの出来なかったことは、その改良試験中に、サボテンに触るごとに、小さな針が彼の手を突き刺すばかりでなく、着物の中に入り込み、体中を刺すのでした。 
しかし、これによって彼は十年間という長い苦心の末に、<刺のないサボテン>という画期的植物を作り上げたのです。
また彼はこのように食料となるサボテンを作るという、実際的な用途を忘れませんでした。サボテンがあれほど多くの刺を生じ、針のある葉を維持するために費やして来た精力を別の方向に向けて、美しく豊かな実を実らせたのです。
 サンタ・ローザにある彼の家の庭には、およそ高さが二メートル半ぐらいもある大きなサボテンが元気よく成長しています。これが世界を驚かせた<バーバンクの食べられる刺なしサボテン>です。
その葉は長さが三十センチから四十センチ、幅が二センチから三十センチぐらい、扇のように平べったくて厚さは三センチぐらいです。また大きな実をたくさんつけていて、葉にも実にも枝にも、刺というものは少しもなく、まったくふき取ったようにきれいです。
この刺なしサボテンの実は肥えたキウリのような形をしていて、長さは十二センチぐらい、直径が七センチ半ぐらいあります。その実の肉の色は美しい黄色や紅色をしています。食べてみると、ある人は、モモの味がすると言い、また、メロンの味がすると言う人もあり、パインアップルの味がするという人、イチゴの味がすると言う人など、さまざまです。ただ、誰にも共通することは、今までに食べたことのないような特別なおいしい味がするということでした。この刺なしサボテンの実は、生で食べても良いし、料理に使っても良く、貯蔵用にも適していました。また、家畜用の餌としても、大変栄養価に富んでいて、よい牛肉や豚肉、または羊肉を得るには、どうしてもなくてはならぬものとされています。
さらにこの新しい刺なしサボテンは、雨の降らない熱帯地方ばかりでなく、零下何十度という寒いところでも、平気で育つ丈夫な性質を持っています。また、その成長力が、びっくりするほど、盛んなことも注目すべきです。種からまいて三年目までに、一株のこの刺なしサボテンは、約六百ポンドの食料を、供給してくれるのです。この食べられる刺なしサボテンのおかげで、地球の上の至るところ、熱帯でも寒帯でも、広大な面積を占めている、荒れ果てた土地が、今後は、無尽蔵の食料供給地として、利用されることになったのです。

<シャスター・デージー>
 次に、真っ白い一重の、大輪の菊のような美しい花がたくさんに咲く、シャスター・デージーのことをお話しましょう。この花は、今では、どこの国でも作られていて、人々から愛され、親しみ深いものとなっています。しかし、この白色の美しい一重の、大輪のキクの花が、実はバーバンクが苦心して、作り出したものだということを知る人はあまりいません。 英国の、野生のキクの中に、白い一重の花が咲くものがありました。その花は小さくて数も少ないのですが、可愛らしい草です。また日本にも、これに似て一重の白い花の咲く野生のキクがいくつかあり、その中でコハマギクと言う、純白で一重の花が咲く、非常に丈夫な種類がありました。これは日本の、北のほうの海岸に近いところに生えているものです。また、ドイツにもよい野生のキクがありました。それから、アメリカの、野生のキクの中に、丈の高くない性質の丈夫な種類がありました。これは白い一重の花が咲くのですが、花の色がうすよごれたような白で、とうてい日本のコハマギクの、澄み切った白い色とは比べものになりません。また、英国の野に生えている一重の白いキクの花ほどの大きさもないのです。
 しかし、この四つの、野性のキクの種類から、それぞれのよい性質を取って、新しいキクを作り上げたら、さぞかし素晴らしいものができるにちがいないと、バーバンクは考えました。そこで彼は、まずアメリカに野生している一重の白い花の咲くキクの種類を集めました。汽車に乗ってちょっと旅に出たある時、ふと窓から外を眺めていると、とある草原に野生のキクで、きれいな白い一重の花が、ひとかたまりになって咲いているのが目に止まりました。彼は、さっそく次の駅で汽車を降りて、改めて切符を買いなおし、走りすぎる汽車の窓から見た野性のキクの咲いているところに近い駅まで戻って、そこから歩いて目的の場所へ行き、一番良いと思われるのを採集したこともあったそうです。
 このようにして、彼は四つの国から自分が良いと思った野生のキクを集めました。彼の計画では、花の茎は細くて六十センチぐらいの長さがあり、すっきりとしたものですが、針金の線のように強いものであること、花は一重ですが今までのキクのどれよりも大きいこと、花びらは雪のように純白であることなどでした。
 そこで世界のいろいろな地方から集められたたくさんのキクの種は、ていねいに播かれ、やがて芽が出て花が咲くようになると、花粉の交配が行なわれ、それぞれの種類の特徴が、抜き出されてだんだん一つのものにまとめられていく努力が続けられました。そうして、やや彼の望みに近い性質を持ったキクが、はじめて現れました。この花から取れた種は、わずかに六粒か七粒に過ぎませんでした。この貴重な種を、細心の注意をはらって播きつけ、この種から出てきた花の中で、もっとも自分の気に入ったものから種を取りました。そうして今度は約五十粒の種が取れました。こうやって、この新しい系統の種をふやしていくと、やがて何万、何十万と言うおびただしい数の種が取れるようになったのです。
 彼はサンタ・ローザの農場に、このキクの広い実験畑を作りました。約三メートル四方の四角な仕切りを無数に作って、その一つ一つに何十万というこの新しい系統のキクの種を播いたのです。この実生の苗が、小鳥や虫、または地ねずみやモグラの害を受けないように、あるいは病気にかからないように、絶えず注意することが必要でした。一匹の地ねずみや、あるいはひと群れの小鳥にわずかな時間襲われたために、何年間も続けた苦心が、いっぺんに水の泡になってしまったこともあるのです。これらの実生の苗が、植え替えができるような大きさになると、今度はセバスト・ポールの農場に、新しくこのキクのために広い試験畑を作って、そこへ移し植えました。さらにこの新しい系統の、十数万のキクの苗について、彼は厳重な淘汰を行ないました。これらのキクの白い花が咲いている六ヶ月の間は、注意深い検査と管理を続けねばなりませんでした。
 一週に二回、彼は、どんなに小さな変化でも絶対に見逃すまいと、鋭い観察の目を、試験畑の隅から隅まで光らせるのでした。そうして、たくさんの苗の中に、その葉、茎、花びら、大きさ、丈夫さなどで、親木の持っていた特長を少しでも現したものがあると、すべて記録されました。また少しでも、彼の計画した理想に近い性質を持った苗は、すぐ別の場所に移されて、特別な管理を受けました。このような努力が、八年間も続けられたのです。
 実験の途中、ある苗には、一重の花の直径が二十センチ以上もあろうという、驚くような大きな花が咲きました。この花こそ、一番の優秀な花として当然残されるものと誰もが考えました。しかし、彼は、これを残しませんでした。なぜなら、このような大きな花は、気候や風土あるいは取り扱い方が、その苗のために、非常によい条件の下だったから立派にできたのであって、普通の条件の下で、なんらの特別な取り扱い方をしなかったとすると、おそらくそのような結果にはならなかったかもしれないのです。
したがってどんな気候、風土、または取り扱い方を受けても、平均の取れた立派な花が咲く性質を持った種類を作り出すのを目的とするバーバンクは、このような特別な例は認めなかったのです。
 やがて苦心に苦心をかさねた末、彼は、望みどおりのものを得ることができました。この新しい一重のキクは、北の寒冷地から南の熱帯地方に至るまで、どこででも、立派に育ちます。カシワの木が枯れないようなところなら、どこでも戸外で、誰にでも作れるのです。性質は多年性で,株分けで年々増えていき、花もたくさんに咲くようになります。植えて二年目には、もう二百から五百ぐらいの大きい白い一重の花が咲きます。この花は、普通の気候のところでは、数ヶ月間も咲いています。カリフォルニアのような暖かいところでは、一年のうち六ヶ月間も、この花が絶えません。特別によい取り扱いを与えると、一年中花が咲きます。切花としても、生き生きとして三週間以上も、しおれずに部屋を飾っています。この新しい花の、特に興味ある点は、その親となった種類が持っていた悪いところを、すべて捨ててしまったことです。 この花はじつにめずらしく澄み切った真っ白な大きい一重のキクの花で、中心は輝いた黄色です。花を支えている茎は、細くてすらりとした感じのよいもの出が、大変に丈夫です。花だけでなく、その葉も美しく整っていて、花とよく調和しています。また茎の性質が、きわめて頑丈で、病気や害虫に対しても強い抵抗力を持っています。
 バーバンクは、はじめて実験畑にこの花が咲いているのを見たときから、この新しく作り出された花に、何かふさわしい名前をつけたいものだと思っていました。カリフォルニアの青空のかなたに、高く連なっているシェラの山脈が望まれます。とりわけ一年中、真っ白な雪をいただいて空にそびえているのは、シャスターの峰です。彼はいつもこのシャスターの雪の峰に、深い尊敬の心持ちを抱いていました。いつも清い真っ白な雪をいただいているこの山の名こそ、自分の作り出したこの新しい植物につける一番ふさわしい名前だと、彼は思いました。シャスター・デージーと言う名前が、ここに生まれたのです。デージーというのは野菊と言う意味です。

<匂いをつくりだす>
 バーバンクは、また花の匂いを作り出すことに成功しました。
 ダリヤの花は、我々にもよく親しまれている花ですが、この植物は、ちょっと不愉快な匂いがします。彼は、このダリヤの嫌な匂いを取りのぞくばかりでなく、さらにこの花によい匂いを与えようとして、二五年という長い間このための研究を続け、努力しました。
ある年のこと、彼は、ダリヤの実験畑をぶらぶらしていると、ふとその特有の不愉快な匂いの少しもしない花があるのに気がつきました。しかも、その花の辺りには、何とも言えない、かすかなよい匂いが、漂っているのです。彼はこれを残して、厳格な淘汰を何年も繰り返した結果、タイザンボクの花の匂いを、そっくり持っている珍しいダリヤの花があらわれたのです。
 しかし、これで安心というわけには行きませんでした。このよい匂いのするダリヤの性質が、完全に固定するまでには、何年も試験してみなければならないからです。固定するというのは、ある新しい植物の持っている性質が、いつその種を播いても、ちゃんとその植物の性質を現していて、昔の悪い性質に変わったり、また親の性質に戻ったりしないようになることです。また、その新しい種類が固定したことが確かめられた後も、この新品種を世の中に送り出すまでに、彼は慎重な検査をして、相当に時間がかかりました。しかし、ついにバーバンクの目的は遂げられたのです。
 それから、ヨーロッパのブルガリアという国の山の中に、バラの花をたくさんに作っているところがあります。そこでは、何千エーカーという広い広い畑一面に、赤い花のバラを植えていて、その花から毎年何千ポンドという大量のバラ油を採っています。花ざかりになると、その山のいたるところバラの花のよい匂いがします。このバラ油は、高価な香料として英国や米国やフランスなどに毎年輸出されるのです。彼は、この点に目を付けて、苦心の末、非常に強い匂いのするバラを新しく作り出しました。アメリカには、香料を作る材料になる植物が各地にたくさんあります。彼はこれらの点を、アメリカの実業界の人達に、機会のあるごとに詳しく話しをして、アメリカを世界第一の花の香料を作り出す国にするように奨めました。

<スモモと西洋スモモ(プルーン)>
次にバーバンクが、果物の改良につくした功績について、お話しようと思います。とりわけ、大きな努力をして、世界中に広がったのは、スモモと西洋スモモです。 彼の作り出した果物の樹の特徴は、成長が早いこと、早く実を結ぶこと、早く熟すること、果実の大きいこと、果実に糖分が多いこと、丈夫であること、果実の色つやがよいことなどです。 また、彼の作り出した西洋スモモの一種類で、特別に素晴らしくたくさんの果実のなる種類があります。それが、いかに多産であるかということを示す面白い話をお話しましょう。この西洋スモモが熟して来る頃になると、その皮を向く人が、たくさん雇われて働くのですが、この種類に限っては、まだ果実が青いころに仕事に取りかからなければ、全部の果実の皮をむき終えないうちに、熟し過ぎてしまうのです。実際この西洋スモモの一本の木からは二万二千個の果実が取れ、まだ木の上には小さい未熟のものが無数についているというほどです。また彼の作った西洋スモモの中には、丈夫で、頑健なことは天下第一で、およそこの西洋スモモが育たぬところは絶対にない、というものもあります。
 この珍しい西洋スモモをバーバンクが作り出したのには、次のような話があります。
 ある時、野生のスモモの中で、アメリカの海岸地方に生えている、小さくて色つやがわるく、苦い味のする果実の種類が送られて来ました。この貧弱な西洋スモモは、料理にでも使わなければ食べられないようなものでした。しかし、この野生の西洋スモモは、素晴らしく丈夫で、どんな土地でもりっぱに育ち、砂地であろうが、粘土質であろうが、塩分を含んだ土地であろうが、何の影響も受けません。その上雨のほとんど降らない熱い気候の土地でも、零下二、三十度で凍る寒い土地でも、平気で、おおよそ木や草が生えない悪い地味のところでも、どんどん成長するのです。
この野生種の西洋スモモの果実は、小さいサクランボウぐらいの大きさで、種が大きく、その上を薄くて苦い味のある肉が包んでいます。彼は、これを取り上げて、交配と淘汰を何年も、何年も繰り返した末に、りっぱな新しい西洋スモモの一品種を作り上げました。その果実の大きさも野生のときの五、六倍になり、濃くて美しい藤紫色をしており、白の点々が入っています。また丈夫で、どんなところでも育つのです。
<種のない西洋スモモ>
 さらに、バーバンクの名をいっそう有名にした<種のない西洋スモモ>のことをお話しましょう。約二百年ほど前から、フランスでは<種なしスモモ>と呼ばれて作られた小さいスモモがありました。この小さいスモモには、まだ種らしいものが少し残っていたのですが、彼は、これを土台として、これにいろいろのスモモの種類をかけあわせた結果、やがて、果実も大きくなり、色つやもよく、味も良い、その上に種がきれいになくなっている新しい西洋スモモができあがったのです。この<種なし西洋スモモ>に、疑問を抱いたヨーロッパやアメリカの植物学者たちは、ある日、セバスト・ポールの実験園を調査にやってきました。そしてこの樹のそばに立った学者の一人が、自分の持っていたナイフを差し出して、そのスモモの一つを取り、半分に断ち割って中を見せてもらいたいと言いました。願いどおり、樹からもぎ取られた西洋スモモは、半分に割られました。種は完全に消えてありません。今までの学者たちの疑いは、たちまち今度は賞賛と感嘆の声に変わったのでした。(つづく)

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